第6話 野良モフとは野生のモフモフという意味
「あ~……本当に暇ですね~……良いことなんでしょうけど……」
ギルドのロビーに複数置かれたテーブルに、顔を突っ伏して私が口を開く。
「おう、最高だな。はは」
私の対面に座ったローレライさんが予想通りの反応をしてくる。
「ローレライさんはどっちにしろ働かないから、忙しい時でも暇な時でも最高なんじゃないですか?」
「ははは、そうだな。嬢ちゃん、うまいこと言うなぁ。ははは」
何もうまいこと言ってないです。というか完全に皮肉です。
クエスト 『コロコロカブト5匹納品』 の 『内部処理』 が完了してから一ヶ月が経った。
あれから1件も仕事が入らず、最初は大いに喜んでサプライズ休暇を楽しんでいたんだけど、最近はあまりにも暇すぎて多少苦痛になってきている。
受付カウンターに目をやると、冒険者の長蛇の列と、笑顔で対応するエレノアさんたち受付嬢が見える。
あちらはとても忙しそうだ。
『処理班』 という立場上、表立ってギルドの仕事を手伝うことができないため、今は彼女たちを眺めていることしかできない。
この前、手伝えないことを申し訳無く思っていることを伝えたら、逆に気を遣われてしまった。
「ふふ、そんなこと気にしなくていいのに」
「いつも必死で頑張ってるんだから、こんな時は堂々と休んでていいのよ」
「そうそう、ゆっくり体を癒しなさい」
「でも、ローレライさんとデートとか抜け駆けはダメよ?」
受付嬢は天使か?天使なのか?
あまりにも優しい言葉に私は感激で思わず涙してしまい、「よしよし」 と先輩たちに抱きしめられて頭を撫でられた。先輩たちの腕の中、最高でした。うへへ。
あと、ローレライさんとデートなんて100回生まれ変わってもあり得ないので、気にしなくていいですよ。
そんな天使たちが働く受付カウンターの横には、大きな鳥かごが置かれている。
中では鳥じゃなく、1匹のコロコロカブトが 「いい装備じゃあないか!」 と冒険者に言っているかの如く羽ばたいている。ローレライさんが 『レベッカブト』 とか言ってたあの子だ。
前回のクエスト完了時に依頼人に引き渡すつもりだったんだけど、レポート作成の間に私を含むギルド職員ほぼ全員が、どこか愛嬌のある動きをするこの子に情が移ってしまい、引き渡すことが出来なかったのだ。
幸いにも、コロコロカブトはローレライさんが捕獲した分で足りていたので問題にはならなかった。
依頼人にもきちんと説明し、許可も頂いたので、彼?は正式にギルドのマスコットとして迎えられた。独特の動きと物珍しさもあって、冒険者たちからも意外に好評だ。
クエスト出発前に彼を見ると、鼓舞されてる気持ちになるんだとか。
うん、私の上司より役に立ってるよ。偉い。立派。
名前もギルドマスターが 『アーク』 と決めた。
というか 『アーク』 って光を司る七天神の一柱で、主神の名前だよ?恐れ多くない?天罰ならギルドマスターにお願いします。名付けに私は関係ありません。
「何やってるんだ嬢ちゃん?」
心の中で言い訳しながら祈る私を見て、ローレライさんが不思議そうな顔をする。
「いえ、気にしないでください。あと、前から言ってますけど、私を嬢ちゃんって呼ぶの止めてもらえませんか?」
私は平静を装い、ローレライさんを睨んだ。
「ははは、まあ、お前が一人前に成長したら別の呼び方してやるさ」
半人前のマグロ男から一人前に認められる?うわーなんて難しいクエストなんだー。
「はは、そう睨むな。おそらく、2日後にはお仕事だぞ?」
「ああ、『野良モフ50頭討伐』 ですか……」
仕事の話をするローレライさんに驚きながらも、次の仕事になるであろうクエストを思い浮かべる。あと2日で期限切れのクエストだ。
「でも珍しいですよね?大量討伐クエストが 『処理班』 に回ってくるなんて」
私は首を傾げる。
確かに大量討伐クエストは面倒だけど、期限切れになることはあまり無い。
理由は2つある。
1つは、報酬の高さだ。
大量討伐クエストは、 『大量発生したターゲットが農業作物や村などへの被害を加えることを未然に防ぐ』 という総意目的のため、村や農業ギルドなどの集団組織から依頼されることが多い。
つまり報酬額は個人の依頼よりも多くなる傾向にある。しかも彼らは一刻も早い解決を望んでいるため、冒険者が契約しやすくなるように、より高めの報酬金額を提示してギルドに依頼する。
当然、冒険者たちは我先にとばかりにクエスト契約を結ぶ。
2つめは、緊急性だ。
1つめの理由でも触れたけど、こういったクエストは緊急性が高いことが多いため、ギルドは
『緊急性が高いと判断されるクエストにおいてのみ、依頼から3日経過しても受注する冒険者が現れない場合は、選定した冒険者に対して強制的に契約を結べる』
という強力な権限を発動できる。
これがいわゆる 『強制クエスト』 と多くの冒険者から恐れられているクエストの正体だ。もし選ばれたら拒否権無いからね。どうしてもやりたくない場合はギルドを脱退するしかない。
ちなみに、ギルドを脱退してしまうと再加入はできない。もちろんクエストの斡旋、特定のアイテムの買取やその他の便利なサポートも受けられない。
こうなってしまうと、この国での冒険者生活は非常に厳しくなる、というかほぼ無理になる。
ギルド、恐ろしい子。
少し話が逸れたけど、以上の2つの理由から今回の処理候補のクエストは……
「急ぐ必要ないから報酬しょぼいけど雑魚モンスターを大量に討伐しないといけないクエスト……ですかね……」
うわぁ……何だそれ……自分で口にして、すごく納得した。これは私たちに回ってくるね。というか私たち以外やる人いないでしょ、こんなクエスト……
「はは、まさに 『処理班』 のために在るようなクエストだな」
次のクエストなんて考えなければ良かったな……と若干落ち込む私を尻目にローレライさんは相変わらずだ。
「ローレライさん、今回は真面目にしてくださいね? いくら野良モフとはいえ、50頭全部私が討伐なんてキツ過ぎですから」
野良モフはこの国全域に生息する、典型的な雑魚モンスターだ。
大型犬程の大きさで、見た目は丸く長い毛に覆われていて、意外に可愛い。全身を使った体当たりにさえ気をつければ、Eランク冒険者でも普通に勝てるんじゃないかな。
「ははは、分かってるって。心配するな。俺の闘いぶり見たらお前ビックリするぞ?」
今まで山賊相手にさえ闘わなかったんだから、確かにある意味ビックリするだろうね。うん。
うーん、久々に大量の敵との戦闘か……一応準備しとこうかな。商店街に装備品を見に行ってみよう。
そう思って私は立ち上がる。
「あ?どこ行くんだ?」
「一応準備しとこうと思って、商店街に行ってきます」
そう言ってテーブルを離れた私を、ローレライさんが 「待った」 と呼び止める。
「何ですか?欲しいものあるなら自分で買ってきてください」
「いや、そうじゃなくてな。俺も付き合おう」
「はい?」
「嬢ちゃんの買い物に俺も付き合う、って言ってるんだよ」
ローレライさんからの、予想だにしなかった申し出に私は困惑した。
「け、結構です!1人で大丈夫ですから!」
「おいおい、そう冷たいこと言うなって」
ローレライさんは引き下がらない。
何なんだこの人は。意味分かんない。こういうときこそマグロでいて欲しいのに。
ああ、もう!面倒くさい!
そうこうしてると、急に背筋に悪寒が走り、同時に刺さるような視線を感じる。
危険、非常に危険。
このままここでゴチャゴチャやっていると、完璧にイチャついてると誤解される。今はまだ視線だけで済んでいるけど、いずれ空気までピリピリし始める。
何より、夜道で視線じゃなく刃物が刺さる。とにかくこの場を離れよう。そうしよう。
「分かりました。ほら行きますよ」
「おぅ、急に物分りいいな?どうした?」
「いいから!早くここを出ますよ!」
「お?おぅ……?」
何で気付かないかなぁ……多分、この人を慕っている女性は報われないと思う……。
私たちは逃げるようにギルドを出た。
扉を閉める間際、わずかに見えた鳥かごの中で、アークが 「強く生きるんだぞ!」 と言っていたような気がした。
5匹のコロコロカブトは、とある研究者に引き渡され生態を調べられました。
5年後にコロコロカブトの擬態能力をヒントにこの世界に存在する魔術と古代の技術が組み合わされ、日本で言う 『カメラ』 と更に30年後に 『ステルス技術』が開発されました。
が、この物語と1ミリも関係ありません。語りたかっただけです。すいませんでした。