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異世界の歩き方  作者: レルミア
大戦、開始
57/104

交錯する忠義の刃

「貴様とは良いライバルでありたかったよ」


 それはテセウスの紛れも無い本心であり、マーズに対する賞賛の言葉だった。

 もともと彼らが騎士をやっていた頃マーズとテセウスはいい同僚であり、その実力も拮抗していた。


「今は1500戦中750勝750敗、だっけか?」

「よく覚えているな、その通りだ」


 軽薄そうに大きな剣を振り回すマーズとは対照的に、盾と剣をしっかりと構えるテセウス。彼ら二人の性格は相反しているが彼らは旧友であり戦友で、その信頼関係は厚かった。

 だが彼ら二人にこの戦闘を回避するという思考は微塵も無かった。


「最後の決着を付けようか」

「ああ――。俺の勝ちで、終わりにするぜッ!」


 大きく縦に振られた大剣を盾で受け流すようにしてかわし、更に大剣を上から甲冑を装備した足で踏んでその動きを制限する。

 短く息を吐いて剣を袈裟斬りにするとマーズはクルリと体を反転させながら腰を折ってその攻撃をかわす。その勢いをそのままに足を振り上げてテセウスの腰を蹴りあげてテセウスを大剣の上から退かし、再び大剣を振り回す。

 テセウスが技巧派ならばマーズは一撃派。

 細やかな盾の操作でマーズの攻撃を避けるが、強大なマーズの一撃がそのテセウスの盾捌きを鈍くさせていく。

 

「ほらほらぁ!動きが遅くなってきたぞおっさん!」


 とても自分の身丈と同じ長さの大剣を扱っているとは思えないその体の機敏さの秘密は重心移動にある。

 剣を中心にして体を細かく動かすことにより剣を振るうのではなく剣を回すというイメージでの攻撃を繰り出していた。威力こそ剣を振るうのには勝てないものの、重心移動による遠心力を活かした攻撃のもたらす破壊力は絶大だ。

 大量の手数の攻撃を直に盾で受けてしまい、足が軽く地面から離れたその隙をマーズは見逃さずに更に大きく横に、筋力で剣を振るって必殺の一撃を放つ。

 慌てて剣を盾に構えて防御姿勢をとるが、足場もなく踏ん張ることができないテセウスは容易に吹き飛ばされて壁へ叩きつけられてしまう。土煙に消えるテセウスの姿を見て、ゲリはやはり負けたか…と絶望の一端にかすかに触れたが、マーズの表情が先程よりも険しい物になっているのに気づく。


「さぁここから本番だ…」


 土煙から現れたテセウスは確かに傷を負っていたが、その目は今までよりも力強く、そして纏う気迫も今までのものとは比べ物にならないものだった。

 騎士たる誓い。

 制約。


「傷つけば傷つくほど強くなる。死にかけてもなお、死んでもなお、主を守る。それがあんたの生き方――だよな」


 軽薄な調子は一切なく、尊敬すら込められたその言葉を受けてもテセウスは笑わない。

 ゆっくりと一歩、甲冑の金属が擦れる音を響かせながら踏み出し、更に一歩踏み出した瞬間。テセウスの肉体は一気に加速した。

 剣も振り上げず、ただ盾を前に構えただけの直進的な突進だが、甲冑の重さを加えたその質量に大剣だけでは対応しきれずに突進に弾かれるようにマーズは後方に吹き飛んで玄関からはじき出される。

 そして衝突の衝撃で勢いがなくなったテセウスは着地したその足で更に加速して吹き飛んでいったマーズへと肉薄し、慌てて縦に構えられる大剣を盾で引き剥がしてマーズの腹部に剣を突き立てる。

 

「しゃら――くせぇ!」


 身を捻って切っ先を胴当てに当てて直撃を回避し、そのまま前進してテセウスの腹部に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。

 空中に浮いたテセウスを両断しようと大剣を縦に振り下ろすが、その直前にテセウスが体を回転させながら剣を射出してマーズの右の頬を引き裂く。


「化け物が――ッ!」


 空中での姿勢制動が人間のそれを超えている――と悪態をつきながら痛みを無視して全力で大剣を振り下ろすと見事に盾に直撃し、複数回のバウンドを経てテセウスは地面で静止した。

 普通ならば肋骨の数本が折れ、肺に穴が空き、腕はもう使いものにならないだろうに。普通ならこの時点で勝ちを確信するのに。

 それでもテセウスは立ち上がる。

 衝撃で折れて使い物にならなくなった盾を捨て、太ももに差し込まれた一見装飾の一部に見える剣の柄を引き抜く。


「顕現しろ、”メーチ”」


 テセウスがいうと、銀色の柄から半透明の青白い刀身が生成される。

 魔力刃。魔力で刃を構成して剣を作るという柄だけで事足りる省エネ装備だが、その柄の性能によって値段がはるかに変わってくる。本当にただの柄のおもちゃのようなものならば安いがテセウスの持つ魔具としての性能も段違いのものならば城一つ買えるぐらいの価値がある。

 そしてあれでもまだ、テセウスの本気の装備ではない事を識っているマーズは舌打ちをする。

 あの同数の戦いはこの時点でマーズの勝利になっていたからあそこまで稼げたと言うのが事実だ。騎士団における戦闘で実際にテセウスが死ぬ気で戦えば勝てる人間は片手で足りただろう。それ程に彼は強い存在だった。

 ”不屈のテセウス”

 何度殺されかけても立ち上がることからその名が付けられた人間に、稽古ではなく殺し合いで勝負を挑んでいることをマーズは改めて確認する。


(勝てるか――?)

 

 命令されているのは時間稼ぎ。だが背後に居るゲリとその隣に居る子供の持つ魔力は得体のしれないものを感じさせる。ゲリはともかくあの子供。もしかしたら”魔憑き”…いいや、”神憑き”かも知れない。

 逃すわけには、いかない。

 大きく息を吐いて体の緊張を解してもう一度大剣を握り直し、足を前に擦りだした直後。

 テセウスが青い閃光になるほどの速度でマーズに襲いかかる。

 右の突きをかわし、そのまま懐に入ってきたテセウスを大剣で吹き飛ばそうとするが、それよりもはるかに早くテセウスが体を回転させて再び攻撃を仕掛ける。

 その動きをみてマーズは離れるよりもまず先にテセウスに接近してわざと鎧で剣を受け止め、衝撃によるダメージを歯で噛み殺しながらテセウスに甲冑の肘を叩きつけて吹き飛ばす。追撃に大剣を縦に振り下ろすがそれを難なくかわされてしまう。


(この大剣の速度じゃあ追いつけねぇ――ッ!)

 

 打撃入れられるが致命打には至らない。

 しかし向こうは攻撃を加えられるたびに力と速度が上昇していく。つまり軽い攻撃でテセウスにドーピングをしてあげているだけという展開になってしまっている。

 一撃必殺。

 マーズの最も得意とする分野の攻撃が必要となっていた。

 だがそのためには早さも力も足りない。

 

「主義じゃねぇが仕方ねぇ――”ウシペーネ”!」


 叫び、二倍の速度でテセウスに迫るマーズの振り下ろした剣をテセウスはかわしきれずに右手の剣で受け流そうとするが、それすらも許されなかった。

 甲冑ごと肉をえぐられ、左手で地面をつきだして大きく飛翔してマーズから距離を取る。

 大きくため息を吐いて一息ついたテセウスは感心したようにため息を吐く。


「よくもまぁここまで成長したものだな。師匠として嬉しいよ。師匠としては弟子に倒されるのが一番の望みなんだが――今はどうもそういうわけにも行かないようでな」


 テセウスは剣を棄て、甲冑を脱ぎ捨てた。

 レザーコートだけになったテセウスは胴当ての内側の部分に描かれた魔法陣に手を置いて魔法陣を発動させる。

 ゆっくりと突き出てきた柄を左手で引き抜くと、それはテセウスの身の丈程もある大きな剣だった。

 

「お前に与える最後の授業だ、私の本気の剣術を見て学ぶが良い」


 もともと大剣を振るう技術はテセウスがマーズに与えたもので、直接的な師匠に当たる存在なのだ。

 その師匠の本気と死闘を繰り広げる。


「燃えるねぇ――」


 口端を舐めて、マーズは再び大剣を構えて大きく息を吸う。

 おそらく今から始まる戦いの最中に、呼吸をすることは不可能だと予測したからであり、事実その通りの展開になる。

 ドン、と鈍い音を響かせて同時に蹴りだした二人はその中心よりもわずかにマーズ寄りの場所で切り結び、そしてマーズはあっさりと後ろに吹き飛ばされる。

 反動でよろめいた足を絡めとるようにテセウスが足を払い、宙に浮いたマーズに剣を振り下ろす。それを視認したマーズは地面に大剣を突き刺してそれを足場にして離脱。体を起こしてテセウスを確認して瞬間には既に目の前にテセウスの大剣が迫っていた。


「”プロテクト”ッ!」


 ギリギリで体に保護を掛ける対力壁を張って斬撃の威力を緩和したが衝突の衝撃は凄まじく、遥か後方に吹き飛ばされてしまう。

 

(つええ――!)


 転がった勢いをそのままに立ち上がって顔を上げると、数メートル先にテセウスの姿を確認する。


(このままでは勝てない。どうする――。トリガーを外すか?そんな野暮なことはしたくねぇ――でも武器もねぇこの状況では四の五の言ってられねぇよな――!)


 更に一歩テセウスが迫り、その大剣を振り上げた瞬間にマーズは短く叫んだ。


「”アドベント”ッ!」


 叫んだマーズがまばゆい光と大量の粉塵を放ったかと思えば、振るった大剣は固い衝撃を伴って動きを止めた。

 この感触は肉ではない――。

 本能的に危機を感じて大きく後ろにステップを踏むと、テセウスが居た場所に漂っていた粉塵が細かく切り裂かれて霧散する。

 

「貴様…外法に手を出したか」


 土煙が晴れて現れたマーズの周囲には半透明の剣が幾百も浮いていた。

 その背中には二本の太い剣が差し込まれており、大剣の姿は一本も見当たらなかった。


「これが力を求めた結果だよおっさん――強そうだろ?」

「強そうではあるが――それで何を守るんだ?」


 問われてマーズはふと動きが止まる。

 あの騎士団が崩壊してから彷徨っていたマーズはまず自らの非力さを嘆いた。主を守れなかった自分を嘆いた。

 余りにも圧倒的な力量差だったのは誰の目にも見ても明らかだったが、それでも自分は主を守るために剣を捧げたのだからそれを守るために死ぬべきだったと。主が死んで、そして自分は主を救うことができなかった。その事実だけがマーズの肩にのしかかっていた。

 結果的に、ネズミを介して秦野国が新たな戦力を探しているとしったマーズは秦野国へ赴き、強くなるためならなんだってすると”魔憑き”の実験を受けたのだ。

 この時点でマーズの目的と手段が入れ替わっていた事に、マーズは今ようやく気付くことになる。

 今のアマテラスがやっているのはかつて自分が下に居た主とは違う。あの人は怠け者だったが真に民のことを思って行動をしていた。だが今はどうだ?蹂躙し、他国を荒らし、そして人の頼みの綱である神を殺して自分を神にしようとしている人間は――


「果たして貴様の守るべき相手か?」


 思考を読まれたのか、テセウスは考えをなぞるように口にする。

 答えは明白だ。

 否。

 だがもう既に遅い。

 ここで方針を変える訳にはいかない。

 変えてしまえば今まで犠牲になって来たものが、犠牲にしたものが全て無駄になってしまうのだから。莫迦な意地だなんてことは分かっている。でもこれだけは曲げられない。

 曲げるとしても――。

 それは、あいつに殺されることで果たされるべきだ。

 ここでもし勝つことができたらあいつに勝負を挑もう。秦野国の”神憑き”。かつて俺が親を殺したあの少女に。

 そう決心をして、拳を強く握る。


「黙れ――行くぞ」

「ふん――莫迦が」


 マーズが手首を返すと、マーズの周囲に漂う半透明な刃が一斉にテセウスへと襲いかかった。

 その数数十。

 とても大剣一本でしのぎきれるものではないがテセウスは至って冷静に剣を振り上げる。


「邪魔だ」


 ドン、と衝撃と同時に地面が大きな溝を作った。

 魔力による斬撃の射出。

 それは剣士なら誰しもが通る道だが魔力の消費量の多さについていけず、こんな中盤で使う人間は極めて稀だ。

 しかも”魔憑き”の固有技全てを押し潰すほどの魔力の量。

 誰だテセウスは技巧派だなんて言った奴は――。

 呆れて心のなかで呟く。

 ガチガチの一撃必殺型じゃねぇか…!

 悪態をついて地面を蹴りながら背中の二本を引き抜き、テセウスの左肩に片方を突き刺す。

 驚くほどに回避行動を取らないテセウスにぎょっとして顔を見るが、その顔は以前戦意に満ちていた。

 誘われた、と気づくのと同時にテセウスが大剣を振り上げてマーズの右腕を刈り取る。

 空中に放り投げられた右腕を尻目に、返す刀でマーズの胴体を切り裂こうとするがマーズがいち早くその場を離脱して攻撃が行われるより前に回避行動を取る。

 疾すぎるだろ――!

 もはや左腕は使いものにならないテセウスは必然的に右手だけであの巨大な大剣を扱わなければならないというのに、左肩を突き刺される前よりも攻撃速度ははるかに上がっていた。

 あれが魔力制約による自らの身体強化――。

 その強さに思わず舌を巻きながら立ち上がる。

 片腕を失ったことによってバランスを取りづらくなったマーズは今までのような重心移動による高速攻撃は不可能だと判断する。

 この出血量で動きも鈍くなるのだから次の一撃で決めなければ引き分けにすら持ち込めなくなる。

 負けるわけには、いかない――!

 ドンッと地面を蹴って残った左手ですさまじい速度で振るわれる大剣をいなしたが、振るった大剣の重さを活かして更に一回転、失った右腕側からの大剣の横薙ぎがマーズに迫る。

 重心移動に因る高速回転。

 マーズにこれを教えたのはテセウス自身だ。

 だからこそ。

 その対策はできていた。

 ゆっくりと笑うマーズの右腕の傷口からいびつな形状をした刃が生成され、残った肩をフルに使って上から大剣を叩きつけるようにしてその攻撃を躱す。

 そして左手の剣でテセウスの胴体を引き裂き、彼の上半身と下半身を真っ二つに離反させた。

 勝った――と地面に着地してからゆっくりと振り向くと、目の前には上半身だけで飛来するテセウスが居た。

 マーズはこの瞬間にテセウスがかつて言っていた言葉を思い出す。


『人間と言うのは勝利を確信した瞬間が一番隙が出来る』


 その言葉を忠実に実行し、死んでも尚主を守るために戦いを続けるテセウスにマーズは思わず零した。


「やっぱ勝てねぇなぁ――」


 そして次の瞬間に、テセウスの魔力をまとった大剣が振り下ろされた。


****


 リンを家に置いてドアを閉めて慌てて外に出たゲリは眼の前で繰り広げられた死闘に思わず息を呑んだ。

 ゲリは今まで復讐か自分の楽しみのためだけに戦ってきたからテセウスの人を守るための戦いということの意味をイマイチ理解できていなかったが、彼の戦い方からは言葉よりも明白にそれを伝えてくる何かがあった。

 すごい――と、初めてゲリは人間に対して心からの敬意を抱いた。

 そして同時に思った。

 私もあんなふうになれたら――と。

 テセウスからたしかに渡された何かを、ゲリは決意と共にゆっくりと拳で握り込んだ。

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