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小さくなるクスリと大きくなるクスリ

 これは私が子供の頃の話で、下剤と下痢止めを同じ量飲んだらどうなるかと試したことがあった。

 結果、下剤が勝ってしました。下品な話であるがあれ以上ひどい下痢になった試しがない。あれを好んで飲む人がいるというのが信じられなかった。無論、大人になった今も信じていない。女性は大変そうである。あの時は下剤だけ飲まなかったことと、下痢止めに残りがあったことに感謝した。

 さておき、子供の好奇心は共鳴し合うもので、あの行為は一人では行わなかっただろう。一緒に試しトイレを代わり代わりに使った友達がいたのだ。 

 その彼が、何とも怪しげな薬を作り出したと電話してきた。

『ついに作り上げたんだ。大きくなるクスリと小さくなるクスリだ』

「へえ、そいつは凄い」

『それで、だ。昔のよしみで治験をやってみないか。出来たクスリを試してもらおうと思って。別にテストとしてやってもらいたいわけじゃない。治験なんて簡単に人が集まって来るからな。こんな内容ならな特にそう。宇宙旅行に匹敵するぐらいの体験のはずなのだ。もしよければ、君にどうかなと思ってね』

 一緒に飲んだ彼は、新薬の開発の仕事を始めるようになった。こういった経験があったからだと言ってはいた。ただ、効能や成分を読みふけ、ドラックストアで立ち読みするだけで一日を過ごせていただろう彼はあの経験がなくたっていずれにしてはこうなってくれていたと思う。なぜなら、あの経験をしたって私は、ただのサラリーマンだ。宇宙旅行に匹敵する、か。中々出来ない体験と聞くと子供のようにときめいてしまう。

 しかし、大きくなるクスリと小さくなるクスリだなんて、クスリの飲みすぎで頭がおかしくなっているんじゃないかとちょっと心配もする。もしかするといかがわしいクスリなのかもしれない。彼ならあり得なくもないとも思えるが、物は試しだ。

「なんだか試したくなってきたぞ。是非とも試したい」

『では都合のいい日を教えてくれ。いつでも大丈夫だ』

 宇宙に行って何かをしたいという訳ではないのと同じように、ただ大きくなったり小さくなったりしてみたいと思っただけだ。非現実的な話を聞くと、馬鹿げた話だと思うだろう。宇宙旅行と同じように。だが、手に届く距離になってみると、とたんに憧れだすものだ。すっぱい葡萄の童話を思い出す。狐が高くて取れない葡萄を前にして、あれはすっぱい葡萄だと悔しくて決めつけるのだ。手にとれる今はそんな風には思わない。



 彼は、大きな病院の一室で待ち構えてくれていた。

「やあ。まずは、驚かせようかと思ってね。どうだい。驚いたかい」

 言葉を失ってしまった。驚くのも当たり前のことである。彼が人間を二回りほど大きくした巨人になっていたたからである。

「まさか本当だったなんて……」

 彼以外の誰だってこの部屋を窮屈に感じないだろう。片手で私の頭を掴み浮かばせようとする威圧感がある。

「まあ大きくなる限界は今のところこのくらいかな。もう少し大きくなれてもいいんだがね」

 声が体に響く。息遣いを全身に感じてしまう。

「さて、治験してもらうということで、色々なものにサインしてほしいんだ。ざっくり言えば、今から起こすことを口外しないことと、何か異常が起きても病院側は一切責任をとらないことに了承してもらうってことなんだがな。ははは」

「分かったがちょっと話にくいから、元の大きさに戻ってくれないか? 部屋の酸素濃度が薄くなってる気もするんだ」

 決して口臭のせいではない。

「それもそうか。さっき大きくなったばかりだから、ちょっともったいないんだが仕方ない。今小さくなるから見ていてくれ」

 彼は、机にあった三角フラスコを服に着いたホコリをとるようにして摘まんだ。そこまで大きくないフラスコだが、一層小さく見える。中にはピンク色の液体が入っており、彼は丁寧に一口ほど飲んでいた。

「今飲んだのは、小さくなるクスリだ。これで次第に小さくなっていく」

「しかし、凄いな。本当に作り上げたとは……」

「自分でも驚きだよ。こんな夢のようなクスリを作ったって実感が未だにわかないさ。偶然に偶然が重なってできたものだよ。内密なことであるから、申し訳ないが説明は出来ないんだ」

「そうか。しかし、このクスリは一体何の役に立つのだ? 体のコンプレックスだってあるだろうが、背が高くなるようなクスリと違って体系がそのままではほとんど意味がない。スポーツで使えば、間違いなくドーピングだろう」

「そう考えてしまうのも無理はない。とあるゲームの大きくなるキノコと小さくなるキノコの再現でしかないと考える奴もいるかもしれない。使い道は、ファンタジー映画のためだとか悪行するために巨人になるとか、そんな風にしか考えない奴もいるだろう。しかしだ。小学生の時から食糧問題というのを学んだだろう。食糧に限った話でない。環境問題、資源の問題、いろいろについて限りがあるのだ。もし人がこのクスリによって小さくなった場合、少なくとも食糧問題については解決できるのではないかと思ったんだ。まあこんな理由は後付なんだがな。ははは」

 彼がさっきよりも小さくなった気がした。気持ちの問題ではない。それでもまだまだ大きいのだが。

「それで、サインしてほしい書類はこっちだ。となりにあるのが小さくなるクスリだ。飲みかけだがな。ははは」

 書類にざっと目を通す。さっき言ってた通りなのだろう。特に気に留めることもなくサインした。

「これでいいかな。しかし、いつの間にか大分小さくなったな。どこかから空気が抜けているようなものか」

 彼が着ていた服がブカブカになっているのだ。

「ああ、ちょっと待ってくれ。服を着替えてくるよ。服や靴が、一緒に大きくなってくれるわけではないからね。こうやって驚かせるためにわざわざ特注で頼んだんだよ」

 彼はよたよたと部屋を出て行った。目の前にあるのは、小さくなるクスリ。もうサインはした。やりたいことは決まっている。


「やあ。お待たせ……おい。どこにいる?」

 彼は、帰ってきても、私から見れば巨人のままだった。彼の大きさは普通の人間と変わらないはずだ。

「ここだよ」

「どこだ! 今どこにいる?」

 声まで小さくなっているから出所が分からないのか。今度は大きな声で叫んだ。

「おーい! ここだよ!」

 いま彼から見えるのは妖精サイズの人間だ。正確には、妖精サイズのおっさんだ。

 ここまで小さくなるとは思わなかった。服が一緒に小さくなるわけでないから、裸の様な状態だ。さっきまで来ていたシャツから顔だけを出すようにして彼の姿を見る。途端、彼の表情が険しくなった。

「まさか! 君はもう飲んでしまったのか! あのフラスコの中身を!」

「ああ。もしかしてやってはいけないことだったのか……」

 先ほどのように、声は体に響き、呼吸を体全身に感じてしまうが、今度は私が小さくなったせいである。

「大分飲んでいるようだな……すまない。実に申し訳ない話なんだが」

「まさか、大きな副作用があるとか……それとももう戻れないなんてことは……」

 心臓の鼓動が早くなってきた。何て愚かなことをしてしまったのだ。

「いや、その点は安心して欲しい。副作用もないはずだ。時間が経てば自然に大きさが戻るものではない。戻るには大きくなる薬を飲めばいい。だがな。問題はその大きくなるクスリにあるんだ」

「何だって……」

「こうしていると、昔のことを思い出すな。そうだ。下剤と下痢止めを飲んだ時のことだ。当たり前のことだが、下剤と下痢止めは全く違う成分であることはわかるだろう。それと同様に大きくなるクスリと、小さくなるクスリは全くの別物なんだ」

「ああ、それくらいは理解しているが……」

「大きくなるクスリも小さくなるクスリもどちらも経口摂取をするものだ。今のところはまだ、飲み薬でな。それで、小さくなるクスリの味はどうだった?」

「いかにも化学薬品を飲んでいるような、人工で作られた甘ったるい不味い味だったな」

「そうか。ちなみに大きくなるクスリはな。この味が比にならないほど不味い」

「そんな……」

「そして、もう一つ。飲まないといけない量が違う。下剤と下痢止めだと下剤の方が強いように、小さくなるクスリの方が強いんだ。だから飲まないといけない量は――」

 彼は部屋の奥へといき、ビールサーバーのようなものを取り出した。大きなビーカーに注がれるのは緑色の液体だ。もしかするとあれが、大きくなるクスリなのだろうか。

 そうして、私の隣にビーカーが置かれる。優しく置いたつもりなんだろうが、ドンと大きな音が聞こえた。

「およそ今の君の大きさの五倍の量。君は次第に大きくなるが、それでも体感で十リットル以上は飲まないといけないんだ……ちなみに私が飲んだのは一リットルほどだが……いや、感想はやめておこう。とにかく申し訳ない……謝礼は渡すし、今でも後でも、おいしいものをどれでも食べていいから……とにかく……その悪い……飲みやすいよう御猪口を持ってくるよ……」


 この日の苦しみはあの日の比ではなかった――


 十数年して、ついに民間人の服用が認められた。だが、宇宙旅行と同じで高くて一般人がとても手を出せるような品物でもない。あんなクスリを飲む人の気がしれないと皆が言っている。大きくなったり小さくなったりするクスリなんて怪しい。きっと不味いに違いない、と。

 彼に聞くと今でも味は変わっていないらしい。あの童話の葡萄はきっとすっぱかったのだろうと思う。

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