最終話 人気薄クエスト救済班
「エレノアさ~ん、聞いてくださいよ~」
私は言いながら受付のカウンターに顎を乗せてエレノアさんを見上げた。
「あらあら、もう報告書の作成は終わったの?」
エレノアさんはいつもの笑顔で私を見つめる。
「報告書は終わったんですけど、ローレライさんが鬼なんですよ~。今日も無理やり街の外で訓練ですよ~……」
ウル村の一件から2週間が経った。あれから私は事後報告書の作成でかなり忙しかった。
それなのにローレライさんが 「野良モフ50頭の内部処理も終わったし、暇だから鍛えてやる」 とか言って、私を街の外に連れ出すのだ。
しかも結構ハードな訓練をさせる。まさしく鬼。人は変わるものだね。
「ふふふ、ローレライさんもやる気になって良かったじゃない」
「仕事に対するやる気じゃないですよアレ……」
私は今までの訓練を思い出してゲンナリする。ゴブリンの巣に放り込まれたときは本当に死ぬかと思った。
「そういえば、ギルドマスターが帰ってきたって聞いたんですけど……」
背筋が冷たくなる感覚を紛らわせるために話題を変える。
ギルドマスターは私たちが帰ってきた翌日に、本部から呼び出されて王都に出頭していた。……多分 『転移方陣』 の件だろう。
グランドマスターの許可はとったらしいが、本来それだけでは使用できないらしく、何かしらの処罰が下されるのではないかと噂されていた。
これでギルドマスターが懲戒免職とか降格とかになったら、私も寝覚めが悪い。
触れないようにしたかった話題だけど、そういう訳にもいかないだろう。
「ええ、お帰りになられたけど……」
「けど?」
エレノアさんは何やら複雑そうな表情を浮かべる。……え? まさか本当にクビ?
「システィーナさんに送ってもらったらしくて、寝込んでるわ」
「うわぁ……」
システィーナさんのことだ、多分全開の絨毯に乗せたんだろうなぁ……。あれはご老体にはキツイだろう。
「でも特に処罰とかは無かったらしいわよ。良かったわ」
「そうですか! 本当に良かった……」
ギルドマスターの容態は心配だが、とりあえず処罰は無いと分かって安心した。
あと気になるのは……
「ウル村のストーン・ガーディアンについての調査はどうなってますか?」
今回のイレギュラーは余りにも想定外過ぎる。本部の指示で調査クエストが配置され、冒険者による森の調査が行われていた。
「ええ、終わったわよ。森の奥で古代遺跡の一部が発見されたわ」
「それって……まだ他にガーディアンが居るかもってことですか!?」
私の言葉にエレノアさんは首を横に振った。
「いいえ、残っていたのはほんの一部だけ。例のガーディアンが収納されていたと思われる装置だけだったそうよ」
「そうですか……それにしても、何で今になって動き出したんでしょうか?」
私の疑問にエレノアさんも首を傾げた。そこまでは調査した冒険者も分からなかったようだ。
「何らかのきっかけで防衛システムのスイッチがオンになったんだろ。例えば……野良モフがぶつかったとかな」
私の背後から声がかかる。この声は――
「鬼畜マグロさん」
「何だそのあだ名は」
鬼畜マグロもといローレライさんが不審な眼差しで私を見つめていた。
「まあ、あの森はもう安全だろ。調査隊が森の隅々まで調べたらしいからな」
「そうですか……ならもうウル村は心配無いですね」
私の言葉にローレライさんは頷く。良かった……これで気になる事は万事解決だ。
……何か忘れている気もするけど……何だっけ? ……う~ん、システィーナさんに関係してたような……あ。
「システィーナさんにサイン貰うの忘れてました」
「はぁ……お前は相変わらずだな」
「ふふふ、でもそれがレベッカらしさなんですけどね」
そう言って2人は笑った。いや有名人のサインは欲しいものじゃないかな? 普通は。
「よし、それじゃ行くか」
ローレライさんが私に笑いかける。出たよ、特訓前の鬼畜笑顔。
「はいはい、どうせ断っても無理やり引っ張っていくんですから、諦めて行きますよ」
私は肩をすくめた。それに鍛え方はともかく、私はもっと強くなりたかった。
新しい目標の為に。
「エレノアさん、ローレライさん。聞いて欲しいことがあるんです」
「? どうしたの改まって?」
「あ?」
私が急に真面目な顔つきになったからだろうか、2人も何事かと私を見る。
よ~し言うぞ~!
「私、冒険者に復帰しようと思っているんです!」
そう、私は自分の実力をもう一度信じてみたくなった。
ギルドマスターには限界宣言されちゃったけど、他人に言われて自分の限界を決めたなんて、やっぱり私自身が納得できない。
両親にはまた心配をかけてしまうけれど……私はもっと強くなって、もっと沢山の人を助けたい。
かなり勝手な話だから2人とも怒るかもしれない。というか怒るだろう。
私は恐る恐る2人の反応を窺う。
「あら」
「そうか」
予想外の、うっす~いリアクション。
あれ? なにこの反応? 私、結構重大なこと言ったよ?
「え~っと……何かリアクション薄くないですか? もっとこう、無理だ!……とか、ふざけるな!……とか無いんですかね?」
私がそう言っても2人は別段驚いた様子も怒った様子も無い。何で?
「まあ、そのうち言い出すだろうと思っていたしなぁ……」
「そうですね。それに引退したと言っても、籍は冒険者のままだから実際に復帰可能ですしね」
「……」
そんなに私の考えてることって分かり易いのかなぁ……何か怖くなってきたよ。
ま、まあ怒られなかったから良かったかな?
「あ、でもしばらくは処理班の仕事続けたいんです。この前やりがい見つけたんで」
そう、アレックスさん一家にお礼を言われたときのあの気持ち。
困っている人を助けたという実感。これこそ私が冒険者になった最大の理由だったはずなのにいつの間にか忘れていた。
だから――
「私は人気薄クエストも進んで契約するSランク冒険者を目指します!!」
「……」
「……」
これは流石の2人も予想していなかったらしい。呆気にとられた表情で私を見つめている。ふふん。どやぁ。
「ははは! それはいいな! 実にいい!」
「レベッカ……あなた成長したのね……」
ローレライさんは満足げに笑って私の肩を叩いた。地味に痛い。
エレノアさんは何故かうっすら涙を浮かべている。何か焦る。
「だが、そうだな。今の実力じゃ不可能な夢だ。しばらくは俺が鍛えてやらんとな……じゃ、早速行くか」
ローレライさんが再び鬼畜な笑顔を見せる。う、ドンと来い。なるべく易しいので。
「行ってらっしゃい。2人とも気を付けてね」
「はいっ! 行ってきます!」
「おう、そんじゃな」
カウンター横に目をやると、鳥かごの中のアークが 「駆け上がれ!」 と鼓舞するかのように羽ばたいていた。
アークの羽ばたきとエレノアさんの笑顔を背に私たちはギルドの扉に向かう。
「あ、それとローレライさん、提案があるんですけど」
私は、この前思い付いた案をローレライさんに話してみることにした。
「あ? 何だ一体」
「前々から気に入って無かったんですけど、 『処理班』 の部署名を変更できないですかね? 例えば 『救済班』 とか」
そう、処理という言葉が事務的過ぎて嫌いだったんだよね。
救済ってのも大げさだけど……街の人たちが付けた名だし、処理よりかはだいぶマシだ。
「う~ん……まあ、俺も 『処理班』 って名前気に入って無いしな。分かった、帰ったらじいさんに交渉してみるか」
「やった! ありがとうございます!」
「はは、喜び過ぎだろ。まだ決まってないぞ」
笑いながらローレライさんは扉に手をかける。
「じゃ行くぞ、レベッカ」
「はいっ!」
私たちは意気揚々と外に飛び出した。
これにて「完」となります。
ありがたいことに、後半になってアクセス数やお気に入り登録数が大幅に増えて、続けた方がいいのでは? とかなり迷いました。
しかしこの後の展開を全く考えておらず、この先を書く自信がありません。
心配していた悪ノリも無く、ほぼ当初の構想通りにここまで書くことができたので、自信無く続けるよりは……と思いこの形になりました。
週刊少年ジャ〇プの読み切りや連載打ち切りのような形に見えますが、私の構想では間違い無くここで完結となります。
2人のこの先がどうなるのか……私自身も分かりません。
最後に、ここまで読んで下さった読者の皆様に心よりお礼を申し上げます。
次作は未定ですが、よろしければまた読んでいただけると嬉しいです。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!




