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異世界の歩き方  作者: レルミア
大戦、開始
56/104

可能性のパズル

連投です。短いです。


 先代アマテラス、草薙の真の強さは誰も知らないという噂が世間ではまことしなやかに流れていた。

 曰く、片手を振るえば軍が死ぬ。

 そんなレベルの強さの人間だという噂が流れても誰もが疑わないほどに彼の実力は際立っていた。彼が戦いで傷を負ったところは誰も見たことがなく、苦戦するところも見たことがない。そんな人間に第一席と第二席が戦いを挑んでいた。

 確かに偽とはいえ”魔憑き”の強化を施された自分たちはその前とは比べ物にならないほどの実力を手にすることができたが、それだけに眼の前の人間がいかに化け物じみているかをまざまざとつきつけられる。人とは思えないような魔力貯蔵量を草薙の体からあふれている魔力がまざまざと語る。

 

「兄さん…どうやってこいつを足止めするんだ?策は、あるのか?」


 隣の弟のリューズがゴクリとつばを飲み込んで尋ねてくるが、正直なところ策などない。

 だがただひとつ言えるのは萎縮してしまえばもともと限りなく少ない勝算がゼロになるということだけだ。


「無い。久しぶりに挑戦する側なんだ――全力でやろう」


 ミューズがそう言うとリューズも頷き、二人は剣を引き抜いて構える。

 しかし対する草薙は剣を構えることもせずにただ立って二人を見据えるだけだった。確実に二人を馬鹿にした行動だったが、草薙はこの姿勢からも敵を屠ることが出来る人間だということは事実。

 動けば、殺られる。

 嫌な緊張が体を支配する。

 とりあえず様子見をしようとリューズが氷魔法を放つが、飛来した氷塊を腕を出すこともせずに消してみせた。

 距離にして数メートル。

 すさまじい速度で動いたにしても腕を伸ばしただけでは破壊できないし、地面の痕跡を見ても体を動かした痕は無い。本当にただ立っていた状態で”何か”をしたということしか分からない。つまり”何も分からなかった”のだ。

 と、ミューズが冷静に自分たちの置かれた窮地を分析しているとリューズが呆気にとられたように呟く。


「魔力が…減っていない」


 意味のわからないことを、と隣に立つ兄を見るがその顔はとても冗談を言っているようには思えなかった。

 対”魔憑き”において魔力と言うのは戦闘の中でかなり重要なポジションを占めるために一席二席の自分たちにもなればその管理は数値化出来るほどに正確だ。

 その兄が魔力の自覚をできていないはずがない。

 つまり考えられるのは『体に宿した”魔”の暴走に因る何らかの事象』かはたまた『そもそも魔法を放っていなかった』の二つのうち一つだ。考えたくはないが前者はもう予想がつかないが、後者に至ってはそれはないと断言出来る。現に射出された氷を見たのだから魔法が行使されていないわけがない。放たれた氷塊が草薙の幻術である可能性は否定できないが、しかしそんなことをしてメリットがあるのか――?

 そんな思考回廊に陥りかけたところで、リューズがミューズの肩を優しく叩く。


「理由はわからないが何かをされていることは確実だ。お前は考えるのが得意だから俺がまず先に行こう。それを分析してお前が打開策を講じろ。良いな?」


 つまりリューズは身を挺して相手の手の内を晒すと言っているのだ。

 不意打ちで二人同時に死んでしまえばその時点で任務は失敗。だが一人が死んで打開策を見つけることができればもう一人がそれに則った動きで敵を抑えこむことが出来る。そういうリスクとリターンを考えた上での策だったが、その相手が草薙ともなれば死ぬのは確実。それでもミューズは頷いた。


「分かった。頑張ってくれ」

「ああ――兄さんに任せろ」


 勇ましく一歩を踏み出して、剣を胸の前に掲げて大きく叫ぶ。


「神よ、我に加護を――!」

「――神殺しをやろうとする連中がよく言う…」


 小さく呟いて剣を掲げた状態のリューズに突進し、その隙だらけの体に蹴りを打ち込んだ草薙だったがリューズの体は草薙の背後へ流れるように移動し、その背中に剣を叩きつけるために振り下ろす動作へと入っていた。

 それをステップでかわし、少し距離を取ると感心したように草薙が呟く。


「お前…いい筋してるじゃねぇか」

「お褒めに預かり光栄だ…と言っておこうか。今の一瞬ですべてを把握したのならこちらこそ頭が上がらないな」

「俺の見立てじゃあ魔力を体の周囲に張り巡らせて相手の進入角度と動きを正確に把握してどうしてもできる攻撃の死角を縫うように渡って背後に移動、そして斬撃。こんなところか?」

「全てバレてしまったとは――まぁ改めてすごいと思いますよ。でもこの技…”絶対領域”と呼んでいますが…これの強さはわかっていても防げないことにあるのです。仕組みがわかったところで攻略法があるかどうかはまた別の話ですよ?」

「絶対領域…ね、まぁいいけど。この世界じゃ無い意味だろうし…。まぁ確かに厄介ではあるけど――」


 そう言って、初めて草薙はポケットから右手を出し、指を鳴らす。

 その直後には数百の風の刃が生成され、リューズへと襲いかかっていく。隙間なく飛ばされたその風の刃はリューズの絶対領域に入った瞬間に分解されて霧散してしまった。


「魔力分解…お前厄介な能力身につけてやがるな…」


 彼は魔法が絶対領域に入った瞬間にどうしても生じてしまう魔法のほつれの部分に絶対領域の魔力を差し込み、そこを起点に内側から魔法を分解するというリーニャの魔力を差し込む魔法の上位互換のような物を習得していた。

 その魔力操作の器用さはさすが第一席と感心出来るほどのものであり、恐らく習得するには数年を要したことだろう。

 才能と努力があってこその成果は魔法を無力化し、かと言って近接攻撃に持ち込もうにもどうしても出来る攻撃の死角をついて背後へ回られてしまう。守りと攻撃どちらにしても優秀な魔法。それがこの”絶対領域”だった。

 普通ならばこの状況、戦わなければならない場面ならば対処法に困って眉をひそめたりするものだが、草薙は過去のそれらの人間とは対照的に、笑った。


「面白い能力だけど――」


 そう言ってゆっくりと”絶対領域”の中へと歩みを進めていく。

 そして一歩、また一歩と踏み込んでいき、リューズの眼の前へとたってから剣を引き抜く。


「俺の早さに認識がついてこれるかな?」


 瞬間。

 草薙の体がブレた。

 とっさに盾を持ち上げて体全体を隠した刹那、激しい衝撃がリューズの体を襲う。かろうじて姿勢を崩さずに耐えることができたが、すぐに盾の縁を捕まれて盾を引き剥がされて再び草薙の刀が振るわれる。”絶対領域”がリューズに情報を伝えたコンマ数秒後に届くその攻撃はもはや”絶対領域”の意味はなさず、ただ純粋な速度勝負へと成り下がっていた。

 

「間に合わないよねぇ!」


 もはや本能が自分の体を守っているかのように意識せず剣を振るって草薙の攻撃をギリギリのところでさばく。圧倒的な手数の差に防戦一方になったリューズは舌打ちをして一気に後退するが草薙は離れずに一定の距離を持って肉薄し続けたまま剣を振るい続ける。

 剣としては短すぎる、ナイフ戦のようなその距離にたじろぎながらもリューズは草薙の攻撃を捌き続ける。

 確かに詠唱なしでこの早さは常識をはるかに逸脱している――しかしこの程度の非常事態は想定していたッ!

 強めに剣を防御して押し返し、草薙に僅かな隙ができた瞬間に盾を無くした左手の拳を強く握る。


「”凍れ”――”絶対領域”!」


 そう唱えた瞬間、液体窒素に触れて氷が凍るような軋んだような音が響き、草薙の動きが止まる。

 流動的な”絶対領域”の中に充満した自分の魔力の動きを固定することでその空間を固まらせるという液体が個体になる過程をそのまま魔力で行使したもので、それは必殺の奥の手だった。

 

「こんなに早く使わされるとは思いませんでしたけどね――」


 と、ゆっくりと草薙に近寄って剣を振り下ろしてその首を切り落とした――


「そういう展開の――”可能性”もあったかもな」


 落ちたように見えた首は消え失せ、首を無くしたはずの体も消え、草薙は”絶対領域”の外で剣を回していた。

 その姿を見てリューズは唖然とする。

 今確実に。

 奴の首を切り落としたはずなのに――。

 何故奴は生きているのか。

 そして何故――――


「んでもって――”凍らされる”その”直前”に、俺がお前の胸を一突きして離脱したその”可能性”も、あるよな」


 自分の胸には風穴が開いているのか。

 草薙のいうことが全く理解できないまま、リューズは地面に横たわって自分の体を包む自分の血液の海に溺れていった。

 ミューズ逃げろ、と最後に小さく零したが、その声がミューズに届くことはない。

 そんな崩れ落ちた兄の姿を見て、悲しみや憎しみよりも前に疑問がミューズの脳裏に浮かんだ。

 馬鹿な事を――と。

 仮説ではあるが草薙の能力に見当はついた。

 奴は時間を、時空を操ることができ、無数に別れるこの世界の可能性の分岐点の自分をこの世界に持ってくることが出来る。いや、もしかしたら自分だけじゃないかもしれない。あの時兄のリューズの魔力が消費していなかったのは『魔法を打ったのに消費していなかった』のではなく。『魔法を打ったという一つの可能性を行使したはずの世界のリューズの”意識”が、打たなかったというまた一つの可能性の世界のリューズの”体”へ移行した』結果、魔法を打ったという記憶はあったが実際の体は魔法を行使していなかった。故に魔力が減っていなかった。

 つまりはそういうこと――なのだろう。

 そしてミューズは悟る。

 今から自分は、その能力に呆気にとられて何もできない”可能性”の世界の自分は、あっさりと眼の前の化け物に殺されると。

 世界の可能性の分岐を組み換えて自分の世界を意のままに操作する。

 そんなことが出来るのは――


「神しか、居ないではないか――」


 その言葉を最後に、ミューズは意識を手放した。

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