ハグレモノ
「横列構成!第二師団魔術隊は防護魔法を!第三師団魔術隊は第二師団魔術隊が防護魔法を途切らせるのと同時に合成青魔法を放て!!」
「了解!」
「ヴァンミリオン!私達は遊撃へ回るぞ!」
「馬鹿かお前は!10万相手に数千人で遊撃したところで蟻のように潰されるだけだ!今は堪えろ!」
「しかしジリ貧だろう!」
「だからといって焦って突っ込めば死ぬだけだ!任せろ、お前にさんざん見せてやった軍技の実力を見せてやるよ!」
ヴァンミリオンがそう言ったのと同時に、民兵あらため叛逆軍の前方から最下級、つまり緑の炎魔法の炎弾が飛来した。
数発ならば魔法防護壁も必要ないが、飛来するその炎弾魔法は数にして数千。もはや雨のレベルで飛んでくる魔法を相手に歩兵の盾だけでは対応しきれない。
「第二師団、防護壁を!」
「任務了解ッ!」
第二師団魔法隊長のゼブラが叫び、片腕を空高くつきだして詠唱を始める。
「我らを守り給え、我らの内なる力を用いて守れ――!”エアシールド”!」
第二師団魔法隊が寸分違わぬ調子で唱えると、盾を壁に見立てた列をなした近接部隊の正面に半透明な壁が出現する。
下から二番目の魔法ランク、赤魔法の魔法壁だ。
ランクが低いがために消費魔力は少ないが、これだけの長さとなると一人が詠唱するとほとんどの魔力を使ってしまう。
だからこその、隊での詠唱。
「三秒後、着弾!」
ゼブラがヴァンミリオンへ叫ぶと、ヴァンミリオンは頷いて第三師団魔法隊長、ホルンへと伝達する。
「三秒後に着弾する!粉塵に紛れて青魔法を撃て!」
「青魔法ですか!?こんな序盤にいいんですか!?」
「構わん!恐れて逃げてくれればこちらの有利に事が運ぶ!」
「知りませんからね…!」
ホルンがそういうのと同時に大量の炎弾が着弾し、周囲が白く塗り潰される。
思わず手で影を作るように目の前にかざしてしまうが、エアシールドは破壊される予兆すらも見えない。
鳴り止む気配のない着弾音に気圧されていると、後ろでホルンが詠唱を開始する。
「我に仇なす物に天よりの矢を放て――!”ブラストレイン”!」
ギュルン、と周囲の空間を手に集めたような映像が見えたかと思えば、手のひらに集めたそれを空中へと打ち出す。
くす玉ほどの大きさの真っ赤な球体は空中で静止したかと思えば、飛来する炎弾ごと行軍してくる叛逆軍を前から片っ端に射抜いていった。
「効果はどれくらい続く!」
「約五分!」
「それだけあれば十分だ…1」
ヴァンミリオンがそう言って何かアクションを起こそうとした時、ガラスを割ったような音が戦場に響き渡る。
いったい何が起こった。
事態に頭が追いつくより前に、答えをつきつけられた。
「ったく。一端に抵抗しちゃってんじゃねぇよ」
横列盾の前に突如として出現した一人の男が、空中に浮遊する真っ赤な球体を叩き割ったのだ。
夕日に染められたかのような真っ赤な髪、腕や足に巻かれたシルバーネックレス。
レザージャケットに身を包んだ特徴的な姿は見覚えがある。
今代アマテラスの即位式のときに見かけた事があった。
確か名を。
「十傑第八席――ヘルシングだ。よろしく頼むぜ、アリンコ共」
十傑。
第八席。
その言葉を聞いた瞬間にわずかにリュドミーラ軍の動きが完全に静止する。
あの噂は本当だったのだ。
と、全ての人間に絶望が行き渡った後、最も早く動き出したのはカーライアムだった。
「私が相手をする!ヴァンは戦場を支配しろ!」
「俺も――!」
「バカを言うな!この場には智将が必要だろう!あいにく私はこの腕しか頼りになるものがなくてな…!」
「死ぬんじゃ――ねぇぞ!」
「ホルンの花嫁姿を見るまでは死ねんさ!」
そう言ってすぐさまヘルシングへと跳びかかり、ヒールでヘルシングを思い切り横へと蹴り飛ばす。
凄まじい速度で吹っ飛んでいき、ようやく止まったところへフレイルを投げ込んで追撃をする。
「あまり他国の武将をなめるんじゃないぞ若造――!」
そう言いながら放たれたフレイルは、ヘルシングによって砕かれていた。
砂煙の中から出てきたヘルシングは傷ひとつ無い状態だった。
「なぁばあさん、あんたの唯一の武器を棄てて良い訳?いきなり投げるとか馬鹿だろ?」
ヘルシングがへらへらと笑ってそう言った次の瞬間に、カーライアムの拳はヘルシングの目の前に出現していた。
刹那、ゴッと鈍い音が戦場にこだまする。
「何を言う、私の最大の武器は――この拳だ」
思った以上の衝撃に驚いたのか、ゆらゆらと後ずさりしてヘルシングは目を見開き、叫んだ。
「ちょーしに乗ってんじゃねぇぞこのクソババァ!」
ズン、と突然ヘルシングの周囲の空気が重くなったような感覚に襲われる。
この感覚を私はしっている。
あの時に味わったのが最初で最後だと思ったが、二度目の体験は予想外に近かった。
一度目は怒りで我を失った時の篠芽。
そして二度目――。
これは、この感覚は――
死の予感だ。
思わず一瞬怯み、今すぐにでも逃げ出したいと足が竦む。
だが逃げる訳にはいかない。
私の後ろには、守るべき家族がいる。
「来い若造、年の功ってやつを見せてやるよ」
****
十傑七席ヘルシングと、ヴォルゴード王国の連合部隊がリュドミーラ第三都市軍と衝突してから。
二十分が経過した。
自軍の損害は既に甚大。
三割を越す人間が死に至っていた。
「もう全滅です――!ヴァンミリオン!撤退の指示を!」
既に魔法隊の魔力は尽き、最後の魔力で生成した巨大な土の壁でかろうじて魔法をしのいでいる状況の中、ホルンはヴァンミリオンにそう提言するが、ヴァンミリオンは顔をしかめるだけで返事をしない。
その悩む理由もわかる。
最初期の圧倒的な弾幕が全く途切れること無く続いているこの現状で撤退しようと土の壁から体を晒した瞬間に背中を射抜かれて終わりだろう。
更に火炎弾の爆発によって土は掘り返され、粉塵によって埋められるのを繰り返しているために足場はかなり悪い。スムースに逃げる事は確実に不可能だろう。
そしてどこかで十傑と戦っているカーライアムも回収することは出来ない。
この土の壁が砕かれていないのだからカーライアムがまだ健在だということはわかるが、状況が分からない。
分かったとしても援護が必要でも助けにはいけないので意味が無い。
つまり。
詰んでいた。
「クソが…ッ!」
「撤退、しますよね」
悔しさに唸るヴァンミリオンとは対照的に、ホルンは冷静だった。
確かに現状は詰んでいる。
だがそれは全員が生還するという条件を何とか貫こうとした場合に限る。
要するに。
誰かがこの炎弾の嵐を止めることができるのならば。
そして誰かがヘルシングを足止めすることができるのならば――。
話は別になる。
そして今、ヘルシングはカーライアムが。
そして炎弾は。
私が止められる。
「生きてください。ヴァンミリオン」
「一体何を――」
「私は、ある才能があります」
ホルンの言葉の意図をはかりかねて訪ねようとしたヴァンミリオンの言葉を遮って、ホルンが口を開いた。
「見た魔法を直ぐに自分のものにすることができる――というものです」
かつて。
私はある魔術を…いや、彼女が言うには。ある魔法を――見たことがある。
それはとてつもない魔力を必要とするもので、今の私の魔術核では到底扱いきれないものだ。
だが。
私はしっている。
魔術核がなくとも魔法が使えることを。
そして私はしっている。
魔術核がなくとも――最上級魔法、白魔法を使うことが可能だということを。
「逃げて、くれますか?」
爆音が猛るさなか、しっかりとその場に居た人間の耳に届いたホルンの声からは覚悟を感じさせた。
だが、ヴァンミリオンは首を横に振った。
「いいや。それは駄目だ」
「何故、ですか」
「そんなこと聞くまでもないだろう。そんなことができる人間をここで失う訳にはいかない。君には未来がある」
「でも、私が行かないとこのままでは全滅ですよ」
ホルンがなおも食い下がり、詰め寄るようにヴァンミリオンに顔を近づけるが、ヴァンミリオンはそれでもホルンの自己犠牲を良しとしなかった。
「ここで盾となるべきは俺だろう。元五聖剣の俺の実力はまだそんな衰えちゃいないさ。暴れる事だけならば簡単だ。後ろの人間を守ってくれるなら――な」
元五聖剣。
五聖剣とは、この国の近接武闘派集団の中で最も最強の位置に属する集団で、一人で一軍隊を相手にすることが可能だと言われている。
ヴァンミリオンはかつてそこに所属していたという話だ。
「だから――守ってくれるか?」
「――はい」
ここで、ホルンは首を縦に振った。
一理あるのだ。
自分が犠牲になって炎弾を食い止めたとしても、盾しか防御するすべがない現在の部隊を守り切ることはほぼ不可能と言っても良い。下手をすればホルンが死に、そして部隊も全滅という最悪のシナリオが成り立つ可能性さえもあったのだ。
だが。
ここでヴァンミリオンが前線に立ちホルンが殿を務めるのならば話は別だ。
まだかろうじて残った魔符と魔力を駆使して流れ弾の炎弾を弾くなりなんなりすれば部隊の消耗は確実に激減する。
そこに考えが行き着いてしまえば、ホルンは首を横に振ることが出来なかった。
彼女にはもうひとりの少女ではなく、軍の隊長としての考え方が備わっていた。
「そう嫌な顔をするなよ。大事な人達を守って死ねるんだ。軍人冥利に尽きるってやつだ」
「すみま――せん」
彼はこういってくれているが今からホルン達が選択するのは確実に見捨てるという行為だ。
一人を犠牲に自分たちは生き抜く。
そういう選択肢を取ろうとしているのだ。
だが。
それが最も効果的だと分かってしまった以上、その選択肢以外を選ぶことは出来ない。
呪うのならば自分の非力さを呪え。
「では、お願いします」
「ああ、任せろ」
どこか清々しい顔で、ヴァンミリオンは立ち上がって腰の剣を抜き、土壁を切り裂く。
次の瞬間。
ヴァンミリオンの魔力量が増大し、接近する炎弾のすべてを消滅させる。
迫る魔術に対して膨大な魔力を上乗せして自称を上書きする妨害魔法だが――これができる人間はそうそう居ない。
「じゃ、行け」
「――はい」
それ以上の言葉はかわさずに、ホルンは両手に魔符を握りしめて軍に撤退を指示する。
「ごめんなさい――」
去り際に残したその言葉は果たして彼に届いたのか。
****
「正しい判断だ」
呟いたカーライアムは既に立つことすらままならない状態だった。
右足は折れ、剣を支えにようやく立っていたカーライアムは撤退するホルンたちを見て小さく微笑む。
軍人として正しい判断を彼女は下した。
その成長が嬉しいようで、反面少しさみしくもあり後悔もあった。
だが彼女はもう独り立ちしたのだ。
その障害は私がなんとしても払わなければならない。
「さしあたっては――お前かな」
ゆっくりと振り返ると、そこにはボロボロのヘルシングが立っていた。
彼も立つのがやっとというような具合で、彼もまた満身創痍だったが傷の度合いで言うのならばカーライアムがかろうじて軽い。
この男と戦ってみて、カーライアムは一つの事実について確信を持った。
この男は。
十傑としての実力を持っていない。
今代アマテラスは選考基準として実力に重きを置いていないのか。
先代アマテラスの時の十傑と比べるならば大人と子供ほどの差がある。それほどまでに先代アマテラスの時の十傑は強さが突出していた。
各国最も強い部隊には十傑や五聖剣のようにある程度の名前が与えられるもので、それを最上部隊と呼ばれたりもする。その中で最も強いのが十傑だというのはもはや常識レベルだったのだが。
「十傑も堕ちたものだな」
その言葉を聞いた瞬間に、ヘルシングからどす黒く何かが吹き出てくるような感覚に襲われる。
この世のものとは思えないような、吐き気すら覚えるその嫌なモノ。
視線はカーライアムの筋肉を硬直させ、その吐息は匂いではなく何か嫌な感覚を想起させる匂いをしていた。
私はしっている。
これは。
「貴様――”魔憑き”か」




