狼煙
トプン、と波を立てないように、体を滑らせるように水の中へと沈ませていく。
水の中に体が全て入ったのを確認して、くるりと一回転、体を回転させて川底へと視線を向ける。
そこまで早くない流れに逆らって泳ぐように、岩の間を魚が泳いでいた。
ちょっとずつ進んではいるがほとんど止まっているようなものだ。
自分も流れに負けないように足を動かしながら、ゆっくりと魚の上へと位置づける。この時に大事なのは影を落とさないのが重要だ。影を落としてしまえば察知される可能性は高くなる。多分。
そして上の位置へやって来たら、魚の目の中点より少し後ろあたりを狙って銛の狙いを定める。
右手で柄の端を持ち、左手は銛が何処かへ飛んでいってしまわないように下流側から銛の柄を支える。
そして全身の筋肉に一気に力を凝縮させて、放つ。
凄まじい速度で放たれた銛は見事に―――――
地面にぶつかった。
「――っだぁ!できねぇ!」
いい加減息が苦しくなって水面へ出て水面に銛を叩きつけると、少し遠いところでトールがこっちを見て笑っていた。
別にいいけど。もう何十回も地面突いてるわけだし今更張る意地もない。
トールが魚を大量に獲ってからもう既に二時間程経過していた。もうそろそろ昼時なのだが、俺は一匹も魚が取れていない。
どうやら午後は魚取り以外の事をやる予定らしいのでなんとしても一匹は捕まえておきたいところなのだが、これが全然うまく行かない。
石の重さや俺の筋力のなさが祟ってそもそも打ち出しが遅い。加えて射出された銛の速度もおそいものだから魚に届くまえに魚に逃げられてしまうのだ。ちょっと離れたところでまた止まるんだから奴らは俺のことを明らかに馬鹿にしている。
水の中において魚に勝てるわけはないのだ。そうなんだよ人間に勝てるわけねぇんだよ。
だが、だからといって諦めるわけではない。
別の方法でやるだけだ。あ?もう二時間もやってるだろって?うっせぇなどうせなら成功法でクリアしたいだろうが。
頭を掻きながら水から上がり、魚を水の中で泳がせておくようの生け簀を作った容量で長方形の網を作っていく。
まぁ今日の分だけならもうトールの獲った分だけで余りあるほどあるのだが、どうやら開いて干物にもしたいらしく、獲れるだけ穫ってくれというのが指令だ。
「何を作ってるの?」
地面にあぐらをかいてちまちまと蔓草を編んでいると、肩越しにセレネが俺の作業を覗きこんできた。
大きな何かが俺の背中にあたっているのが少しというかかなり気になるけど、まぁセレネがきにしてないんだしもうちょっと堪能させてもらう。
「網を作ってるんだ」
「網?投網でもするの?」
「いや、設置網っていうのかな、川に置いといた網に向かって水を騒ぎ立てて網に追い込むって方法だよ」
「へぇ…銛は諦めたの?」
「ちょっと俺には無理だったワ」
「あらそう…というかそんなことやるならユーノちゃんに手伝ってもらえばいいのに」
「なんで?」
「だってあの子髪の毛緑だし、植物魔法使えるんじゃないの?」
あ、なるほど。
その手があったな。
セレネにしたがって、蔓草を大量に持って釣りをしているユーノのそばへと駆け寄って頼んでみると、彼女は快諾してくれた。
「少し時間かかりますが良いですか?」
「もちろん」
そう言ってユーノの横に腰を落ち着ける。
ユーノの手元の木桶にはもう十匹近くの魚が入っていて、かなり釣っている様子だった。
聞いた話だがこの川はリュドミーラの自然な土壌とつながっていて、今の時期冬を越すためにリュドミーラの魚がここへ来て産卵するらしい。
冬になればこの川は凍るのでその下で卵が冬を越すらしい。つまり今釣れるのは卵を持っていたり、冬を越すために脂を蓄えた美味しい魚だという話だ。これは昼が期待できるな。
そんなことを話しながら片手間に網を作っていくユーノはやはりあんなところを任される人間なのだから優秀なのだろう。
なんてことを考えていると、ユーノが口を開いた。
「たまにはいいですね、こういうのも」
「そうだね、最近戦闘続きで色々と疲れてたけど、たまにはこうやって息抜きするのも悪くない」
「本当は私達はそんなことやっちゃいけないんですけどね」
「あはは、確かにねぇ」
クスクスと笑うユーノに笑って答える。
そうしてひとしきり笑った後、不意に彼女の表情が陰るのが分かった。
こういうのは踏み込まないべきかなと思っていたのだが、彼女は自分で口を開いて喋ってくれた。
「私はここの仕事をやっていて結構長いのですが…奴隷になった時には親は居なかったんです。事故だった、と聞いています」
「事故、ですか」
「ええ、砂嵐の際に吹き飛ばされた屋根に押しつぶされて二人共死んでいたそうです。まぁ子供の時だったのでほとんど両親の記憶は無いんですが、その後奴隷となってある人に仕えた時に子供だったものであまりに作法を知らなくて色々と失礼を働いてしまったんです。その際にそのご主人様がここを作ってくださいました」
「なんというか、変な人だな」
俺がそう言うと、ユーノはおかしそうにクスクスと笑う。
「その通りですね、普通はそんなことはしないんです。まぁ後でそうされた理由は分かりましたけどね。話を戻しますけど、当然のようにこんなところで私一人で生きていけるわけがないんです。だから当時私が一番仲の良かった初老の男性と一緒にここに居たんです。名前をネレウスと言って、年齢は五十ほどでした。あんな馬小屋みたいなところで彼と過ごす日々はとても幸せでした。幸い第二都市は毎年の砂嵐の被害はあまり来ないところでしたし、平和な日々だったんです」
「砂嵐…って?」
「ああ、知りませんでしたか。砂嵐というのは毎年リュドミーラを襲う自然現象のことです。砂漠の砂が一気に巻き上げられて凄まじい風とともに街に吹き荒れるんです…一番被害が酷いのは第四都市と第五都市ですね。あの二つは砂嵐がやってくる砂漠側に位置していますからかなりきついみたいです」
「…へぇ、その時期は毎年決まってるのか?」
「ええ、秋から冬になる時期…つまり今頃ですかね」
「なるほど。すみません話の腰を折って。続きをお願いします」
「ええ。まぁ今ネレウスが居ないので分かるように彼は死んでしまったんです。…去年の今頃ですね」
「そう…ですか」
いたたまれない気持ちになったが、ネレウスを失った当の本人は悲しそうな表情はしていなかった。
それどころかむしろ清々しいような顔すらしていたので、恐らく彼女はもうネレウスの死を吹っ切ることができたんだろう。
「まぁ馬鹿な人でした。ある日急いで帰ってきたと思えば………『逃げ場はない』と言って剣をもってご主人様に挑んでいったんです。それがどういう意味なのかは全く分かりませんが、昨日は全く同じ言葉を聞いて少し取り乱してしまったんです。すみませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ」
俺がそう言うと、会話が途切れて沈黙が降りる。
何か言わなければ、と思うけれど彼女にどんな声をかけたところで意味が無いような気がして言葉は浮かんでこなかった。
そのままじっとして隣りに座って川の水面に視線を落とす。
よくある話。
正直言って親が居ないとかそういう話はこの世界ではよくある話だと理解している。
この世界での普通を知ると、いかに俺が恵まれていたのかが分かる。
でも。
それが普通だから。
みんな同じなんだから。
もっと酷い目にあっている人はたくさんいるんだから。
そう言ってその人の悩みをちっぽけなものだと決め付けるのは少し酷だと思う。
ネレウスと言う人間に何があったのかは分からないし、彼が何をしようとしたのかはわからない。
けれども彼の気持ちは分かった。
――――ユーノを、守りたかったんだね。
****
結局、俺の収穫は五匹だった。
ユーノに網を作ってもらって意気込んで川へ挑んだのはいいものの、どうやら既にトールに狩り尽くされていたようだ。
それか、警戒されて何処かへ逃げていってしまったんだろう。
少し残念に思いながらも、焚き火を囲んで四人で食べた魚はとても美味しかった。
ぱぱっとセレネが作ったナイフで獲った魚を開きにして箱のなかにしまっておいて四人が一息つく。
お茶がほしいな、なんて思っているとふとトールが口を開く。
「セレネさん、少し歩きませんか?」
少し意を決したようなそんな顔をしてそんなことを言うものだから、日本で色恋沙汰について少し強くかった俺は察する。
はっはーん?
ニヤニヤと笑いながらセレネに視線を投げると、セレネは少し首を傾げて尋ねる。
「みんなとじゃ駄目なの?」
まぁ、正直言って誰でもそう思うだろうな。
なんで四人できたのに男女二人で出かけにゃならんのかと。まぁ察しのいい人間…というか日本の人間ならほとんど気付くだろうがどうやらこの世界ではあまり色恋沙汰の常識やらなにやらはないらしくセレネは本当に何故なのか分かっていないようだった。
そんなセレネにどう返事をするのかなと思ってトールを見てみれば、奴はあっだのえっとだのと言うばかりでテンパってしまっていた。
この馬鹿は誘うのだけ決心してその後のことを考えていなかったんだろう。
まぁ、剣術の礼もあるし少し手伝ってやるか。
「さっきトールと話してたんだけど、俺魔法使えないじゃん?だからユーノから植物魔法教わろうと思っててさ。その間にトールとセレネさんにテント用の大きな葉っぱを取ってきて欲しいんだ。まぁ無ければ無いでいいんだけどあったほうが作りやすいからね」
「そんなの石の魔法で作ればよくない?」
「こういうのは手でやるから楽しいんだろ?」
「ふむ…まぁそれもそうね。言ってくるわ。とりあえず私が帰ってくるまでに葉っぱで石を切れるぐらいにまではしておきなさいよ」
「お、おう…がんばるわ…」
予想外の要求に少し驚きながらも、セレネと連れ立って歩いて行くトールを見送る。
いつもの顔より少し赤いし、もう既に緊張しているのだろう。
「がんばれよー!トール!」
ふざけてそんなことを言って見ると、トールがすかさず足元の石を拾って投げつけてきた。
結構な速度で飛んできたそれを避けて笑うと、ユーノが少し呆れたように苦笑する。
「全く、余計なお世話じゃないんですか?」
「そう?」
「そうですよ。私達は奴隷なんですからいつかは別れることは確実なんです。今想いを伝えても意味無いでしょう」
焚き火の木を棒で突っつきながらそんなことを言うユーノを横目に、林へ歩いて行く二人を見ながら思う。
確かにもうわかれるというのに想いを告げてどうするのか。とそう思う人もいるだろうし、現に俺もそう思うタイプの人間だった。
でもこの世界にきて彼女、あるいは彼らの気持ちがわかるようになってきた。
多分付き合うために告白するんじゃなくて、自分の想いを相手に知ってもらうために告白するんだろうな、と。
意味無いじゃん、と思いもするが言うだけでかなり楽になるものだ。
言わないで抱え込むのとじゃあぜんぜん違う。
それを、俺はここに来てトールとユーノに色々とぶちまけてから知った。
遅すぎた、とは思う。日本に居た頃に知っていれば恐らく俺の人生は結構違ったんだろうし。
「そうとも限らんですよ」
「そうですか?」
「ええ。思っていることは言ったほうが相手にとっても自分にとっても良い場合のほうが多いと、俺はそう思ってる」
「そう…ですか」
「そうなんです」
パチパチと火花を散らす火を見つめながら少し考え込んだユーノが口を開く。
「篠芽さん、私――――」
****
夕方、真っ赤な顔をしたトールがニヤニヤを抑えきれないと言った様子で帰ってきた。
その一歩後ろをこれまた顔が真っ赤なセレネが帰ってきた。
ずいぶん時間がかかったな、と思っていると、どうやら大きな葉っぱを探すのが大変だったようだ。
じゃあテントを作ろうか、と思って立ち上がるとセレネが声を張り上げる。
「わ、私と!ユーノがやるから!あんたたちは向こうで剣の修行でもやって来なさい!!」
すごい剣幕でそう言われて追い出されるように剣をもって少し遠い草原までトールとやってくる。
なんなんだよ、と小さく呟いてしょうがないでその場に腰を下ろす。
まぁ予想はつくけどな、と空を見てニヤニヤしているトールを一瞥してため息を吐く。
「上手く行ったのか?」
「ええっ!?な、なにがですか?!」
「…今更そんな態度取るなよ…まぁ答え聞くまでもないか。おめでとう…ってことでいいのか?」
俺がそう言うと、トールは大げさにのけぞってみせる。
かなり滑稽だが、まぁ初恋が実った中学生ってこんな感じだよね。微笑ましいね。
なんてことを思って居るとまさか、という可能性が頭に浮かぶ。
あの林でおっきな葉っぱが探せない?
そもそもこの地方の木は大きな葉っぱが多いのだからそんなことは…ま、まさか…
「貴様…!?セレネと…!?まさか!?!?」
「え、ええっ!?あっ!違いますよ!!やましいことはしてませんよ!?オーケーしてもらった後すっごい気まずかったしそんなこと出来るわけないじゃないですか!?」
「そ、そうか…なんか俺が聞いといてあれだがちょっとそんな勢いで言われると引くわ…」
「なんなんですかぁ!!」
あはは、と笑っていると、ムスッとした顔でトールが剣を引き抜いて保護魔法をかける。
慌てて俺も剣を抜いて保護魔法をかけて構える。
そしてトールが我先にと打ち込んで来て、打ち合いが始まった。
楽しかった。
多分、今までの人生で一番楽しかった。
最初こそ笑っていたのは俺だけだったが、しまいにトールも打ち合いながら笑い始めて、最終的に二人で爆笑しながら切り合っているというなんともシュールな絵になった。
そして、夕飯はカレーを食べて。
家に帰って、トールが先に寝るというのでおやすみと言って。
その後を追うようにセレネが寝て。あ、一瞬だけトールの寝室に言ったことは内緒な。多分キスでもしたんじゃないかな。ぐふふ。
そしてユーノと少し話して。
そして寝て。
その次の日。
トールは居なかった。
そして一つの情報が転がり込んできた。
「第二都市ヴァミリの…反乱…?」
第二都市ヴァミリが、ヴォルゴード王国に対して反乱を起こしたというニュースだった。
その首謀者とは。
ハヴァ=ヴァスト。
ヴァミリを統治する人間であり、ヴォルゴード王国を統治するエリファス=ヴァストの甥に当たる人間。
そして――――――トールの雇い主だ。
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