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異世界の歩き方  作者: レルミア
リュドミーラ第三都市・イムラ編
10/104

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 コツン…コツン…

 ハイヒールが大理石を叩く音が響く。

 通り過ぎて行く神官達が頭を下げていく様を見るに、彼女はかなりの地位の人間だということが伺える。

 肩まで伸びた茶色い髪の毛をふらふらと揺らし、胸が強調された白いワイシャツに黒い革のミニスカという周囲にそぐわない格好をした彼女は、口にタバコを咥えて気怠そうにに神殿の廊下を歩いていた。

 あまり近寄りたくない彼女の隣に合流し、声をかける一人の壮年の男性が居た。


「お主、そのファッションは目によろしくないのう…」


 ニヤニヤと笑いながらそういう老人の額を小突くと、女性は嫌そうに口を開く。


「うっせーぞエロジジイ、最近開発された礼装ってやつだよ」

「礼装…明らかにそう着るものじゃないと思うんだがの…」

「何だ文句が多いな、一応ここ教会だから礼装してやってるんじゃねーか、感謝しろよエロジジイ」

「まあこの女っ気のない教会にお主のような刺激がたまにあるとうちの神官どもも顔を柔らかくするというもんじゃ。助かってはおるがの」


 ほっほっほ、とひげを撫でながら笑っていた老人が表情を厳しくして女性に尋ねる。


「そういえば、奴はどうなったのかの?」

「奴?」

「”魔憑き”じゃよ」

「ああ、あいつは今安定期に入ってる。ったく連中も趣味が悪いっつーのよ。魔爪を作るためにあんなのを使うとか気が狂ってるとしか思えねーぞ」

「あんまりそういうことを言うでないぞ。何処で聞いているか分からんからのう」

「いいんだよ。私は直接あいつらと話すときもこんな口調だからな。最初は騎士道がどーのとうるさかったもんだが最近はなんにも言わないぜ」

「呆れられとるんじゃよ。あまり自慢できることではないと思うがのぉ…一応彼らは五聖剣と呼ばれていてこの国ではなかなかの地位なんじゃから」

「知らん知らん、なーにが五聖剣じゃ。寒いっつの」


 諌めても収まらない罵詈雑言の数々に辟易して、思わずため息を吐く。

 どうにもこの小娘は口が悪い。

 魔法の才能は群を抜いているくせに、この口の悪さが祟って出世できないでいるタイプだ。

 もったいないな、と思いもするが、彼女の持ち味を活かすのにこの国の体制はあまりにも合っていないために、軍属してしまったらその途端に軍を壊滅させるか自分の持ち味がなくなるか、そのどちらかの道を進むことになるだろう。

 ままならないものだな、と零して口の悪い少女シヴを見送ると、機会を伺っていた一人の神官が紙束を持ってくる。


「ヴィーザル司教、こちらはアンミル陛下からの書簡でございます」

「うむ、ご苦労」


 手渡された紙束には、第1師団が犠牲なしでフレキを撃退したとの報告が事細かに書かれていた。


「そんな好都合なことがあるわけないじゃろ…」


 仮にも魔物を犠牲無しで倒すなんていうホラを吹くことが出来るアンミルの度胸に感心しながらページをめくると、違う筆跡で長々とある報告が書かれていた。


「…ほう。久しぶりに重い腰を上げるとするかのう…」


 紙束を丸めて懐へ押し込んでこれから起きるであろう出来事に思いを馳せる。


「三万五千人…か、足りるといいのう」


 ポツリと呟いたヴィーザルの言葉は、大理石に吸い込まれていくように消えていった。


****


 ホルンから魔法…もとい魔術を教わり、カーライアムにめった打ちにされた次の日。


「うむ。よく来てくれた」


 な~んで俺ここにいるのかなぁ。

 レッドカーペットの先で偉そうにふんぞり返っているアンミルを見ながら大きくため息を吐くと、それを目ざとく見つけたアンミルが声を荒げる。


「な、何じゃお主!仮にも私は一都市を管理する城主だぞ!もっと敬意を払わんか!」

「すみません、あまり礼儀を知らないものでして、多少の無礼は見逃していただけると幸いです。で、何用でしょうか?」


 パパッと終わらせてさっさと帰って昼飯食おう。

 そんなことを考えていると、いつの間にか俺の隣に、青と銀のよりに身を包んだおっさんが立っていた。


「そやつは私の近衛兵の兵長、アイムじゃ。色々と案内してもらうと良い。聞きたいことはなんでも聞いてくれても構わんぞ」

「ありがとうございます」


 そう言ってアイムに促されるままに謁見室を出ると、アイムが足を止める。


「一昨日ぶり、ですね。篠芽殿」


 うん?一昨日ぶり?

 知り合いかと思ってよく目を凝らして見てみるが、兜は顔が見えないような作りになっていて見分けがつかない。

 一昨日といえば最初にこの街に来て謁見した日…

 とそこまで考えて、ようやく思い至る。

 アンミルの隣に立っていたおっさんかこの人!!…アイムっていう名前だったのね。


「やっと思い出してくれたかな?」

「失礼しました。あまり人を覚えるのが得意でないもので…」

「いいさ。私もあまり得意な方ではないからね。で、君に第1師団と第2師団の訓練風景を見せるのと君の質問に答えるようにと言われたんだが…どうかな、興味あるかい?」

「ええ。アーデルハントのことをまだ全然知らないので色々と教えてもらえると助かります」

「そうか、じゃあ近くの第1師団の訓練場にまず行こうかね」


 そう言われて第1師団の訓練場へと赴く途中、一つの質問を投げかけてみる。


「アーデルハントでは、国と国との戦いはないんですか?」

「ああ、戦争はまだ起きたことがないね。建国より現在に至るまで戦争は一度も経験していないし、他の国も同じだよ」

「へぇ…では、軍備を持っているモチベーションはどうやって保っているんです?」

「いや、ほとんど惰性のようなものさ。過去から受け継がれている五聖剣や十傑と言ったようなしっかりとした肩書のあるもの以外は民に規律を叩き込むためにやっているようなものだよ。学校に近いものがあるな」

「…なるほど」

 

 大理石の柱の隙間から見える訓練風景は、日本の学校にもある団体行動によく似ていた。

 一律に、列を乱さずに。

 規律に重点を置いて個性は極力消すようにしている。

 日本の場合は旧日本軍の軍隊規律がそのまま引き継がれて来てしまったものだが、この国の場合は単純に普通と違うことをすると罰則が与えられると言うものでしかないようだ。

 つまり旧日本軍のように、兵の芯というものは存在していないと言う事になる。

 恐らく指揮官を倒してしまえば糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちるだろうな、と想像していると、それを見透かしたかのようにアイムが笑う。


「まあ、衛兵として存在だけでもしてくれればいいのですよ」

「なるほど」


 もとより対軍は想定していないということらしい。

 そういえば、と数日前のことを思い出す。


「俺の事を保護してくれた第三師団ってここから4日ぐらい行った所に居ましたけど、なんであんなところで検問してたんですか?」

「最近ここらへんは物騒になってきていましてな。御存知の通り魔物が現れ初めたのですよ。だから内側から第1師団、次に第2師団、そして第三師団という風に配置していたのですよ」

「なるほど、何故円を三分割するように配置しないんですか?」


 そんな兵の密度を薄くするような配置をしてしまえば、漏らしだって出来てしまいそうなものだが。

 そう思って聞いてみると、アイムが首だけこちらに向けて答えてくれる。


「ふむ。第1師団がこの国で一番実力がある事になっておりますから、アンミル殿下に何かあった時は第1師団が真っ先に向かえるようにしていたのですよ」

「なるほど。ということは数はそのまま実力差ってことですか?」

「基本的にはそうなっておりますな。ですがイムラの第三師団に関しては少し例外でして。貴方の今いるカーライアム孤児院から第三師団に行く子供たちは軒並み忠誠心も身体能力もなかなか高くて、恐らく第1師団と同等の力を持っているでしょうな」

「へぇ…すごいですね」

「ええ。あそこは国からろくな資金援助もされていないのによくぞあそこまで兵隊を育て上げたものだと思いますよ」


 第三師団の事はよくわからないが、孤児院の子供たちがカーライアムに対しての忠誠心が厚いというのは理解できる。

 親が死んだ時に引き取ってくれた第二の母親のようなものだし、なつかないほうがおかしいだろう。

 そんなことを考えていると、見晴らしのいいところでアイムが足を止める。


「さて着きましたぞ。ここが第1師団の訓練場を一望できるところです」


 そう言われてアイムの隣に立って第1師団ノ訓練風景を見てみると、盾を構えて二列に並び、盾の壁を作っているところだった。

 その後ろで魔術師達が詠唱しながら攻撃魔法の準備をしている。

 方陣ファランクスの一辺バージョン。あるいは中世ヨーロッパの一斉銃撃縦隊。

 どちらにせよ、瓦解させるのは簡単そうな陣形だ。


「これが主流なんですか?」

「そうですな。綺麗に揃うのは見栄えがよろしいですし、なにより――」


 アイムがそう言い終わらないうちに、盾の後ろで詠唱を終えた魔術師達が一気に魔法を発動させ、遠くに設置された人型の目標へと様々な属性の魔法弾を放つ。

 数秒後。

 ガァン!と耳をつんざくような音と視界を白く塗りつぶすほどの閃光。


「壮観でしょう?」

「あはは…そうですね…」


 呆気にとられてそう言うと、アイムは満足そうに頷く。

 前言撤回。

 瓦解させるのは難しそうだ。

 人型目標の周辺がごっそりとなくなっているのを見てそう思う。

 第2師団の訓練風景も同じようなものだというのでとりあえずやめておいて、昼食の時間になったので城を後にした。

 いやぁすごいな魔術って。

 今まで仮想の世界にしか無かったその技術を目の当たりにしてほくほく顔で孤児院へ帰ると、顔を真っ青にしたリーニャが俺に駆け寄ってくる。


「お、おいどうしたんだよそんな慌てて」


 敬語を使う余裕も忘れて思わずタメ口でそう尋ねると、動揺しきった顔で俺に言う。


「リンちゃん達が…!リンちゃん達が!!!!」

「…え?」


 その日。

 孤児院から五人の子供が姿を消した。

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