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異世界の歩き方  作者: レルミア
大戦、開始
55/104

死の加速

「あいつは魔力無効化を持ってると仮定して…あなたに対抗手段はあるの?」

 

 ベルベットが風神にそう尋ねると、風神は少し悔しげな表情をして首を振る。


「伊達に対”魔憑き”を名乗っている集団ではないようだな…正直なところ魔力を封じられてしまうと何もできない」

「そう…まぁいいわ。じゃあこれあげるわよ」


 そう言うと、ベルベットは両手に持っていたリボルバーを風神に投げて渡す。

 突然投げられて少し慌てたのか、慌てて二つのリボルバーを受け取ると不慣れな様子で銃口を覗いたりしていた。


「そこから銃弾が出てくるわ。構える、狙う。撃つ。簡単よね。弾はリロードしておいたから八掛ける二の十六発が二丁。なくなったら石か何かを銃口に詰めて石と弾薬の間で圧縮した空気を爆発させれば同じような事ができるわ。簡単でしょ?」

「ああ…。確かにあるのと無いのではかなり違うが貴様はどうするんだ?」

「私は別にその武器しか使えないわけじゃないもの」


 そう言って、ベルベットはポケットから魔法陣が描かれた二枚の紙を取り出すと、それを両手で一枚ずつ中心に拳を突き刺すようにして魔法陣を展開させる。

 

「と、いうよりも。どちらかと言うとそれは試用段階のものよ。私はどっちかというと」


 そして魔法陣から何かを引き抜くように、ベルベットは交代しながら魔法陣から出てきた木の柄を引っ張りだす。木と鈍く光る金属が五対五程度の分量で見えるそれはリボルバーの大きなバージョンに見える。


「これはマスケット銃。単発だけどそのかわり威力は絶大よ。さぁ待たせたわね――リベンジマッチと、行こうじゃない」


 静かにマスケット銃を十傑に向けてベルベットが宣言をしたその直後。

 粉塵を巻き上げて十傑がベルベットへと突進を開始する。

 慌てて風神が十傑に向けてリボルバーを斉射するがその弾が十傑の肉体を傷つけることはなく、跳弾して地面に突き刺さった弾は軒並み地面を砕いて爆発していく。

 

「威力足りんぞ!」

「まぁ予想はしていたわ――」


 慌てる風神とは対照的に冷静なベルベットはゆっくりと右手のマスケットの銃口を微調整し、すさまじい速度で迫る十傑の眉間に照準を合わせる。

 冷静に――。と自らの心の恐怖心を押し殺して集中力を高めていくと十傑の動きや十傑が巻き上げる土煙の動きがスローになっていくのがはっきりと分かる。

 そしてピタリと眉間の中心に照準が合った瞬間に。

 左のマスケットを十傑の手前の地面に向かって打ち、同時に右手のマスケットで十傑の眉間に向かって炎弾魔法を発射する。

 左のマスケットから打ち出された弾丸は地面にぶつかったと思えば甲高い音を立てて直径一メートルに達するだろうかという太さの氷が十傑の腰程度の高さまで生成され、右のマスケットから放たれた炎弾はすさまじい速度を持って十傑の眉間へと真っ直ぐに飛来する。

 

(筋肉だけでは解決できない強靭な氷の針と炎弾――。お前はどっちを取る)


 目を細めてどんな細かい挙動も見逃すまいと十傑を見据えると、十傑がゆっくりと笑うのが分かった。

 十傑は回避行動は取らずにそのまま氷を砕き、頭にぶつかる炎弾も水風船があたった程度の反動があっただけで傷には至らなかった。

 

「クソッ…販促だろ」


 慌てて地面をけって回避行動をとってスレスレのところで十傑の突進を躱す。

 一つの仮説はあの二人は対魔壁と対力壁を生成していて、それを切り替えることによって物理と魔法の攻撃をいなしているというものだったが、今の突進を見る限りそれは否だ。奴は対魔壁と対力壁どちらも展開することが可能だ。

 一体どのレベルの魔法壁なのかは分からないが対魔にしろ対力にしろ、それを打ち破るほどの攻撃力はベルベットは持ち合わせていない。

 あるとすれば風神の攻撃力だが、長いこと魔力補給をしていない彼がそこまで大きな魔法を行使できるとも思えない。

 

「さっきの灰鴉と十傑の魔力は吸収出来てるのか?」

「ああ。一応吸収はしておいたがあのレベルの対魔壁を壊せるほどの魔法は一度限りしか使えないぞ。しかも詠唱を妨害されてしまえばその時点で魔力不足に陥って詰みだ」


 クソ。

 心のなかで悪態をついて、ゆっくりとこちらに向き直る十傑を憎しみのこもった目で見る。

 願わくば視線で死んでくれないかと思うベルベットだが現実はそんなわけもなく、無情にも十傑は再び腰を落として突進の準備を始める。

 どちらの魔法壁も展開しているというのなら外側が対魔壁なのはほぼ確実だ。

 対魔壁は魔法しか防御しないが、対力壁は魔法のダメージもある程度軽減してくれるのだ。つまり巨大な魔法で対魔壁が消えたとしてもその後に来るであろう速い速度で打ち出せる魔法は対力壁で防御できる程度のものだと予測ができる。逆に言えばその程度のものしか使われる可能性がほぼない。という理由もあり、普通の魔法使いならば対魔壁は使わずに対力壁を用いるのだ。

 並みの魔法使いなば対力壁だったとしても相手に魔法で致命傷を与えるのは難しいから。その分対力壁の難易度は高いのだが…恐らく奴らは片方が体を動かして片方が魔法を行使するという役割分担をしていると考えればあの複雑な魔術行使にも納得がいく。二重の魔法壁を展開するのですら天才レベルなのにそんなものを展開しながら敵を攻撃するなんて馬鹿げたマネ出来るわけがない。

 だが。

 逆に言えばそこまで難易度の高いことをやっているのだ。

 既にあれが奥の手だと考えてもいいのかもしれない、とベルベットは小さく息を吸って考える。

 それが有利になる条件ではないし、それが出来る時点で殆どの相手に対しては必殺の意味を持つことは重々承知だ。

 それでも尚ベルベットはこれ以上はないかもしれないという事実に希望を見出していた。

 

「時間を稼ぐ。殺るぞ」


 短くそれだけ言って、ベルベットはマスケット銃を棄てて新たに魔法陣から剣を二本引き抜く。

 魔法でも物理でも傷を付けられないからと言って。

 攻撃を防げない理由にはならない。

 触れれば魔法の効果が切れるというのなら逆に言えば触れなければ魔法の効果は継続するということだ。

 

「出来るのか?」

「やるんだよ。しくじったらあの世で頭を下げるさ。行くぞ十傑――集中しろよ。”ウシペーネ”」


 身体強化の青魔法を掛け、一気に十傑に肉薄する。

 しかしたかが二倍程度の速度では容易に十傑の視線がベルベットを捉えたまま、拳をベルベットにピンポイントに振るってきていた。

 

「まだまだ行くぞ――”ヴトーレ”ッ」


 更に、二乗。

 拳の先のベルベットの姿が霞んだかと思えば拳が地面に突き刺さり、さすがの十傑も若干の焦りを見せる。

 完全に背後を獲ったベルベットだったが、十傑が見せた予想外の素早さによって振るった剣はかわされる。

 そして振り向きざまに振るわれる足をギリギリでかわしながら更に唱える。


「まだついてこれるか?”トリョーグ”!」


 更に、二乗。

 十六倍の速度で再び迫る足をかいくぐり、十傑の胸元へ飛翔して両手の剣を頭にたたきつけるが硬い音がするだけで、防御姿勢も取っていない十傑にあっさりとその攻撃が防がれてしまう。というよりももはや攻撃が届いていないというべきだった。

 背後から迫る拳を、頭にあたった剣を足場にして回避して地面に着地する。

 もはや十傑からはベルベットは残像としてしか見えていなかったがそれでも追いつけてきているのはベルベットの動きを予想しているからだった。

 自らの知覚外の戦闘などもはや彼にとっては普通の事だった。決してその戦いにおいて優位に立てるわけではないが、劣勢に立たされることもなく。

 つまりは。

 残像としてしか見えない敵との戦いにおいても劣勢はなく。

 そしてベルベットが自らの身を犠牲にする魔法を行使して無理やり自分の力を高めている以上時間制限はどうしてもついて回る。

 結果として時間が経てば経つほどにベルベットの不利が確定していく。

 現に、既にベルベットは肩で息をしていた。

 すさまじい魔力消費量と集中力に因る貧血のような症状がベルベットを襲っていたが、それでも彼女を地面に立たせていたのは意地と決意以外の何物でもなく。

 もう足をあげるのも億劫だろうに、更に彼女は魔法を唱える。


「力が…足りない…なら…!加えるだけッ!力をよこしなさい!”ブラーチ”!」


 ウシペーネが体の速度を上げる魔法ならばブラーチは力を上昇させる魔法だ。

 どちらか片方ならばよく剣士が使っているが、両方の魔法を唱えるとなればそれはもはや自殺以外の何物でもないことはは誰の目から見ても明らかだった。

 衝突の瞬間にすさまじい衝撃波が地面を砕いたが、十傑の体はわずかに揺れるだけでダメージは与えられない。

 すぐさま後ろに撤退して反撃をやり過ごし、大きく息を吐いてベルベットは叫ぶ。


「これで最後――ッ!”チェツィ”!」


 十六の、二乗。

 256倍もの身体能力は逆にベルベットの体に甚大な被害をノックバックさせた。叫んだ瞬間に体の節々が悲鳴をあげていき、意識が薄らいでいくのが分かったが歯を食いしばって意識をつなぎとめて必死に剣を持つ。

 剣が軽い。でも動けない。足が軽い。でも足が踏み出せない。すべてがゆっくりに見える。でも全てに対応できない。

 そんな体の状態で。

 ベルベットは、吠えた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 言葉と共に地面を蹴ったベルベットの体は、音を超えた。

 何も聞こえない世界の中で、ベルベットは懸命に剣を持ち上げ、十傑の体に叩きつける。

 そして十傑が吹き飛んでから跡を追うようにすさまじい轟音が世界に響き渡った。

 ダメージは与えられた。だが致命傷になるほどではなく、さらに言えば骨にヒビを入れられたかどうか、その程度の攻撃に終わってしまった。

 だが、今なら対力壁を崩せている。

 今なら――殺せる。

 半分勝利を確信して一歩を踏み出したところで、ぶちりと頭の片隅で何かが切れる音がした。

 やばい、と本能が警鐘を鳴らし、今すぐに魔法を行使することをやめるように働きかけるが必死にそれを押し殺す。

 私が。

 私が殺さないといけない。

 あんな。

 あんな惨劇は二度と起こさせてはならない――!

 脳裏にちらつく親を無くした子どもたちのあの顔は忘れたことはない。

 あんなことを起こそうとする奴らは全員排除しなければならない――!

 血反吐を吐きながら飛び上がって再び十傑の胸に剣を叩きつけようとした瞬間、十傑の顔が視界に入った。

 その顔は、狂気に歪んでいた。

 笑顔というには余りにも、歪で醜いものだった。


「ばぁか」


 ゆっくりな世界でいやにはっきりと聞こえたその声は、ベルベットを馬鹿にした言葉の次にこう続いた。


「”ウシペーネ””トリョーグ”」

 

 十傑が唱えたのはベルベットの現段階のギアよりも二つも下のモノだった。

 それは速度的にはベルベットに到底追いつかないものだったが、十傑の予測と組み合わさればベルベットの行き先に拳を置くように打撃を繰り出すのは容易なことだった。

 そして振り上げた剣の下、音速を超えたベルベットの胴体に十傑の拳が突き刺さる。

 拳があたった時点でベルベットは音速で飛ぶただの肉体に成り下がり、そして振るわれた拳は岩を砕くものだった。

 結果は必然。

 ベルベットは紙くずのように吹き飛ばされて風神の足元へとボロ雑巾のように転がって行った。

 拳が貫通しなかっただけマシだといえるような腹部の惨状に思わず歯を食いしばり、風神は十傑を見据える。


「ありがとう――そしてすまなかった。間に合わなかった」


 その言葉を聞いて十傑が更に笑みを深くして風神に対して体当たりを敢行する。

 加速魔法を付与したその突進の持つ迫力は並の人間ならば恐怖ですくみあがって意識を失うほどのものだったが、風神は堂々と立って居た。


「ここまで――人を憎んだのはこれが初めてだ」


 迫る十傑にゆっくりと手を掲げ、触れるか触れないかというところで短く唱えた。

 

「食い散らせ”ヴィテール”」


 てから放たれた青白い風は迫る十傑の胸から下を一気に食い尽くし、地面に転がった十傑の上半身を一口で飲み込んだ。


「何を勘違いしていたのかは知らないが――間に合わないといったのは魔法ではないぞ、クズが」


 そう言って、風神はベルベットへと近づき、既に息絶えていたその体を抱え、震える声を零した。


「何故――こうも世界は残酷なのか――」

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