幕間:冬の七夕
リンを救い、一箇所にとどまっていると村の住人に襲われるかもしれないというリーニャの提案のもと、俺達は村のハズレにキャンプ地を構えていた。
そんな中、何が襲ってくるかも分からないということで見張り役として皆が寝静まった後も篠芽は焚き火の近くで空をみあげていた。
冬の夜というのは空が綺麗だというのは聞いたことがあるが、それは本当のことなのだと思い知らされる。
「すっげ…」
満天の星。
視界の端から端まで広がる星は、日本で見たものとは違って白一色ではなく青がかっていたり赤がかっていたりするものもあってとても幻想的な風景が広がっていた。
大きく息を吸えば冬特有の匂いを含んだ言い知れぬ空気が肺を満たす。
この時期の夜は好きだった。
元の世界に居た時もこの時期の夜はよく一人で外を散歩したものだった。
姉が死んでからというものの、あまり人と関わるのを良しとしなかった俺は星空を眺めてその寂しさを埋めていたようにも思う。
星を見ているときは、少しだけ恨み辛みの感情が解消されていくようなそんな気分を味わえるし、なかなかにリラックスできるというもの大きな理由の一つだ。
けれども同時に色々なことを考えてしまう。
この世界では、人の命の重さというものが本当に軽い。
俺はもう沢山の人を殺した。
両手両足の指を使っても足りないほどの人間を殺したのだ。
大量虐殺犯もいいところだな、と自嘲の笑みを浮かべる。
こんな俺を、姉さんはどう思うだろうか。
なんて疑問に思うまでもなく、あの人は多分俺のことを叱ると思う。
あの人はどんな理由があろうともやってはいけないことと、やらなければいけないものというものを持っていた。
信念…と呼ぶべきそれを抱えて生きる姉は俺の目には眩しく映った。
そしてたぶん…あいつにも眩しく映ったんだと思う。
だからあいつは、姉さんを殺した。
明るくて愛嬌があって…誰にでも優しかった。誰からも愛されてしまう、どんなに性格の悪いやつでも姉さんと関われば不思議とその人にもいいところが見えてくるような…他人の評価さえその場に居るだけで上げてしまうようなそんな存在だった。
でも家ではだらしがなくて、洗い物なんかは脱いだままだった。
それを仕方ないなと言いながら選択するのはいつも僕の…俺の仕事だった。
そんな姉さんの笑顔はもう、見れない。
そんな姉さんの――
「なんで泣いてるの?」
姉さんのことを思い出していると、いつの間にやら起きていたリーニャが布団にくるまりながら俺の横に座っていた。
とても心配そうな顔をしてこちらを覗きこんでくる彼女は、どこか姉さんに似ているような気がした。
「姉さんがさ、居たんだ」
今まで隠してはいた。
こんなことは男が言うもんじゃないと思っていたし、何より人に相談するという行為自体がなんだかかっこ悪いような気がして俺はあまり得意じゃない。
自分の弱点を、さらけ出すようで。こういうことを言うのはあまり得意じゃなかった。
でも、なんだかリーニャには言ってもいいような気がした。
なんでだかは、分からないけれど。
「ほんとうに良い人だったんだ。だれとでも仲良くなれて…誰にでも愛されて…そんな人だったんだ。姉さんのすごいところはさ、あの人のまわりにいる本当に性格の悪いやつは何故かいい人に見えてくるんだよ。あの人が居るだけで喧嘩が無くなったし、自然と性格の悪いやつとも仲良くなりたいと思えるようになるぐらいあの人は周りにいい影響を与えてたんだ」
「すごい人…だったんですね」
うん。
すごい人だった。
本当にすごい人だったんだ。
でも。
「それを、俺の…元友達が。殺したんだ。姉さんは助けてっていう言葉には弱くてね。弱ってる人を見るとすぐ助けに行っちゃうんだ。だからあいつはそれを利用した。近くの樹海に自殺をするような素振りを見せながら、行ったんだ。そして当然のように姉さんがそいつを探しに行った。結果としてはあいつが生きて帰ってきて、姉さんが死んで発見された。致命傷は頭部への打撃だったそうだよ。そして帰ってきた俺の元友達の右手には、血にまみれた木の棒が握られてたんだ」
「そんな…事が」
「ああ。何故か、なんていうのはわからないさ。でもあいつは元々利用した人間のフォローなんて考えないような人間だった。まぁ不思議はないかといわれればさすがに殺すまでやるとは思わなかったけどさ…でもそれでもどこか納得しちゃう俺がいるんだ。あいつならやりかねない…ってさ。同時に猛烈な殺意も湧いたよ。絶対に殺してやる。絶対に八つ裂きにしてやる…って」
「結局、果たせたんですか?」
「いいや、樹海に引きずり込んで殺そうとサバイバルの術を学んでるうちにこっちに来ちゃったのさ。それで俺は何人もの人を殺した。そしてフレキを殺した。その復讐でゲリがやってきた。その時になんか…頭のなかに冷水ぶっかけられたような感じがしちゃってさ」
俺は、あいつと一緒になってしまっていたということにその時点になってようやく気付いたのだ。
人を殺し、人の恨みを自身に集める最低な野郎に、俺は成り下がっていた。
「もう…どうしていいかわからないんだ。俺は。世界に平和をもたらすなんて壮大な仕事は俺には無理だよ。俺の周りではみんなが不幸になるんだ。そういう、運命なのかもしれない」
俺がそう言うと、一呼吸置いてリーニャが口を開いた。
「そう、ですかね。私はそうは思いませんよ。まず第一に私はあなたに救われていますし。それに話を聞く限りトールさんも確実に救われています。勝手に悲観しないでくださいよ。たしかにあなたは自己満足で人を殺すような人間なのかもしれない。人を助けるのも自己満足なのかもしれない。でも少なくとも確実に私はあなたに助けられたと思っているし、これから先あなたについていこうとも思っているんです。そんなに卑下しないでください。私の最愛の人を、そうやって貶めるのはやめてもらえますか?」
フォローなのかフォローじゃないのか…と言葉の途中まではそう思っていたが、最後の言葉を聞いて思わず目を丸くした。
そして今の言葉はどういう意味なのかと聞こうとして口を開きかけた時に、リンが俺の上に覆いかぶさってきた。
「私も!私もにーちゃんに助けてもらったからね。今回のことはそうだし孤児院も助けてもらってる。にーちゃんはいい人だよ。私が保証する」
顔のすぐ横に満面の笑みを浮かべたリンが居て、どこか悩みがバカバカしくなっていくようなそんな晴れやかな気分がした。
これからは夜空を一人で見上げなくても、大丈夫なのかもしれない。
姉さん。
俺、頑張るよ。




