逃げ場はない
翌朝、眠い目をこすって部屋からリビングへと向かう。
あの後魔法の使い方を教えてもらって、フェンリルの力を借りながら火の魔法弾だけは出せるようになった。と言ってもあたってもちょっとあったかい石が軽くぶつかった程度の威力しかなかったが。やはり反復練習が必要らしい。
魔力を回収するのには訓練が必要だというのはセレネの談だ。剣術も魔法も反復練習が必要なんですね。まぁ勉強と違って楽しいからいいんだけどさ。
そう思いながらリビングへ行くと、まだ誰も来てないようでテーブルには誰も座っていなかった。
珍しいな、とトールが居ないことに疑問を抱きながら朝食を待っていると、ついにユーノが朝食を持ってくるまでトールは現れなかった。
さすがにいつも俺より早起きしてたのにおかしいな、と思ってユーノに尋ねる。
「ああ、彼はご主人様に近況報告に行きましたよ。一応預かってるだけですから、現状報告は必要なんです」
「なるほど、今日の仕事は昨日と同じですか?」
まぁ装置のお陰でトールが居なくてもあまり労力は増えないし、別に一人でもいいのだけれど、と思っていたのだがユーノは首をふる。
「…いえ、今日は買い出しを手伝ってもらおうと思います」
「買い出し?」
「ええ。四人分の食糧としては少し物足りないので…今日一日やることもありませんし第一都市まで行きましょうか?」
「え、そんな近いんですか?」
「そうですよ。ここは第一都市から一番近い都市ですからね。ここと第一都市との間に街もないくらいですから」
「…へぇ。他の国は第一都市から他の都市の距離はほとんど一緒だと聞きますけど、なんでここはそんな偏ってるんです?」
「まぁ土地が少し貧困でして。砂漠が多いために住むのに適さない場所が多いので偏っちゃうんですよ」
「なるほど、で第一都市に行くんですね?」
「ええ。最近リュドミーラの料理ばかりでしたしたまにはヴォルゴード王国の料理を作りたいんです」
「お、楽しみですね」
そういうことになってヴォルゴード王国へと旅立つことになった。と言っても日帰りのただの買い物だけどな。
自分も何が必要になるかわからないので財布を持って行く。
幸いリュドミーラと同じバァラと言う通貨を使っているので俺の持っている金も使うことが出来る。
そうしてユーノの操る馬車に揺られること数時間、特にこれといった会話もない。
あまりに退屈なので御者の尻に後ろ向きに座って魔法の練習をしていた。
すると小石程度の炎弾から握りこぶし大のものまで大きくすることが出来た。
なかなかいい収穫だ。
自分の成長の早さに気持ち悪い笑みを浮かべていると、御者席から声が掛かる。
「着きましたよ。壁外市場です」
そう言われて幌から顔をのぞかせて外を見ると、大きな円形の壁に沿うように沢山の屋台が並んでいた。
色とりどりの屋台の屋根が彩りキレイであるけれど、なんでまた壁の外なんかに?
「ヴォルゴード王国は封建制度ですから、やはり貴族の我が物顔がなかなかにひどくてですね…気に入らない店は商品を駄目にされても何も文句を言えなかったりするのですよ」
少し沈痛な面持ちでそんなことを言うユーノ。
もしかしたら彼女も貴族関係で嫌な思いをしたのかもしれない。
「まぁ国王もあまりそういうの好きではないフランクな方なのですが…やはり手が周りきっていないようでして」
「そうなんですか…詳しいですね、国王に関して」
俺がそう言うと、ユーノは少し慌てたように顔の前で手を振ってだれでも知っていることだと言う。
少し気になるとこではあるが、正直この市場を目の前にしてそんなものにこだわってはいられない。
射的無いのか射的は。
祭りの屋台とくれば射的を探すのは男の必須条件だよな?な?
と自分の中で言い訳をしながらそれとなく視線だけで探してみるが、射的は愚かゲーム要素を含んだものは何もない。
まぁ銃だの型抜きだのは技術的に難しいか…。
そういえば銃ってどうなってんだろうな。イムラでみた訓練風景にも魔法以外の遠距離攻撃はなかったし、案外無いのかもしれない。銃なんてあったところで良いことはないが、剣もうまく扱えないし魔法もうまく扱えない俺の武器としては案外いいのかもしれない。
モデルガンを解体したりしてたおかげで仕組みはわかるし…まぁあそこまで細かくしなくてもいいか。
そんなことを考えながら市場をユーノと一緒に見回る。
「リュドミーラ出身なんですよね?」
「ええ、前に住んでたのはリュドミーラですね」
生まれたわけじゃないけどな。
「あそこは食べ物豊富ですから、あまり困らないですよね。どうです?売ってるものとか結構違うでしょ?」
言われて改めて食品を売っている屋台の品揃えを見てみれば、確かにリュドミーラとは違う。
あそこは肉やら魚やら果物やら、色とりどりの物が置かれていたがここは基本的に茶色っぽい。
唐辛子のようなものも置かれているから、恐らく食糧事情としては昔のシルクロードらへんと似ているんだろう。そういえば商人達も首元に布巻いて口を隠していたりするしそれっぽい。とするとそろそろチーズや何やらが出来る頃だろうか。あれ元々はらくだの乳が腐ったものなんだよね。よく最初の人は食べる気になったなと思う食糧はいくつかあるけどチーズもその一つだ。
「香辛料がきついものが多いですね」
「そうなんです、ここらへんの肉は元々あまり美味しくありませんから香辛料でごまかす料理が多いんですよね」
「イギリスみたいだな」
「イギリス?」
「あ、いえなんでもありません。それで料理っていうのはどんなやつなんです?」
「ええ、どろっとした少し辛い野菜のたくさん入ったもので…なんて言ったかは覚えてないんですけどかなり美味しいんですよ」
「…もしかしてそれちょっと黒めだったりします?」
「ええ、知っていましたか?」
「知り合いから聞いた話ですけれどね」
完全にカレーだわこれ。
まさかこんなところでカレーが食べられるとは思わなくて少しワクワクしてしまう。
だってカレーだよ?誰もが好きなみんなのヒーローカレー大先生だよ?楽しみじゃないわけ無いじゃないか。
「よし、とりあえず必要な物は買いました。なにか欲しいものはありますか?」
そういう彼女の買い物カゴの中にはじゃがいもや人参、タマネギと言った定番の野菜が入っている。
カレーについては文句はないが、俺がヴォルゴード王国に来たそもそもの目的は”魔憑き”の捜索だ。
せっかくこういうところに来たのだから色々と聞いて回りたい。行商の人間の持つうわさ話と言うのは速いし正確な事が多いらしいからな。
そう思ってユーノにそう言うと、彼女は首をふる。
「それは駄目です。貴方自分の容姿忘れたんですか?貴方みたいな人が歩き回ったらどんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃありません。そういうことなら帰りますよ」
「なるほど。それは残念です」
まぁいいや、今日カレーだし。ちょっとぐらいサボっても良いよね?
そう思って馬車へ戻り、魔法の訓練をしようと思ったが、考えてみればヴィーザルの手入れをしていない。
剣の手入れなんてどうやればいいのかわからないが、刃こぼれがないかどうか程度を見ておくだけでもかなり違うだろうと思って柄から抜いて刀身をまじまじと見つめていると、突然馬車が動きを止める。危なく刀身に目が引き裂かれそうになって慌てて身を引いて御者席へ視線を送る。
何事かと御者席へと行こうと立ち上がるが、それを制するようにユーノが背中に回した手をふる。
「貴方達、何をしているか分かっているんですか?この馬車は王宮御用達のものですよ?」
…なるほど、盗賊か。
「馬鹿言うなよ、王宮御用達だからやるんだろうが、どんな良い荷物載せてんだ?見せろよ」
下品な野太い声がそう言うと、ユーノは露骨に顔をしかめてみせる。
恐らく、だが。
まぁ普通に考えて盗賊はユーノを殺そうとするだろうな、と頭の片隅でどこか他人事のようにそう思う。
それは、許せるのだろうか。
人を殺したくないからと言ってそれを見過ごしていいのだろうか。
「良いわけねぇだろ…」
ボソリと漏れた声は無自覚なものだった。
だんだんとユーノに迫る盗賊の姿を見て、いよいよ戦いが起こると足が震えて今にも逃げ出したくなる。
でも。
『守りたい人を守る時に、切れ味が鈍っていてはだめですよ』
トールの言葉を思い出す。
そう、この世界に――逃げ場はない。
そう思った瞬間に、頭の中に冷水が入れられたかのように思考が冷静になる。
―――――覚悟完了
「殺るぞ」
そう呟くのと同時に盗賊の手がユーノの肩へとかけられるその直前に。
盗賊の首が吹き飛んだ。
「悪いが触らせねぇよ」
盗賊を切り捨てざまに御者席に立って周囲を見渡して盗賊の総数を数える。
約七人。
少なすぎる、と判断する。
「一人は尋問する必要があるなこりゃ」
崩れ落ちていく頭のない盗賊の胸元にしまわれていた三本のナイフを引き抜き、戦々恐々としている盗賊を睨みつける。
「さぁ来いよ間抜け共。情報にはなかったからって逃げ出すような真似はしねぇだろうな?」
そう言ってみせると、明らかに盗賊が動揺する。
確定だな。
奴らはただの盗賊じゃない。
雇われたチンピラだ。
だとすれば希望はある。王宮の人間を殺そうと思えてしまうような思い上がった奴はプロではない。
そう決めておもむろに御者席から一番近い盗賊に三本のナイフを投げつけ、運良く喉元へナイフが刺さって男がぐらりと倒れこんでいく。
それを見た他の盗賊たちがスイッチが切り替わったかのように一気に覚悟を決めた表情へと一転し、剣を引き抜く。
「お前…ただじゃおかねぇぞ!」
「こっちのセリフだ」
威勢よく叫んだ盗賊へ飛び込んでいき、横に薙がれる剣を持つ手を片手で握って動きを制して盗賊の喉元へヴィーザルをつきたて、盗賊の剣を奪い取って二刀流へと戦闘姿勢を変更する。
「――――あと、五人」
「ち、く、しょおおおおおおがあああああ!!」
叫び声に反応して振り返ると、正面から剣を大きく振り上げて突進してくる盗賊と十時方向に魔法を唱えている盗賊が視界に入る。
盗賊から奪った剣を突っ込んでくる男の二の腕に突き立てて動きを制限して後方の盗賊が放った炎弾の盾にし、粉塵が収まるのを待たずに魔法を放った盗賊へ突っ込んでヴィーザルを肺へつきたてて呼吸を出来ないようにして鞘からナイフを一本引きぬく。
「あと、三人」
呟いて粉塵の向こうに居る盗賊を視認しようと振り返ると、何かが飛来しているのが見える。
「ナイフか…っ!」
慌てて一つはかわし、一つは弾き飛ばしたが粉塵に紛れて遅れて飛んできていた最後の一本が深々と左腕へと突き刺さり、痛みに思わずナイフを落としてしまう。
「いっ…てぇえええなああああ!!!」
怒りに任せてヴィーザルを持った手で炎魔法を使うと、ヴィーザルの刀身が炎を纏ってすさまじい熱量を持つ。
うっすらと見えた粉塵の三人の盗賊のうちの一人に向かってヴィーザルを振るうと、小さい炎弾が凄まじい速度で盗賊へと射出され、まっすぐにその胸部を貫く。
見たこともない魔法に目を丸くした盗賊の隙を見逃すまいと、馬を飛び越えて盗賊の一人へと跳びかかって押し倒しざまにその胸にヴィーザルを突き立てる。
視界の端で剣を切り上げようとしているのが見えて慌てて横っ飛びをしてそれをかわし、すぐさま地面を蹴って飛び上がり、盗賊が次の攻撃の一手を繰り出す前に回し蹴りで盗賊の顎を抜く。
カクリと糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちていく盗賊を見てから、再び周囲を見渡す。
「もう、終わりか」
案外終わってしまえばすぐだったな、と思う。
嫌悪感は拭えないが、それでもしょうがないと思える程度にはなった。
まぁ――及第点だろう。
残った一人の盗賊の手足を縛り付けて幌の中へと転がし、装備の点検をして御者席へと座ってため息を吐く。
「助かったな」
俺がそう言うが、ユーノからの返事はない。
まさか盗賊の指に毒が塗ってあってとかそんな事がと思って慌ててユーノの顔をのぞき込むと、彼女はポロポロと涙を流していた。
「え、えっと、どうした?こわかった?」
「ち…ちがい…ます」
じゃあなんでだ。俺の広辞苑に女の泣き止ませ方なんて知らないぞおい。どーすんだよこれまじなに土下座でもすればいいわけ?土下座すれば泣き止んでくれるかな?無理そうだなぁ。
なんて慌てふためいて迷走していると、少し落ち着いたのかさっきよりもしっかりした声を発する。
「あんなに、怖がっていた篠芽さんを…戦わせちゃったのが…申し訳なくて。本当なら街から出るなときつく言われていたんですけど、やっぱりヴォルゴード王国の食べ物を作るなら第一都市に来るのがよくって…それで…襲われて…そのまま走って逃げればよかったのに…意地張って対抗しちゃったせいで…篠芽さんに迷惑が…」
「あ、ああ…気にしないでくださいよ。もう吹っ切れましたし」
「そうはいっても…なんで、助けてくれたんですか?」
「ううん…なんで…そうだなぁ…確かに最初は怖かったけど、ユーノに言われた言葉を思い出してさ。あの『守りたい人を守る時に切れ味が鈍っていてはだめですよ』みたいな言葉さ。あれを思い出した時に思ったんだよ」
――――逃げ場はない ってさ。
俺がそう言うと、ハッとした顔をしてユーノが俺の顔をまじまじと見つめてくる。
そして少しの間を置いて、あふれるように涙が目から流れ出てくる。
「すみません、抱きついていいですか」
「え」
「駄目ですか」
「え、いや、俺で良かったら、っていうか返り血で汚れてますけど」
「いいです。借りますから。しばらく何も聞かないでください」
え、何どう言うこと、と聞き返す前に、ユーノは俺に抱きついてわんわんと声を上げて泣きだした。
あれだけ何かを達観していた様子だった彼女も、恐らく何か辛い事があったんだと思って、自然と俺の手はユーノの頭を撫でていた。
そして俺は心のなかで決心する。
人を守れる人間になろうと。
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