第2話 イヴァルド王国には変人が多い
ギルドに初出勤した私に言い渡された配属部署は
『人気薄クエスト内部処理班』
という聞き慣れない、が、何やらいやな予感しかしない部署だった。というか部署名でどんな仕事なのかだいたい想像できるよね、これ。
ギルドマスターから説明を受けた私は、受付係じゃないことに文句を言ったのだが――
「じゃから経験を積んで、早くエレノアのような看板受付嬢になるんじゃぞ!ニコッ」
――と最高の笑顔で返された。這い上がれってことですね。
『人気薄クエスト』
これはもう読んで字の如く。人気が薄いクエストのことだ。
もっと分かり易く言えば、クエスト受注期間内に誰からも契約されずに期限を過ぎてしまったクエストのこと。
主にEランクやDランクといった低ランクに並ぶことが多い、割りに合わない『納品クエスト』に多い傾向がある。
E,Dランクの駆け出し冒険者たちは――
「え、これ受けんの?」
「やめとけやめとけ、時間と労力に見合わねーよ」
「もっと楽にギルドポイントかお金稼げるやつにしよーぜ」
――と、敬遠する。彼らも駆け出しながら冒険者なんだから、当たり前といえば当たり前の反応だ。
実際、私もそうだったし。
C,Bランクの中級冒険者たちは――
「え、何で今さら低ランククエ?」
「んー……まあ、こんなアイテムなら必要無いし、いつの間にか道具袋に貯まってたりするかもな」
「まあ貯まってたらやる。ってことで、はい今日は殺人猿討伐行こうか。よろ~」
――と、他のクエストのついでにされる。ちなみにこんな会話がパーティ内でされた場合、仮に目的のアイテムが貯まってもこのクエストを契約しに来ることは、ほぼ間違いなく無いらしい。
気乗りのしない誘いを受けたときの返答 「行けたら行く」 に近いかもね。
歴戦の強者揃い、Aランクの上級冒険者たちは――
「今日のクエストは!赤龍討伐だぁ!」
「うおおおおお!燃えてきたぜぇ!」
「援護射撃はアタイの弓にまかせな!ヤツが飛んでようが撃ち落してやるよ!」
「フッ、そんなに熱くなるなよ。俺様の究極魔法次元氷結結界でクールダウンしたらどうだ?」
「へっ!余計なお世話だぜ!皆!俺の背中、預けたぜ!!」
――と、クエスト契約前からノリノリだ。こんなノリの中で、もしも 「納品クエストが――」 なんていう空気の読めない仲間がいたら、それこそ次元氷結結界。『納品』という単語すら迂闊に口にしてはいけない。
頂点を極めたSランクの勇者級冒険者たちにいたっては――
「魔王殺ス。魔王殺ス。邪魔スルヤツラ皆殺ス。世界ハ平和。オレ自由」
――と、もう魔王退治で頭がいっぱい。そもそも滅多にギルドに来ない。勇者は勝手に他人の家のタンスやら壷やらの中身を強奪する自由人だからね。仕方無いね。
長くなっちゃったけど要するに、どのランクの冒険者からも需要が無いのだ。もちろん納品クエスト全てに当てはまる訳では無く、あくまで『かかる時間と労力が、報酬に見合わない納品クエスト』に限られる。
こんなクエストが出ないようにギルドも努力しているんだけど、複数ある商人ギルドとの関係もあって難しいんだとか。確かに商人さんの立場からしたら、お客さんが 「買うより依頼したほうが安い」 ということになったら商売あがったりだもんね。
これは私たちのギルドにも当てはまる。お客さん、つまり依頼主がクエストを依頼する依頼金の提示額が安い場合には、依頼をお断りするしか無い。でもギルド側の要求する依頼金が高くなれば 「じゃあ店で買うからいらね」 というふうに依頼主は帰ってしまう。
この冒険者ギルドと商人ギルド、お互いの損益を保つギリギリのラインで『人気薄クエスト』の最低限必要な依頼金額の設定が行われたらしいんだけど、やっぱりクエスト受注率は軒並み低いみたい。
じゃあ『人気薄』のせいで、たったの1人にも契約される事無く『受注期限切れ』になってしまったクエストはどうなるのか?
3年前まではギルド憲章に則って、依頼金の8割を依頼人に返還していたらしいんだけど、
「最初から期限切れを狙い故意に目立たないようにクエストを配置して、依頼金の2割をかすめとる作戦なんじゃないか?汚い、さすがギルド。汚い」
という依頼人からの疑いの声が次第に囁かれるようになってしまったんだとか。
それでギルドの誠実性を疑われるこの問題を由々しき事態、とみた各都市のギルドマスターたちが一同に会して協議したらしい。
「実際、この問題はどうなのかの?」
「ワシの支部ではそんな不正行為しませんとも。ええ、しませんともワシの支部では」
「でもあなたの支部は依頼金返還率がトップですからねぇ」
「な、ななな、何言ってるんだねチミはぁ!どういう意味かねその発言はぁ!」
「どうもこうも……というか盛大に挙動不審ですねぇ。クスクス」
「ちょっとそこの2人、落ち着きなさい。今すぐ深呼吸なさい。はい、ヒッ、ヒッ、フゥー。どやぁ……」
「ゆ、許せん。これは抗議する!断固抗議する!」
「エレノアちゃんを表紙にした会報誌でも作って配れば解決するんじゃなかろうかの? ふぉっふぉっふぉっ」
「それは妙案ですな。さすがグランドマスター」
「いや、それならばもっと大きな市場を開拓できるのでは?」
「茶が美味ぇ」
協議の結果、最も無難な『クエスト失敗扱いとして依頼主に全額返還する』という案に落ち着いたらしいんだけど、1年と経たないうちに別の噂が囁かれるようになった。
「クエスト失敗率高くない?低ランクなクエストなのに……ギルド、冒険者層薄いよ。何やってんの」
ギルドの権威を失墜させかねないこの問題を由々しき事態、とみた各都市のギルドマスターたちは性懲りもなくまた一同に会して協議したらしい。
「実際、この問題はどうなのかの?」
「ワシの支部には優秀な冒険者が数多く拠点を置いてますからの。問題無しです。ええ、優秀ですからワシの支部は」
「でもあなたの支部はクエスト失敗率もトップじゃないですか」
「な、ななな、何言ってるんだねチミはぁ!失敗率『も』ってどういう意味じゃコラァ!」
「おや、まさかご自分の支部の成績をご存知無いとは……クスクス」
「相変わらずねそこの2人、落ち着きなさい。今すぐ瞑想なさい。はい、心を……無に……どやぁ……」
「もう我慢できん。これは戦争じゃ!支部の誇りを懸けた戦争じゃあ!」
「エレノアちゃんのファンクラブを作って会員にでもすれば解決するんじゃなかろうかの? ふぉっふぉっふぉっ」
「いやはや相変わらず素晴らしいお考えですな。さすがグランドマスター」
「いや、それならば以前よりももっと大きな市場を開拓できるのでは?」
「茶が美味ぇ」
協議の結果、『人気薄で期限が切れたクエストのギルド職員による内部処理』という案に落ち着いた。
こうした経緯で設立されたのが『人気薄クエスト内部処理班』
そう、私が配属された部署だった。
どうしてこうなった。
作中の冒険者たちやギルドマスターたちの会話はレベッカの想像によるものですが、実際の人物像は概ねこの通りです。
イヤな世界ですね。