ホーム・アローン
始まった語学研修も兼ねて、この世界の地理や歴史、今起きている大きな事件なんかを色々と教えてもらった。
まず、この世界は秦野国・グーデルバイト帝国・リュドミーラ・ヴォルゴート王国・シュトゥルムガットの大きく五つの国で成り立っている。
その中で、今俺がいるのはリュドミーラという場所らしい。そして最初に聞いて驚いたものだが、秦野国の名前は日本語だ。こんなファンタジックな世界にも日本語が存在している…どういうことだ?
そのことについて尋ねてみると、詳しくは知らないが国の成り立ちは知っている、というので聞いてみる。
「この世界…アーデルハントは、ずっと魔物に支配されていたのです」
「魔物…」
「ええ。私を助けてくださった時に、あなたが戦ったのも魔物です。あれはウォーウルフ…と言うと思います。私は魔物にそんなに詳しくありませんから正確かどうかは定かじゃありませんが。とにかく、今はそうそう目にすることもありませんけれど、一時期はあんな魔物と呼ばれるものが人間よりも多かったそうです。ですがある日、それぞれが特異な能力を持った五人が、それぞれの仲間を引き連れて立ち上がるのです。後にその五人がそれぞれ国を作った、と言われていますね。概要はこんな感じです。詳しい話は…国営図書館にでも行ったほうがいいと思います。私はあまりそういう知識がないもので」
少し恥ずかしそうにそういう彼女に質問をする。
「この国には…えっと…」
学校って単語はなんて言うんだ?
「うん…あ、人に物を教える施設とかはないんですか?」
「ああ、学校というものがありますね」
別の言い方をすればできるもんだな。
「なるほど。リーニャ先生は行かないんですか?」
「先生だなんてよしてください。ですが…そうですね、あそこは私のような人間が行ける場所じゃないんですよ」
聞けば、このリュドミーラという国の学校というものは貴族しか入学できないらしい。
この国は身分差別というものがかなり厳しいらしく、上の身分の人間に逆らおうものならすぐさま撥ね首らしい。
恐ろしい話である。
身分制度と言うのは大きく分けて、平民、商民、貴族、の三段階に分かれているらしい。
更にこの中にも暗黙の了解といった形でカーストが存在するらしいのだが、それが法的に強制力があるわけではないようだ。
俺の世界で言うのならスクールカーストのようなものだろう。リア充とキョロ充とぼっち。つまり俺は平民かそれ以下だな。死にたい。
そんな風に難しい顔をしていると、リーニャが申し訳無さそうに言ってくる。
「すみません…本当ならあなたみたいな身分が上の人がこんな所に住むなんてよくないのですが…」
ん?
身分が上の人?
「えっと…何の話ですか?」
俺がそう言うと、リーニャはきょとんとしたような顔で首をかしげる。
「えっと…黒髪黒目の人達は…秦野国ではすごい身分が高い人なんです。どうやら秦野国を作った秦野白狐という人物の直属血統の人しか黒髪黒目になれないみたいで…王様になる前提条件、という感じですね。しばらく黒髪黒目の人間が見つからなかったのでしばらく王座は空いていたみたいですけれど」
へぇ…。
だからだろうか、盗賊が俺を襲わなかったのは。
それもそのはずだ。そんな身分に見える人間、あるいは希少な人間を襲ったと秦野国にバレた瞬間指名手配もいいところだ。山狩りをしてまで追いかけるだろう。
村に追い出されたのもある程度頷ける。
そんな人間を迎えて粗相をしたらたまったもんじゃないだろうしな。いや追い出すのもどうかと思うけどさ?
でもまあ、正直そんなのはどうでもいい。
高い身分とか本当にどうでもいいです。
「気にしないでください、えっと…その、俺は身分高い人でも何でもないですから、ただの家無しの流浪人ですから」
「そうは…言ってもですねぇ」
「ああ…そうか俺がそう言ってるだけじゃあダメなのか…すみません迷惑かけてますよね」
少し渋るリーニャの顔を見て察する。
そんな高い身分の人間に見える奴が家に居ると分かれば噂をされることは必至だ。
この街でもさぞ居づらい事になってしまうだろう。
「あ、いえ違うんです。そういう問題は、むしろ話し相手が出来て嬉しいので歓迎したいぐらいです。ですがちょっと…私があなたに迷惑をかける可能性が…ありまして」
うん?どういうことだ?
「私、実は商人をやっているんですが、この街の商人ギルドと少し…対立してしまいまして」
商人をやっている…ってこの人俺と同い年って聞いたような?もしかして年齢詐欺…「私も16歳ですよ」あ、すみませんちょっと怖いのでその笑顔やめてもらっても構わんでしょうか?すみませんほんとすみません。
「まぁ、本当なら親の弟子としてある程度ついてまわるのがいいんですが、私の親は殺されてしまいまして」
お、おおうまじか。
デンジャラスだなおい…
「盗賊か何か…ですか?」
踏み込んじゃいけないと俺の中の警鐘が危険を知らせまくっているが、それを無視してリーニャに尋ねると、少し答えづらそうに、ゆっくりと口を開く。
「はい…」
肯定こそしているものの、彼女は何かをまだ隠し持っているような気がする。
「対立していた商人ギルドの差金…ですかね」
「そうとは…限りませんが…」
「しかし、そういうのはよくある話でしょう」
少なくともゲームの中では。
嫌な人間を金で雇った人間に、盗賊に見せかけて殺すなんていうのはよくある手だ。
「そう…なんですかね」
しかしこの世界にはまだそう言った手段は浸透していないようだ。
「詳しい話を知らないので確信はないですが…恐らく。あ、ってことはあの時馬車に乗っていたのは逃げようとしてたんですか?」
「ええ。最近また視線を感じるので…身の危険を感じたので逃げようかと思ってたんですが、あの魔獣に襲われたせいで食料もなくなってしまいました」
そして俺の治療で路銀もなくなった。か。
こりゃさすがに罪悪感を感じてしまうなぁ。
助けたのは俺だし、そんなもの感じなければいけない理由もないのだが、同時に彼女は俺の命の恩人でもある。
うーん。
「じゃあそうですね。痛い目に見てもらいましょうか」
「え?」
不安に曇っていた彼女の顔が、言っている意味がよくわからないという風な顔に変わる。
「ホーム・アローンっていう………作品がありまして」
「…え?」
まぁわからねぇよな。
とは言え準備は可及的速やかにかつばれないようにしなければならない。
「さぁ、準備開始じゃあ!」
話についていけてないリーニャを放っておいて作業に着手する。
とはいっても連中が襲ってくるのは今日かもしれないから、今日完成させるつもりで簡素なものを作る必要がある。
簡素なものというのは逆に威力が強くなってしまうものだ。
「死ぬかもしれないな。あいつら」
まぁ、どうでもいいか。
-----数時間後。
「よし、完成した」
「すごいですね…傍目には何も変わってないように見えますよ…」
「まぁ、リーニャ先生のお父さんに収集趣味があってよかったです。お陰で偽装が捗りました」
やはり材料が少ないなと、頭を悩ませる問題を解決したのは彼女の父親がコレクションしていた物だ。壊れるかもしれないよ、と言うと彼女はむしろ壊してくださいと真顔で言っていた。まぁ真っ白な角の生えた気持ち悪いおっさんの面とか何に使うんだって話だよな。遺品だから簡単に捨てるわけにもいかなくて困っていたらしい。
「あとは寝るだけですね」
「だ、大丈夫なんですか?」
「多分、大丈夫でしょう」
荷造りに見せかけて罠を仕掛けたから、その風景を見ていたのならば確実に今日襲うだろう。馬車の上に行かれてしまえば周囲は開けた草原だ。それに街道にはなかなか人がいるから馬車を堂々と襲うには少し不利だろう。
念の為に同じ部屋に布団を敷いて潜り込んで瞳を閉じる。
彼女にあれだけ自信満々に言ったが、正直不安だ。
うさぎや狐なんかにはさんざん罠を仕掛けてきたが、人間相手の罠なんてのは初めてだし、そもそも人を傷つける行為そのものが初めてだ。
うまい具合に気絶してくれればいいが、いざとなれば、布団の中で握りしめているこの包丁の出番になる。
右手がまだうまく使えない今、かなり不利だがやるしかない。
布団に潜ってから数十分後、玄関のほうからガタゴトと鍵を破壊しようとしている音が響く。
横の布団が小さく震えているのが分かって、こっちに出してきた手を握り返す。少し恥ずかしいが、まぁここらへんは甲斐性というものだぜ。DTがナマいってんじゃねぇって?うっせ。
なんてふざけて見せていると、少し大きな音がして玄関の鍵が破壊される。それと同時に右手が更に強く握られる。
…大丈夫。大丈夫だ。
俺も自分自身に言い聞かせていると、俺達が寝ている部屋の扉がそっと開かれ、そのままゆっくりと扉を開いていき、完全に扉を明けきった瞬間に、ぷつんと糸が切れる音がして侵入者の頭上の天板が男の後方に落ちた。次の瞬間に、先端に大きな鉄球が付いた棒が凶悪な速度で男の頭上に振り下ろされ、そのまま侵入者の後頭部に直撃、そして気を失っていく。そのままカーペットが敷かれた所に倒れこむと、あるはずの床が無いために出来た穴の中に落ちていき、カーペットが男に巻き、更に穴上部の横から飛び出てきた大きな針がカーペットを突き刺して固定し、野郎の簀巻きの完成である。
二人目の心配があったが、考えてみればこんな夜中の街中で意識がまともな男が二人こそこそ歩き回っていたらかなり怪しい。色んな意味で。
「まぁ、なんとかなったな」
穴に落ちた侵入者を引きずり上げて両手を椅子の肘掛けに、足を椅子の足に縛り付け、男が持っていた大きめの剣を奪い取って家の砥石で研ぐ。
あの程度の衝撃ならばこいつが意識を取り戻すのはすぐだろう。
その時に散々脅してやろう。俺は役得あったからいいけどリーニャ大先生を怖がらせた罪は重い。
両刃の剣の片方を研ぎ終えた頃に、男がゆっくりと瞼を上げる。状況を把握した瞬間大きな声を出そうとするが、丸めた雑巾を口に突っ込んであるのでそれも無理だ。
「あ、起きた?」
彼に視線を送らずに剣を研ぎながらそう言うと、ぴたりと彼の動きが止まる。
俺のやっていることを見て大体の想像をしたんだろう。
「お前は手を出す相手を間違えたよねー」
剣についた水気を拭きとってゆっくりと立ち上がり、クルクル剣を回しながら男に近づく、
雑巾を噛みちぎらん勢いで顎をくいしばって椅子をどうにか破壊しようとしているが、椅子はそもそも壁にくっついてるから動きもしないし、肘掛けと足に四肢を括りつけられた状態じゃあ力が入らない。
「さて、今からお前に聞きたいことがあるんだが…今ここでその雑巾を外したら叫ばれるかもしれないし、まずそこら辺を従順にさせようか」
そう言って男の右手の中指をピッタリと肘掛けにくっつける。
その時点ではまだ男は自分が何をされるのか分かっていないのか、特に抵抗する様子もない。が、俺が剣の切っ先を爪と指の間に入れた瞬間に、何をするのか察したのか必死に体を捻って脱出しようとするが、それも敵わない。
「そうやって抵抗するから、俺はこんなことをやってるんだよ?」
ゆっくりと、グリグリと剣を揺り動かしながら切っ先を爪と指の間に侵入させていく。
するともはや身を捩るのにも意識を向けることが出来ない盗賊は必死に布をくいしばっている。
「血圧上がっちゃうよ?そんなことやってるとさぁ」
そして爪の付け根まで切っ先を侵入させると、スッと剣を引き抜いて爪の先を指でつまむ。
「こういうのは綺麗に剥がされるよりも痛いのがあるんだぜ、知ってるか?」
爪の付け根の肉に少し切れ込みを入れて爪をシールをはがすが如く引っ張ると、爪の付け根の皮と肉をくっつけた爪が剥がれた。
かなり肉を一緒に持ってきたために出血が激しいが、どうでもいい。
「さて、俺がその雑巾を外した時にまだお前が叫ぶようならこれを両手両足にやろうと思う。それが終わったら丁寧に腕と足の皮を剥いでいこうか。おーけー?」
是非もない、と言った様子で首を激しく縦にふる盗賊の口から雑巾を外してやる。
「お前を雇ったのは、誰だ?」
「商人ギルド…の、ローミッドってやつだ…」
「雇われた経緯を話してもらおうか」
「俺がこの家の両親を殺したからな…事情を知ってるってんでまた雇われたんだよ」
なるほど。
この会話をリーニャに聞かせないでよかったな。
と思ってから疑問に思う。
「お前やけに素直だな。こういうのは大抵言うのは渋るもんだが」
「そりゃお前…金で雇われてるだけだからな。それに…お前は後もう少しで死ぬ」
こいつがそう言った瞬間、リーニャのいる部屋でガラスが割れてリーニャが叫ぶ音がする。
あーあ。
死んだなぁ。…盗賊。
はぁ、とため息を吐いて部屋の中に入って行くと、無残にも喉を角つきの面で突き刺された男が横たわっていた。
「隙を生じさせぬ二段構えよ。ってな具合だわな」
完全に死んでいることを確かめると、椅子に括りつけた男のもとに歩いて行く。
「死ななかったよ。だからまぁ、死んでもらおうか」
そう言って、剣を振り上げて男の首を切り落とそうとすると、その手をリーニャに止められる。
「いいです…もう、大丈夫ですから…やめてください」
「殺したほうが、後々楽ですよ」
「そんな顔で言われていても、説得力無いですよ。篠芽君」
悲しそうな、顔だった。
悲しそうな顔をしているリーニャが見る俺の顔は、どんな顔だったんだろうか。
憲兵に盗賊の死体と椅子に縛り付けた盗賊を突き出して、帰り道におもいっきり吐いた。吐いても吐いても止まらない吐き気にいい加減苦しくなってきたところで、リーニャがそっと俺の頭を撫でる。
すると、不思議と吐き気が収まっていくのが分かる。
ああ。
なっさけねぇなぁ。
自分の事が情けなるのと同時に、自分に誓う。
この人は何があっても守る、と。




