裏切りの槍
「アハッハー」「まったく」「まったく」「ノグスお兄ちゃんは」「弱いよね」
交互に入れ替わるようにそうくちにするのは、ノグスと共に居た二人の十傑だった。
フードを被ったままのその姿は同じような背丈だということしかわからない。
遠目に見て分かるにはその背丈は大きくはなく、155程度あるかないかというところだろう。
全く同じ声色の二人が発する言葉はまるでやまびこのようで、聞いていて何故か頭がガンガンと痛みを訴える。
「だい」「たいだよ」「おねーさんの」「二丁拳銃に」「気づかないとか」「馬鹿」「丸出しなわけ」「「ダヨネー」」
そう言って顔を突き合わせて笑い合う二人は、ベルベットの知らない声をしていた。
声の高さから察するに恐らく二人は女性。それもかなり若い年齢の女性だろうと推測することができる。
「大して消耗」「させることもできなかった」「とか」「十傑の風上に」「も置けないねー」
そう。
事実ベルベットは大して消耗していなかった。
放った攻撃といえば初手のベルベット・キスと三度の弾丸のみだ。魔力消費量もほとんどないし――
「十六」「かける二の」「弾丸も」「ほとんど」「「減っていない」」
事実をきっぱりと言い当てられて思わず息を呑む。
彼女たちはベルベットが手に持っている弾丸の装填数を把握している。
ほぼ確実に初めて見るであろう武器の詳細を言い当てると言う洞察力は素直に驚く。そして奴はベルベットが十傑に居た時には聞いたことのない声をしているから、先代十傑が出て行った後に今の十傑へ参入してきた人間だということが分かる。
つまりこちらは相手の情報を全く持ってないが、相手はこちらの情報をかなり持っているということだ。
ベルベットキスに耐えられたということはノグスからある程度の情報を得ているということが考えられる。
情報。
それは第二段階と呼ばれる戦闘域において最重要とされるものだ。現時点において敵は確実にこちらの二三歩先を歩いている事になる。
「でもそれが勝敗を決することではないわよねぇ」
クルリ、と拳銃を回して握り直す。
神降ろしはさせる訳にはいかない。
二度とあんな惨状を引き起こさせるわけには――いかないんだ。
「活きのいい」「おばさんだ」
こうして第二ラウンドのゴングが鳴り響く。
****
「そもそもだぜ」
ノグスがやられたという情報を手に入れても尚、アマテラスは笑顔を崩さなかった。
隣にいる灰鴉の伝達係に笑いかけるような表情をして、アマテラスは口を動かす。
「そんな分かりやすい伏線を張るわけねーじゃん」
アマテラスは笑って、歩く。
氷の湖の上を、ただひたすらに歩いていた。
ここはシュトゥルムガットの第五都市アーベントの中に含まれるバランワール。
現在、篠芽達が滞在しているところだった。
「もう少しで見えるはずなんだけど…おかしいなぁ」
アマテラスはポケットに手を突っ込んで少し寒そうな様子で歩きながら首を傾けた。
どうも目的地に人の気配が少ない気がするのだ。
元々シュトゥルムガットの北の村はその気候の厳しさ故に人口が少ないことでよく知られているが、それにしても魔力をほとんど感じられないというのはどういうことなのか。
一般人が魔力をほとんど持たないから感知できないのかという推測もできるが、それにしても自分の才能に気づいていないだけでこの世界には魔力を持った人間が五人に一人はいる計算になる。ましてや個々の力で言えばこの国は恐らく五国で最も強い。そんな国の最北端という最も過酷な村で微弱な魔力を持った人間しか居ないとは考えられない。
とするならば、だ。
「まさか…ね」
嫌な汗がアマテラスの頬を伝う。
”仮に”このタイミングで秦野国の動向に気付いていたグーデルバイト帝国がアマテラスの罠に気付き先にあの村を襲って何らかのアクションを起こしていたのならば。
計画は台無しになる。
せっかくアスクレピオスの注意を割くためにリュドミーラに大量派兵をし、それを陽動に見せかけて更にヴォルゴード帝国へ派兵。それだけでもかなりの人員が消費されているのだ。これも失敗に終わってはさすがに心が萎える。
焦りを隠せないアマテラスはすぐさま氷を叩き割るほどの脚力で地面をけりあげ、灰鴉を置いて一瞬でバランワールへと到着する。
するとそこに広がっていたのは、大穴の空いた家や爆発跡ばかりだった。
「なんなんだ…これは」
その破壊の痕跡に思わず唖然とする。
これは並大抵の魔法ではできない痕跡だ。
魔術核のない人間のやった事か、それとも大量の軍がやったことなのか…そのいずれかにしろ、アマテラスは自らの目的を果たせないことを悟った。
氷塔に、水神の気配が全く感じられなくなっていた。
八つ当たり気味に氷塔の向こうの海に向かって思い切り拳を振って大きな爆発を起こす。
するとどうしたことか。
村の方面から複数の大きな魔力が出現する。
「…保護されてたのか?」
窮地を救われたような思いで、アマテラスはその魔力へと歩み寄る。
恐らく俺の魔力に誘われて殺していた気配を思わず放っちゃった、とかそういうことだろう。
「可愛いところがあるじゃあないか…俺の計画を邪魔するというのなら容赦はしないけどね…」
そうして。
アマテラスは対面することになる。
かつての旧友である、篠芽悠真に。
****
「――チッ!」
タン、タタタン、と軽快な音を響かせて発砲するがその弾丸が二人のどちらかに当たる気配もなくただ背後で爆発していくだけに終わる。
(折角足元を攻撃して空中にジャンプさせて――)
二人の少し手前に着弾させて二人を飛び上がらせ、通常ではかわせないはずの追撃弾をうちこむが、その弾丸は二人が体を押し合って移動することによって回避される。
(追撃してもかわされる――!)
完全に読まれている。
そう悟るのに弾丸の数は必要ではなかった。
ものの数発で完全にこちらの攻撃を読まれていることを把握して早々にベルベットはリローダーを使って弾の種類を変更する。
「速度弾が見破られているのなら…!」
踊るようなリズムでリロードを完了させ、素早く速度弾を撃ち切ってしまってからくるくるとリボルバーを手の中で回して再び構える。
十傑の二人とベルベットの距離は約二十メートル。
速度のある剣士ならば余裕で剣の間合いとなるようなこの距離で、しかしベルベットはその引き金を引くことはしなかった。
「なにをのんびり」「してるの」「「かなぁ!!」」
ダンッと二人が全く同じタイミングで地面を蹴りだしたその瞬間に、ベルベットは両手のリボルバーの銃口をそれぞれの腹部に狙いを定め、引き金を引いた。
次の瞬間に放たれた弾丸は一つではなく、大量の小さな弾丸だった。
いわゆる。散弾というものだ。
至近距離にて威力を発揮するこの弾丸は二人に着弾するタイミングでちょうど彼らの体より二回り大きいほどの円に広がり、その体に風穴を空けんとして襲いかかる。
が。
コツン、と片方の十傑が地面に軽く触れただけですさまじい勢いで隆起した土がその弾丸の行方を阻んだ。
(そう簡単にはやらせてくれないか!)
炎弾を放ってその壁を爆破して二人を視界に収めようとするが、既に二人はそこには居なかった。
そしてようやくベルベットは誘われていたことに気づく。
不味い、と思った刹那。
二人がそれぞれ右手に持った短剣が前と後ろからベルベットの首を引き裂くために迫っていた。
慌てて足の力を抜くようにして素早く姿勢を低くしてその剣戟をかわし、両サイドにいる二人に向けて引き金を引く。
しかし近すぎれば散弾は効果を発揮する事ができず、あっさりとジャンプによってかわされてしまう。心のなかで舌打ちをするベルベットを嗤いながら、十落下の勢いを活かした十傑の素早い攻撃がベルベットの腕の付け根めがけて振り下ろされる。
それを再びの発砲の反動で体を回転させながら腕を引っ込めてぎりぎりのところで回避し、地面をけって後退する。
(ギリギリ対応はできる。幸いあの二人は鏡で反映させたように全く同じ動きしかしない…それが罠なのかはわからないけど。少なくとも今はそれに助けられている事は確か)
両サイドからベルベットを挟み込んだ時は、あの二人が全く同じ動きをしているわけでなければあっさりとベルベットの生命は絶たれていただろう。
一人が首を、一人が足を刈るような攻撃をしていれば必ずどちらかが負傷し、首ならそのままとどめで足なら次の一手がとどめになり得た。そしてそれは彼らとて分かっていることだろう。
だとすれば選択は二つ。
彼らがベルベットのことをなめきっていてただ遊んでいるだけ、か。
もう一つの選択肢はそれが彼らの特性である事だ。
自らに制限をかけて能力を高めるという魔制約は現に存在するというのは既に実証済みだ。過去に仲間がそれを使って逆転劇を引き起こしたのを識っている。
恐らくあの喋り方も制約の一つなのだろうと予測できる。
(だからといってどうなるかというわけでもないがな…)
ふぅ、と大きくため息を吐いてニヤニヤと笑ってこちらを見ている二人を見据える。
ゆっくりとベルベットに歩み寄るその態度からはおよそ戦闘中という緊張感は感じられず、まるでおもちゃを前に遊んでいるかのような余裕さえ感じられた。
どうしたものか、と生唾を飲み込むとベルベットの横に立った風神が口を開く。
「流石に二対一を見過ごすほどお人好しではないぞ」
待ってくれ、と口に仕掛けたところでベルベットは口を閉ざす。
ここで意地になって協力を仰がずに私が負けたとして、そうなれば風神と十傑の二対一となる。
それよりは現在数的に対等な立場で戦い、双方が生き残る可能性の多い道を選んだほうがまだ活路があるというものだ。
「じゃあ…頼みますわ」
これで、生存確率が少しだけ上がった――――
(とでも思ってるんだろうなぁ)
ニヤリと、今の不敵な笑みを崩さないように心のなかで更に嗤う。
第二段階の戦闘というものは巨大な戦力を手にすれば勝てるというものではないというのをあの女は今さっきヘルシングで実演したというのに、彼女は風神を手にしたことで確実に勝機はあると確信しただろう。
そもそも十傑とはベルベットや先代アマテラスの時代のように強さのカーストのことを表すのではない。
ならば何のランキングなのか。
それは対”魔憑き”及び対”神”としての実力の強さがカーストの基準となるのだ。
(あなたが手にしたその戦力は、私の戦力ともなりうるのよ。お姉さん)
****
「これがアスクレピオスか…」
数万の兵が一気に駆逐されるのを見て、十傑の十席シムカ、そして九席のシューレアル七席のファリンスキーは感嘆の言葉を零す。
アスクレピオスの人数は大して多くはない。
数万の軍を持つ自軍に比べ、アスクレピオスは僅か十数人だ。
まさに蹂躙。
一人一人が一騎当千の実力を持つアスクレピオスを敵にして。
三人は血が滾るのを感じていた。
(後ろから刺すと言ったけどこいつらとは戦ってみたいよなぁ)
アスクレピオスの圧倒的なまでの実力に、思わずシムカが指針変更しそうになったところで、背後から肩を叩かれる。
何だと思って振り返ってみれば、そこには険しい顔をしたプルシュカが立っていた。
「わかってるよ」
プルシュカの出自を考えれば、今のアマテラスのやっていることは到底許せることではないということは分かっているし、私もあいつのやり方は気に食わない。
もうここにいる灰鴉の下部組織の人間がアスクレピオスに殺されていくのはもう切り捨てるとしてだ。
今ここで両隣のシューレアルとファリンスキーがトリガーを外してしまえばここが混乱の戦地になることは必須。
既にこの戦闘はかなりの血を流しているから後で何かしらの名前が付くレベルのものだということは分かるだろう。
もはや戦争と言っても差し支えのないこの戦場において私は何をするべきだろうか。
もちろん。
契約を果たすべきだろう。
「わかったよプルシュカ。契約を果たそう」
そう言って。
シムカは髪飾りを引き抜き、槍を顕現させる。
それをシムカがやる気になったととらえたシューレアルとファリンスキーは笑みを浮かべ、彼らも自分の武器を手に取る。
「お前もやっぱ好きもんだよなぁ――」
そう言ったシューレアルの首は、既に胴体と接続していなかった。
「―――あ?」
シムカの突然の行動に驚きを隠せなかったファリンスキーはしばらく固まっていたが、それにも構わずシムカは挑発するように中指を立てて口を開く。
「前々からお前らは気に食わなかったんだ――最後ぐらいは楽しませてくれよ?」
シムカのその行動がようやく理解できたのか、ファリンスキーは表情を瞬く間に醜く変化させて距離を取り、叫ぶ。
「前々から狂ってるとは思っていたがとうとうトチ狂いやがったかてめぇ――!!」
「おいおい、前から思ってたんなら覚悟しとけよ間抜けが」
そして嗤う女と、憤る男の死闘が開始された。




