勝てば官軍
「魔契約?」
リーニャが魔法の授業中に、テセウスに尋ねる。
リーダーが命の危機にひんしているとも知らずに、テセウスは授業をしていた。
いや、まぁ飛び出した篠芽が悪いだろうけれど。
「うむ」
無駄に重々しくテセウスがうなずき、顎のひげを撫でる。
「魔契約というものは悪魔の契約とも呼ばれるものでな、それを破ることは不可能…そしてその契約から逃げ出すことも不可能なのだよ」
「何故…と言っても魔法だからそれが可能になってしまっている、そういう事ですか」
「察しがよくて助かる。中にはわざわざ回避のために自分の命を断った人間もいたらしいが…それも無駄に終わったと聞いている。生き返らせて契約を果たさせ、そしてまた死なせたようだ」
「そんなでたらめな」
人の生死がそんな簡単に左右されていいのか。
スイッチのようにパチパチとオンオフを切り替えられるような簡単なものなのか?
胸中にもやもやを抱えているリーニャをよそに、更にテセウスが言葉を続ける。
「そしてこの契約の怖い所は、わざと曖昧な契約をすることで最終的な決定をどちらかの有利にすることも可能なのだよ」
「ん?」
どういう意味だ?とリーニャが首を傾げていると、テセウスが少し微笑んで手にペンを持って紙に文字を書いていく。
「30日までに提出しなさい。この文字だが…君はこれを見た時に30日一杯と考えるのか、それとも29日が限界だと考えるのか、さぁどっちだね」
「私は…とりあえず30日一杯だと思う方ですけれど、一応聞きますよ」
「まぁそうだろうが、この場合答え合わせをしなかったとしよう。君は30日一杯までだと思っていたから29日には出さなかった。しかし私は29日が最終日だと思ってこれを書いていた。このように一つの言葉でも複数の解釈が存在してしまうのだよ」
「…つまり、契約は文面的なもので、実質的なものではない…と」
「その通り。契約が実行されるのはあくまで最終的なタイミングだ。例えばさっきの例で言えば29日の私の締め切りのほうが時系列的に速いためにそれが最終決定…つまり契約執行のタイミングになるのだよ。だから君は落第と言う事になる」
「そんな馬鹿な…」
「そう。この魔契約というのはそんな馬鹿なと思いたくなるような理不尽がまかり通ってしまうのだよ。故に、魔の契約というのだ」
要するに。
魔契約というものは穴の多い約束事のようなものだ。
それを逆手に取る方法はいくらでもある。
例えば――――
****
「こんな風にな」
そう言って笑う篠芽の体には傷ひとつない。
まさに健康体そのものと言った具合で、吹き飛ばされた時の痛みさえも消え去っていた。
「どういう、事だ」
確かに奴は何かを”召喚”し、その代償に傷を負ったはず。
それなのに何故彼は今ああも元気に立っているのだろうか。
尽きない疑問符を頭に抱えていると、篠芽は笑う。
「そもそも前提がおかしいんだよ、お前」
くるりとヴィーザルを回して逆手に持ち、腰を沈める。
「最初からこのばに二人しか居ないなんて、誰も言ってねーぞ。前提がおかしい契約が…制約が成り立つわけがねぇだろぉが」
どういう意味だ――と首を傾げたその瞬間に。
篠芽の右腕から青白い炎が噴出し、オーラのように篠芽の体を包み込んでいく。
「殺るぞ」
「うむ」
初めて聞いたその声は、透き通った女性の声だった。
次の瞬間に、銀色の剣戟が男の眼前に出現する。
ああ、とどこか冷静に男は考える。
俺は、死んだのだと。
****
「五人の…神…」
風神の様な像の下に掘られた文字は、かすれているし氷に掘られているしでとても見にくかったが、確かにそう書いてあるようだった。
その先の言葉は汚れてしまっていて読めないが、多分五人の神の内の一人ということだろう。
だとするならばこの世界には五人の神がいるということになる。
まぁヴォルゴード王国の一神宗教が正しいとは思っていなかったし、まぁ実際にあの風神がこの世界を作ったとも思えない。だからまぁ何かしら他の神が居るんだろうとは思っていた、が。
五人か。
風神がヴォルゴード王国の守り神をしていたことを考えるに五国全てに神が居ると考えて良さそうだが、はて。
シュトゥルムガッドで神のいそうなところというと…ここだよなぁ。
最北端の氷で出来た大きな塔。
字面だけでも神様がいそうな感じするわ。
だとして、だ。
仮にこの国の神様に会ったとしてどうするんだ私は。
神様に願い事をするって言う前提がそもそもおかしいのかもしれないけれど――
うん。
私の願いはもう決まってる。
「私に力をください。神様」
そう呟いた次の瞬間。視界が真っ白に塗り潰されていった。
フェンリル「ちょっと卑怯じゃったな」
篠芽「いやいや、一人で乗り込む馬鹿なんかいねーよ。気付かなかったあいつが悪い」




