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異世界の歩き方  作者: レルミア
裏切りの水面
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ギルド

 取引をしろと言われてヴォルゴード王国第一都市の内部マーケットに来たはいいものの。

 何を買おう。

 少し怯えたように、金30枚が入った袋を持ちながらテセウスの隣を歩く。

 もうすぐ風魔と呼ばれる災害が起きるために商人達は躍起になって在庫を売り払ってしまおうとかなりの安値を貼り付けており、それを目当てに様々な商人がやってきていた。

 この後何処にいくかがはっきりとしていないために何を買えばいいのかと言う判断がつきにくい。

 どうしたものか、と隣を歩くテセウスを見上げてみると彼は相も変わらず仏頂面で歩いている。

 私は正直いってこの人が怖い。

 ある程度年の行った男の人と話すなんていうこと自体殆ど無い。

 最近篠芽さんがやってきて話しをしたから彼の年齢が最高記録になったぐらいだ。

 ある程度の年齢になったら普通は部隊に行くしね。

 彼の本来の鎧は金と銀でできている。

 今は目立たないようにと普通の服を着せ、その内側に鎖帷子を着てもらっているから目立ちはしない。

 …金と銀。

 シュトゥルムガッドの氷と氷に反射する太陽をイメージした色だ。

 彼は恐らく数年前に起きた”魔憑き”の事件の被害者だろう。

 一つの都市を丸々壊滅させた”魔憑き”。

 人一人を殺すなんて造作でもないんだろうなと思わず身震いをして、懐に差した小刀を握る。

 魔物。”魔憑き”。

 それらは本当に怖いと思う。

 本当のことを言えば篠芽さんの事ですら怖いぐらいだ。

 彼は自分に取り憑いているフェンリルという魔物を完全に制御できていると聞いたけれど、そんなのは絶対の保証になりえない。

 近くにいれば、彼が私を殺すのに一秒かかるかどうか。そんなレベルの暴力を振るってくるだろう。

 でもそれでも彼には恩がある。

 私を…助けてくれた恩がある。

 魔物に”魔憑き”に…あの時初めて人を本当に怖いと思った。

 私を縛り付けてナイフを地面に突き立てて私たちのことを脅す彼らは本当に同じ人間なのかと疑うぐらいに怖かった。

 あの時に。

 助けてくれたあの人はまさに希望と言えるんじゃないか。

 ”魔憑き”という絶望を体現したような物と同時に存在する希望。

 そんな対極的な二つの要素を持った篠芽悠真に私はどんな態度を取ればいいのか決定しかねている。

 から、まぁ自分から取引をやってみたいと進言したのだけれど。

 それにしたって金三十枚は多くないかなぁ…

 悶々と立ち止まって考えていると、隣にいるテセウスが口を開く。


「恐らく、これからの需要は武具だろうな」


 えっ。

 武具って一番需要ないって言われてるものですよ?

 耳を疑ってテセウスを見上げると、彼はふざけている様子など無く至って真面目な表情だった。


「えっと…」


 どういったものかと迷って口ごもっていると、テセウスがまた口を開く。


「今までは需要は無いだろうが、恐らくこれからはかなりの人間が必要になるだろうな」


 彼は今現在武具が需要のないことが分かっている。

 この争いのない平和な世界で武具を必要としているのは訓練用と王宮兵士達ぐらいなもので、それらはだいたい指定の武具屋がいるために私達商人が横から介入するのは難しい。

 つまりそれ以外…いや、王宮に売り込む事もできるには出来る。

 一つの武具屋では足りなくなったと言う状況になれば確実にそうなるだろうな。

 でもそんなのは戦争のように武具の消費が激しい事が起きないと…ではもう一つの可能性か?

 一般人が武具を持つようになる、とそういう事か?

 でも魔物達の勢いはまだまだだし最近発見されたのはイムラでのフレキとフェンリルだけだ。

 それより前だと一番新しいものでも二年以上は前の物だと記憶している。

 フレキとフェンリルのことはあまりにも早く事態が収束したために噂だと思われている以上一般人が武具を持つほど危機感を持つとは思えない…

 では、何故だ?

 いくら考えてもわからないので降参してテセウスに尋ねると、彼は三人の商人が顔を突き合わせている露天を顎で指す。


「あそこの商人は第二都市ヴァミリでの出来事を話している」

「…はぁ」


 彼の指した方向へ視線をやると、三人の商人が話し合っているのはここから数十メートル離れている場所だ。

 この喧騒の中でそんな遠くの、しかも見た感じだいぶ声を小さく抑えている彼らの声を聞くことが出来るのか。


「まぁ、魔法の一種だ。そこは問題じゃないだろう」

「そりゃあ、そうですけど。彼らがなんて言ってるんです?」

「ヴァミリの王宮が消えた。そこには灰鴉がいた。近々争いが起きるかもしれない」

「国同士ではなく、国と組織で…そういう事ですか?」

「ああ。実際は灰鴉はヴァミリに与する組織だし王宮を消したのはあの篠芽という少年だが…そこは関係ないだろう。恐らく彼らはヴォルゴードからの帰り道に大量の傭兵を雇うはずだ。ここにいればこの地に慣れていない商人は風魔で確実に死ぬが、大量の傭兵を率いて脱出すれば争いに巻き込まれない可能性もあるし、もし巻き込まれたとしても質のいい武具を装備させた傭兵がいれば切り抜けることも可能。そういうことを話し合っているな」

「なるほど…」


 一理ある…確かに買いに走る理由も分かるが。

 それに安易に飛びついていいものか。

 彼ら三人が武具を買いに走ると言う情報だけで行っていいものだろうか。

 うーん。

 迷うな。

 うむむ、と顎に手を当てて考え込んでいると、テセウスが微笑んで口を開く。


「その迷いは妥当だ。今のままではちょっと武具の需要が上がるだけだろうな。所詮は噂だ。まともに受ける人間もいるしそうではない人間もいる。現実味がないのだよ。今の段階では、な。だがある切っ掛けを…刺激を与えてやればその限りではないだろう?」


 テセウスの言葉に、リンの頭にひらめく物があった。


「そういう事ですか!分かりました。今から冒険者ギルドに行きましょう。そこで武具屋を斡旋してもらってこの金三十枚全てをつかって最上級の装備を最大限買います!」

「分かってくれれば嬉しいよ」


 孫の成長を嬉しく思うような彼の表情を見ながらリンは自分の気持ちの高揚を抑えきれずにいた。

 凄い。

 テセウスさんはほんとうに頭が回る。

 私も彼のように頭を柔らかく使うことが出来るようになりたいな。

 そう思いながら駆け足で一旦宿へと戻り、彼に着替えてもらう。

 これも説得力を演出する一手だ。

 そしてすぐさま冒険者ギルドへと駆け込む。

 肩で息をした私は恐らくいい感じに焦燥感あふれる事になっているだろう。

 

 そして大声で受付の人に言葉を叩きつける。


「ありったけの武具をください…!!」


 その言葉に何事かと事態を伺う人達がこちらを向く。


「いつもより商人が多い。これは当たりだ」


 小声で隣のテセウスが私に話しかける。

 

「何人分…でしょうか?」


 呆気にとられたといった様子で受付嬢がリンへと聞くと、リンは懐の金貨袋をドサリと受付に置いて言う。


「金三十枚でありったけください。傭兵は居るので構いません」

「金三十枚…と言うとヴォルゴードの武具屋の殆どから買い占めることになりますので…必ずしも全ての状態を保証できはしませんが。よろしいですか?」


 一体何ごとだ、と目を白黒させながら受付嬢がそう言うが構わない。

 

「構いません」


 その一言は、ヴォルゴード王国第一都市に駐在する、ヴァルハラで大量に傭兵を雇った人間達を戦慄させた。

 噂はほんとうだった。

 リンの思い切った金遣いに彼らは灰鴉を始めとした一連の騒動に説得力を感じるようになる。

 つまり。

 ヴァルハラで雇った人間達にも更にいい武器を、良い鎧を与えようとするのだ。

 食糧、道具の質はそのまま傭兵の質へと直結するのは前にも言っただろう。

 つまり。

 異常な武具の需要が発生する。

 が、それに追い付く供給は皆無にも等しい。

 なぜならほとんどの武具をリンが買ってしまったからだ。

 そして起こるのは異常な武具の高騰だった。

 銀20枚で鎧一セットを買えるぐらい安かった鎧は、その日の夜には鎧一セットが金一枚になるほどに高騰していた。

 単純に、五倍である。

 そうして混みあった夜のオークション会場にて。

 突然の大量の鎧の出品が行われた。

 

 そして。

 

「ここまでうまくいくと怖いですね…」


 金三十枚は最終的に六倍にまで跳ね上がった武具の高騰により現在金百八十枚にまで増えていた。

 金の上の単位が必要だな、なんて考えながらほくほく顔で宿へと帰る。


「リン、ただ今帰宅です!」

「あら、おかえりなさい。その表情だと上手くやったのかしら」


 食事の用意をしているリーニャにそう言われて、思わず笑顔で答える。


「はい!テセウスさんのお陰ですが、金三十枚を百八十枚にしてきました!」

「えっ」


 本当に予想外な桁に、リーニャの手が止まる。


「何をやったの?」


 すぐに調理を再開しながらそう尋ねてくるあたり、彼女の切り替えは凄いと思う。

 内心結構動揺してるのは声の震えからも分かるが。

 少し笑って、事の一切を説明してしまうとリーニャは凄いわね、と一言言ったものの、それ以上の褒め言葉はなかった。

 それどころか少し機嫌の悪ささえ伺える顔色だ。


「えっと…だめでしたか?」


 何かダメなことをやっただろうかと不安に思ってそう尋ねると、リーニャは調理の手を止めて椅子に座り、私達にもそれを促す。

 大人しくそれにしたがって椅子に座ると、彼女は少し迷ったような仕草をみせてから口を開いた。


「何も悪くない…とは言い切れないけど貴方の行為は立派な商人のそれよ。それはたしかに凄いと思うしその商売の方法も確かに良いのよ。ただその方法だと…いつか危険な目にあうから…あまりやってほしくはないのよ」


 何かを言いづらそうにしている彼女だが、彼女のいわんとしていることが全く理解できずに首を傾げる。


「普通の商人の感覚ならば貴方のそれに…言い方は悪いけど騙された人が悪い。今回の場合は一概に騙されたとも言えないし危険があるのも事実だから騙したと言う要素も無いんだけど。貴方が故意に値段の釣り上げをしたことがバレた時に逆恨みをする商人は必ずいるの。恐らくうちの両親もそのせいで襲われて…死んでいるわ」


 恥ずかしい話だけどね、と言って彼女は笑う。

 

「だからあまり稼ぎすぎるのもよくないの。まぁ鎧が銀二枚って言うこと自体安すぎておかしいからある程度吊り上げるのは良いんだけどね…すこし…やり過ぎた気がするわ」

「そう…ですか」


 確かに言われてみればやり過ぎたかもしれない。

 ヴァルハラでも恐らくやりようによってはもっと稼ぐ事はできたんだろう。

 けれどもやらなかったのはそう言った逆恨みの人間たちに対する警戒からなのかもしれない。

 そう考えて少し肩を落としていると、リーニャがでも、と言葉を続ける。


「テセウスさんの助けを借りたとはいえ初めての商売で六倍にまで資金を増やしたなんて驚いたわ!全部なくなってもいいかなぐらいで貸したのに本当に凄いわね。金貨三十枚は返してもらうけれど残りの百五十枚は貴方が持っていなさい。それは貴方の稼いだお金よ」

「そ、そうなんですけど…でもテセウスさんがいなかったら多分武具を買うなんて言う発想もなかったわけですから…全部受け取っていいものかどうか…」

「私は構わんぞ。それはお主が稼いだものだ」


 隣に座るテセウスがそう言うが、それでもやはり彼がいなければ私のこの稼ぎがなかったと言う思いは消えない。

 そもそも彼がいるからこそ出来たのだから前提に彼が存在するのだ。それを無視しろというのは無理な話である。


「でも…」


 なおも言い渋るリンにリーニャが言う。


「じゃあそうね。ちょうどいいことだし私達で組織を作りましょうか」

「組織?」

「ええ。ギルドというべきかしらね。冒険者ギルドや商人ギルドのようなものよ」

「え、えっと?」


 意味がわからずに首を傾げていると、笑ってリーニャが答える。


「商人ギルドも冒険者ギルドも最初は数人だったの。それが登録数がどんどん増えて今の形になったようなものなのよ。だからあれも今から私達が作る組織も本質的には一緒よ。で、稼ぎはその組織に一度プールしてその中から稼ぎとして私達個人に配給するの。そういうことをやるのよ」

「へぇ…」

「それにあたっての名前なんだけど…後で篠芽も含めて話しましょうか。色々候補は考えておいてくれる?」

「はい!!」


 元気良くリンが答えると、リーニャは微笑んで調理へと戻る。

 ふむふむそうか。

 チームみたいなものか。

 ちーむ…チーム名…何がいいかなぁ。


「何がいいと思います?」


 隣に座るテセウスにそう尋ねると、彼は困ったように笑うだけだった。


****


「チーム…ね、まぁ経緯は分かった。構成員は俺とリーニャとリンだけか?」


 篠芽がそんなことを言うのだから、リンがテセウスもだと言おうとしたところでリーニャに遮られてしまう。


「ええ。その予定よ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。テセウスさんは?」


 リンが隣に座るテセウスをなぜ入れないのかと、ベッドを跨いだ反対側にいるリーニャに尋ねる。


「テセウスさんはあくまで冒険者ギルドの所属だから別の組織に移動するのには結構な手間があるし…それに何より私達の護衛についてまだ一週間とちょっとでしょ。そんな得体のしれない人間達の組織にいきなり入れるとも思えない…と思っているのだけれど。どうかしら」

「ああ。君たちの組織に疑問を持っているわけではないが…私の実力を知らずに引き入れる気もないだろう?」

「そういう事ね。今はまだ傭兵と雇用主っていう関係が良いと思うわ。まぁあなたの稼いだ金三十枚で身受けするというのなら文句もないけれど」

「そ、それは…」

「まぁまだ期間は残っているのだしとりあえずこの三人で。ギルド名はさっき決めたのでいいのね?」


 リーニャがそう言うと、篠芽とリンが頷く。

 

「銀狼。短くていい名前だな」


 呟くように感想を漏らしたテセウスの言葉が、静かな部屋にこだました。

武具が供給されてしまいましたね


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