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異世界の歩き方  作者: レルミア
大戦、開始
53/104

五つの決戦

 くるん、と魔槍を回して右手に握り直してファリンスキーを見据える。

 今回の戦いに置いてプルシュカは手を出すことは極力避けた方がいい。

 奴は曲がりなりにも十席の第七席だ。ある方面への強さに対しては私以上の実力を持っていることは確実なのだから、ここで不確定要素を出す訳にはいかない。

 ――と、言葉とは裏腹にシムカは至って冷静だった。

 元来イムヤは我を忘れると言うことをする人間ではない。

 戦闘狂ではあるがその実クールな性格を持っており、状況に応じて自分のこだわりを捨てることができる人間…というのがプルシュカの評価であり、事実それはあまり外れていない。

 だがしかしシムカが九席のシューレアルを先に殺した理由を考えれば冷静であり合理的という評価からはいささか外れることは確かだ。

 単純に、強い人間とやりたかったから。

 ただそれだけの理由でシムカはシューレアルを奇襲で殺し、ファリンスキーとの決闘を選択した。


「やっぱりお前はトチ狂ってやがるぜ」


 少し落ち着いたのか、先程の表情から一転して嘲笑を浮かべるファリンスキーに、シムカは鼻で笑う。

 今の十傑に仲間意識というものは存在しない。

 それは一見軋轢をまざまざと見せつけるような不和であることは違いないが、しかしこういうところで激昂しないで冷静でいられるというのならそれは利点以外の何物でもない。現にあそこで挑発のままファリンスキーが襲ってきたのなら十中八九シムカの勝ちが決まっていた。しかしそうはならなかったのだから勝率は五分五分にリセットされたことになる。

(厄介だな)

 冷静にシムカはファリンスキーの戦力をそう評していた。

 ファリンスキーは素手での戦いを得意とするグラップラーであり、その手足にはめられた甲冑は毒々しい刺を持っている。しかしかと言って剣の腕がおろそかなのかといえばそういうわけではなく、ただ単純に素手が得意な剣士といったところだろうか。しかしその標準が余りにも高いために素手が得意な剣士などという素朴な呼び方にハマる程小さな人間ではないが。

(――様子見――――)

 ジリ、と砂を踏みしめるように足を前に出し、槍を構える。

 ファリンスキーの強さはその変幻自在さに因る。

 つまり切り結べば切り結ぶほどこちらが不利になっていくということだ。ファリンスキーの型にとらわれない動きに後手に回ってしまえば最後、そのままリカバーできずに致命傷を与えられるというのは模擬戦でよくやられた。

 だが。

 これはあくまでも殺し合いだ。

(――そんなのはしない――加減の必要なんて、ないんだから)

 キシ、とシムカの顔が狂気に歪む。

 

「ぶちぬ―――――けぇっっっ!!」


 弓のようにしなったシムカの身体から放たれた深紅の槍は一本の線になるほどに素早くファリンスキーの胸元へと飛び込んでいったその槍を、ファリンスキーはぎりぎりのところで身を捻ってかわす。しかしかわしきれずに胸に一筋の紅線が迸る。

 疾い。

 だがこの攻撃はこれで最後――

(開幕ぶっぱは――)

 とそこまで思って笑顔を浮かべようとしたところでふと我に返る。

 そういえば、シムカの本来の武器は――

 魔槍が通って行った後のまばゆいばかりの光が引いて視界が元に戻った時には既に、シムカは眼の前で剣の柄に手をおいていた。

 引き抜かれる剣の鈍い光を見て、慌ててファリンスキーは後ろにステップを踏んでその攻撃をぎりぎりのところでかわす。やり過ごした、と思った時にシムカが舌打ちと同時に、返す刃でファリンスキーの首をはねるべくその剣を縦に振り下ろす。だがその刃がファリンスキーの身体を傷つけることはなかった。


「いつまでもやられるわけには――行かねぇよなぁ、俺のほうが強い事になってんだからよぉ」


 両手両足に顕現した甲冑で、シムカの剣を受け止めていた。

 慌ててシムカがステップを踏んで距離を取ろうとするが、それをさせるよりも前にファリンスキーがシムカの腹部を蹴りあげてその動きを止める。

 空気を吐き出してあえぐシムカの胸元を片手でつかみ、シムカが剣を持つ手をもう一方の手で叩き折る。

 小さく悲鳴を上げるシムカをそのままに、次は肋骨を折るために拳を握る。

 殺さない程度の強さで痛めつけようと拳を引き絞ると、シムカがファリンスキーにつばを吐いて口を開く。


「あんまりか弱い女にてぇあげてんじゃあねぇよっ!」


 言葉とともに振り上げた右足はファリンスキーを見事に外したが、その足の裏には紅い紋様が浮かび上がっていた。


「弾け飛べッ!」


 言葉と同時に盛大な爆炎が立ち込め、シムカは反動で吹っ飛んで少し遠い岩に激突して勢いを止めた。


(強いのはわかっちゃいたけど――クソが。開幕のあれで仕留められなかったのは痛いぜ)


 今代の十傑のランキングの基準と言うのは対”魔憑き”に重きをおいているため、上位になれば上位になるほど対魔としての実力はある…のだが、逆に言えば対人技術はそこまで必要ではないのだ。だがしかし、下位になればなるほどその要素は薄くなり、実力で席を取り合うことになる…つまり対人技術が必要になってくるのだ。

 要するに、ある意味では十傑のランキングが低ければ低いほど。

 対人ならば強い。

 そしてこのファリンスキーは対人で登れる地点での最強の位置だと言われる第七席の人間だ。つまり。現時点で秦野国にいる人間の中で対人では最強に近い人間だということになる。

 決してその攻撃力が強いわけでもなく、素早さがあるわけでもなく。ただ技術のみで生き残ってきた一番やっかいなタイプだ。

 と。

 シムカが評価を下したファリンスキーは煙の中から無傷の状態で現れた。


「流石にあれで死ぬほど甘くはねぇよな…」


 ファリンスキーが今だ健在だということに大きくため息を吐いて、シムカはゆっくりと立ち上がる。

 痛む左腕をだらりと下ろしながらシムカはファリンスキーを見据える。

(どちらも万全の状態であいつに勝つのは――ほぼ不可能。不意打ちかさっきの魔槍での一撃が一番確実だったんだけどな…)

 それが失敗してしまった以上それに頼るわけにもいかない。

 普通に考えればスピードで勝てるこっちが逃げるのがどおり…なんだろうが――。

 今は退けない事情がある。

 私はあいつの悔しさをこれ以上募らせないために、戦う必要がある。

 退くわけには、行かないんだ。

 ゆっくりと地面の剣を拾い上げると、ファリンスキーが大きくため息を吐く。


「勝てないのは分かっているだろう、なんで戦うんだ?お前が戦闘狂なのは百も承知だがよ、勝てない戦いに挑むほど馬鹿じゃあないと思っていたんだが」

「別に私が戦いたいから戦ってるわけじゃあねぇよ」


 シムカがそう言うと、ファリンスキーが意外そうな顔をしてシムカを見る。


「ではなんで戦うんだ?意味ないだろ、後にも先にもお前の未来は真っ暗だぜ?秦野国に楯突くのはあんまり賢い選択だとは思えねーがよ」

「私は戦うのが好きだけど弱いものいじめは好きじゃあない。ただそれだけだ。あんた達が弱いものいじめをしてて気に食わなかった。それだけだ。他に理由なんかねぇよ。文句あるか」

「…なるほど、気に食わないからか。確かにお前は頭がおかしいな。理解できねぇし、する必要もないよな」


 そう言って、ファリンスキーは大きく息を吸う。

 ああ――と。

 シムカはこれから起こるであろう出来事を予想して思わずため息を吐く。

 

「後に仕事がつかえてるんだ、こんなくだらないことはさっさと終わらせてやるよ」


 こいつは今トリガーを外して”魔憑き”化するつもりだと気付いてシムカは、笑った。


「それはこっちのセリフだ、馬鹿が」


 それは別に勝算ゆえの笑みではなく。

 ただ単純に。

 強いものと戦えるという嬉しさ故の笑みだった。

 ほぼ負けが確定しているというにも関わらず、シムカは笑う。


「今日は殺してくれよ、化け物」


****


 あいつは――今代アマテラスは。一体何を作ろうとしているのか。

 ほとんど老議会に押し付けられた形で十傑が決められていたのは識っている――が、しかしこれは一体なんなのか。

 目の前に広がる異様な光景を目の当たりにしてベルベットは吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えた。

 異形のモノ。

 そう形容する他ないだろう”ソレ”はもはや人と呼ぶにはおこがましい雰囲気を放っていた。

 二人だと思っていた十傑は膨大な魔力を発したかと思えば、グチャグチャと不気味な音をたてて一つへと合体し、三メートル弱もある大きな人型の化け物へと変容していた。

 その体がまとう魔力は到底人と思える量ではなく、魔力の塊というのが正しいと思えるほどのものだった。

 

「なんだ…これは」


 隣で静かな怒りを湛えた風神がそう呟くのが聞こえた。

 余りに生を侮辱したその有り様にいかりをおぼえたんだろう――と、ベルベットはどこか冷静に判断を下した。


「…さっさと片付けるぞ。嫌な予感がする」


 クル、と拳銃を手の中で回して構えると、横で風神が空気を圧縮した剣を生成する。


「奴はもう魔物だと判定して対処する。まずはセオリー通り遠距離攻撃で様子を見るぞ」


 未知なる敵との遭遇に置いて距離を置いて遠距離攻撃でどんな防御方法を持っているのかを見極めるというのは極めて大事なことだ。

 ましてや敵が人の道を外れたバケモノだと言うのならなおさらそれは大事になってくる。不用意に飛び込めば待つのは死だ。

 だがそれは。

 あくまでも様子見という選択肢をとることが許された場合のみ――だ。


「――ッ!?」


 引き金を引こうとした次の瞬間、化け物は一瞬で眼の前へ移動し、巨体を丸めてショルダータックルの用意をしてベルベットへとまっすぐに突き進んでいた。 

 その速度たるやベルベットの弾丸とほぼ同じものでとてもではないが不意打ちでかわしきれるものではなかった。

 ドンッと言う鈍い衝撃音を響かせてベルベットは風神とは逆の遥か右方に吹き飛ばされていった。

 交通事故。

 まさにその四文字が当てはまるような攻撃だった。

 四肢がばらばらになりそうな衝撃を受けてベルベットは数メートル吹き飛んだ上に、さらに十数メートルの地面を転がっていく。

 やっと止まったかと思えば全身の力が抜けてしまうような錯覚にとらわれて一向に立てる気配がない。膨大な質量をすさまじい速度でぶつければ破壊エネルギーは計り知れないものとなる。誰にでも分かることだがそれを忠実に再現してしまえば予想以上の攻撃力をもたらす。

 そんな攻撃をした十傑は地面を大きく削ってようやく止まり、大きく息を吐き出していた。

 土煙の隙間から見えるその姿に、既にベルベットは恐怖を抱いていた。

 口にたまった唾液を吐き出してようやく回復してきた体力を少し使って立ち上がると、横にはあの攻撃をぎりぎりのところで避けていた風神が隣に立っていた。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫かダメかで言えばかなりダメな方に針が振れてるわ…」

「それだけ憎まれ口を叩ければ問題ない。少し休憩していろ。私があの突進を止めてみせよう」

「どう止めるつもりかは知らないけど…魔力であの突進を止めようとしてんならやめといた方がいいぞ」

「何故だ?」

「私だってあの程度の質量がぶつかって来ても大丈夫なぐらいの魔力防護壁がないわけじゃないのよ。それなのに今の一撃はもろに食らった。どういう意味だか分かるかしら?」

「魔力無効化…とでも言うのか?」

「厄介なことにね。そう考えたほうが良さそうよ」


 大きなダメージを受けたことによって戦闘モードが解除されてしまったベルベットを見ながら、風神はなるほどと得心する。

 今代の十傑は対魔憑きに特化しているだけあるなと言う冷静な評価を下したのだ。

 そもそもにおいて魔憑きや神と呼ばれる存在が持つアドバンテージはその魔力の多寡がその最たるものだ。つまりそれを封じてしまえば相手はただの魔力という役立たずの物に頼りきったでくのぼうということになる。

 だとすれば。

 現時点において風神はただの国王の一人に取り付いた無力な背後霊と数えるほかに、ない。

 要するにこの時点で実質一対一が決まったも同然なのだ。

 

「全く面倒なことを…」


 全身はふらつくし、頼りの拳銃は既に手元にないし。ある武器は背中にあるワンハンドブロードソードのみ。視界もぼやけるし耳もやられてるし鼻も効かない。おまけに頼りの綱の神様は役立たずと来た。

 

「まぁ、勝てるわね」


 戦闘モードにすら入っていないベルベットはそう評価を下す。

 勝てる、と。

 

「来なさい肉達磨。あなたの名前を聞くことはもうしないから。あなたを潰してあげるわ」


 そして風神と十傑は知ることになる。

 ベルベット・キスという異名がついたのは十傑に入ってからしばらくした後のこと――つまり。本来ベルベットは拳銃を使わなくても十傑相当の実力者だということに。


****


「よぉ篠芽。久しぶりだな」


 複数の巨大な魔力が街に襲来した――。

 そうテセウスの報告を受けて、例の盗賊の仲間かと思って見回りをしていた篠芽悠真の目の前に一人の人間が現れた。

 忘れもしない。

 彼は篠芽悠真の姉を殺して投獄されていたはずの人物だった。

 

「久しぶりだな啓介。会いたくはなかったけどな」

「冷たいこと言うなよ――話すことは山ほどあるんだ」

「そうか――でも俺は話すことはねぇよ」


 カチリ、と剣の柄に手をかけて一気に啓介に肉薄してその首に向けてヴィーザルを振り下ろすが、刃は啓介の引きぬいた剣によって阻まれる。


「おいおいおい――――久しぶりにあった親友に対する態度がそれかよ?」

「てめぇとしゃべることは何もねぇ――ッ!てめぇは今から殺す!兒島コジマ啓介ケイスケ!」


****


「さて――私達はあなたの足止めを申し使っておりますゆえ――。ここで足止めさせていただきますね」


 そういう二人の”十傑”


「その前に名乗れよ――俺はお前達の事は知らねぇんだ」


 そういう”元”勇者。


「失礼しました――」


 と、慇懃に礼をして二人は名乗る。


「私は十傑第一席。ミューズでございます。そして隣のこいつが弟のリューズ…第二席にございます」


 十傑の上位二人による、元国王の足止め。

 それが彼らの仕事だった。


「一席と二席か――」


 と、ボソリと元勇者は呟く。


「足りねぇな」


****


「これはこれは――ハメられた、と考えるべきかな?」


 テセウスがそうつぶやくと、元勇者と入れ替わりのようなタイミングで入ってきた騎士が笑う。


「まぁそういうことになるんだろうよ元同僚。久しぶりに会えて嬉しいぜ」


 彼は元同僚と言ったが、彼が纏う鎧はオレンジ色に染め上げられていた。

 つまり。彼も秦野国の兵士だということだ。


「お前が流れの傭兵をやっているとはネズミに聞いていたがまさかこんなところにいるとは思わなかったぜ」

「私も貴様が他国の騎士をやっているとは思わなんだ――なんだ、その胸に描かれたⅢの数字は」

「勘のいいお前のことだ、薄々気がついてんだろ?俺は十傑第三席。マーズだ。改めてよろしく頼むぜ、元同僚テセウスさんよ」

「フン、好きにするがいいさ。私はお前を斬るがな」


 そういうテセウスの背後に隠れるリン達。

 ゲリですら第三席と顔を合わせてしまえば身体を竦み上がらせるほか無かった。

 彼の実力は、並大抵のそれではないことを既に知っていたからだ。


「やばい」


 と、ゲリは小さく呟く。

 私の知る両者の実力ならば。

 確実に。

 テセウスが死ぬ。

次の話からはそれぞれ一人ずつ書いていきます。

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