第19話 彼らにとってはご褒美です
システィーナさんの絨毯は木の上の高さまで高度を上昇させると、凄まじい速さで飛行する。そして1分経たない間にウル村に到着してしまった。
「はい、ウル村に到着」
システィーナさんは平然と言い放ち、絨毯を村の中央の広場に着陸させた。
「…………」
「システィーナ……危ないからもっとゆっくりって、さっき言ったよね?」
「お前なぁ、いくら風魔術で周囲に力場形成してるからって無茶すんな」
私はあまりの速さに言葉を失い、アレックスさんとローレライさんはそれぞれ文句を垂れる。
システィーナさんは、私たちの反応には目もくれずに絨毯から降りた。
全員が絨毯から降りると、絨毯はシスティーナさんの目前に現れた光の中に吸い込まれて消えた。あれが便利な魔術の空間か。いいなぁ。
「お父さん!! お姉ちゃんも!!」
「あなた! レベッカさんもご無事で!」
村の入口付近に集まった村人の集団からココルとエリーさんが飛び出してきた。村人の周囲には武器を持った冒険者らしき人も数人見える。
「これは……?」
何があったのか分からない私はアレックスさんに訊いてみる。
アレックスさんはココルを抱きかかえながら、嬉しそうに笑った。
「救援信号を受けて集まってくれた有志たちですよ」
「私が村人の避難を護衛するように頼んだのよ。まだ出発してなかったみたいね。結果的には良かったわ」
システィーナさんはそう言うと集団に向かって歩いて行った。
「なるほどな、敵がAランクモンスターじゃ中途半端な戦力増やしても被害が増えるだけだしな、いい判断だ」
「でもそれって相手に失礼じゃないですかね?」
私は心配になった。まだ知り合ったばかりだが、システィーナさんの性格からして――
「貴方たちは邪魔だから、この村の非難を手伝ってなさい。邪魔だから」
――とか言っていそうで怖い。強調するために、あえて 「邪魔だから」 を2回言っていそうで怖い。
もし私がそんなこと言われたら盛大にヘコむだろう。
「お姉ちゃんボロボロ……大丈夫……?」
アレックスさんに抱かれたまま、ココルが心配そうに私を見ていた。
そう言われて、ふと自分の姿を見てみると……肩当ては吹き飛び、腕や脚は土まみれ。新品だった盾は表面の革が破れ、剥き出しになった木製部分も割れていた。
剣も柄頭はひしゃげ、鍔も変形している。……まあ、これは私たちの所業だけど。
納刀しているから傍目には分からないけど、森で確認したら刀身も大量に刃こぼれしていて、よく折れなかったもんだと感心した。
なるほど、ボロボロだね。
「あはは……ちょっと頑張ったからね。怪我は無いから平気だよ。ありがとうね」
私はそう言ってココルの頭を撫でた。
「御顔にも埃が……大変だったのですね」
エリーさんがハンカチを取り出し私の顔を拭き始める。顔も汚れていたみたいだ。
嬉しいけど、恥ずかしい。
「わわ! エリーさん、自分で拭きますって。子供みたいじゃないですか」
逃れようとするが、エリーさんは両手で私の顔を優しく掴む。……天使か。
大人しくエリーさんのされるがままに顔を拭いて貰っていると、横でローレライさんが小さく笑っているのが分かった。にゃろう。
「お姉ちゃん、僕の言ってたこと本当だったでしょ?」
ようやく解放された私の前に、ココルがトコトコと歩いてきた。やっぱり気になっていたらしい。
「うん、本当だった。もう 『岩の化け物』 も倒したから安全だよ」
「本当!? お姉ちゃんありがとう! あとおじさんも!」
「おいおい、俺はオマケかよ」
ローレライさんが頭を掻いて苦笑し、私とココル、アレックスさんとエリーさんは互いの顔を見合わせて皆で笑った
なんか嬉しいなぁ……。冒険者だった頃、クエスト成功時にも感じたことの無い感情に、私は満たされた気分になる。
「さて、挨拶は済んだ? 次は貴方たち2人をルーガスまで送るわ。絨毯に乗って」
いつの間にか戻ってきたシスティーナさんが、魔術の空間から絨毯を取り出す。
入口付近の冒険者の人たちが 「姐さん! あざっす!」 と叫んでるように聴こえたが、何があったんだろう?
いや、きっと幻聴だね。気にしたら負けだ。
「さっきみたいに急発進するなよ?」
「分かったわよ、煩いわね」
ローレライさんとシスティーナさんがギャーギャー言いながら絨毯に乗った。
見ようによっては痴話喧嘩にも見える2人のやり取りを聞きながら、私も絨毯に乗る。絨毯はすぐに上昇し始めた。
「お姉ちゃん、おじさん、赤いお姉ちゃん。またねー!」
「ありがとうございましたー!」
「3人とも、またいつでも遊びにきてねー!」
アレックスさん一家がそれぞれ手を振っている。私もブンブンと大きく手を振り返す
「ありがとー! 皆さんお元気でー!」
「またなー!」
「赤いお姉ちゃんって……」
村の人たちもこちらを見上げて手を振ってくれている。かなりの高度になったが、感謝の言葉がここまで聴こえてきた。
「姐さんマジパネェっす!」 とか聴こえた気がするが、きっと幻聴だろう。
「じゃ、行くわよ」
システィーナさんがそう言ったと同時に、絨毯は高速で発進し、ウル村はあっという間に見えなくなった。
姐さんマジパネェっす。




