第7話 盾は殴るために使うモノ
完全に失敗だった。
私が気付いたのはギルドを出てすぐ、商店の並ぶ通りを歩いているときだった。
刺さるような敵意は感じられないが、道行く人々の視線を感じる。断じて自意識過剰とかでは無い。というのも――
「あら、ローレライ。可愛い女の子連れて、もしかしてデート?」
「はは、デートなら嬉しいんだがな、残念だが仕事の準備だ。またな」
「よお、ローレライ。まーた女の子連れ歩いてモテ自慢か? 爆発しろ」
「だーれが爆発するか馬鹿野朗。仕事の相棒だ。今度紹介してやるよ」
「おやまあ、こんにちはローレライさん。可愛い娘さんだねぇ。妹さんかい?」
「おう、婆さん。元気そうだな。はは、妹じゃないが……まあそんなとこだな。また今度ゆっくり茶でも貰いに行くよ」
――さっきからこの調子だ。老若男女、冒険者一般人問わず、ローレライさんに話しかけてくる人の数が半端じゃない。なんでこんなに顔広いの?この人。
一応、ローレライさんがデート疑惑を否定しているから、話しかけてくるローレライさんの友人知人の方々は問題無い。
問題なのは視線だけを向けてくる不特定多数の街の人たちだ。
その中に、噂好きなマダムがいて――
「私、見ちゃったのよぉ~! この間ローレライさんが、栗色の髪の若い女の子連れて街を歩いていたのよぉ~! あれはデートよぉ~! 間違い無いわぁ! 私、見ちゃったんだからぁ!」
――などと周囲に吹聴してしまったら取り返しがつかない。
私が夜道で刺される可能性が大幅に高まってしまう。なんということだ……噂話が原因で死にたくない。許してマダム。
そんなことを考えながら隣を歩くローレライさんを見ると、また知人でも見つけたのか、笑顔で手を挙げている。
というか、そもそもローレライさんが目立ち過ぎなのだ。何で暖かいこの夏期に、黒のロングコートなんて着てるんだこの人は。周囲から浮いてるし、暑苦しい。
こんなことなら 『ノースリーブ化計画』 は早めに実行するべきだった。……もっと浮いちゃうか?
やはり無理やりにでも1人で来るべきだったなぁ……
そうこうしている間に目的の武器屋に到着し、私は少しホッとして扉を開け店内に入る。
「いらっしゃい、と、おお! レベッカちゃんか、久しぶりだな~」
「こんにちは。おじさん、お久しぶりです」
声をかけてきてくれた店主のおじさんに、私も微笑みながら挨拶する。
まだEランク冒険者だったときに剣を格安で売ってもらい、それが縁で何度も通っていたけど、ギルドに就職してからは1度も来ていなかった。
「今日はどんなエモノをお探しかね?……おや?そちらの方は……」
おじさんが私の隣に立つローレライさんに視線を向け、少し不審な表情をする。
ですよねー。この時期に黒コートですもんねー。
「あ、この人は一緒にパーティ組んでる、ローレライさんです」
「ローレライだ。ははは、よろしくな。とっつぁん」
言うとローレライさんは右手を差し出し、おじさんに握手を求める。
握手はいい。しかし、何様だこの人は。何でいきなり馴れ馴れしい口調なんだ。とっつぁんて呼ぶな。敬語使いなさい、敬語を。
「お、おう?よ、よろしく」
戸惑いつつも握手に応じるおじさんの手をぶんぶんと大きく振って、ローレライさんは笑った。
おじさんは少し驚いたみたいだけど、ローレライさんを害は無い人と判断したらしく、表情を緩めた。
「しかし、レベッカちゃんも遂にパーティ組んだか~……Cランク昇格クエストはクリアできそうかい?」
「あ、いえ、Cランクには昇格できました。報告遅れました……ごめんなさい」
「ええ!? おいおいさすがレベッカちゃんだな! いや~大したもんだ! おめでとう!」
「あ、ありがとうございます……」
「やっぱり俺の目に狂いは無かったな。レベッカちゃんならAランクも夢じゃない!」
うう、おじさんの言葉が胸に刺さる。痛い。ごめん、おじさん。ギルドマスターから見たら私はCランクが限界だって。しかも冒険者引退しちゃったんだよ私……。
「よっしゃ、俺からのCランク昇格祝いだ。そこに並んでる剣、どれでも好きなの1本持ってけ!」
おじさーん! もうやめて! レベッカの体力は0よ!
「い、いや悪いですよおじさん……私――」
「おお! とっつぁん、ありがとうな!」
「!? ちょっ……ローレライさん!?」
「ほれ、行くぞ」
急に背後からローレライさんが私の襟元を掴み、私は引きずられるようにして剣の陳列棚へと向かった。
「――いきなり何するんですか!」
おじさんの死角になる棚の列に連れて来られた私は、襟元を掴んだ手を振り払うとローレライさんを睨む。
ローレライさんは少し困ったような顔をしていて、そんな彼の見たことの無い表情に私は戸惑う。
「嬢ちゃんは真面目すぎるんだよ」
「え?」
言われた言葉の意味が分からずに、間の抜けた返事をしてしまった。
「Cランクになったのは事実なんだろ? だったら遠慮無く貰っていこうぜ」
「いや、そうなんですけど……」
そんなに簡単に割り切れない。今や私は冒険者ですら無いのに……。
両親の反対押し切ってまで冒険者になって、それなのに、応援してくれていた人のことなんて考えもせずに勝手に引退してしまったんだ。
自分勝手だな私……。
「嬢ちゃんはどんな戦闘スタイルなんだ?」
「え?」
いきなりの質問に意識が強制的に現実に向けられる。
見ると、ローレライさんが陳列されている剣を物色している。
「闘い方だよ。今まで見た感じだと、魔法は使わないんだよな?」
「あ、はい。とりあえず、敵に接近して剣で攻撃します」
「なるほどな。攻撃は一撃重視? 手数重視?」
「手数でしょうか……相手のスキに合わせて攻撃を入れるの苦手なんです」
「今まで盾を装備したことは?」
「無いです。敵の攻撃は回避で、無理なら甘んじて受けます」
「……まあ、一応訊いとくぞ? 鎧は重装備と軽装備どっちが良い?」
「軽装です。動きやすいですから」
「……典型的な脳筋スピード型だな」
「え?」
「いや、こっちの話だ気にするな」
次々とされる質問に答え、何なんだろうと思っていると、ローレライさんが1本の少し短めの剣を手に取って私に差し出した。
「こいつが良いと思う」
「これって……」
手渡された剣は短めで、その割には柄頭が大きく、鍔もかなり大きめに作られていて何だか全体のバランスが悪いように感じた。
刀身には特に変わった部分も無く、私から見たら 『ちょっと見た目の悪いショートソード』 といった印象だ。
「えー……っと、何でこれが良いと思ったんですか?」
私は当然の疑問を口にした。
別に武器や防具に対して、美しさや見栄えの良さなどは求めていないけど、だからと言って特筆すべき点の無い不恰好なものはやっぱり装備したくはない。
きっと、ローレライさんなりに何か理由があるのだろう。
「ん?ああ、柄部分の作りがしっかりしてるからな」
「そ、それだけですか?」
「おぅ、あとは嬢ちゃんの素早さを生かす為に、取り回しのきくショートソードにした。重心がちょっと気になるが、まあ大丈夫だろ。
それよりも、今までの剣よりリーチが少し短くなってるから実戦では気を付けろよ?
ダガー系も考えたが、アレは慣れるのに時間が必要だからな」
「……」
考えられた選択に私は何も言えなかった。 『柄部分の作り』 に関してはちょっと私じゃ分からないけど、やっぱりローレライさんなりに私が扱いやすいように、と考えてくれたんだろう。
何故だか、すごく嬉しくなった。ついさっきまで落ち込んでた反動もあるのかもしれない。はは、単純だな私。
「――あとは、盾だな。小さめのバックラーでいいから装備しろ。左手を空けてるよりずっと良い。いざという時に、多少でも防御できるのと出来ないのでは生死を別けるぞ?それと――」
「ありがとうございます」
ローレライさんにペコリと頭を下げる。正直言って……気持ちが楽になった。
そうだ。私はもう冒険者じゃないけど、冒険者だったときには気付けなかっただろう人たちを助けているんだ。
そして、そんな私のことを考えてくれる優しい人達もいる。
そんな人達の為にも今できることを全力でやるだけだ。自分で選んだ道なんだから。
私は笑顔でローレライさんを見つめる。
ローレライさんはキョトンとして……しばらくすると心配そうな顔つきになった。ん?どうしたんだろ?
「……嬢ちゃん、ひょっとして具合悪いのか?」
「……は?」
え?何で?むしろスッキリしてますよ?
「いや、俺にお礼言ったり笑ったり……今日ちょっと気持ち悪いぞ?」
「…………」
さっきの 「ありがとうございます」 は無しね。ノーカウントね。言ってない。私はそんなこと言ってない。よし。オッケー。
あと私の笑顔返せ。
それからローレライさんの選んだ剣をおじさんに貰い。防具屋で小型の盾を買った。
正直、盾は要らないと言ったんだけど、ローレライさんが無理やり買ってきて、強引に装備させられた。
何であの情熱を仕事に向けられないのかな?
とにかく今日は何か精神的に疲れた。帰って早く寝よう。
……帰り道に刃物持った女性が居ませんように。
あと、今回のこれはデートでは無いですからね。単なる買い物です。勘違いしないように。
そこんところヨロシク。