第4話 マグロはこの世界にも生息している
「――ね?考えられないですよね?ハンモック持参ですよ?最初から眠る気満々じゃないですか!」
「ふふふ、彼らしいわね」
エレノアさんは可笑しそうに笑っている。
「頭にきた私が何発か顔面を引っ叩いたら、モゾモゾ起きて寝ぼけ顔でこう言うんですよ」
そこで私はコホンとひとつ咳払いをして、眠そうな顔をして出来うる限りの低い声を出す。
「――おう、嬢ちゃんか。ここ気持ちいいぞ。はは、どうだ?一緒に寝るか?」
「あはは!すっごく似てる!レベッカってモノマネ上手ね!」
「もう!笑い過ぎですってば!」
どうやらツボに入ったらしい。珍しく大笑いしているエレノアさんに、ギルド内の冒険者たちの注目が集まるのが分かる。
夕方という時間帯で人が少ないこともあって、ちょっと目立ってしまったかな。
だが、多数の視線を受けていても私の怒りはまだ収まらない。
「だいたい仕事中に居眠りしておいて、起こされても反省どころか 『一緒に寝るか?』 ってアホですか!?」
私は受付カウンターを両手でバンバンと叩いた。
「誰が一緒に寝ますか!あんなマグロ男と!!」
言った途端にエレノアさんが一瞬驚き、あわわと慌て始める。あら可愛い。
「レ、レベッカ、他の人に誤解されるわよ。言葉には気を付けなさい」
「へ?」
エレノアさんに注意され、私は辺りを見渡す。
クスクス笑っている人、仲間たちとひそひそ話している人、何かいやらしい笑みを浮かべてる人。全員に共通するのは、私をちらちらと遠巻きに観ていることだった。
何だろう?両親が喧嘩したときに、母が父に向かってよく言う 『マグロ男』 が不味かったのかな?
……何となく、ぐうたらな男を指す言葉だと思ってたけど 『マグロ男』 って正確にはどんな意味だ?
ふと疑問に思った私は急速に怒りが冷めて、エレノアさんに視線を戻す。
「エレノアさん、 『マグロ男』 って詳しくはどんな男性なんですか?」
「え、えぇ!?……そ、それ説明するの?」
何故かエレノアさんがモジモジしながら 「あ~」 とか 「う~」 と言いよどんでいる。微妙に顔も赤い?
「そ、そういえば今日はコロコロカブト何匹捕まえたの?」
エレノアさんがややぎこちない笑顔で訊いてくる。むぅ、無理やり話題を変えたか。
まあエレノアさんの珍しいリアクション見れたからよし、としようかな。
私は虫かごをカウンターに乗せた。中では捕まえたコロコロカブトが 「まだまだいけるぜ!」 とばかりに元気に動き回っている。擬態が上手いうえに動き素早いって、この虫くん何なの?モンスターなの?
でもまあ、虫くんの運動量を私の上司のマグロくんも見習ってくれないかな。無理か。
「……1匹だけでした」
そんなことを考えながら私は報告する。
「そう……目標まであと4匹ね……分かってはいたけど、今回のクエストは厳しいわね」
エレノアさんがやや難しい顔をするが
「でもまだリミットまで2日あるわ。レベッカなら大丈夫よ。頑張って」
明るい声と笑顔で私を励ます。 まだまだいけるぜ! 私は心の中でグッと握りこぶしを固めた。
クエストは主に 『受注期間』 『遂行期間』 『報告期間』 の三つで構成されている。
まず受注期間。この期間は依頼人の代行であるギルドと、依頼を遂行する冒険者とでクエスト契約を結ぶ期間だ。この期間は例外無く、1ヶ月と定められている。
この期間中に契約がなされない場合、遂行期間をスキップして報告期間に移行する。
次に遂行期間。これは冒険者がクエストを遂行し成功、または失敗した後、ギルドに報告してクエスト契約を完了するまでの期間だ。私も詳しく知らないが、クエスト難易度や開始場所によって期間が決められるらしい。
期間中に冒険者から報告が無い場合は失敗扱いとなる。ただし、受注自体はされているので、『人気薄クエスト』扱いにはならない。
最後に報告期間。この期間が私たち 『人気薄クエスト内部処理班』 の活動期間になる。
冒険者から報告を受けたギルドは、成功、失敗に係わらずクエストの詳細な終始レポートと、内容によっては入手した依頼品を依頼人に渡さなければならない。
この期間は2週間と決められている。
依頼人と連絡が取れない場合さらに2週間延長されるが、基本的にこの期間も受注期間と同じく、例外は無い。
つまり私たち 『人気薄クエスト内部処理班』 が一つのクエスト処理に費やすことができる時間は2週間。
だが実際にフィールドワーク出来る時間は、レポート作成や依頼人への報告も考慮してだいたい1週間と5日だ。
正直これはかなりキツイ。
クエストの内容次第だが、ある程度時間に融通が利き、ギルドに報告するだけの冒険者に対して、私たちは2週間という時間で依頼を遂行し、レポートを作成、その後依頼人に報告までしなければいけないのだ。
しかも処理するクエストは冒険者たちが面倒で避け続けた結果、私たちに流れてきたクセの強いクエスト揃い。最悪なことに、それが稀に2つ、3つ重なる場合まであるのだ。
以前に1度経験したが……この時ばかりはギルドマスターに頼み込み、エレノアさんをはじめ他の部署の方々に手伝ってもらってなんとか完了することができた。
報告に伺った依頼人のお宅で、疲れ果てた私の顔を見た依頼人が、迷い無く聖水をぶっかけてきたことは悲しい思い出だ。亡者だと思ったんだろうね。ひどい話だね。
「あと2日で4匹か……」
私は腕組みして状況を整理する。 「まだいけるぜ!」 と心で思っても現実的に考えると厳しい状況と言わざるをえないだろう。むぅ、何か方法は無いか?
「あ!」
エレノアさんが両手を合わせて眼を輝かせている。お?ひょっとして何か名案が?……と思ったがどうやら違ったらしい。
「おかえりなさい。ローレライさん」
「おう、エレノア。受付と嬢ちゃんの相手お疲れさん」
……はい出ましたー。
私の背後からエレノアさんに声をかけた人物は振り返らなくても分かる。
ローレライさんだ。
世界観やルールの説明って難しいですね。