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異世界の歩き方  作者: レルミア
リュドミーラ第三都市・イムラ編
12/104

魔王

「子供の居場所…?どういうことじゃ!アイム説明しろ!!」

「今はそんなこと話している場合ではないでしょう!今目の前に!”魔憑き”がいるんです!やつを殺さなければ――!街が滅びる!」

「ぐぅっ…!」


 唇を噛み締めてアンミルがこちらを見るのが分かる。

 肩から指先にかけての筋肉が動き、剣を引き抜くのが分かる。

 手に取るように、二人の動きがわかる。

 ――遅すぎる。

 軽く地面を蹴って、数十メートル先にいるアイムの懐へと飛び込む。


「そんな鉄ではなぁ…?」


 引きぬきざまに振られた刃をあっさりと掴み、丸めて背後へと投げ捨ててアイムの右手首を鎧ごと握りつぶす。


「ぐぁぁあっ…!」


 手首を抑えて転げまわるアイムの腹部を蹴りあげて体を浮かばせて襟元をつかむ。


「弱すぎるなぁ…貴様、本当に剣士か?」


 圧倒的。

 この都市で最も強い人間が為す術もなく、傷をつけることすら叶わずに一方的に蹂躙されていた。

 その事実に城の人間は圧倒されてしまって一歩も動くことがでいなかった。


「人間というものは愚かな存在だよなぁ。自分の力を過大評価し、過信し、挙句の果てに自滅する。そんな人間が私は大好きだがな、弱者を手玉に取って自分の利益にする貴様のような人間は大嫌いだ。人間と言うのは苛烈にして正義を芯に持っているからこそ人間といえるのだよ。分かるか?貴様のようなひん曲がった人間はさっさと殺してしまうのがいいんだがな、まぁ今回は二つの選択肢をやろう」

 

 アイムを壁に叩きつけ、アイムの頭のすぐ横に拳を叩き込んで壁を粉々に砕いて脅し、口を開く。


「今言うか、拷問された後に言うかだ。慎重に選べよ?」


 もう腰を抜かしてしまって力が入らないのか、アイムは力なく地面に座り込んでしまう。


「地下牢の通路の突き当り…地面に隠し扉がある…そこに…子供たちを隠している…」

「そうか」


 アイムに言われてアンミルに目配せをして彼を向かわせる。

 彼の子供に対する愛情というものはどうやら本物らしいからな。偽物だったとしても今この状況で子供を人質にしようと思うほど馬鹿ではないはずだ。

 そんなことを考えていると、アイムが青い唇を震わせながら開いて言う。


「た、助けてくれるんだろう…?」

「ああ、その予定――「よかった…」だった」


 俺が最後にそう付け加えた瞬間に、アイムの表情が一転絶望の色へと染め上げられる。


「いい機会だ、半殺しにしてやろう」


 サタンはそう言ってアイムを上に放り投げると、両手両足に杭を叩きつけて壁に磔にする。


「私は憤怒のサタンだぞ?情報を教えられたぐらいじゃあ…収まるとは貴様も思ってはないだろ?」

「そん…な…」


 哀れだな、と他人ごとのように目の前のアイムに対して哀れみの感情を抱く。

 今まで毅然として、あくまで勝者の立場としてそこに居た人間が、一瞬にして、惨めに敗者に転落するその姿は何度も見たことがあるけれど、何度見ても慣れるものではなかった。

 一体、俺は何をしたいのだろうか――?

 勝手に動く体をどこか他人のように見下ろしながら思う。


「なんじゃ、お主特に決まってないのか」


 ふと、隣にフェンリルが現れた。

 彼女も俺と同様に、サタンとして動く俺の体を見下ろす形で浮いていた。


「まぁ、契約してしまったのだから言えるがの。お主の察しの通りこの世の混乱と言うのはつまり人間の起こす戦乱の事じゃよ。最近この眼の前のおっさんのような不心得者が多くてのう…最近はそれはもう大変平和じゃったんじゃが、そろそろ戦争が起こるんじゃないかと危惧していての」

「…どうでもいい」

「そうじゃのう…ともいかんのじゃ。お主は儂と契約してしまった以上それを解決する必要がある。方法はとわん。サタンの力を使えば滅ぼす方向で解決するのも容易じゃ。儂は別にそっちでも構わんがの」

「それも、いいかもな」


 何故こんな所に俺はいるんだったか、そんなことはとうに忘れていた。

 ただ目の前のこいつを痛めつけなければならない。

 それを邪魔する人間は殺してでも排除しなければならない。

 そんな思考が、雲が俺の頭を埋めているような感覚で俺の頭を埋め尽くしていた。


「しの…め…さん?」


 そんな時だった。

 雲の合間を指すように陽の光が入ってきた。そんな感覚。

 この声の主は。


「リーニャ…?」


 リーニャが扉を開けて俺のことを見ている。

 そう思った時には、既に俺の体の支配権は俺に戻っていた。


「なんで来たんだ、来ちゃダメだと言ったろ」

「だって…嫌な感じがして…それで…」


 怯えている。

 何故?

 俺が一歩彼女に歩み寄ろうとすると、数十メートル離れたところにいる彼女も一歩後ろに下がる。

 なんで逃げるんだ?

 

「なんで逃げるんだよ」


 たまらず尋ねると、リーニャは震える指先を俺の右手に向ける。

 

「ん?」


 なんだ、と思って見てみると、俺の右手が握っているのは血だらけのアイムの頭だった。

 胴体につながってはいる。

 かろうじて生きてもいる。

 だが恐らくこの先普通の人間としては過ごせないだろうというほどの傷を負っている彼は、傍目に見れば死んでいるようにも見えるし、なによりその有り様は遊ばれていたと形容するのが一番わかりやすかった。

 つまり。

 何も知らない彼女はこう思う。

 篠芽はアイムを弄び惨殺した。と。


「いやあああああああああああああああああ!!!」


 叫んで彼女が城を飛び出していったのと同時に、未だに固まっていた数十人の兵士の首がすべて切り落とされる。

 その背後から現れたのはアイムの鎧を少しだけ簡素にした様な鎧を身にまとった兵士達。


「なんだよなんだよ、アイムのおっさん死んでるじゃねぇかよ、今から転覆させようって時に死んじまってんじゃあ世話ねぇなぁおい!お前がやったのか?え?普通のガキに見えて本性は殺人鬼ってか?まじかよ世も末じゃねぇかキャハハハハハハ!!!」


 手に武器を持った兵士達は、近衛兵か。

 いつまでも甲高い笑い声を上げる男に、たまらず篠芽は口を開く


「耳障りな声を出すんじゃあねぇよ」

「…あ?」

「二度と喋れなくしてやるよ」


 面倒だ。

 考えるのはもう面倒だ。


「フェンリル、奴らを全員殺せ、そんでとっとと逃げるぞ」

「…いいんじゃな?」

「良いんだよ。どうせやったなら最後までやるしかねぇだろ」


 こうなってしまえばもう、この都市の膿を全部摘出してやるまでだ。


「ま、造作も無いがの」


 フェンリルがそう言い終わった時、一瞬だけ視界が暗転し、次の瞬間には広間いっぱいに近衛兵の肉が散らばっていた。

 言い表すなら食い散らかしたというべきか。

 殺すために食い散らかされた人間達は見るも無残な状態で壁に散り散りになっていた。

 不思議とそんな光景を見ても、あの日のような感情は湧いてこなかった。

 

――――どうでもいい。


****


 第三師団外部顧問が近衛兵を全員殺して姿を消した。

 そんなニュースは瞬く間に広がり、もちろんのことカーライアムにもすぐ届いた。

 最初は暴走したか、と思ったがそれにしては被害が少なすぎる。

 特別に私だけにはということでアンミル陛下とともに現場を見たが、明らかに攻撃は差別的だった。

 近衛兵は食い散らかされたように体がバラバラになっているが、衛兵達は首を鋭利なもので切り落とされているだけだ。

 これを同一人物の攻撃だと判断するのは難しい。

 なによりリーニャの証言によれば、ここに来た時には近衛兵たちは居なかったと言う。

 そのアイムもかなり悲惨な状況ではあるがかろうじて生きている。

 そこから察するに、篠芽は当初アイムを始めとする近衛兵を殺すつもりはなかった。

 子供の居場所を吐かせるために拷問したんだろう。

 が、そこで近衛兵達が本性を表して篠芽を囲んだ…そして返り討ちにあったというようなところだろう。

 まずいな。

 ”魔憑き”が暴走しているわけではないということは彼の支配下にあるということだ。つまりこの出来事は彼の意思によって引き起こされたことになる。

 

「大丈夫だ。討伐命令は出さない。お主達にも処分は無い。本来ならば私に処分が下されるべきなのだしな」


 カーライアムの考えを読んだように、渋い顔をしながらアンミルがそう言う。


「どういう、事ですか?」


 意味がわからず尋ねると、アンミルが事細やかに説明してくれた。

 つまり誘拐事件も何もかもがアイムを始めとした近衛兵の仕業だったということだ。


「そういう、事ですか」


 怒りがわかないかと言われれば決してそんなことはないが、今の篠芽の境遇を少し考えるとそんな怒りもすぐ鎮まってしまう。

 あいつは近衛兵たちを殺してくれたのだ。

 リーニャから聞くに人一人罠で殺しただけでも吐いていたような奴が、数人をこんな残酷な方法で。

 近衛兵達がこんなことをやっていたと表沙汰になればファーストマーケットの信頼はガタ落ち。それだけでこの国の景気は落ち込む。

 だからこそ”魔憑き”による暴走という形で全員を殺して行った。

 そういう事だろう。

 

「まったく、やってくれたな」


 事情を飲み込んでそうつぶやくと、


「頭が上がらないよ、彼には」


 アンミルもその事をある程度理解しているようで、拳を力強く握りこんで言う。その姿を横目で見ながら、これからのことを考える。まずやることといえば、帰ったらリーニャにも説明しなければならない。勘のいい彼女のことだ。すぐに事情を察して、あの時逃げた自分の事を悔いるだろう。

 そんな時、私はどうすればいいのだろうか。


****


「追う!?」

「はい」

「本当にか?」

「はい」

 

 予想外だった。

 リーニャは一瞬泣きそうな顔をしたけれど、すぐに持ち直してすぐに馬車を用意して御者席へ乗り込んでしまった。

 それも、リンを連れて。


「恩を仇で返してしまった以上、そこで立ち止まるわけにはいきません。あの人は今、大事な所なんだと思います。そこで支えて上げる人が居ないと…ダメなんです」

「そう…か。分かった。頼んだぞ、あいつのこと」

「はい、任せて下さい」


 それだけ言ってリーニャはすぐに出発してしまう。

 馬車が見えなくなるまで見送って、横に立っていたホルンに気合を入れ直す意味も込めて言葉を掛ける。


「これから大変になるぞ。気を引き締めよう」

「…はい」


 ホルンは血が出るほどに拳を握りこんだカーライアムを見ながら、小さく呟いた。

次回から新たな章に突入です

ちょっと期間を開けて色々と考えたいと思います。

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