第15話 やるときはやるんです
ストーン・ガーディアンとの距離がかなり離れたところで、ローレライさんは私を降ろしてくれた。
木々がまばらに生えている為視界は悪いが、かなり遠くにストーン・ガーディアンの姿が確認できる。向こうは私たちを見失ったようだ。
「ビックリしたぞ。救援信号を受信したから何事かと思えば、こんな森ん中でストーン・ゴーレムと鉢合わせてるとはな。はは、嬢ちゃん引きが強いなぁ」
「ローレライさん……私……」
そこまで言うと私の視界がぼやける。
涙だ。
私、泣いてしまっている。
「お、おいおい、そんなに怖かったのか?」
私の涙に気付いたローレライさんが動揺している。
違う。怖かったのも事実だけど、この涙はそんなんじゃなくて……
「初めての 『お姫様抱っこ』 は好きな人にって決めてたのに……」
「……はぁ?」
ローレライさんが呆れたような声を出す。いや私も 「少女かよ」 と言いたくなりますよ? でも夢だったんですよ。うぅ。
「お前なぁ、助けてもらってそりゃ無いだろ」
「うう、それは確かに……ありがとうございます……」
私はうなだれる。ローレライさんは笑って頭を撫でてきた。子供扱いは嫌だったけど、命を助けてもらった手前何も言えない。
何か悔しい。
「というか、何でローレライさんがここに居るんですか? 仕事はどうしたんですか?」
私は最初に浮かんだ疑問をぶつけた。
予定通りなら、ローレライさんは今頃ロイグ草原で野良モフを狩っているはずだ。まさか……
「さぼったんですか?」
自然、強くなった語気にローレライさんが心外だという顔をする。
「酷いな嬢ちゃん、まるで俺がいつもさぼっているみたいじゃないか。仕事ならもう終わらせたぞ。ギルドへの報告はまだだけどな」
みたいじゃなくて、事実さぼっているんでしょ。……え? 今何て?
「仕事は終わらせた……?」
「おう、帰る途中でウル村に寄って様子を見ようとしたら信号を受信したんだ」
「いやいやいやいや、まだ3日しか経ってませんよ!? 計算合わないじゃないですか!?」
「あ? 別に急いでやればこんなもんだろ。元々嬢ちゃんが余裕のある予定の組み方してたしな」
ローレライさんはサラリと言ってのけた。
嘘を言ってる感じじゃない。というか別に嘘付く必要も無い。
この人は平然と 「おう、さぼった。ははは」 と言う人だ。過去の実体験だ。
……本当に終わらせた? あのローレライさんが? 何でそんなに急いで……
そこで私はハッとした。
「ひょっとして……こっちが気になってたんですか?」
「お? おぅ、まあ、そうだなそんなとこだ」
ローレライさんは視線を逸らして頭を掻く。図星のようだ。
私は嬉しさで胸がいっぱいになる。
「……ローレライさん、私……嬉しいです」
「お、おぅ」
「ローレライさんがそんなに真面目に働いてくれるなんて……」
「そっちかよ!」
何故かローレライさんが盛大につっこむ。何で?
私が不思議に思っていると、ローレライさんはひとつ溜め息をついた。
「まあいい、とりあえず今はこの状況をどうするかだな」
「はい、チャンスですしこのまま逃げましょう」
私がそう言うと、ローレライさんは首を横に振った。え? どういうこと?
「あのデカブツはここで仕留める」
「い、いやいや無理ですって! 私も最初はいけるかもって思ったけど、急に強くなったんですよ!」
あれは今考えたら様子を見ていたのかもしれない。私の攻撃、回避のクセを観察し、その情報が十分な量になったら反撃に転進。
更に魔術による遠距離攻撃や速度強化で、機動力の優位性を失った私は完全に詰め手を封じられてしまった。
最後の攻撃は文字通り、手も足も出なかった。
「だからこそだ」
「え?」
見上げたローレライさんの表情は今までに見たことが無いほど真剣だった。
「アレは戦闘のデータを蓄積していって、確実に強くなっていく。破壊するなら早急に、だ。それと、個人的にも今すぐ破壊しておきたい」
そう言ってローレライさんはコートの内側に右手を入れる。
取り出したのは、黒く細長い棒のような物だった。一般的なダガーやナイフより少し長く、先端は鋭く尖っている。
さっきストーン・ガーディアンの眼に刺さったのはこれだったんだ。
その杭のような物を右手の指の間に3本挟んで、ローレライさんの表情がまた少し変わった。
……怒ってる?
「俺の大事な部下に手を出したことを後悔させてやる」
「ローレライさん……」
ローレライさんは私を見ると、表情を緩めて笑顔を見せる。
「なあに、勝算はある。俺を信じろ」
その言葉に私はコクリと頷いた。
今のローレライさんは、頼れる上司って感じですよ。カッコイイです。
「よし、じゃあ行くぞ。嬢ちゃん、援護はまかせろ」
「はい?」
私の聞き間違い?
「え~っと……私も闘うんですか? しかも援護はまかせろって……?」
私の言葉にローレライさんは 「当然だ」 という表情で頷く。
「魔生命系は俺の 『杭』 と相性がすこぶる悪いうえに、あのデカブツは格上だしな。俺一人じゃ無理だ。見ての通り俺は中距離攻撃型だし、援護に回った方が闘い易い」
「……」
せっかく頼れる上司でカッコ良かったのに台無しです。
まあ、ローレライさんらしいと言えばらしいかな。
それに私自身も怖さより悔しさの方が強い。今度はギタンギタンにしてやる!
「分かりました。援護頼りにしてますよ?」
ずっと持っていた剣を握りなおして、気を引き締める。
もう、さっきみたいな無様なやられ方はしない!
「おう、任せろ」
ローレライさんと顔を見合わせ、私たち2人はストーン・ガーディアンに向かって走り出した。




