決別の朝
一定のテンポで城から続く中央広間を進行していく兵士達の足音がヴァミリに響く。
その数は数千、いやもしかしたら万にも届くのかもしれない。
見渡す限り黄色いラインがあしらわれた兜がズラリと並び、剣や斧や杖といった様々な武器を手にしている。
そんな兵士達を屋根の上に座って眺めている影が二つあった。
「本当に、やるの?」
俺がそう尋ねると、隣に座るセレネがしっかりと頷いてみせる。
こうなったのは時を遡ること数十分。施設にて買い物に行ったユーノが真っ青な顔をして帰ってきた時から始まる。
朝起きてトールが居ないことに気付いた俺達は、どうせそのうち帰ってくるだろうと思って特になにもしないで朝食を食べてそれぞれの仕事をしていた。
そしてユーノが買い物に行くというので送り出して、セレネをトールのことでからかいながら休憩していた時だった。
大きな音を立てて玄関を開けて飛び込んで来たユーノは震える声で小さく告げた。
「ヴァミリが…反逆をおこしました…」
「反逆?」
事態がつかめていない、と言った様子できょとんとしてセレネが尋ねるとユーノは頷く。
「ヴァミリが第一都市に対して兵を進軍させることを決定させた…と言う意味です」
「それって…!!」
内戦が、始まるんです。
ゴクリと生唾を飲み込んでユーノがそう言うと、セレネが取り乱してトールを探しに外へ出ていこうとするが、彼女の腕をユーノが掴んでそれを引き止める。
「探しに行かないと!徴兵されちゃう!」
「ダメです!!」
「なんでよ!!!」
セレネが何故か引き止めるユーノに向かって大声でそう言うと、少し面食らったように後退りしてユーノが俯き、ぼそぼそと呟いた。
「意味が…無いからです」
「どういう…ことよ」
意味が、無い?
彼女の言った言葉の意味が分からなくて俺もセレネと同じように疑問符を浮かべていると、言いにくそうにユーノが続ける。
「トールさんのご主人様はハヴァ=ヴァスト。この第二都市を統治している人間…つまり、この進軍を決めた人間なのです」
内戦の首謀者、に仕えているということか。
思った以上に面倒な事態に思わず頭を抱える。
首謀者に仕えているということは内戦に参戦せざるを得ないだろうし、実力者なのだから前線にも駆り出されるだろう。
そうすればほとんど確実に…死ぬだろう。
弱ったな、とどうするべきか考えていると、ユーノを見つめて固まっていたセレネが口を開く。
「…あんた、何か私達に隠し事してるよね?」
彼女がそう言うと、ユーノがビクリと肩を震わせる。
図星、と言葉よりもわかりやすく態度が表していた。
そしてしばらくの沈黙の後、ユーノがぽつぽつと語りだした。
自分がどういう立場なのかを。
「私…は、この都市に…スパイのような立場として派遣された人間なんです」
「穏やかじゃないわね」
「ええ。元々問題を抱えていた私はネレウスという人と一緒にここへ来てネレウスに仕事が出来るようにといろいろと教えてもらっていたんですが…数年後にネレウスがある事情があって他界しまして。その後はネレウスの仕事を私が引き継ぐことになったのです」
「それがスパイって事か?」
「そういう事です。こんな酔狂なところへ入ってくる奴隷はある程度金を持っている人間に買われていて、そしてその人に反抗的だ。だから聞こうと思えばここの人達の情報をいくらでも入手することが出来ました。つまりかなりスパイとしては上手く行っていた…訳ですね」
「それで、なんで今日内戦が起こるって分からなかったわけ?」
「やはりそんな深い事情まで反抗的な人間に教えるわけはないでしょう…かろうじてトールがハヴァ=ヴァストに仕えているということが分かったぐらいです」
「…なるほど、で?あんたの雇い主、つまりここにスパイとして送った人間は誰なの?」
「…もう、良いですね。私も正直疲れました。私をここに送り込んだ人間はエリファス=ヴァスト…この国の、国王です」
ユーノの雇い主の名前を聞いて思わず息を飲む。
この都市は端から疑われていたということだ。灰鴉の人間が最近出入りしているとセレネも言っていたし、そこから疑われていたのか…いや、今はそんなことは関係ないだろう。今問題なのは俺が今何をするべきか。
ただそれだけだ。
しかし何をすればいい。
俺の歴史で言えば内乱や内戦のあとはほぼ確実に国家間戦争になるか、他国の支配を受け入れて実質的な植民地にされるかの2つだ。
この国ならばリュドミーラと秦野国が隣国だからその二国が来るか?
いや、中央都市ヴァルハラから連合舞台が来るという可能性もある。
いずれにせよこのまま内戦が勃発すればかなりの人間が死ぬことは間違いない。
ならばどうする?進軍を止めるのか?
どうやって?何故俺が?
ぐるぐると考えがまとまらずに頭の中を駆け巡っている時に、ユーノの凛とした声が俺の耳にはっきりと届く。
「――――逃げ場はない。今の私達ならそれの意味がわかるはずです」
彼女のその言葉を聞いて、俺の頭の中を駆け巡っていた言葉たちがすぅっと消えていく。
そうだな。
やることは一つだ。
「内戦を止めて、トールを助けるぞ」
俺がそう言うと、ユーノとセレネはしっかりと頷いた。
****
止める、助けると言っても具体的にどうすればいいのか。
この進軍を止めたところでトールを助けることは出来ない。
ならば頭を潰すしか無いだろう。
この数千、数万の兵隊の山を切り分けて城へと進んでいく必要がある。
普通ならムリだろうと思うがこちらには切り札がある。
「出来るな?セレネ」
「もちろんだ。あんたこそ出来るのか?トールは強いよ?なんたって私が惚れた男だからね」
「もちろん。俺を誰だと思ってんだ」
「そうかい――じゃあ、行くよ」
へらへらと笑っていた表情が一転、鋭い刃を思わせる表情へと変わる。
そしてセレネと俺が円形の大広間の中心に降り立って進軍の邪魔をすると、先頭の指揮官と思われる人間が大きな声を張り上げる。
「貴様達!!!邪魔だ!退け!!」
凄まじい気迫を込めた声にもセレネは動じずに、一歩踏み出して右手に小さな石を生成する。
何のつもりだ、と兵隊たちが構えた瞬間に。
セレネは進軍している兵達の真ん中にその小さな石を射出した。
握りこぶしにも満たない小さな石が飛んで行くのを見て兵隊たちが明らかに油断して体の力を抜くのがわかった。
だが。
その指揮官の鎧にぶつかる寸前の事だった。
石は一気に拡大して横幅二メートルにも及ぶ凄まじい岩石へと変貌しその勢いを殺さずに兵たちを押しのけ押しつぶしていく。
「さぁ行け!ここは私が引き止める!」
叫ぶセレネの横を全速力で駆け抜けながら叫び返す。
「死ぬんじゃねぇぞ!」
「お前もな!!」
「言ってろ…!フェンリル!」
フェンリルに呼びかけ彼女を実体化させて隣を走らせ、
「翔べ!」
彼女の右手を掴んで一気に飛び上がらせて城門へ続く階段に激突して止まった石を大きく飛び越えて、更にアーチ状の両開きの巨大な城門を飛び越えへ城の中庭へと入っていく。
中庭に敵があまりいないことを確認すると城門の鉄部分を溶接して開かないようにする。
「手伝ってくれるか?」
俺の後ろで飛んでくる魔法を火魔法で迎撃しているフェンリルに言うと、彼女は愉快そうに笑って答えてくれた。
「当然じゃ。久しぶりの運動じゃからのう。せいぜい暴れさせてもらうとするわ」
そう言って一際大きな炎弾を地面にはなって目眩ましをして、地面をえぐる勢いで蹴りだして一気に飛翔する。
「最近鬱憤も溜まっていたしなぁ!!」
そして炎弾の雨を中庭に降らせる。
高笑いしながら着地する様なんかはもうなんか魔王もかくやといった雰囲気だった。
陽動を彼女に任せて近場の窓を叩き割って中へと侵入すると、意外にも中にはあまり見回りは居ないようだった。
すべての兵士を使っての進軍…ってことなのだろうか。
そんな決死の覚悟で何故反乱を起こすのかが不思議でならなかったが、ユーノに聞いていた情報どおりに四階にある王室を目指して走って行く。
時折角を確認してクリアリングをして進んでいく。こんなときにFPSの経験が役に立つとは思わなかった。クリアリングなんてあれをやってなければ知らなかっただろうし。
そんなことを思いながら走っていると、角を出てきた兵士がこちらに気付いて背中の槍を引き抜こうとする。
「させるかっ」
兵士が槍を引き抜く前に地面を蹴って一気に肉薄し、胸当てと腰の鎧の間をヴィーザルで横に引き裂く。
止まっている暇はないので確認はせずに切り抜けてそのまま走って行く。
「死んだか?死んだよな…?悪く思うなよ…!」
そう呟きながら階段を見つけ、駆け上らずに一気に飛び上がって登って行って踊り場の壁を蹴って反転、更に飛び上がって二階へとやってくる。
着地時に一人、そして着地した後剣を振り上げて二階の階段を警護していた二人の人間の首を切り落として更に階段を上がっていく。
同じ容量で三階の人間も倒して更に四階へと上がっていくと、さすがに異様な事態に気づいたのか五人の兵隊が盾で階段を塞いでいた。
「そんなもんにっ!」
ダンッと地面を蹴って勢いをつけて飛び上がり、剣に炎をまとわせて中央の兵士の盾を切り裂く。
バターを切った時のようにあっさりと盾を来られた兵隊は狼狽して慌てて剣を盗ろうとするが、それより早く胴体を逆袈裟に引き裂かれて後ろに吹き飛ぶ。
両側から迫る刀身を前に飛ぶことでかわし、炎から炎弾を飛ばして四人を倒す。
そのままゴロゴロと転がって後方に待機していた魔術師の放つ属性魔法をかわし、一気に地面を蹴って飛翔して魔術師達の傍へと着地して一番近くの魔術師の胸にヴィーザルを突き立てて後ろに居る魔術師に投げつける。
飛んできた仲間の死体を慌ててどかして魔術を使おうと魔符を構えるが、既にそこに俺は居ない。
横から切り込んでいって五人の魔術師を屠り、更に直進してレッドカーペットの敷かれた部屋へと跳び込むように侵入する。
そこに居た人間は三人。レッドカーペットの先に置かれた王座に座る人間と、その右側に黒いローブを来た魔術師ふうな人間。そしてその反対側に黄色い十字が胸にあしらわれた鎧を着ているトールがいた。
「…よお。昨日ぶりだな」
「…なんで、きたんだい?」
俺と王座に座る人間の間に立ちはだかるように立つトールは少し悲しげに俺に尋ねる。
「俺は馬鹿なことをしようとしてる親友を殴りに来ただけさ」
「…僕には選択肢はなかった。この人は命の恩人なんだ」
「だからこそお前はそいつが間違った事をしようとした時にそいつを殴ってやるべきだったんだ。今の俺みたいにな」
「そんなこと、出来るわけないじゃないか」
「だから俺がかわりに殴りに来てやったんだよ。後でお前も殴ってやるからそこをどけ」
お願いだ、どいてくれ。
そう願って放った言葉だったが彼は無言で自分の剣を引き抜く。
まぁ、そうなるだろうなとは思っていた。
今から親友と切り合わなければならないと分かって少し悲しくなったが、同時に嬉しくもあった。
「どおせやるんだ、本気でやれよ」
「もちろんさ」
俺と同じような気持ちなのか、心なしかトールも少し笑っているようにみえる。
カツン、と俺とトールが相手の様子を探るように地面を踏む音だけがその場に響く。
敵はトールだけではない。
背後の二人の攻撃も警戒しなければならない。
…が、そんなことを気にしながら戦えるほど俺はトールに近い実力を持っているわけではない。
ならばどうするのか。
――――一瞬で決める!
ダンッと地面を蹴りあげて一気にトールへと肉薄し、右下方からトールの胴体を引き裂くように剣を切り上げる。
防御にやって来たトールの剣を上に弾き飛ばし、返す刀で剣に炎をまとわせて一気にトールへと振り下ろすが、俺の刀身がトールの体に届くよりも早く奴の剣が俺の剣を阻みに来る。
だが意味は無い!
先程の盾と同じように剣を引き裂いてやろうとそのまま振り下ろすが、ヴィーザルがトールの剣を叩き折ることはなかった。
「属性剣は君だけの特権じゃないよ!」
トールがそう言いながら俺の腹を蹴る。
咄嗟に後方に飛んだから打撃力はそこまで俺の体には届いていなかったが、どこか体にしびれが残る。
そうか、トールは金髪…。
奴の属性は電気か!
面倒な属性だなと悪態をついて地面に手をついて一回転して姿勢を整えて顔を上げると。
目の前にトールの靴底が迫っていた。
(あぶねっ)
慌てて横回転して蹴りをかわしたが、すぐに距離を詰められて胸ぐらを掴まれてしまう。
すぐにヴィーザルで空いた脇腹を突き刺そうとするが、振り回されて壁へ叩きつけられて一気に視界が霞む。
実力が違いすぎる。
そう思いながら、飛来する雷の矢を横っ飛びで何とかかわして視界が回復するのを待つ。
段々と視界がはっきりしてきたので、目だけで部屋の周囲を見渡すと、どうやらこの部屋は大理石で出来ているらしいことが分かった。
だったらやりようはある。
ニヤリと笑って地面を思い切り踏むと、ボゴッと鈍い音を立てながら俺とトールの間に巨大な石の壁が生成される。
セレネに教わった土魔法の基礎だ。
突然現れた石の壁にトールはぎょっとして後ろに飛び退るが、すぐに攻撃力は無いとわかると剣を持っていない左手に雷をまとわせて壁を殴る。
何してんだあいつ、と思ったのもつかの間、粉々に砕かれた石が凶器となって俺へ飛来する。
(んなデタラメ…!!)
慌てて剣で飛来する石を叩き落としていくが、捌ききれなかった石が俺の体を痛めつけていく。
すべての石の壁を破壊して俺に飛ばし終えた頃には、俺の体は既にボロボロになっていた。
もはや立つので精一杯。
ヴィーザルを支えにしてやっとのことで立っていると、後ろの扉が勢い良く開いてフェンリルが飛び込んでくる。
「だ、大丈夫か?」
俺の惨状を見て少し不安げに駆け寄ってくるのフェンリルに笑いかける。
「大丈夫だ。それより、出来るか?計画通りに」
俺がそう言うと、フェンリルはしっかりと頷いてくれる。
そうか。
そりゃよかった。
心のなかで安堵して、トールへと向き直る。
「さて…俺もそろそろ限界だ。最後の切り結びと行こうか」
ゆっくりと、剣を構えてトールへと歩き出す。
決別。
別れを惜しむようにトールも剣をゆっくりと構えてから、俺に向かって跳んでくる。
そして――――
今日中にヴァミリ反逆編を終わらせるっ
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