偽りの戦闘
Aクラス。
軍学校にて最強――。
その実力は軍に入っても遜色が無い程だとさえ言われている。
シュミレーションに置いて最強。ルールが無い大会では上位全てをAクラスが埋め尽くすほどに強い。
ある意味その強さを持つAクラスは正統派というのならばBクラスは搦手を得意とするクラスだ。
心理戦、策略、謀略。それらを得意とするBクラスは正面からぶつかる必要のある大会などでは良い成績は得られないが、ある種彼らはAクラスよりも実戦向きというべきなのかもしれない。
だがそれはあくまでも――自分の対応できる範囲内ならばだ。
策略、謀略のたぐいは自分が知っている範囲内の出来事が起きなければ一切が機能しなくなってしなう物だ。
ひとつ挙げるならばそう――虫。
残滓流入によって魔物と化した巨大な昆虫は想定の範囲外だ。故に彼らはこの作戦を行う際に周囲に昆虫が居ないことを確かめた。
そしてもう一つ挙げるとするならば――――。
死人、だろうか。
****
彼女は絶対に助ける――。
どこを見ているかもわからないポーシャに向かって、フレデリカはダガーを両手に一本づつ持って歩き出した。
「私――は」
一歩。踏み出してはポーシャの魔法が襲い掛かる。
光の速さで襲いかかる雷の弾丸を、予測することによって辛うじて躱し、ダガーで弾き飛ばす。
しかしそれも長くは続かず、いずれは両手のダガーは手から吹き飛んでいってしまった。
両手に武器はなく、彼女の攻撃をもう防ぐものはない。
それでも、私は立ち止まれない。
「あなたに助けられた」
一瞬、彼女の攻撃がとまったがすぐさま再開する。その攻勢は今まで以上のもので一度魔法を直撃してしまったフレデリカの体ではかわせるものではなかった。しかしその弾丸が彼女の体に触れる瞬間――パヅンとマヌケな音をたてて弾かれていった。
何事かと思って周りを見てみれば、必死の形相で壁に寄りかかって座っているアリーヤが魔法を行使しているのに気付いた。
リフレク魔法。彼の得意魔法だった。
「早く――行け。長くは持たないぞ」
「うん。ありがとう」
すれ違いざま、彼にそう告げて体の最後の力を振り絞ってかけだした。
もう襲いかかる魔法に意識を割く必要がなくなったから、ただフレデリカはポーシャに意識を集中させて駆け出した。
何を苦しんでいるのか。
何に怖がっているのか。
それを聞きたい。助けたい。
あなたを襲う何かから守るために――。
そう思いながら走り、ポーシャまであと十数メートルというところでアリーヤのリフレク魔法が消失してしまった。
しかし依然魔法は襲いかかるばかりだ。
フレデリカに襲いかかる隙間のない雷の弾丸の雨に、思わず彼女が目をつぶったその瞬間――。
懐かしい、匂いがした。
懐かしい風が、フレデリカの頬をなでた。
「久しぶり、魔法は任せて。少しだけ――――手伝うから」
爆発が起きたのか、土煙の中で聞き覚えのある声がフレデリカに伝わった。
その声の主に聞きたいことはたくさんあるが、しかしフレデリカはその疑問全てを振り払って何故か目の前で逸れる雷の魔法をかいくぐり、ポーシャへ駆けて――抱きついた。
「帰ってきて――ポーシャ。私はあなたを傷つけないから。皆あなたを傷つけないから。だから――帰ってきて」
フレデリカがそういうと、焦点のあっていなかったポーシャの目に生気が戻り、次第にその瞳に涙を浮かべた。
「ごめん――ごめん。本当に、ごめんなさい」
「大丈夫。大丈夫だから」
そのまましばらくしてポーシャが落ち着くと、フレデリカは彼女を離して周りを見渡した。
あの時助けてくれたのは――。
あんただよね。
「――ありがとう」
空を見上げて言ったフレデリカの言葉は、風がさらっていった。
****
少し離れたところで、黒い二つの影が合流した。
まるで吸血鬼かのように日差しの一切を避け、二人は歩き出す。
「――どうだった?」
「失敗したよ」
「珍しいね、君が失敗するなんて」
「想定外――イレギュラーってやつさ。まさか生きてるとは思わなかったよ」
苛立たしげにそう言いながら地面の苔を蹴り上げる。
「誰が…って聞くまでもないか」
「ああ。アルトリア・グレイドルミシア。かなり厄介だぞあいつ」
「君がそう言うなんて珍しいね」
「悔しいことに――な」
****
「敵を補足――どうするミカ?」
「どうするかなぁ…ぶっちゃけ私とお前で倒せると思う?」
そう尋ねたのは赤毛のショートボブの女子だった。手に握られたナックルは彼女が近接タイプだということを物々しく語っていた。
「まぁ…僕なら勝てると思わないでもないけど」
答えたのは水色の髪をサイドポニーテールにしている中性的な男だ。体の線は細くとてもじゃないが強そうには見えないが――彼女たち二人はそれでもAクラス。この学校において最強に位置するクラスの人間だ。
「私達には単独行動権が与えられてるわけだけど。やっちゃって良くない?」
「でもさぁ、追いかけて行って拠点を一気に叩くってのもいいと思うんだけど」
「馬鹿ね…Cクラスならまだしも一応あれBクラスよ?さすがに無理でしょ」
「うーん…そっかぁ。ミカちゃんならいけると思ったんだけど」
「やめてよハース、私に過度な期待しすぎ」
「そっかぁ。じゃあとりあえずあの二人を倒しに行こうか」
そう言った次の瞬間。
二人の姿が消え――。
「やぁやぁ諸君。ちょっと相手をしてくれたまえよ」
眼下を歩いていた二人のBクラスの目の前へと降り立っていた。
「――Aクラスか、お前ら」
「YES、他に聞きたいことは?」
「お前たち二人で来たってことはそれで俺たちを倒せると、そう思ったってことだろ?」
「YES、その通りさ」
「はん――ふざけやがって」
刹那、先程まで失敗をしたとぼやいていた男が一気にミカへと肉薄する。
突然目の前に移動した男――ブリーズに対して少しだけミカが驚いたような表情をするが、しかしその表情の中に恐怖はない。
「ダメですよ」
横から声とともに差し込まれた水弾はブリーズを弾き飛ばし、彼を日光の下へと追いやった。
初めて見えた彼の髪は緑色だった。
「あらあら、あんたの苦手な属性じゃない。変わろうか?」
「大丈夫だよ。僕がやるさ」
キュ、とレザーグローブをはめ直したハースは再びブリーズへ肉薄し、その胸ぐらを掴んで森の向こうへと消えていった。
「――さて、私とあんたで戦いましょうか」
残ったもう一人に向き直ると、男は小さく肩をすくめた。
「正直言って、俺あんま戦闘向きじゃなくてさ、見逃してくれると嬉しい訳だけど」
「そんな言葉がまかり通ると思ってる?」
「残念ながら、思ってない――から、もう既に手は打ってある」
男がそう言った瞬間。
とぷり、とミカの足元の土が軟化して彼女の足を膝まで飲み込んだ。
「なるほど。Bクラスは絡め手を使う人間が多いと聞いたけれど、その秘匿性は確かに絡め手というには十分すぎるわね」
彼の髪の色はブリーズと同じ緑色だった。しかし彼の行使した魔法は土を軟化させる物だ。それは風とは思えないし、更に言えば植物系とも思えない――ならば土か、はたまた水か――或いは知らない植物系魔法か。
言ってしまえばほとんど分かっていないということになる。
魔法戦において情報は死活を直接左右すると言っても過言ではないほどに重要なものだ。故に情報を与えないということは相手を追い詰める直接の手段であり――自らを活かす直接の手段ともなり得る。だがそれはあくまでも”ほぼ対等な実力者同士の魔法戦において”という条件の下の話だが。
「化け物が――」
男は思わず悪態をついた。
なぜなら――目の前の女が周囲の空気を揺らめかす程の熱量を持った何かを行使しながら空中に浮いているからだ。それでいて周囲の植物にはダメージを与えていない。つまり自分の発生させている熱さえも魔法でコントロールしているという事の証拠以外の何物でもなく――つまりはこの女は自分よりもはるか高みに居るということだ。
そして。
更に言うのならば彼女の装備は完全に近接戦闘のそれであり。これほどまでに鍛えぬかれている魔法でさえも別に主力ではないということだ。
「さぁ――――楽しく弾けてもらいましょうか」
彼女の赤く燃える瞳を見ていると、チリチリと空気が焼ける音がする――。
****
決着は、一瞬だった。
離脱の後数分すらも経っていないのではないだろうか。
数秒。
もはやそのレベルでの決着がついていた。
「簡単すぎる」
この程度か、と眼下の人間を見下ろしてふと嗤う。
「Aクラスも、間抜けばかりだな」
ブリーズは笑って気絶して横たわっているハースを踏んで森の中へと消えていった。
その体に傷はなく。
その息に乱れはなく。
そして彼は、魔法を行使していなかった。




