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異世界の歩き方  作者: レルミア
教師編
60/104

故郷の味

 テセウスの墓参りから一週間後、篠芽一行はようやくヴァルハラに辿り着いた。

 リンとリーニャは二度目の訪問となるが、初めての篠芽とゲリとフェンリルはその中央広間の大きな市場で目を輝かせていた。

 

「おい!焼きとうもろこしあるぞ!」

「なんじゃと!ポップコーンはあるのかえ!」

「あるわ…しかもまさかの塩味とチョコ味…!」


 ゴクリと芝居がかった様子でゲリが喉を鳴らして露天の前で唸っていると、ゲリの両サイドに立つ篠芽とフェンリルは当然とばかりに2つのポップコーンを手にとった。


「何じゃお主そんなもん迷うまでもないじゃろうが」

「そうだろ」


「チョコ(塩)じゃろ(だろ)」


 そう言いながら手にとった瞬間に、二人の動きがピタリと止まる。

 うわぁこれ面倒くさいことになりそうだなぁとリンが思った次の瞬間には雨あられと二人の口撃が始まるが、もう文章にするのは耐え難いようなひどい文句ばかりだったので割愛します。

 そんな口汚い二人の罵り合いを横目に、ため息を吐きながらリーニャがドリンクを口に含む。

 

「あら美味しい、これなにが入ってるのかしら」


 少し驚いたように目を丸くして、何が入っているのかと透明な容器を目の高さまで持ち上げてまじまじと見つめるリーニャだったが中に入っているものが分からなかったようで少し残念そうに首を振る。

 

「ちょっと飲ませてくださいよ」


 リーニャの知らない事に興味がでたリンもリーニャの持っていたコップを受け取って口に含むと、顎のあたりがきゅうっと閉まるような酸っぱさが口いっぱいに広がり、その後にちょっとだけの甘さが残る。確かに味わったことのない味だが…個人的にはあまり好きじゃなくてすぐにコップを突き返すようにリーニャに渡す。


「美味しいですか?それ」

「私酸っぱいものに目がなくて。オレンジかと思ったけどこんな酸っぱくないし、そもそも緑色じゃないしなぁ」


 うーん、と顎に手を当てて少し考えるも答えに行き着かなかったリーニャは少し顔を曇らせながら露天の店主へと尋ねる。


「これ、入ってるのはなんて言うものなんですか?とても美味しくて次からも食べたいから名前を知っておきたいんですけど」


 リーニャがそう尋ねると、気立ての良さそうな丸々太った鼻の赤いおじさんはガッハッハと豪快に笑って答えた。


「そりゃキウイって言う果物でな、人を選ぶんであんま作られてねーんだ!あんた気に入ったのかい?」

「ええ、私酸っぱいの好きなんでこういうのは大好物なんですよ」

「ほう…そんじゃあこれ知ってるかい?」


 そう言った店主はカウンターの下から何やら角の丸いひし形のようなものを取り出した。目の覚めるような鮮やかな黄色は一見みかんのようにも思えるが、それにしてはどうも形が歪だ。


「さぁ…」


 リーニャも知らなかったのか、首を傾げていると店主はいたずらな笑みを浮かべて包丁でレモンとやらを2つに切ると、途端に芳醇な香りがその場を包む。酸味を感じさせるものではあるがその匂いは爽やかに食欲をそそるもので、思わずリンもカウンターに駆け寄ってしまう。


「お、お嬢ちゃんも食べてみるか?」

「いいんですか?」

「いいってことよ!酸っぱいものが好きな奴は珍しいからな!久しぶりに同志にあえて嬉しいんだよ!」

「なら、遠慮なく頂きます!」


 そう言ってリンとリーニャが同時にレモンに齧り付くと。

 次の瞬間。

 二人は悶絶した。

 なんだろう、何に例えればいいのか。

 これは味で例えるよりも食べてしまえば強制的に口が窄んでしまう味と答えるのが一番正しい気がする。けれどどうも嫌な味ではなく、もう一口くちに運んで見たくなるようなそんな味だった。

 おそるおそるもう一口口に含んでみると。

 やっぱり悶絶した。

 でも。


「おいしいですね…!」

「ね!おいしい!っていうか…癖になる?」


 どうも普段味わう美味しさの感動とは違う気がして首を傾げながらそう言うと、店主が大きく笑って激しくカウンターを叩く。


「ちげぇねぇ!それがこの果物の魅力ってやつさ!美味いのか分からねぇけど癖になる。もうお嬢ちゃん達はこれの虜だな!」


 にしし、と笑うリンとは対照的に、うーんと考えこむような素振りを見せるリーニャ。

 どうしたのかと店主がリーニャに尋ねると、リーニャは首を傾げながらレモンをまじまじと見つめる


「これ…でも単体でたべるものじゃないですよね?」

「あー、まぁな。ジュースにするにゃあ小さすぎるし調味料にするには味が際立ちすぎてる。単体でたべるにもなかなか勇気がいるってんでさっきのキウイ以上に作られてねーんだよ。だからお嬢さんたちが知らないのも無理はねぇな」


 少し残念そうなそんな店主の力になってやりたいが、残念ながらレモンを普及させられるような知恵を知らない。

 と、そこまで考えたところでふと思い当たる。

 知恵といえば私の身近にとてつもない量の知恵を蓄えた人がいるではないか。

 そう思ってポップコーンの屋台を振り返ってみると、篠芽とフェンリルは互いに別々の味を食べさせ合っていては満足そうに頷いていた。

 結局そこに落ち着いたのね…と少し呆れ半分で笑顔を浮かべながら篠芽を呼ぶ。

 ポップコーンを頬いっぱいに膨らませてこちらに歩いてきた篠芽は少しリスのようで可愛かった。と言っておく。決して子供っぽいなとは思っていない。

 そんなこんなでやってきた篠芽にかくかくしかじかと話をする。


「ああ、そんなこと」


 ごくん、とポップコーンを飲み込んでから篠芽は周囲を見渡して、少し眉をひそめながら篠芽は店主に尋ねる。


「ここらへんに大豆かヒマワリって売ってるか?」

「大豆の調味料ならまぁ考えられなくもねぇけどヒマワリって、何に使うんだ?」

「まぁまぁ見てのお楽しみってやつさ」


 そう言って店主とともに大豆とひまわりを買い漁る。


「とは言ったものの作り方の原理は知っててももちろんやったことなんかないわけで」


 念の為にということで市場を根こそぎ買い取るレベルで買いあさった大豆とヒマワリの不純物をまず魔法で完璧に取り除く。

 精選と呼ばれる過程だ。

 次に圧搾。

 フェンリルに手伝ってもらって空気圧縮を行い、三分の二ほどの油分を抽出する。

 まぁぶっちゃけ市場で手に入るレベルの量から採れる油分なんかたかが知れてる。大豆に関してはヒマワリ以上に油分がないから一度火炎魔法で火を通してからこの作業をする。

 そして搾りかすのようになったものを更にゲリの力もかりて一気に圧縮、更に油分を抽出していく。

 

「こ、こんな重労働やってられんわい…これで大して美味くないもんができたら承知せんぞ…篠芽…」


 肩で息をしながら地面に崩れ落ちるフェンリルを笑いながら、さらに抽出した油を精製していく。

 水分、ガム質、遊離脂肪酸、色素、有臭成分等を風を用いた遠心力で分離させ、ろ過させて色を整えていく。

 更にごく小さなブラックホールを使って真空状態を作り脱臭をする。

 こうすれば理論上は日本で使われているサラダ油が完成する…。

 そして実際に。

 完成した。


「おお…まさかできるとはな」

「これは、一体?」


 まさか自分でもできるとは、と感動しているとリーニャが横から空中に浮遊している油を見ながら尋ねる。


「油だよ」

「油…ですか。でもあれってこんなきれいな色してないですよね?」

「この世界にも油ってあるのか?」

「ええ。グーデルバイト帝国産の機械仕掛の道具のメンテナンスに使うと聞きましたけど…とても食用には使えない色してましたし…それにこんなに無臭じゃありませんでしたよ」

「よかった。無駄な苦労したのかと思ったわ。これは俺の――故郷で使われる食用油でな。まぁいいから持ってろって」


 鉄のフライパンいっぱいに入る程度には作れたので少し安堵しながら、更に篠芽は鶏肉と小麦をかき集める。


「まぁ片栗粉は無くてもいいだろ…」

 

 再びゲリとフェンリルの手を借りて小麦を小麦粉のレベルにまですり潰し、粉状にする。

 手伝ってくれないかと思ったが、どうやら油を作った時点で期待値がぐんと上がっているようだ。

 まぁこれは大人から子供まで誰しもが好きになる万能料理だし、多分食べてくれれば気に入ることまちがいなしだ。

 そう確信し、醤油と砂糖としょうがを混ぜた液体と切った鶏肉を再びブラックホールで作った真空の中にぶち込んで一瞬で下ごしらえの味付けを終わらせる。

 そして小麦粉をまぶし、熱した油の中に鶏肉を入れる…。

 ジュワッという小気味いい音とともに唐揚げのなんとも言えない胃袋をくすぐるいい匂いが市場に充満する。

 カイだことのない匂いに何事かと集まってきた商人たちを横目に、篠芽は揚げた鶏肉を皿に置いていく。

 そしてとりあえずは篠芽達と店主の人数分掛ける2の量を作ってしまってから一旦炎魔法を止めてフライパンを置き、箸を配る。


「さぁ、まずは一個食べてみろ。かなり熱いから気をつけろよ」


 篠芽がそう言ったにもかかわらず、せっかちなリンは唇を唐揚げにくっつけて熱がっていた。

 息で唐揚げを冷まして、いいかなと思ったところで全員が同時にかぶり付いた――


「「「「「ンまい!!!!!!」」」」」

「なにこれ美味しいわね!」

「なんじゃこれは!わしの大陸にもなかったぞ!」

「すごいですね…こんな調理法が…」

「すごいすごい!篠芽さんすごいね!」

「すげぇ…こんなウメェもんが存在していいのかよぉ…」


 若干一名むさいおっさんが涙を流している事に目をつぶりながら、2つ目にかぶりつこうとする一行を慌てて止める。


「ま、まぁまてよ、もともとレモンの使い道を探す予定だっただろ?」


 篠芽がそう言うと、全員がハッと我に返る。


「いいや!知らんわ!わしはこれをたべる!誰になんと言おうともこれをたべるぞ!!」


 若干一名…一神を除いて。


「まてまて!!それはまだ完成してねぇぞ!今食ったら公開するぞ!」


 流石にまだ完成してないという言葉が効いたのか、大人しくフェンリルは唐揚げに刺したフォークを皿に戻す。


「よ、よし。じゃあさっき店主さんの屋台から持ってきたこのレモンの果汁をかけて…よし。食ってみろ」


 篠芽がそういった途端に、待ちきれないといった様子で全員が一気に唐揚げをかきこんだ次の瞬間。


「「「「――――――ッ!!!」」」」


 声にならない悲鳴が上がった。


「すごい…!もともとガツンとくるような美味しさがあったのにレモンをかけると爽やかさが加わって舌に残る脂の感じをなくしてくれる…!レモンの果汁と鶏肉の肉汁が合わさって最強に思える…!」


 そんな風に食レポをしながら楽しむ皆を見ながら、篠芽は再び鶏肉を揚げていく。どうせならここにいる皆にも振る舞おうという心意気だった。

 いやぁ。

 日本ではごく一般的な料理を振る舞っただけでこうも喜んで頂けるとは。

 ぶっちゃけ料理は上手い方ではないがここまで喜んでくれると感慨深いものがある。

 料理ってのは心をつなぐ、なんて言っていた漫画のキャラがいたけどあながち間違ってもないかもな。

 そう思いながら揚げていくと、やはり当然のように油が足りなくなる。

 油が足りない事を皆に報告すると、こうしちゃおれねぇとヴァルハラ方々まで商人が全力で足を伸ばして大豆とヒマワリとアブラナをかき集め、それをフェンリルとゲリが気合を入れて加工をしていくというようなルーチンが完成し、いつしか広場は唐揚げ大会となっていった。

 そのうち唐揚げにハーブをかけたり、いわゆるマヨネーズに近いものをかけてみたりといろんな味付けをしだす人間が出てきて唐揚げ大会は更に盛り上がりを見せた。

 そうして市場の鶏肉を食べ尽くしたのが午後の七時。

 ふぅ、とため息を吐いて市場に座り込むと、謝礼金として置かれていった金額の量に思わず別の意味のため息が出る。


「すごいわね…これ少なく見積もっても金50はあるわよ…」

「あっさり私達の稼ぎを越えて行きましたね…異世界料理恐るべし…しかもあれで大衆料理とは…異世界…侮れないですね…」


 ごくりと息を呑む商人二人から、隣で腹をふくらませて横になる神(笑)と魔物(笑)を見る。

 テセウスや草薙もいたらよかったのに――と思わずにいられないが、しかし別れてしまったものは仕方がない。

 自分用に作り置きしておいた唐揚げをのせた皿を持ち、指で摘んでレタスで挟んで口に含む。

 ああ。

 やっぱり――


「うめぇや」


 そう言いながら見上げた空は、少しだけ歪んでいた。

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