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異世界の歩き方  作者: レルミア
大戦、開始
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大きすぎた傷跡

 朝。

 大量の人間が死んだあの最悪の戦いから一夜明けて、カーライアムは病室でホルンから知らせを聞いていた。

 

「主導者はやはりアマテラス――その目的は神降ろしにあったと推測されます」


 結果的にヴォルゴード王国の国民を率いてリュドミーラに攻め入った十傑は一人をのぞいて全てが死んだ。その生き残った一人も二人の十傑の首を持ってリュドミーラ側に寝返ったそうだ。とは言え自国に攻め入った国の兵隊、それも十傑の一人という重大な立場における人間がそうやすやすと信頼されるはずもなく、今も厳しい状況下に置かれているそうだ。

 秦野国の発表はアマテラスによる十傑を率いた暴走ということで言い逃れをしようと謀ったが、流石にそんな言い訳が通じるわけもなくリュドミーラとシュトゥルムガッドによる経済制裁が続けられているそうだ。ヴォルゴード王国は自国民が他国に攻め入ったことを謝罪したが、自国民の七十パーセントが死滅したヴォルゴード王国は既に国として成り立たなくなっていた。

 血の戦役。

 ヴォルゴード王国民がリュドミーラに攻め入り、その主な戦場となった平原は流された大量の血によって真っ赤に染め上げられたことからこの戦いをそう呼ぶ事になった。


「ひどい、戦いでしたね」

「…ああ。私の隊は何人が犠牲になったんだ?」


 カーライアムがホルンにそう尋ねると、ホルンは書類に目を落としたまま口をつぐむ。

 彼女が言いづらいほどの被害が出たということは予想に難くない。

 あの第一波を逃れた先に更に多くの敵が待ち受けていたというのだから、その被害は甚大ではないだろう。それも透明化して隠れていたというのだから不意打ちでの損害は計り知れない。


「分かっているだけでも…二千もの兵が…死んでいます」


 二千。

 それは第3師団に置いて六割以上を超える数字だった。

 院卒と呼ばれるほどに孤児院出の人間が多かった第三師団はほとんど家族の延長線上のようなもので、その喪失感は計り知れないものだった。

 

「死なせて…しまったな」

「すみません」

「ホルンは悪くない…私の力不足のせいだ」

「そんなことありません…あの時は皆が自分の力を精一杯振り絞っていました。誰も悪くなんかありません。それに悪い知らせばかりでもないんですよ」


 ホルンがそういうので顔を上げると、ホルンは少し微妙そうな笑みを浮かべていた。

 

「シュトゥルムガッドが十傑のエースが軒並み揃っても被害がほとんど無かったのは、どうやら篠芽君達のおかげだそうです。篠芽君の特徴と一致する人間が村を救ったと言う報告がいくつも挙がってきています」

「そう…なのか?」

「ええ。しかも彼はどうやらリンとリーニャさんとも一緒に居るみたいです。無事でしたよ、あの二人は」


 リーニャとリンが出発してからというものの二人の安否をしきりに心配していたカーライアムを励ますようにホルンがそう言うと、とうとうカーライアムは泣き崩れるように布団に顔をうずめた。

 沢山の人が…余りにたくさんの人が死にすぎた。

 血の戦役で死んだ人間は万では効かず、数十万にも及ぶという。

 それだけの数の人間が死に、その何倍にも及ぶ人間の恨みが世界に発生した事になる。

 何故。

 何故こんなことをするのだろうか。仮初ではあったかもしれないが、少なくとも一般の人間にとってはこの世界は平和そのものであったはずなのに。それなのに何故――彼らは。

 こんな戦いを起こしたのだろうか。

 神降ろし。

 その行為にどんな意味があるのか。

 詳しく調べる必要が――ある。

 二度とこんな惨劇を引き起こさない、ためにも。


****


「死んじまったんだな、あのおっさん」


 そう呟いた篠芽の横顔は、どこかものさみしげなものをしていたのが印象的だった。

 ユーノと呼ばれる女性が死んだ時でさえ見せなかったこの表情を見せるとは、一体彼に何が起こったのか。

 アマテラスと戦った事は教えてもらったが、それ以上の事は彼は頑なに喋ろうとしなかった。

 なんだろう、妙な胸騒ぎがする、とリーニャが胸に手を当てて心に奔る小さな痛みをこらえていると、喪服を着たリンが私の喪服のワンピースの裾を小さく握る。

 リンは短い間であったけれどテセウスを父のように慕っていた。

 恐らく父親の居ない彼女は頼りがいのある彼を父親のように見立てて慕っていたんだろうということが容易に想像できる。そして彼女の抱く今の悲しみは私には計り知れない。

 父親を失った事はある――しかしあれは少し前から察知していた、というか覚悟していたところがあったからまだ立ち直るのは早かったが、こんな不意に訪れた父親の死に対して抱く感情は分からない。

 

「ねぇ…リーニャさん」


 リンの頭を撫でながらどう声をかけようかと迷っていると、リンから声をかけられて顔に視線を向ける。すると彼女の頬には水が伝っているのに気付いてリーニャの心に再び痛みが奔る。


「私…あの時戦っていれば多分…勝てたんだ」


 ふとリンがそんなことを言い出して一瞬どういうことかと首をかしげるが、彼らが襲ってくる少し前に篠芽が言っていた言葉を思い出す。

『リンには水神が取り憑いている…いわゆる”神憑き”だ。だからあんなことができたんだ』

 眠っていたリンの頭をなでながらそういう篠芽の顔には苦悶の表情が張り付いていた。理由を聞いてみれば、彼いわく力を持ってしまえば争いからは逃げられなくなってしまう。そういう理由から来るものだったらしい。どうもテセウスも思うところがあるようで、彼の言葉に頷きながら苦虫を潰したような表情をしていた。

 別に保護して、砂利を取り除いて安全な道を歩かせたい訳ではない、とテセウスは言った。

 一介の護衛の身分としては些か入れ込み過ぎだが、それでも必要以上の危険を彼女に与える必要はないと。そう言った。続けて彼はそうなる前に自分が片を付けるとも言っていた。

 事実そうなったわけだし、その代償として彼はその生命を失ったことになる。

 確かにリンが戦えば誰も死なずに済んだかもしれないが、けれども彼らはそれを望まない。

 自分が死のうとも。リンに戦わせてはならないと。そういう遺志を残したのだ。


「そう…そうかもしれないけど、でも。テセウスさんはそれを望んでいないのよ。あの人はあなたに人を傷つけない生き方をして欲しいと言っていたもの。あなたに人を傷つけさせないために…あの人は戦ったんだと思っても、良いのよ」


 少し厳しいかもしれないけれど。

 もうこの子はこの世界では大人として独り立ちしなければならない歳だ。

 

「力があるのに、戦っちゃいけないの?」


 純真な瞳から発せられるその質問の答えを持っていなくてリーニャが面食らって口ごもっていると、墓から戻ってきた篠芽がリンの頭に帽子をかぶせながら言う。


「力があるから戦っちゃいけねぇんだ。力があるってことは人を殺せるってことだ。だからそれを振るっちゃあいけない。でもそれを振るわなきゃあならない場面は来る。でもあの時はそういう時じゃなかったんだよ。俺やテセウス、ゲリが居るときはお前はまだ戦っちゃいけない。一度も力を振るわないで生きれるなら、そうするべきなんだよ」

「でも、篠芽さんやテセウスさん、ゲリさんが居なかった時はどうするの?」

「そんな時が来たら逃げろ。全力で逃げろ。戦う必要なんかねぇさ。でも――そうだな。絶対に力を振るわなきゃあならない場面は来る。俺もゲリも居なくて、でも守らないといけない人がいる。そんな時は来る。そん時は迷いなくその力を使え。守るために。喪わないために。お前はその判断が出来る賢い人だ。決して俺みたいな人間になるんじゃ、ねぇぞ」


 そう言いながら歩き去っていく彼は決して顔を上げなかったけれど、その頬に流れるものがあったのを私は見逃さなかった。

 もう。

 限界なのかもしれない。

 手の中から離れていく何かを繋ぎ止めることができずに居るのを感じながら、ふと零した。


「帰ろう…リンちゃん」

「どこに?」

「私達の…あなたの、家に」


 今、私達は多分崖の淵にいる。

 あと一歩何かが起こってしまえば心が壊れてしまうかもしれない。

 切実に、そう感じていた。

次から新しい章が始まります。今後とも宜しくお願いします。

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