過ぎた怒り
ゆっくりとヴィーザルを引き抜き、篠芽は今代アマテラス…改め、兒島を見据える。
奴は姉の敵。
いつかやるとは思っていた復讐の日がとうとうやってきた。
それだというのに篠芽は自分の心のなかが思った以上に冷静なことに戸惑いを隠せないでいた。
確かに最初に見た時は我を忘れるほどに怒りを覚えたが、少し経ってしまえばすぐに落ち着いてしまう程度のものでしかなかった。
「久しぶりだな…まさかお前もここに来てるとは思わなかったよ」
篠芽がそう言うと、兒島はただ笑う。
その表情にどんな意味が込められているかは分からないが、少なくともその表情が出来る程度には元気だということが分かる。
「…同感だぜ、お前もこっちに居るとは思わなかった。お前いつ来たんだ?」
「一ヶ月ぐらい前かな…お前は?」
「俺も同じくらいだ。びっくりしたぜ…召喚された時に君は王になるために召喚された…なんて言われたんだぜ」
「羨ましいな、俺は野原に召喚されて歓迎されることはなかったぜ」
「俺もお前が羨ましいよ…」
「は?野原に召喚されてしばらく虫と草で食いつなぐような生活がか?」
「ああ。それでもこの厄介なことには巻き込まれずに済んだ…それか今まで巻き込まれずに済んだんだ。俺としてはよっぽどソッチのほうが羨ましいよ」
悲しさを湛えた瞳をみて、何かしら複雑な事情があったことは察したがそれでも彼に同情するような感情は一切湧いてこなかった。
だからどうした。
お前はそれすら感じさせられないように、俺の姉さんを殺したんだ。
と。
「お前は普段の行いが悪かったんだよ」
「それじゃあ仕方ないかもしれないな…」
そう言って彼も剣を引き抜く。
戦う理由は復讐以外にもある。あいつがここに来た理由は分からないが観光というわけでもあるまい。そもそも多数の巨大な魔力をテセウスさんが発見したために俺が見回りをしたんだ。そんな奴らを引き連れての行軍、良い意味が含まれているわけがない。
この村に攻勢にきたかはたまたリンの暴走を聞きつけてリンに対処するためにきたのか…いずれにせよ、篠芽の敵であることに変わりはない。
復讐がなくとも、篠芽と兒島は戦わなければならなかった。
「さぁやろうか。初めての命のやりとりだ」
「俺が、勝つよ」
篠芽が挑発するも、兒島は悲しそうにそう言うだけだった。
そして兒島は間合いも詰めずに、数m先で立ち止まったままゆっくりと手に持った剣を振り上げる。
何をしてるんだあいつは、と疑問に思った直後に背筋に嫌な寒気が奔る。
反射的に、兒島が振り下ろした剣のライン上から横に飛んで離脱すると、背後に建っていた家がまっぷたつに引き裂かれ崩れていった。
(斬撃を飛ばしたのか…?)
テセウスがかつて行っていた攻撃を思い返すが、そんな生半可なものではないような気がする。
篠芽の横を斬撃が通ったような気配は感じなかったし、風すらも感じさせずに横を通る攻撃があるとは思えない。
つまり。
結果だけがその場に存在したということになる。離れた場所を直接斬る。それも斬撃の広さは剣の振るった長さと同等ではなく、人が縦に剣を振っただけで家一つを真っ二つにするほど斬撃範囲は広く、そして切れ味は鋭い。
(斬撃を飛ばしているならブラックホールで吸い込めるけど…)
結果だけを残しているのならば吸い込むものが存在せずに体が真っ二つになるのでそれも不可能になってしまう。
つまり彼の切っ先よりも早く横移動をしながら兒島へと接近することが必要になるのだが。
そこまで素早い移動はできない。
ならば、と篠芽は強く剣を握って地面を踏みしめて一気に蹴りだして接近する。それに反応するように兒島が横に剣を振るい始めるのを視認した瞬間に地面を更に強く蹴って大きく飛翔、家が切り裂かれる音を背中で受けながら篠芽は手に紅い魔法陣を浮かび上がらせる。
「燃えろ!”フレイム”」
篠芽が詠唱すると紅い魔法陣から放たれた巨大な火球が兒島を襲う。
すんでのところで兒島が大きく後退して火球を避けると、火球は地面にぶつかって爆発して大量の砂塵を巻き上げる。
周囲が見えなくなるほどの砂塵の中、篠芽は着地した瞬間に大きく横に飛んでその砂塵から脱出して兒島の背後を獲った――つもりだった。
「だから、俺が勝つって」
ゆっくりと流れる世界で振るわれた兒島の剣は篠芽に届くことはない、けれども反射的に篠芽が剣を振り上げると兒島の斬撃は篠芽の体ではなくその前にあるヴィーザルを弾きあげた。
どういうことだ――とかんがえる前に体勢を立てなおし、更に一歩踏み出して剣を振るった後のディレイが生じた兒島の懐へ飛び込む。
ただ目を丸くするだけの兒島の胴体を切り裂くためにヴィーザルを逆袈裟に切り上げるが、彼の衣服に剣が触れる直前に見えない壁に剣がせき止められてしまう。
「だから言ったろ」
力任せに押しても無理だと判断した篠芽が後退すると、それを追うように兒島の声が飛んできた。
視線を上げて彼に合わせると、既に彼は剣を振り下ろしている途中で、慌てて横に回避するのも間に合わずに右足の外側が大きく切り裂かれる。
「俺が勝つって」
大きく飛んだ着地に切り裂かれた右足が耐え切れず、思わず膝をつく。
どうなってやがる、と頭のなかに疑問符が浮かぶだけ浮かんで思考が纏まらない。
恐らく何の魔法不可もない一対一ならばこちらの圧倒的な勝利で終わるだろうが、対力壁とあの遠隔斬撃がその勝利を難しくしていた。
「なぁ…篠芽。悲しくならないか?あれだけ喧嘩していた…実力が色々と拮抗していた俺達がさ、今はこうも違う。多分戦闘経験値ならお前のほうが断然高い。今の切り込みと砂塵を使った意表をつく攻撃を見てそれはもう十分わかったよ。でも装備なら俺のほうが断然強い。レベル差を覆すほどの装備。課金装備とでも言えばいいのかな…俺はもうこんな戦いに楽しみを見いだせない」
そう語った兒島の視線は何の表情もこもっていないものだった。
こいつは俺に対して何の興味も持っていない。それを否応なく突きつけてくるような視線。
別に興味を持ってほしいとは思っていないが、何の興味もないということはつまり恐怖も抱いていないと言うことと同義であり、それはつまりそれほど実力の差が現れているということだ。
だが、ここで篠芽が折れてしまってはいけない。
奴にはここで勝たなければならないのだ。
これは小細工を必要とする第二段階の戦いではなく、真っ向からの力勝負の第一段階の戦いだ。それならば。
「俺は一度も戦いを楽しんだ覚えはねぇよ」
今まで殺してきた敵、そして死んだユーノのことを思い浮かべて唇を食いちぎる程に噛み締めて、右足の痛みを堪えながら篠芽は立ち上がる。
「いつだって苦しかった。いつだって辞めたかった。お前は俺を羨ましいと言ったな。お前のその装備を見ればお前が祭り上げられた傀儡だってことぐらいは分かるし、自分で切磋琢磨できなかった環境の苦しさってのもまぁ想像はつく――でもよ兒島。それは自分でそこから脱出する”選択肢”はあっただろ?お前は選択肢のない戦いを知ってるか…?」
あんな。
あんな人に祭り上げられた人間にあっけなく負けてしまっては今まで俺に関わって死んでいった人間が侮辱されているような気がしてどうしても許せなかった。
リンを守るのも大事だが、それと同等以上に今までの人生で関わってきた人々を侮辱されるのを、篠芽は許せなかった。
「フェンリル――あいつを倒すぞ」
「うむ」
フェンリルが脳裏で頷くと、右腕の刺青が熱くなっていくのを感じる。
フェンリルからの十分な魔力供給が終えたと感じると、篠芽はきつく拳を閉じて拳の中の粒子をすりつぶす。
「お前のその斬撃…確かに厄介だがそれを封じる手立てはある」
そして拳を開き、中で発生しかけているブラックホールに膨大な魔力を注入し、吸い込むものに指向性を与えた。
「光を失え、クソ野郎」
刹那、世界は光を失った。
兒島のあの攻撃は視界に映っているものを斬ると言う属性のものと推測出来る。
理由は体より前に来た剣を弾きあげたことが挙げられる。
それだけで確証は無いことから賭けに近いものだが、しかしそれでも意表をついたという点でかなりのアドバンテージが生まれた。
先ほどの会話の最中に立ち位置、距離、周囲のフィールドは記憶した。
前に大きく十歩、そしてそれと同時に横に剣を振るえば…その先に兒島が居る。
切っ先が対力壁に触れる前に剣自体を魔力で覆い、対力壁の中に滑り込ませて兒島の腹部を大きく引き裂く。
その瞬間にブラックホールに注いでいた魔力供給を中断し、ブラックホールを解体する。
ブラックホールは吸い込んだものをワームホールに吐き出していると言うようなSFがあるが、その吐き出し口がない場合はどうなるか。
ただ単純に溜め込んでいるのだ。
それが土や石ならばとてつもない質量の球体が出来るだけだが、光だけを吸い込んだ場合。ブラックホールを解体して光が開放されたらどうなるのか。
起こるのは単純なことだ。
光の爆発。
目を開けていれば目を焼き潰すほどの光の爆発を真に受けて、痛みで硬直していた兒島はうめき声を上げて後退する。
これで奴はしばらく、下手をすれば永遠に目が見えなくなる。つまり斬撃は使えなくなる。
それならばもう、こいつに勝ち目はない。
ブラックホールを解体してから数秒後、明るさが落ち着いたところで目を開けて兒島の姿を再確認してとどめを刺すべく剣を振るったその次の瞬間に。
兒島の姿はその場から消えていた。
「まだこいつには死んでもらっちゃあ困るんだよねぇ」
新しい能力か、と慌てていた篠芽の背後から渋い声が飛んでくる。
振り返ってみると、そこには血だらけの兒島を抱えた男が立っていた。
「お前のその妙ちきりんな魔法にゃあ敬意を表して今日はここで撤退する…が、お前の中にいる奴が奴だしそのうちまた逢うだろうな…そんときゃ覚悟しとけよ?」
そういう男は、灰鴉のローブを羽織っていた。
「お前…誰だ?」
「俺様は灰鴉のNo.2…実質№1のジル・ド・レェ様だぜ」
灰鴉の実質的な頭首。
そう聞いて思わずヴィーザルを握る手に力が入るが、ジル・ド・レェは全く取り合うつもりもなさそうにひらひらと手を振る。
「やめとけ、まだお前は俺に勝てねぇよ。お前は育ちそうだからな、今日は見逃してやるぜ」
そう言って一瞬で何処かへとジル・ド・レェが消えると、篠芽は大きくため息を吐いて地面に座り込んだ。
「なんていうか…はっきりとしない終わり方だな…」
ふぅ、と更に大きくため息を吐くと、隣に座り込んだフェンリルが同調するように口を開いた。
「そんなもんじゃよ、現実は」
一体この世界が今どうなっているのか。
それをもう一度把握する必要がある事を切実に感じた。
「しょうがない――――帰るか」
「帰るって、どこに帰るつもりじゃ?」
「そりゃ、俺達の家といえる家なんか今となっちゃ一つしか無いだろ」
リュドミーラの孤児院。
あそこにもう一度、帰ろう。




