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異世界の歩き方  作者: レルミア
ヴォルゴード王国・潜入編
18/104

世界の闇

 作業場で装置をトールに見せると、彼はとても驚いた様子で色んな角度から装置を眺めていた。


「凄いねこれ…」

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「本当に君は過去が謎だなぁ…まぁいいたくないのかもしれないけど、興味が出てきてしまうね」

「あ、バレてた?」

「そりゃ記憶喪失でいきなりかねもっててここに入れてもらったなんて都合が良すぎるよ」


 あはは、と笑ってトールが言う。

 まぁ確かに俺もそんなことを言っている奴がいたらまず疑う。

 言ってしまってもいいものか、と思うが、さすがに魔憑きだとは名乗れない。

 言ってしまいたい気もする。が、これはただの同調欲望だということは分かりきっている。

 言ってしまって、良いのだろうか。

 なんだかもう、疲れた。


「まぁ、色々あったんだ。情けないと思うかもしれないけどさ、俺この年まで人を傷つけたことなんて一度もなかったんだ」


 堰を切るように、俺の口から言葉が漏れる。

 これ以上はダメだと思いつつも止まらない。

 言葉の流れをせき止めることが出来ずに、俯きながら言葉を紡ぐ。


「でもある人達を守るために人を殺さなくちゃいけなくて、殺して、でもそれがやっぱりキツイんだ。人を殺した時のあの顔が忘れられないんだ。手についた血が落ちないんだ。あの断末魔が耳からはなれないんだ。頭を洗うたびに血が髪の毛から滴るんだ。俺のやったことは正しいことだと自分に言い聞かせてるけど、もうダメだ。誤魔化せないんだ。俺は、どうしたらいいんだ。どうするべきだったんだ」


 吐き捨てるように言い切って、肩で息をしながら口を閉じる。

 しばらく押し黙っていると、俺の隣にトールが座るのが分かる。

 部屋の入口にも誰かがいる気配がする。

 でももう構わなかった。言ってしまわなければどうにかなってしまいそうだったから。

 愚かだけれど、そうする他なかったんだ。


「君は…そうだな。僕と同じような道を辿っているよ」


 ポツリと、いつもより少し低い声でトールが言う。


「…人を殺すのは良くないし、間違っている。それは紛うことなき事実さ。けれどもそうする他ない時だってある。こんなご時世だから人を殺すしか道がない事のほうが多いくらいだ。けれどもそこまではたいした問題じゃあないんだよ。人を守るために人を殺す。争いの常さ。そんなのはどうでもいい。でもそこで終わっちゃダメなんだ。君は力を振るった。その後始末をする必要があるんだよ。君が助けたその人達が今どこで何をしているのか君は分かるのかい?」


 トールに言われて、リーニャやリン、カーライアムの顔を思い浮かべるが今何をしているのかは分かるはずもない。

 予想はつくが、確証は持てない。


「じゃあ君は自分がやったことを放り出して逃げ出しているんだよ。もし、君が殺した人達が復讐をしようとしてるとして。君に続く道を探すために君の知り合いを探したとして。そこで君の復讐の一環として君の大切な人たちが被害に合うかもしれない」

「…じゃあ、どうしたらよかったんだ」

「話し合うのは無理。そんなことは多いからね。だから君が取る手段はただひとつ。守り続けるしかないのさ。でも今君は力を振るうのを恐れてる。そんなんじゃあ人を守るための刀が錆びついちゃっていざ守る時に敵を斬れないよ。それにこんなところにいたんじゃ、君の大切な人に近寄る敵に、剣が届かないよ」

「…君にもこんな時があったのか?」

「…うん、あったよ。僕は前も言ったとおり少し傲慢なところがあってね。それで喧嘩したときに…ちょっと色んな人を傷つけてしまったんだ。取り返しがつかないくらいにね。それで意気消沈してた時に拾ってくれたのが今のご主人様さ。ここに入れられた理由も僕が羽を伸ばせるようにとかそういうんだと思うんだ。だから僕は今あの人に危害が加わるのなら迷いなく剣を振るえるし。敵も殺せる。迷いは無いよ」

「君は強いな」

「ううん、君のほうがよっぽど強いよ」


 少し、元気がでた気がする。

 一つ大きくため息を吐くと、ユーノが二人分のお茶を入れて持ってきてくれていた。


「…まぁ、貴方達は守る側の人達ですし、守られる側から一言申させていただきますと。守ってくれた人がすぐ居なくなってしまうのはとても不安なことですよ。自分のせいなんじゃないか、って気に負いますし。だからやっぱり守ったからにはしばらくは近くにいてあげることが必要です。まぁ貴方のことを見ているとそんな簡単な話でもないようですし、一概に言えることではありませんけれど。事情は分かりましたから、気が済むまでここにいるといいですよ」


 少しぶっきらぼうな口調でユーノがそう言ってくれる。

 お金になりますしね、と少し恥ずかしそうに付け加える彼女の顔が少し赤いのが分かって思わず笑ってしまうと、彼女の持っていたお盆で軽く頭を叩かれた。

 ああ。

 なんていい人達なんだろう。

 心からそう思って安心して、同時にバカバカしくも思った。

 俺が殺してしまった人には謝る以外に出来る事はないが、彼らにいつまでも足を引っ張られる必要はない。

 なぜならお前は誇れる仕事をしたのだから。

 トールとユーノはそう言ってくれている気がした。


「ありがとう」


 心からお礼を言うと、彼らはにっこりと笑って答えてくれる。


「どういたしまして」


****


「で、情報屋で何を聞くんですか?」


 あと二時間ほどで正午と言う時間になって、ミッドガルド広場で飲み物を飲みながらリーニャにそう尋ねる。


「今から情報屋に行く予定なんだけど、私ここの情報屋の場所知らないのよね。何処にあるか知ってるかしら、テセウスさん」


 リーニャが隣に座るテセウスに尋ねると、彼は少し思案した後に答える。


「そうだな、どういった情報が良いのかはわからないが…幅広い情報を扱っている人間なら一人心当たりがあるぞ」

「それは助かるわ。教えてくれれば情報料払うわよ」

「いや、これも仕事の一環だろう。受け取る訳にはいかんよ」

「そう」

「ああ。じゃあ飲みながらでいいか?確かあそこは午後になると情報あつめに行ってしまうから一箇所にとどまってるのは午前中だけなんだ」

「それは急がないといけないわね。行くわよリン」

「了解です!!」


 元気よく返事をしてリーニャとテセウスの後についていく。

 情報料を断ったりしたところにも現れているが、こういう律儀なところが王宮騎士を選んだ理由らしい。

 そもそも女所帯に男の傭兵というのが不安だが、彼は王宮騎士だからある程度安心出来るという話を後で聞くことになる。

 なんでも五国は、戦争がないので戦力を比べることが出来ないので兵の忠誠心や教育で他国との差別化を図っているようなのだ。

 よって女性とは守るものであり、主には忠誠心厚くするべきであり、律儀であるべきだと幼少の頃から徹底的に叩き込まれるんだそうだ。

 まぁ没落してしまえばそんなものは剥がれるだろうと言われるが、そういうのは大抵冒険ギルドから排除されてしまうのだ。

 冒険者ギルドからの紹介というのはつまり信用がついてくるということで、王宮騎士と冒険ギルドという組み合わせはかなり信用できるらしい。

 その分値段も張るが。

 約金十枚…すごい値段だ…

 そんなことを考えていると、ヴォルゴード王国ブロックの路地裏でテセウスが立ち止まる。


「ここだ」


 そう言われるが彼の立ち止まった周りにはドアがない。

 うん?どういうことだ?と二人で首をひねっていると、彼はおもむろに地面の雨水排出管に続く蓋を開けて中へ入っていく。

 

「彼はネズミと呼ばれていてな、王宮でも情報屋として結構活躍してくれていたんだ」


 一瞬視界が真っ暗になったが、すぐにテセウスが唱えた照明魔法が周囲を照らす。

 水垢でヌルヌルの雨水排出管を暫く進むと、信じられないことにベッドがちょこんと置かれているのだ。

 うそぉん…

 信じられなくてベッドの周囲を見てみると、確かに生活感が漂っている。

 食べかけの干し肉なんてものもベッドの隣に置かれたテーブルの上にあるし。本物のネズミに食べられないんですかねあれって。

 そんなことを考えていると、突然背後から声がして飛び上がらんばかりに驚いてしまう。


「何だお嬢ちゃん、こんなところには来るもんじゃないぜ」


 振り返ってみると、大きなかぎ鼻が特徴的なボロ布のローブを纏った青年が立っていた。

 笑いかけてくる彼はところどころ歯が抜けていて歯並びがいいとはいえないが愛嬌のある表情をしていてもしかしたらいい人なんじゃないかなと思ってしまう。

 だが、情報屋に気を許すなというリーニャからの厳命が降りているので気を引き締める。


「あの、テセウスさんの紹介できたんです」

 

 そう言ってリーニャの向こうにいるテセウスを手で示すと、おお!と手を打ってネズミがテセウスに歩み寄って握手をする。


「久しぶりだなぁおっさん!生きてたか!」

「何とかな。お前が情報をくれたおかげで助かったよ」

「いやいや、いいんだぜ。アンタ達王宮はお得意さんだったからな。特別サービスってやつさ。んで?今日はなんの用だ?」

「今日は私の用事ではなくてな、今は彼女の傭兵をやっているのだよ」

「へぇ、アンタが傭兵だなんて豪勢だなぁおい。いくらでやってんだ?」

「確か今回は約金十枚だな」

「やっすいな!」

「まぁそういう話は後でいいだろう。とりあえず話を聞いてやってくれ、どうも込み入った事情があるようだ」

「そうだろうなぁ、俺のところに連れてくるくらいだ、どんなことを聞きたいんだお嬢さん」


 ネズミがベッドに座ってリーニャに尋ねる。


「最近の秦野国の軍の動きを知りたいの。最近秦野国の軍は動いたか知ってる?」

「俺に知ってるかどうかを尋ねるのは愚問ってもんだぜお嬢さん。いくらで聞くかってぇのが重要なんだ。あんたが出せるもんは何なんだ?」

「それなら私も情報を渡そうかしら」

「へぇ、それはつまりあんたは俺の知らない情報を知っている、ってことか?」

「そうなるわね」

「聞いてからだな。あんたの情報を判断するのはそれからだ」


 彼は知っている。

 リーニャはそう直感した。

 ここで私は篠芽がホルンさんの授業の後に呟いていたのを少しだけ聞いた話を彼に伝えるだけでいい。

 彼に取り憑いていたフェンリルですら止めようとしていた情報なのだから、それは大事なものに違いがない。


「――――七つの大罪」


 私がその言葉を発すると、ぴくりと彼のまゆがわずかに動く。

 心当たりが、ある。

 そういう反応だ。

 

「これ以上はまだ言えないわ。貴方の情報を教えてもらえるかしら」

「いやいや、待ってくれ。何の単語か分からねぇな、もっと詳しく教えてくれるか?」

「あら、まさかこんなことも知らないのが秦野国の情報を知っているとは思えないわ」

「…口が回るなお嬢さん。仕方がないな。秦野国は四日前に諜報部隊をヴォルゴード王国の第二都市ヴァミリへ向かわせたぜ」

「理由は?」

「…さぁな、そこまでは知らないがどうも天族が現れたっつう噂だ」

「天族…黒髪黒目の人間のことね?」

「そうだ。他に知りたいことはあるか?」

「ヴォルゴード王国の最近のきな臭い噂について教えてもらえないかしら」

「…そいつはまたヘヴィーな話題だな。残念ながらそれは超過だ。七つの大罪のことについて教えてもらえないと駄目だな」

「あら、その割には秦野国については教えてもらえるのね」

「まぁその単語を知っている人間がいるっていうだけでかなりの情報だからな。あ、安心してくれよ?匿名サービスは保証してるぜ」

「それについては心配していないわ。じゃあ貴方は七つの大罪についてどこまで知っているのかしら」

「単語だけだな。それも妙ちきりんな魔法使いから酒の席で聞いただけだからあてにはならないと思っていたがな」

「…その割によく話してくれたわね。本当に」

「だから言っただろ?七つの大罪ってのがあの爺さんの与太話じゃない可能性が出てきたってことだ。まぁ俺が聞いていたのは七つの大罪に気をつけろってことだけだが…な」

「そう…まぁいいわ。私もそう多くを知っているわけではないけれど、かなり確信に近いことだと思う。七つの大罪の”七つ”とはなんなのか…よ。これは高い情報じゃない?」

「どうだろうな。あんたのつくり話かもしれないしなんとも言えないな」


 そう言えるということはある程度は勘付いているのか…聞いているのか…いずれにせよ彼が凄腕なことには変わりがない。

 隠蔽体質の秦野国の軍の行方を知っているだけで大したものだし。


「傲慢。嫉妬。憤怒。怠惰。強欲。暴食。色欲。この七つが七つの大罪の内約よ」

「…あんた何もんだ?」

「教える義理はあるかしら」

「いや、無いな。いいことを教えてもらった。っていうかその情報はかなりでけぇな…。なんだっけヴォルゴード王国の最近のきな臭い噂についてか?」

「ええ」

「どうもヴォルゴード王国には最近灰鴉の連中が出入りしているようなんだ。特に第二都市ヴァミリにな。秦野国が向かった先にそんなきな臭い噂…偶然かどうかはわからんがな。それに最近灰鴉のヴォルゴード王国第二都市の支部が誰かによって破壊されたらしい。それも基地の上から超巨大な岩石で押しつぶされてるって話だ。これは只事じゃねぇ」

「なぜ?」

「…あんた魔法には疎いのか?魔術結社の周囲には魔力干渉用の魔法陣がいやっつうほど貼られてるから並大抵の魔力じゃ魔法を唱えている瞬間に魔力が分散していっちまう。それに仮に攻撃魔法を生成出来たとしても円形に張られている結界があるからこれまた並大抵の攻撃じゃあ結界に弾かれて終わるだけだ。魔術結社を一撃で潰すには魔術師数十人による複合魔法が必要だって言われているぐらいなんだぜ」

「…なるほど。灰鴉の活動っていまいち知らないのだけど教えてもらえる?」

「構わんぜ。まだまだ情報の釣り合いは取れてないからな。何しろ魔法大学の教授ですら単語しか知らない事だったしな」

「…そういうことなのね」


 何か裏があるとは思っていたがネズミは魔法大学にもパイプがあるらしい。

 本当に底知れない男だ。


「ま、忘れてくれ。灰鴉の活動ってのは基本的に良いこと”だった”」

「だった、と言うと?」

「当初はローゼンクロイツっていうガキが作った被害者の会…になりすました何かだったんだが、多分これは悪いことじゃあねぇんだ。むしろ表の顔の被害者の会よりも世間に顔向け出来る事だった…って聞いてるが、今となってはただの黒魔術結社だ。ローゼンクロイツがガキなのをいいコトにジル・ド・レエって男が好き勝手やっててな、かなーり悪どいこともやってるようだぜ。あの”魔憑き”に関することも灰鴉…っていうよりもジル・ド・レエが関わってるって話だ。ここらへんに首を突っ込むのはちっとばかし危ない気がして俺はもう情報は集めてないがね」

「…そう、じゃあ一つアドバイスしておくわ。七つの大罪のことをこれ以上嗅ぎまわるのもやめておいたほうがいいかもしれないわね」


 私がそう言うと、ネズミは顔をしかめる。


「そういう事なのか?」

「ええ。貴方も知ってるでしょ?ベルゼブブと名付けられた”魔憑き”の事を」

「たしかあいつって…ああ…暴食…そういう事か。ってことはなにか?名づけた連中もこれのことを知って…やべぇな…一気に世界の闇ってやつが暴かれた気分だ。本当にあんた何者なんだ?」

「…ただの通りすがりの商人よ」


 それだけ言って雨水管から出て行く。

 何はともあれ当面の目標は決まった。

 ヴォルゴード王国第二都市ヴァミリ。

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