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異世界の歩き方  作者: レルミア
ヴォルゴード王国・潜入編
16/104

灰鴉

「オーイオイオイ、なぁんだよなんだよなんですかぁ?国の犬ってのはこんなに弱いもんかねぇ?」


 ぐしゃり、と地面に転がる”何か”を踏み潰し、はじけ飛んだ赤い液体が頬に付着する。

 それを舐めながら赤く染まったろうかを歩いて行く。

 ぐしゃり、ぐしゃりと靴が大理石を叩く音の代わりに、肉と骨を砕く音が響く。


「オイオイオイオイ!天下の騎士団様がよぉ!こーんなちんけな魔術師一人に負けていいのかぁ!?だーれかいませんかー!?おーい!ノックして――」


 ふざけた調子で突き当りの廊下を指で軽く小突いた瞬間、大理石は轟音を鳴り響かせて粉々に砕け散る。


「もーしもぉし!」


 立ち込める土煙を風魔法で吹き飛ばし、中庭に腰を抜かした兵士がいるのを見つけ、男の口がニヤリと大きく吊り上がる。


「なぁんだ――」


 泡を食って逃げようとする兵士へと一瞬で詰め寄り、その頭を兜ごと掴んで壁に叩きつける。


「居るんなら返事をしねぇとよぉー?お母さんに教えてもらわなかったのか?呼ばれたら返事をしましょうってよぉ!」

「い…いや…いやだ…やめ…て…」

「きこえませんねえええ!!!!!」

「いやぁぁぁああああああああああああああああ」


 甲高い声を張り上げて兵士が叫んだ次の瞬間に兵士の頭は兜ごと握りつぶす。


「んだよやーらけぇなぁ。綿飴よりも柔らかいんじゃねぇか?」


 ブン、と兵士の体を横に投げ捨てて手に付着した物を舐め取り、壁に空いた大穴から更に歩みを進めていく。


「そーろそろ骨のある人間が出てきてもいいと思うんだがなぁ」

 

 そう言って、大きな扉へとさしかかる。

 この先には強敵が居るかもしれない――――

 期待を込めて扉を開けると、そこにはメイド服の少女が一人、立っていただけだった。

 生きている人間という、意味ならば。

 周囲には飾り立てられたようにちぐはぐな鎧を着る死体…いや、四肢を解体され、接合し直された死体が直立していた。

 その鎧の隙間からは血が滴っており、扉から王座へと続く道を彩るレッドカーペットかのように、地面を染め上げていた。


「おお、粋なはからいだなぁ。いい子ちゃんだ。俺は満足だぜ」


 そう言いながら、男はメイドの頭を撫でる。


「お褒めに預かり、光栄でございます」


 答えたメイドに返事をせずに、男はぴちゃぴちゃと血の川を歩いて王座へと歩いて行く。

 


――この世界に、救いなど無い。あるのはただ、冷たい殺意だけである。


 そう呟いて、男は玉座に座って肘掛けに肘を突く。


「さぁ――始めようか。灰鴉の再誕だ」


*****


 どうしてこうなった。

 俺は今窮地に立たされている。

 いや座ってるんだが。

 今起こったことを簡単に説明すると目の前のすっげー美少女が俺の第一級秘匿科目をあっさりと看過しやがったってことだ。

 俺のプライバシーはどうなった。そういう問題じゃないか?違うな。どういうことだフェンリル。どうなってやがる。

 頭のなかで必死にフェンリルにそう尋ねるがフェンリルは全く応答しない。

 都合よく返事が無くなったりするゲームでよくいる役立たずなオペレーターのごとく反応がない。お前カプ○ン製だったのかよクソッ…どうなってやがる。

 突然の事態に思わず動揺してしまったが、ここで押し黙ってしまうのは明らかに下策だ。


「な、なんのことでしょう」


 自分でも分かるほどに声が震えてるぞ!!

 情けねぇ!


「あ、いえ気のせいだったみたいです。すみませんねぇ変なコト言っちゃってー」


 あらあらうふふと頬に手を当ててそういう彼女だが、目が完全に笑っていない。

 気が気でない状態で夕飯をかきこみ、ユーノに作業がないので休んでいいと言われて部屋へと戻ってベッドへと腰を落ち着ける。

 どうなってんだ。

 フェンリル出してもなかったのに当てられたぞ。出したとしても人間の姿なんだ、すぐにフェンリルとわかるはずが…

 ――どうする。

 もし彼女が衛兵に俺が”魔憑き”だと言ったとしたらもうここにはいられない。

 先手を、打つべきか?

 先手、考えられる一手は口封じだ。


「――無理だ、そんなこと。出来ない」


 まだ近衛兵たちを殺した時の記憶が新しくて思い出すだけで手が震えてしまうのだ。

 ただ見られただけだからと人を殺せる程、割りきれてはいない。

 どうする――――

 焦って頭の中で四文字の言葉がグルグルと回っていると、コンコン、と扉がノックされる。

 まさか部屋を尋ねられるとは思わなくて心臓が止まりそうになるが、深呼吸して気持ちを落ち着けて扉を開ける。


「こんばんは、少しお時間良いですか?」


 扉を開けた先には、ジュースの瓶を持ったセレネが立っていた。

 

「ど、どうぞ」


 とりあえず部屋に招き入れて、椅子に座らせる。

 どうしたもんかと迷っていると、セレネがコップにジュースを入れて手渡してくれる。


「これはココナッツの果汁…っていうのかしら。あれを薄めた物よ。この国の特産だから飲んでおいて損はないと思うわ」

「ありがとう、ございます」


 おとなしく受け取ると、セレネがどうしたものかしらね、と呟いてからジュースを口に含んで嚥下する。


「いいから出てらっしゃい、フェンリルちゃん」


 ふう、と一呼吸おいてから少し厳しい口調でセレネがそう言うと、気まずそうにフェンリルが実体化して俺の隣に座る。

 ちょこんと肩をすくめて座っている様からはいつもの威厳は感じられず、まさに借りてきた猫…いや、借りてきた狼状態だ。怖いな。


「ご、ご機嫌麗しゅう…」

「そういうのいいから、なんでこんなところにいるわけ?」

「え、いや、あの…ですね…」


 キャラ崩れまくりじゃねぇか…儂口調はどうした…


「そもそもあなたなんで人に憑いてるわけ?あなたが人に憑くとまずいって散々言われてたよね?どういうことなの?」

「あ、あの…えっと…話せば長い込み入った事情がありまして…」

「いいから話して頂戴」

「リュドミーラのイムラ周辺で…大きな魔力反応がありまして…調査をしているところを取り囲まれまして…ふるぼっこに…されてしまいましての…」

「で?」

「それで…その…逃げまして…」

「で?」


 怖い。怖すぎる。

 で?としか言わない美人なお姉さん。怖すぎる。俺にそういう属性はないので怖いだけですわ…


「傷だらけで逃げてるところを…彼にやられまして…死ぬのはまずいので取り憑きました…」

「で?」

「えっ…いや…えっと…すみませんサタンになりました」

「で?」

「それで…リュドミーラ第三都市イムラの近衛兵を全員殺して…一人目の”魔憑き”を探すためにここにきたしだいでゴザイマス」

「…はぁ。面倒なことになってるわね」

「申し開きもありません…」


 フェンリルに謝られて更に一度大きくため息を吐いた後、セレネが俺に笑いかけてくる。


「ごめんなさいね、面倒事に巻き込んじゃって」

「い、いえ…彼女にも色々助けてもらってるので…」

「そう言ってもらえると助かるわ。っと、私のことをまだ何も話してなかったわね。私はセレネっていうの。分からないかもしれないけれど一応月の女神をやっていて、フェンリルちゃんの上司というか…姉みたいな立場なの」

「ハァ…」


 ようは神様ってことだろ?なんでこんなところにいるわけ?

 頭に浮かんだ疑問を察したのか、セレネは微笑んで口を開く。


「まぁ疑問は最もよ、私も一応最初の”魔憑き”を探してここに来てるんだけど、路銀がなくなっちゃってね。ここでしばらく暮らしてるわけなの。宿取るよりここのほうが気も楽だし値段も安いしね」

「ってことは、結構俺はルシファーに近い所まで来てるってことですか?」

「そうね。だいぶ近いところに来てると思うけれど…ここから絞り込むのがなかなかうまく行かないのよね…」

「どうやってここに居るとわかったんですか?」

「ああ、先日…と言っても二ヶ月ほど前に灰鴉の支部を一つ潰したのよ。その時にここにいるって言う情報があったの」

「つ、潰した?灰鴉ってなんです?」

「ああ、最近色々と元気な魔術結社よ。最近この都市でよく見かけるから潰したんだけど、どうもまだいるみたいなのよね」


 魔術結社の支部を一つ潰したとかあっさり言ってのけてしまうあたりが怖い。

 それが本当だとすると神様という言葉にも説得力が出てくるが、まぁフェンリルが神様以外にこんなしおらしくならないだろうし、いいけどさ。

 

「まぁ、事情は大体分かったわ。何か聞きたいことがあったら私のところに来て頂戴。一応内緒話で、ね」


 そう言ってウィンクをして部屋を出て行くセレネを見送ると、フェンリルが大きくため息を吐く。


「…なぁ、違う所行かんかの?」

「却下」

「ふぇぇ…」

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