魔王降臨
一瞬で視界が真っ赤になるほどの怒りを覚えても、篠芽は風神にすぐには飛びかからなかった。
俺ではこいつに勝てない。
相手を確実に殺すという覚悟が、同時に篠芽の行動を押しとどめた。
ここまでの人数を殺せるほどの人間とまともに戦えるわけがない。
加えて今はフェンリルも居ない。
だとするならば。
「一度俺の身に宿ったんだ――来れるだろ?」
ボソリとそうつぶやくと、脳裏に肯定の意思が帰ってくる。
が、同時に魔力が足りないというのも伝わってきた。
それに関しては問題ない。
生き物が死んだ時にその生き物から魔力を抽出することが出来ることはもう知っている。
そして今。
ここで沢山の人が死んでいた。
それならば。
「――来い!!」
周囲に漂う煙が渦を巻くように篠芽に集まっていき、紋様の描かれた右腕の中に収束されるように集まっていく。
そしてどす黒い魔法陣を描き、自分の体に召喚する。
魔王、サタンを。
****
なんだなんだこれはどういうことだ――!?
目の前の仇敵に起きた突然の変化にゲリは戸惑いを隠せないでいた。
目の前の人間は今まで普通の人間そのものだった。
それなのに。
それだというのに。
目の前で親しい人間が殺された瞬間のこの魔力の飛躍――っ!
やっていることは分かる。
死んだ人間が残した魔力を自分に吸収しているのだ。
それは分かるのだが言うほど簡単なことではない。そもそもそんなことが人間にできないように、かの五賢人の一人秦野は人間に魔術核を施したはず!!
それなのに、こいつはいとも簡単に魔力の吸収をやっている…っ!
ぞくり。
篠芽の右腕からどす黒い魔法陣が出現した途端に、懐かしいような匂いがゲリの鼻孔をくすぐる。
知っている。
私はこの魔方陣を、この魔力を知っている。
どういうことだどういうことだ…!!
「リーニャぁ!!!どういうことよ!!!」
風に吹かれて荒れる髪を手で押し付けて、横に立つリーニャに叫ぶ。
「こいつ!!!人間じゃないわよ!!!」
****
「クソがっ!」
魔槍を地面に叩きつけながら、外でどす黒い魔法陣を描き出した篠芽を見ながら歯噛みする。
不味い。
あの程度のことでアマテラスは死んじゃいないだろうが、今あいつが、本当にサタンを召喚したとしたら。
「私達が仲違いしてる場合じゃねぇ…!」
あいつはやばい。
まだ全く召喚されていないというのに魔法陣から溢れ出るプレッシャーは尋常ではない。
魔の神サタン。
それは魔物、魔大陸の全ての始祖とも呼ばれ、全ての魔物がサタンを起源としているとさえ言われている。ようはサタンに勝てる魔物はいない。多分この大陸にサタンと戦える人間は両手で足りるだろう。
そんな相手に風神の”神憑き”と喧嘩をしながら戦って勝てるわけがない。
が、しかし命令は風神撃破。
「っだああああ!しょうがねぇ!プルシュカ!座標固定魔法を!!目標はあのサタンを召喚しようとしてるやつだ!サタンじゃなくてもあいつならなんとかなるかもしれねぇ…!」
シムカは魔槍を足で蹴りあげて右手に持ち、やり投げのような構えで城の三階の窓から篠芽にその穂先を向ける。
現在地点から篠芽のところまで距離にして約数百メートル。
余裕で射程圏内だ。
だが、距離があればあるほどそれだけ到達が遅くなるのだから、篠芽の召喚を阻害するのに足らない…と言うような事態に陥った瞬間自分たちの命はない。
つまり、決死の作業なわけだ。
「はやくしろプルシュカ!出力コントロールは構うな!!!」
「だが魔槍が自壊するぞ!」
「しょうがねぇだろ!やりにかまけて時間かけて召喚されちゃあ意味がねぇ!せめて可能性がある方にかけろ!」
魔槍に魔力を吸われていく感覚が体を襲い、足の力が抜けていくが歯を食いしばって耐える。
今この瞬間が人類のターニングポイントなのだと。
そう信じろ。
私がここで魔槍射出を成功させなければならない――!!
自分に自己暗示をかけて集中を練っていき、そのピークに達した瞬間に示し合わせたようにプルシュカが叫ぶ。
「調整完了!いつでも行ける!」
「いっっけえええええええええあああああああああああああ!!!!!!!」
叫び、渾身の力でもって打ち出した槍の行き先を見てシムカは顔を曇らせる。
まっすぐに篠芽の心臓めがけて飛んでいった魔槍は衝撃波も生まずに篠芽によって握りつぶされただけに終わったのだ。
――――間に合わなかったのだ。
「やべーわ。世界滅びたかもわかんね」




