幕間:キャンプ
道すがら、最初の”魔憑き”が確認された街を見てみると、その街は黒焦げになっていた。
まるで雷が落ちたかのように幹の中心からパッキリと折れていたり。
家が炭になっていたりとその様子は様々だったが、爆発したような黒ずみが色々なところに点々とあるのを見るに、ここであったことを形容する言葉は一つだろうか。
――――雷の、雨
****
盗賊を撃退したその日の夜。
食卓には全員が揃っていた。
「いやぁカレーっていうんじゃあ少し怒られてでも早く帰ってくるしかありませんよねぇ」
ニヤニヤと笑みを抑えられないと言った様子でそう言っているのはトールだった。どうやら本当ならば明日帰ってくる予定だったのだが、カレーがあるよという噂を聞きつけてすぐさま飛んできたらしい。カレー好きだものね、と笑っているセレネを見るにどうやら彼女が呼んだようだ。
やっぱりカレーは誰しもが好む万能の食べ物であることが証明されたな。
なんてことを考えていると、扉の向こうからカレーの香辛料の臭いが漂ってくる。
日本的なカレーではないことはなさそうだが、しっかり本格的なカレーも食べたことがあるし、あれはあれでなかなか美味しいものだ。
俺も落ち着かずにそわそわとしていると、扉を開いてユーノがカレーの鍋を運んでくる。
懐かしい匂いだ。
鼻孔をくすぐる刺激的な臭いに思わず日本での生活を思い出して、あそこでもこんな風に人と食卓を囲むことはなかったなと思って込み上げるものがあったが、それを懸命にこらえてご飯の上にかけられたカレーを一口食べる。
「うん、美味しい」
「――――良かった」
ユーノは俺がなんて言うか少し不安だったようで、俺が美味しいと言うと顔をほころばせた。
その様子を見ていたセレネが少し意地悪な顔をして、手に持ったスプーンで俺のことを指してくる。行儀が悪いのでやめなさい。
「あらあらぁ、いい雰囲気じゃないの。もしかして白馬の王子さまってやつ?あっついわねぇ。何よあんた達そういう関係ー?」
野次馬根性というのか、彼女が嫌な口調でそんなことを言ってみせるとトールも白々しく驚いた様子を見せる。
こいつらグルか…!!
「ええっ!?そうだったんですか!?いやぁおめでたいなぁ!」
「うっせぇばーかさっさと食え」
「ええ…でもなぁ…気になるなぁ」
ニヤニヤといつまでも薄ら笑いをやめないトールとセレネにむかってユーノがぴしゃりと一言告げる。
「それ以上ふざけるのならもうカレーはあげませんよ」
「「本当に申し訳ありませんでした」」
おお、これぞ鶴の一声ってやつか。
二人が一瞬でふざけるのをやめてカレーを食べるのを見て思わず笑ってしまう。
そしてユーノが自分の分のカレーを食べきってしまうと、俺達の顔を見回して口を開いた。
「明日はキャンプに行こうと思います」
「…え、いいの?今日もだし遊んでばっかじゃないのか?」
今日は買い物してきたし仕事をしていないので、不味いんじゃないかと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「いえ、まぁ大丈夫なんです」
何が大丈夫なんだ、と聞いてみたいような気もするがここの主の彼女が大丈夫だと言っているのだから大丈夫なのだろう。
それにしてもキャンプか。サバイバル部の俺の腕が鳴るな。
「どういうところに行くんですか?」
トールが尋ねると、ユーノが少し思案して答える。
「まぁどうせなら川の近くがいいですよね…この都市のヴェラ村っていうところに村と良いキャンプ場があるのでそこに行きましょう。あそこはなかなか大きな草原もあると聞きますし」
ユーノがそう言うと、トールがおお!と大きな歓声を上げる。
「へぇ!良いですね!今日無理して帰ってきてよかったですよ。明日帰ってきてたら置いてかれてたかもしれませんし」
「それはありえるな」
「あ、酷いですね」
「うっせ。食糧とかはどうするんです?」
「そうですね…持って行ってもいいんですがやっぱりキャンプですし向こうで魚でも獲りますか?私はさっぱりなんですけど、お三方はできますか?」
「あ、僕やってみたいです」
「俺も出来るぜ」
「川ごと燃やして手っ取り早く焼き魚にしていいなら出来るわよ」
「…姐さん…細かい作業ができないんだな…女子力のかけらもねぇ…」
「あんたも大きな岩で潰されたいの?」
「滅相もございません」
危うく明日の昼飯の肉料理になるところだったぜ。女子力と物理力はノットイコールなんだぜ。
セレネの鋭い視線にすこし怯えながらカレーを口に含むと、ユーノがカレーのルウの追加を俺のさらに入れてくれる。
こういう細かい気配りが女子力なんだぜ。
あんたのそれはただの野蛮なげっふんげっふぅん!!
心のなかで失礼なことを考えていると、空中で生成された丸い小さな石が凄まじい勢いで俺の足の小指を襲った。
い、いともたやすく行われるえげつない行為とはこの事か…
そんな水面下での攻防に気付きもしないユーノはきょとんとした顔で俺とセレネの顔を見る。
「なんでもないよー」
セレネの言葉に何かを察したのか、あはは、と苦笑いを浮かべてユーノが仕切り直すように口を開く。
「じゃあ、明日朝一番で行きましょう。魚がどれくらいで穫れるかも分かりませんしね」
「「「りょーかいです!!」」」
そうこうして。
明日はキャンプだ。
****
食事を終えて部屋に戻ってホッと一息つくと、いつの間にか実体化して壁に寄りかかっていたフェンリルが居た。
「明日、楽しみじゃの」
「なんだ、お前も楽しみにしてるのか?」
「まぁこれでもお主と一心同体なんじゃ。不本意ながらのう。だからあるていど気持ちも伝わるというモノじゃよ」
「…俺の考えてることとか分かるの?」
そうだったら嫌だなぁ、と思いながらそう尋ねるとフェンリルは少し意地悪そうな顔をして笑う。
おもちゃを見つけたような顔、といえば分かりやすいだろうか。
「いーや?儂の場合はストレスやらなにやらで体から出てくる汗の匂いでお主の感情を読んでおるんじゃ。犬と同じじゃの。だから考えていることが分かるわけではない。まぁ?もっとも?お主がどこの誰に好意を持とうが?関係ないがの?まぁ緑色の綺麗な髪じゃしのう、サイドポニーというのもなかなかシャレオツな髪型じゃのう」
そう言ってふざけた調子で自分の髪をサイドポニーテイルにしてみせる。
確かに似合っているし可愛いが、ユーノのような美人な感じの印象は受けない。
どちらかと言うと子供がやっているサイドポニーテイルだな。
と、特に感慨もなく見ていると、俺が何の反応も示さない事に腹をたてたのか手元の俺の上着を投げつけてくる。
「お主はでりかしーというものが足りないんじゃ。そういうのは嘘でも可愛いと言っておくんじゃよ」
「お前狼だろうが。女ってかメスだろ?」
「ほう…じゃあ狼としてお主を喰ってやろうかの…もちろん隠語ではなくそのままの意味でのう…!!!」
そう言って跳びかかって来るのをぎりぎりのところでかわし、フェンリルの額をペシリと叩いてやる。
「あうっ」
「…お前時々すごい声だすよね」
「うるさいわい。ところでお主明日のキャンプは自信あるのかの?異界のことはよく知らんがその体型を見る限りクソモヤシじゃろ?」
「はん、言ってろ馬鹿め。俺にはサバイバル部という最強の組織に居たんだぞ。そこら辺の人間とは比べ物にならない知識と経験を持っている!!!」
「さ、さばいばる部…じゃ…と…!?さばいばるとは生き抜く…そんな組織に…そうか…そんな過酷なところにいたんじゃの…それはなんというか…クソモヤシと言ってすまなんだ…」
仰々しく驚いているが多分これ素だよな。
素の反応だよな?
珍しく本格的に萎んでいるフェンリルの頭をポンポンと叩いてやり、頬杖をつく。
まぁ。
ぶっちゃけ言ってしまって、だ。
サバイバル部にいたことはあるが使っていた技術は日本の製品ありきのものが多かった。そもそもこの国飯ごう炊飯とかできんの?キャンプの基本だよ?
なんて。
いうのは。
無駄な心配でした。
「あ、じゃあ適当にご飯炊いておくので魚取ってきてください」
なんでもないようにそういうユーノの後ろでは、セレネが浮かばせた大量の水を火で炙りながらご飯を炊いていた。
え、まって。
魔法ってそんな簡単に使っていいの?秘匿事項じゃないの?っていうかどんだけ器用なの?それ出来るなら魚とれるよね?
なんて言うように次から次へと浮かんでくる疑問を抱えながら川へとやってくる。
大きな草原の中心に太い川が流れていて、真っ直ぐなために流れの差はないが中心はかなり深い。多分足が届かないだろうな、とぱっと見の水の色の濃さで判断する。
「そういや素手で取るのか?道具もなにもないとかなりきついと思うんだけど」
銛か何か作って来るべきだったな、と思いながらそう言うと、おもむろにトールが地面の石を手にとって小さくぼそぼそと何かつぶやくと何かに削られていくように石が銛の切っ先のように切り返しのついた物が生成され、切り返しの手前、つまり道具で言うのなら棒と繋がる部分に穴が開く。
「ここに蔓草を結んで…ほら、できた」
ふふふ、と自慢げに見せてきたそれは投擲用の銛のようだった。
…でもそれって投げ入れても勢い足りないし難しいんじゃあ…
そう思いながらトールがどんな風に狩猟するのか見ていると、おもむろに銛を水面に向かって投擲した。
…目にも留まらぬ速度で射出された銛は衝撃波で川底を露わにするほどに凄まじい勢いで着水する。そして宙に浮かんだ魚を持ち前の強化したからだを使って川の外に殴り飛ばしていく。
「いろいろおかしいだろ…意味ねぇじゃん…石でいいじゃん…銛の形にした意味は何なんだよ…」
あまりに破天荒なその行為に思わず呆れて漏らすと、トールは笑う。
「いやぁ、気分だよ気分。一応食べる分だけは確保したしあとはちゃんとやるさ」
「そうか…なんか…俺の感覚がおかしいのかな…」
違和感が拭えずに、自分もフェンリルの力を借りて銛を作る。
どうやら彼女は銛の切っ先だけ作るというちまちましたことはやりたくないようで、十数個の石を空中に浮かばせてそれをゴリゴリと一つにまとめていく。なんかドロッとしたものがたれてたりしたから、多分すっごい圧力ですりあわせたんだろうな…。そんでちょっと溶かして銛の完成、っていうことなんだろうな…魔法って凄い。
すさまじいゴリ押し感に目の前で作られていく銛をただ見つめることしか出来ずに、完成して河原に落ちた銛を拾う。
わざわざ握りやすいように手の形にあわせたグリップまで作ってあって親切設計だった。
なんか…なんかこう…なんか違う。
俺のイメージしてたサバイバルじゃない。
そう思いながら、いまいち盛り上がれずに川の中へと体を沈めていくのだった。




