第20話 いい男?
「俺は少し寝る。着いたら起こしてくれ」
ウル村を飛び立ってすぐに、ローレライさんはそう言うと絨毯の上で横になった。
「振り落とされても知らないわよ?」
システィーナさんが顔だけ振り返り、悪戯っぽく微笑む。が、ローレライさんの返事は無く、規則正しい寝息が聞こえるだけだった。寝つき良過ぎ、この人。
「……彼、徹夜でもしてたの?」
不思議そうな顔でシスティーナさんが私に訊いてくる。
「あ……そう……かもしれません……」
私はそこで気が付いた。
ローレライさんは私が予定した、ロイグ草原の往復4日と野良モフ狩り5日、計9日間の日程をわずか3日で済ましていたことを。
睡眠時間も削っていたのかもしれない。
私はそのことを説明した。
私の説明を聞いて、システィーナさんは呆れた顔をする。
「そんな状態で相性最悪のAランクモンスター相手にするなんてね……相変わらず無茶を体現する男だわ……それとも……」
そう言ってシスティーナさんは顔だけでなく、全身を私に向けて振り返る。
絨毯の制御や操作に支障は無いのか? 少し不安だったが、紅い瞳に見つめられた私は黙っておくことにした。だって怖いもん。
「貴女への想いが無茶をさせたのかしらね?」
「え? え~……っと?」
言っている意味が分からず私は言葉に詰まった。そんな私の様子を見ても、システィーナさんは相変わらず悪戯っぽく微笑んでいる。
「彼がAランクに昇格する直前に冒険者を辞めた……って話はさっき聞いたわよね?」
「え? あ、はい」
急に話題を変えられ、私は焦る。
システィーナさんは魔術空間からクッキーとティーセットを取り出し、カップに紅茶を注いだ。
原理は分からないけど、お湯なども冷めること無く保管できるみたいだ。すごく便利。欲しい。
紅茶の入ったカップを私に差し出しながら、システィーナさんは言葉を続ける。
「……辞めた理由はね、冒険者になった目的を思い出したからなの」
「え? 目的を思い出した?」
私は首を傾げる。思い出したなら辞める必要無いんじゃ?
システィーナさんは、そんな私の表情を見て少し微笑むとティーカップに口をつける。カップに付いた薄いルージュがやっぱり大人の女性だと思わせた。
「昇格を目指してクエストを進めると、強大なモンスターの討伐ばかりになってしまうのよ。それも別に誰かが被害を被っている訳でもない、人里離れた場所に棲むモンスターのね」
「……」
これは知っていた。
ドラゴン等に代表される強大なモンスターは討伐の難しさ、個体数の少なさもあって、ドロップ素材は珍品や貴重品として重宝される。
主に大商人や王侯貴族などの富裕層が、素材欲しさにギルドへ依頼するケースが多い。もちろん成功した場合の報酬やギルドポイントはかなり高い。
「彼は昇格を目指して、そんなクエストを成功させていく事に疑問を抱いていたの。自分はこんな事の為に冒険者になったんじゃない、困っている人を助けたいから冒険者になったんだ。って」
私と同じ理由……ローレライさんが……?
「あとは知っての通りよ。私に相談もせずに、Aランク昇格直前に冒険者を辞めちゃったわ。
……馬鹿よね、別にどのランカーだろうとEランクの納品クエスト受注できるのに……上を目指す私に気を遣って……」
システィーナさんはそう言って顔を伏せた。
華奢な肩が小さく震えている。……泣いてる?
かける言葉が見つからず、私はせめて震える肩に手を置こうとする。と、突然システィーナさんは顔を上げ――
「なんてね。全部私の想像なんだけど」
「はい!?」
システィーナさんはそう言って笑った。震えていたのは笑いを堪えていたからだね……この人やっぱりクセモノだ。
「貴女、騙されやすいのね。気を付けなさい? 世間は 『優しい正直者』 を尊んでくれるほど綺麗には出来ていないわ」
「うぅ、気を付けます……」
以前にエレノアさんにも似たような事を言われた。私、そんなに騙されやすいのかな?
少し落ち込む私にシスティーナさんはクスッと笑った。
「まあ、『優しい嘘つき』 になられても困るけどね」
「え?」
システィーナさんの視線の先には熟睡するローレライさん。……どういう意味だろう。
この人の言葉は、抽象的なのに妙に重みがあって反応に困る。
「あの……」
「ルーガスが見えてきたわね」
私の言葉を遮って、システィーナさんが前を向いた。
確かに遠くに慣れ親しんだルーガスが見える。システィーナさんは前を向いたまま何も言わない。
これ以上何か訊ける雰囲気じゃないね。
私も黙って紅茶を飲み、徐々に近付くルーガスの街を見つめた。
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ルーガスに入る門の前で私とローレライさんは絨毯を降りた。
システィーナさんは絨毯に乗ったまま降りる気配は無い。
「ギルドに報告しないのか?」
「貴方たちと一緒だと周囲の眼が色々面倒でしょ? 王都に帰って報告するわ。こっちの支部には貴方たちが報告よろしくね」
どうやら私たちの素性を考慮してくれているようだ。やっぱり、何だかんだで優しい人だよねシスティーナさん。
「じゃあ、ここでお別れだな。今回は助かったぜ。ありがとうな」
「システィーナさん、ありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。
システィーナさんは笑って、何故か私を手招きする。……何だろう?
いそいそとシスティーナさんに近寄ると、システィーナさんは私の耳元に顔を近づけて――
「彼、いい男よ。今の内にちゃんと捉まえておきなさい」
「へ?」
そう囁くと絨毯は高度を上げていく。
「それじゃあね。ローレライ、レベッカ。また会いましょう」
その言葉が終わると同時に、絨毯は今までよりも凄まじい速さで発進したらしく、風圧だけを残して掻き消えたように見えなくなった。
……実は今まで速度抑えてたんだね……。姐さん、洒落になってないです。
「……バケモンだなあいつは」
ローレライさんがポツリと呟いた。激しく同意。
「さて、そんじゃ帰るか?」
ローレライさんが笑顔を見せる。
「はいっ!」
私はローレライさんの横に並んで歩き始めた。
その後、ギルドの皆に心配され、怒られ、エレノアさんには泣きながら抱きつかれた。
皆に心配かけちゃったなぁ……しばらく静かにしとこう。
……やっぱり無理かな。




