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異世界の歩き方  作者: レルミア
裏切りの水面
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泥沼へと

「だっておなかがふいふゃったんふぁもん」


 ガツガツと食べ物を書き込みながらそういう彼女の口から覗く特徴的な犬歯を眺める。

 そういえば篠芽も犬歯が大きくなってきたな、と思いながらまだ名前も知らない彼女の体をもう一度見る。

 腰まで伸びた赤いボサボサの髪に、つり目の犬のような目。

 爪も尖って長いし、とても冒険者とは思えないような風貌をしている。

 かと思えば服はボロ布で出来たマント付きのローブを着ていていかにも旅人の格好だ。

 まぁ、お金と食糧を何も持たずに身一つで旅に出たというのだから本当に馬鹿なんだと思うけれど。自殺しに来たのかなって思っちゃうレベルですよ。

 隣に座るリンも同じようなことを考えてるようで、少し呆れながらも彼女が食べ物を頬張っているのを眺めている。


「で、まぁそのご飯代位だしてあげてもいいけど名前ぐらいわ教えてほしいわね」


 大盛りのカレー二皿中、一皿を食べ終えたので一段落ついたかと思ってそう尋ねると彼女はスプーンを置いて答える。


「私の名前はゲリ・パーヴァ。訳あって人探しをしているの」


 そう言った途端に食べ物を食べていた時の幸せそうな表情から一転し、怒りや悲しさをないまぜにした表情に代わる。

 どこか見覚えのある表情だなと思ってどこだったかなと思いだそうと考え込もうとしたところで、すぐに表情を戻し、幾分か食べるペースの遅くなったゲリ・パーヴァはそれでも食べるのをやめずにカレーを口に運び続ける。


「と言うか貴方達も結構な奇特者よね。普通行き倒れにご飯なんて奢らないわよ?」


 助けてもらっておいてこの言い草はなかなかだな。


「まぁ私も普通誰も助けないって状況で助けられたことあるから。ちょっと見習おうと思ってね」

「そう…まぁその御蔭で助かったんだから何も言わないけど。改めて礼を言うわ。ありがとう」

「いいのよ。今はそんなに忙しいわけでもないし切羽詰まってるわけでもないしね」


 私が眼前で手を振ってそう言うと、ゲリは訝しげに眉をひそめる。


「…そんなに自分の懐具合を言っちゃっていいの?襲われるかもしれないわよ?」

「大抵の人なら倒せる自信はあるのよ。しかも私達今ギルド立ち上げたばっかだし、ギルドメンバーから略奪しようとは思わないでしょ」

「そう…なの?」

「そうなのよ」


 ギルドメンバーというのは商人ギルドからの保護が保証されていて、万が一強盗にあった場合冒険者ギルドと提携して犯人を吊るし上げるまで延々と追い続けるという。

 だからこそ手付金やらなにやらも高い訳だ。

 まぁそんなところに強盗に行こうと思う酔狂な奴はそうそう居ないだろう。リスクとリターンが釣り合っていない。


「よくわかんないわ」


 説明を聞いたもののよくわからないと肩を竦めるゲリ。

 見たところ年齢はリンと同じぐらいの12~15辺りだろうか。


「あなたこれからどうするの?さすがに心配なんだけれど」


 こんな年齢の何も知らない子供がこの先ここを歩いていて無事でいられるとは到底思えなくてそう尋ねると、彼女は胸を張って答える。


「心配には及ばないわ!私こう見えても超強いんだから」


 ドン、と胸を叩いて咳き込んでいる様子を見てとてもそうとは思えないが実際今の今まで一人旅をしてきたとするならその通りなのかもしれない。

 魔法の才能がとてもあるとかそういう理由なら小さくてもかなりの実力を持っていることにもうなずけるし。

 でも今の私の心配はそういう意味じゃない。


「力があっても金が稼げないならどうしようもないでしょ?」


 私がそう言うと、


「う゛っ…痛いところついてきたわね…」


 苦虫を噛み潰したような表情でゲリは答える。

 しばらく視線を彷徨わせ、考え続ける間も彼女はカレーを食べる手を止めない。

 その食欲に呆れながらも感心していると、思いついたように彼女は手を叩く。


「私を雇ってよ!」

「嫌よ」

「うわ、リーニャさん即答ですか…」


 隣で驚いたような声を上げるリンを無視しながらゲリが媚びを売るように腰をくねらせているのを見る。


「ぐぬぬ…私をたすけると思って、ほら、ね?」

「それ女の私にやっても意味ないわよね…」

「私は今貴方がレズと言う可能性にかけている」

「勝ち目はないわね」

「くそぉっ!」


 そう嘆いていっそう激しくカレーをかきこんでいく。

 気づけば二つ目の大盛りカレーも残り一割程度になってきていた。

 ここまでおなかすいてるなら一人でも食べるかな、と思って一つ。

 あともうひとつは私とリンで分けようと思っていたのだが、2つとも食べられてしまうとは予想外だった。

 まぁ最初にゲリが二つのカレーを確保した時点でリンに串焼きを買いに行かせたからそこは問題ないけれど。


「そもそもあなたの人探しがどういうふうに動いてるかもわからないのに私達に雇われてどうするのよ。今まで探した所に戻っていく順路かもしれないのよ?」

「それもそうだな…私の探し人はヴォルゴード王国に居るらしいんだ。ベルフェ…いや、情報提供者によるとここ…第一都市にいるらしい」


 誰かに教えられてここに来たのか。

 ということはそのベルフェなんとかと言う人間よりも彼女がその人間を探し当てている可能性が高いということだろうか。

 まぁあ誰だとしても、彼女のさっきの表情がどこで見たのかを思い出した今私は彼女に協力することは出来ない。


「復讐、よね」


 私がそう言うと、彼女の表情から笑顔が消え、さっき見た怒りと悲しみが混ざったような顔に戻る。

 

「…よくわかったわね」

「まぁ、私にも覚えがあるからね」


 そう。

 彼女の表情は私が以前強盗犯に殺意を抱いていた頃のものに似ているのだ。

 たまらなく憎たらしかった。

 殺してやりたかったあの時と全く同じ目を、している。


「何を言われても、止めるつもりは無いわ」


 私に引き止められると思ったのか、彼女は先を制するように言う。

 だが私は別に止めようとなんて思っちゃいない。


「別に止めようなんて思ってないわよ。復讐したいならすればいい。それはあなたの勝手――だけれどね」


 一呼吸置いて、彼女の目を見据える。


「私の知り合いに復讐しようなんていう恩知らずな真似しようものなら全力であなたを叩き潰すわ」

「…はっ、たかが人間が何を――」


 言いかけて慌てて口を閉じる。

 だがいいわけはせずにしっかりと私のことを睨みつけてきていた。

 彼女が人間じゃないかもしれない。

 でもそんなことは関係ない。

 相手がなんだろうと。

 私は私の守りたいものを守るだけだ。


「あなたにこの世界の人間全てを敵に回す覚悟があるの?」


 リーニャの口から言葉の刃が放たれる。

 彼女は恐らく自分が復讐を遂げた後のリスクについて何も考えていないのだ。

 復讐というのは、それを考えてやらなければならない。

 知ってから復讐するのと、知らずに復讐するのでは全く意味合いが違ってくるのだ。


「あなたに、目に映る物全てを殺す覚悟は、ある?」


****


「…てめぇ、何のつもりだ」

 

 気づけば。

 ラガーと名乗った文官が俺に刃を向けていた。

 その目は試しているとか悪ふざけとかそう言ったものはなくて、今から目の前の人間を殺す。そういう決意に満ちたものだった。


「この世界に王は二人もいらないのだよ」

「何言ってんだお前、すでに五人居るだろうが」

「はぐらかさないでくれるか?君もある程度推測はできているんだろう?我が国王も君と同じ黒髪黒目の”天族”だよ」

「知らねぇよ。俺が知ってるのはお前がいきなり剣を突きつける非常識な野郎だってことだけだぜ」

「ふん…粋がるのはいいが今の貴様に戦闘力は皆無だろうが」


 嘲笑するラガーに微笑みを返す。


「馬鹿かてめぇは。俺の今の状況を勘違いしているようだから言っておくがな」


 そう言って剣の切っ先を押し返すようにして上半身を起こして口を開く。


「俺が今寝てるのはただサボってるだけだぜ」


 布団ごとラガーを蹴りあげ、扉へ思い切り叩きつけて一気にベッドを飛び出して更に追撃を加える。


「くそっ!」


 扉を粉々に砕いて吹き飛ばされながら綺麗に受け身を取る様はとても老人には見えない。

 何事かと、頬に傷を蓄えた若い武官が駆け寄ってくる。


「何事ですか!」

「やつがいきなり襲ってきたんじゃ!」


 …なるほど。

 今の会話だけであの行動がラガーの独断だということが容易に察せられるが、構わない。


「別に真偽はどうでもいい。売られた喧嘩は買う主義だ。売る相手を間違えたことをてめぇの命に刻んで死ね!」


 ドンッと空気を震わせて一気にラガーの懐へと飛び込み、ラガーが魔法を唱える前に喉を締めあげて壁に叩きつける。

 慌てて応戦しようと武官が剣を引き抜こうとするので、もう片方の手で武官の胸元をねじり上げて地面に引き倒してラガーを上に乗せて動きを封じる。


「動けば殺す。今から聞く問に答えなくても殺す。良いな?」


 手に小さなブラックホールを作り、一瞬で蒸発させて尋ねると、二人は真っ青な顔をして頷く。


「まず文官のお前だ…お前は誰の差金で俺のところに来たんだ」


 今この二人を殺してしまうのは簡単だが、それではその背後に居る者がわからない。

 間抜けにそいつらに背中を晒してやる必要もないのでこいつからたどっていこうという判断のもと聞いたのだが。


「い、言えない…!」


 もちろん、口を割るわけがない。


「そうか。残念だ。そういえば知ってるか?俺が第2都市の城を潰した魔法、ブラックホールっていうんだがな、あれは凄いんだ。とてつもない圧力で体をゴリゴリとすりつぶしていくんだぜ。敏感な指先から頭の先までこーんな小さなたまになるようにゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリと、な。すり潰されるんだ。さぞ痛いだろうなぁ。しかもそのスピードは俺の魔力次第でコントロールできるんだ。楽しみにしろよ」


 そう言ってもう一度ブラックホールを作ってみせると、ラガーが泡を食ったように首謀者の名前を出した。


「ブラーハだ!!灰鴉のブラーハ!奴が私に命令したんだ!お前を殺さないと私の娘一家を殺すと言われたんだ!!」

「なるほど。テセウスさん、この二人を縛っておいてください」


 いつの間にかやってきていたテセウスに二人を縛るように言って立ち上がり、ブラックホールを消滅させる。

 実はもうすでに立っているのすらキツイ状況だが、今ここで膝をついてしまっては不味い。


「じゃあ、そいつら潰しに行こうか」


 灰鴉。

 まぁ、いずれにせよ潰さなければならないと思っていた組織だ。

 今やってしまっても構わないだろう。

 そう思っての発言だった。

 が、その進路決定は飛び込んできたリーニャとリンと、驚いた顔をした見知らぬ女ひとりが持ってきた情報によって上書きされる。


 


 第一都市に住むハヴァ=ヴァストの妹プリシラ=ヴァストが第一都市第2師団を率いて―――


「叛逆を始めたわ」


 始まる前に終わらせたと思っていた出来事は。

 終わっていなかったのだ。

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