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第3話 コロコロカブトは虫マニアにすらあまり人気無い

 



「――――エレノアさんも知ってると思いますけど、今日はアルトルの森にコロコロカブトを捕まえに行ったんですよ」


 私はカウンターに顎を乗せた姿勢のまま、エレノアさんに今日の出来事を話し始めた。

 エレノアさんは、いつもの優しい微笑みを浮かべて話を聞いてくれている。天使や。


「目的のポイントに着いたら、珍しくローレライさんもやる気になったみたいで率先して木に登って行ったんです」


「あら、それは本当に珍しいわ」


 少し驚いた表情を覗かせたエレノアさんに「でしょ?」と私はちょっと笑った。


「私、ちょっと嬉しかったんですよ。それで私もはりきって隣の木に登ったんです」


「ふふ、レベッカはやっぱり頑張りやさんね」


 エレノアさんが優しい手つきで私の頭を撫でてくれる。私のくせのある髪が、エレノアさんの柔らかく細い指先で梳かれているような感覚が心地いい。

 以前エレノアさんが「レベッカの髪はちょっとくせっ毛だけど、栗色で繊細でとても綺麗ね」と褒めてくれてから私はこのくせっ毛が自慢になった。


 そんな夢心地な感覚に、私はまるで喉を撫でられた猫のようにごろにゃーんとしばらくカウンターに上半身を乗り出しゴロゴロと転がった。


「でも、それならあなたは何をそんなに怒っていたの?」


 エレノアさんの声でハッと現実に意識を戻す。


「そうそう!そこなんですよ!」





 **********************





「よし!ようやく!よーうやく!コロコロカブト1匹ゲット!」


 私は嬉々として、コロコロカブトを虫かごに入れた。


 コロコロカブトは特定の大樹に棲む昆虫だ。体の色彩を変化させ、木の幹はもちろん木の葉にも擬態する。覚悟してはいたが、想像以上の捕獲難易度だ。


 これがEランクのクエストで、報酬額1000コロ。冒険者ランクに影響するギルドポイント100ポイントしか貰えないのだから、そりゃあ私たちのところに回ってくるよね。


 そんなことを考えながら、ふとギルド支給の腕時計を見る。時刻は午後二時半。早くも三時間が経過していた。


「うわ、もうこんなに経ったんだ」


 おそらく今日の目標、5匹捕まえるのは難しいかもと思いつつ隣の木の様子を伺う。


「ローレライさーん。何匹捕まえましたー?」



 ……返事は無い。聞こえなかったかと思い少し声を張ってみる。


「ローレライさーん!?そっちはどうですかー!?」


 ……やはり返事は無い。何か事故でもあったのかと私は慌てて木を降りた。

 駆け足で隣の木の元に着くと、頭上にそびえる大木を見上げてローレライさんを探す。


 木の枝や葉に視界が遮られ、見通すのが難しい。しばらく眺めて「ひょっとして先に帰った?」と思い始めたとき、視界の隅に何かを捉えて私はそこに注目した。


「…………あ、あれって……」


 自分の独り言の声が震えているのが分かった。

 私が注目した先にあったもの。それは力なくぶら下がる人の手だったから。


 肘から先の手の部分が見えてるだけで、全体像は見えない。が、少しだけ見える衣服の袖部分にはっきりと見覚えがあった。

 黒地長袖にワンポイントの金色袖口ボタン。

 仕事や性格はぐうたらなのに、 「その服どこで買ってきたんですか?」 と言いたくなる黒コートで、格好だけはビシッと決める。それが彼のポリシーらしく、私は黒コート以外の服装の彼を知らない。


 出発前に「その格好で木に登るんですか?」と私がジト目で聞いたら「おう、シブイだろ?」とドヤ顔で言っていたローレライさんの顔が浮かんでくる。


 あそこにいるのは、間違いなくローレライさんだ!


「ローレライさん!今すぐ助けに行きますからね!!」

 

 私は素早く大樹に跳び付くと、無我夢中で木を登り始めた。


「ローレライさん……!」


 何故だろう、つい今朝方まで彼のやる気の無い仕事ぶりや適当さ加減にうんざりしていたのに、今までの彼の表情や言葉が次々と頭に浮かんでくる。

 でも怒りは感じない。今はただただ無事でいてほしい。


 無事で――


「おう、新人か。俺はローレライ。まあ、お前の先輩で一応上司になるな。よろしくな嬢ちゃん」



「おう、初仕事だな。何々?レギ野イチゴ20房納品か、頑張れよ。……?あ?俺は行かねぇよ?」



「おう、仕事にも慣れてきたみたいだな。期待してるぜ。んじゃあ後頼む。……あ?いや帰るんだよ。見て分かるだろ?」



「おう、エレノアが嬢ちゃんのこと気にかけてたぞ。はは、俺が嬢ちゃんに甘えすぎだって怒ってきた。……あ?いや、まあちょっとはそう思うけど?……うわ!急に剣抜くな!」



「おう、お疲れさん。休憩はしたのか?……はは、お前最近口悪いな、そんなんじゃ嫁の貰い手が……はいはい!悪かったって!剣しまえ!」



「おう、すまん。腹減っててな、嬢ちゃんのデザートのスウィートロール食べちまった。ははは――痛って!!お前、女がグーで殴るか普通!!……は?……いや、剣はもっと駄目だろ!!」



 ――あ、前言撤回。やっぱり怒り、感じます。もう別に無事じゃなくてもいいんじゃないかな。



 とは言え、放っておく訳にもいかないので私は登り続けた。

 目的の場所に着いた私はそこで横たわるローレライさんの姿と、予想外の光景を目の当たりにして思わず息を呑んだ。


「すごい……」


 そこは大樹の中腹に位置する所で、先程まで視界を遮ってきた枝葉がポッカリと開けた場所だった。枝葉が無いので外の景色も一望できる。

 晴れ渡る青空と眼下に広がる森、草原、来るときに通った街道や麦畑。やや遠くには防壁に囲まれたルーガスの街が見える。


 のみ込まれる様な圧倒的な景色だった。


 しばらく景色を眺めていた私だったが、ローレライさんのことを思い出し、慌てて彼のもとへ近寄る。

 彼の横たわる場所は枝木が密集していて、歩行は無理だが這いながら移動するには苦労しなかった。


「Zzzz]


「…………」


 うん、寝てるだけなんじゃないかと途中から予想はしてた。

 予想はしてたけど、ハンモックまで架けて大人の雑誌を顔に被せて寝てるのはさすがに予想できなかったなぁ。


 うふふ。どうしてくれようかなぁ。




 お気に入り登録ありがとうございます。

 すごく励みになります。


 9・1文章微修正。

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