死に際の花
遅くなり申したOTL
「んんんー?」
首を傾げて、リンは目の前に鎮座するものを見ていた。
観光土地、ということで氷塔へと案内されたのだ。
どうもテセウス達は旅の疲れが出たようで、食事を摂った後にすぐさまベッドへと横になってしまった。
まぁたぶん、かなり気を張っていたんだろうと適当に想像して私は観光地へと案内されたわけだ。
え?
篠芽さんが戦ってるだろって?
うんまぁそうなんだけど。
うーん。
この村に流れる空気…雰囲気というべきか。
何か異質な物が流れているような気がした。
で。
村を見て回っていた所、観光場所を探しているんだと勘違いした村の住人達がここへと案内してくれたのだ。
まぁ見たいとは思っていたし…良いんだけれど。
この目の前に鎮座する物は…うん。
遠目に見てレンガ状の氷を積み上げたような洋風な巨大な塔が見えた時は驚いたものだが、その入口の横に立っているものを見た時は更に驚いた。
「いやこれ、だってあれ…ですよね」
ターバンを巻いた様な、肩幅の大きな巨大なそれは。
――――――風神様?
****
色んな罠が仕掛けられていた――――――訳ではない。
待ち伏せがあった―――――――――――訳でもない。
ただ単純に、一人の男がそこには居た。
「お前か、盗賊ってのは」
暗闇の円形のドームのようなその場所の中央には、一人の男が腕組みをして立っていた。
頬には大きな傷が刻まれており、筋肉隆々な上半身を晒し、ゆったりとしたズボンを履いた土方にいそうなオヤジだった。
「いかにも」
低い声がドームにこだまする。
「そうか。悪いがあんたが襲っている村は俺の恩人の故郷なんだ。これ以上やらせる訳にはいかない。おとなしく手をひいちゃくれないかね」
「引くと思うのか?お前は知っているだろう。ここにはすでにシュトゥルムガッドの一隊がやってきている、と」
「知っているさ。だからなんだ」
「それを全滅させることが出来るような相手に対して、手を引いてくれないかと上から目線でよくもまぁぬけぬけと言えたものだな」
「自信がなけりゃこんな所に来ねぇさ」
「なるほど。では力で強引に、と言う事になるのかな」
「まぁ、そうだろうな。あんたがあの村を襲うのをやめないってんならそうなるぜ」
「ならばルールを定めようではないか。折角ここまで来たんだ。お主もくだらない罠などにはまりたくはないだろう?」
「それをお前が守る理由がないだろう」
「魔制約…じゃよ」
「破れば死…そういうやつか」
「そういうことじゃ。では一つ。このドームに入れるのは私と君のみ。それを破った場合処罰に処す。以上」
「構わんぜ」
何やら難しいことを言われるのかと思えば、ずいぶんと簡潔なルールだけだった。
眼の前のこいつは戦闘狂か何かで一対一をしたいだけ、と言うことだろうか。
ならば、受けて立つ。
ゆっくりとヴィーザルを引き抜き、くるりと一回転させて右手に持つ。
相手の身長は自分と同じ程度。
筋肉の量からパワータイプであることは明白だが、この世界においての魔法と言うものを使えばその常識は容易く覆る。
つまり。
何も考えない事が重要だ。
対魔法の可能性がある時点で先入観を棄てなければ、この世界で生き残ることは出来ない。
何が来ても反応できるようにしなければ、ただ死ぬだけだ。
ぴくり、と剣を持つ男の右腕の筋が震えたのが見えた瞬間に、足に魔力を通して踏ん張る。
刹那。
強烈な衝撃がヴィーザルへと襲いかかる。
「てっめぇ…!」
想像以上のスピードに思わず悪態をつきながら、襲い来る衝撃をかろうじて踏み殺す。
地面に亀裂が入り、足の裏の地形が崩れて一瞬体勢が崩れてしまう。
にやり、と男の口角が釣り上がった気がした。
その次の瞬間に、男の左拳が篠芽の腹部へと叩き込まれる。
あの剣の重さで…!片手だと!
吹き飛びながら思わず頭の中でそう思ってしまう。
壁にたたきつけられて空気を求めて喘ぎ、すぐさまその場から横回転で脱出する。
次の瞬間にはすでにその地面は砕かれていた。
「ハハハハハハハ!楽しいなぁ挑戦者よ!三撃目をかわせるのはなかなかいないぞ!」
余裕を持ってゆっくりと歩いてくる男を憎々しげに見据え、喉に溜まった唾液を吐き出して立ち上がる。
ぎりぎりのタイミングで後ろに飛んだから拳の衝撃はある程度殺すことが出来たため、肋骨が折れるほどではない。しかし拳の異様な打撃力によって体力はかなり削り取られてしまった。
だが、まだやれる。
「お前は…なんで人から物を奪うんだ?」
体力の回復のため、というような打算は一切なく、ただ単純に疑問に思ったから尋ねる。
この男は何を持ってして、人が一生懸命作ったものを、積み上げたものを崩すのか、破壊するのか。ただそれが気になった。
「妙なことを聞くな、少年」
戦闘の途中で質問なんてことをするような篠芽に激昂するかと思えば、意外にも男は冷静に顎を撫でて思案する。
「少年は自分の居場所を奪われたことはあるか?」
「…まぁ、それなりに」
あいつがやったことは俺の居場所を奪ったとも言えるが…まぁこの世界で言えば正直些細な事なんだろう。
けれどもあるにはある。
からまぁそれなりに。
「少年の剣には躊躇いというものがないから、人を殺したことはあるだろう。違うか?」
「違わないな」
「それも君はかなりの数の人を殺しているだろう」
「ああ」
「その一人一人に物語があることを、考えたことはあるか?」
「…あるさ」
それこそ、嫌ってほどに。
あの時殺した男には家族が居ただろうか。
子供が居ただろうか。
帰りを待つ家族が、居たんだろう。
それを殺した。
それだけの人が悲しんで、呪いを、怒りを蓄積する。
世界には幸せと不幸は等量ではない。
圧倒的に、不幸のほうが多い。
「その物語を破壊することに、快感を覚えるからさ」
そう、か。
ならばもう聞くことはない。
「吐き気のするほどの邪悪…そういう事だな」
「好きに呼ぶがいいさ」
「今までは村を襲う盗賊…乗り気じゃあねぇがその話を聞いちゃ黙っていられねぇ。あの村の人間も、この国の軍隊もお前を倒せないなら――」
――――――俺が殺る。
「てめぇの物語を、破壊する魔王になろう」
カチリ、と頭の中のスイッチが切り替わったような感覚を覚える。
タンッと軽快な音をたてて地面を蹴り、一瞬で男の懐へと潜り込む。
飛んできた膝を足場にして上へととびあがり、男の腕を掴んで勢いを殺して背中にピッタリくっつくように着地してその背中にヴィーザルを突き立てようとするが、そのまま腕を掴まれて放り投げられる。
バウンドするように転がりながら、流れる世界を見て男が迫ってきているのがわかる。
このまま転がった先で普通に立ち上がれば地面ごと叩き潰されるのは目に見えている。
ならば。と転がりながら少し先の地面へヴィーザルを投げて地面に突き刺し、その突き立った刀身に着地してすぐに男へと反転、直進する。
さすがに驚いて一瞬反応が遅れた男の腹部に掌底を叩き込み、そのまま手のひらで炎魔法で爆発を起こして男を吹き飛ばす。
さぁ。
全部すり潰してやろう。
「なぁおっさん。知ってるか?全てを構成する最小単位ってやつ」
男が立ち上がるのを見ながら、篠芽は右手に小さな原子をかき集めるように集中させる。
これを潰せば。
「まぁ、ありていに言って。ブラックホールってやつだ」
そして。
”魔王サタンを召喚して魔力を供給させた”
その瞬間。
男の口角が釣り上がる。
「貴様――喚んだ、な?」
次の瞬間。
ぱっくりと篠芽の腹部は大きな口を開けていた。




