第14話 Aランクモンスターの実力
振り下ろされるストーン・ガーディアンの右腕をしゃがんで避ける。
頭上で空気が渦巻く感覚。
それとほぼ同時に敵の懐めがけてダッシュしガーディアンの右脚に剣を突く。
相変わらずの硬質な音と手応え。だけど、剣は浅くではあるが外殻に刺さっていた。
素早く剣を引き抜いてバックステップ、左腕の振り払いをギリギリでかわす。
前髪が少しかすった。あっぶな。
私はさらにバックステップを2度繰り返し、ストーン・ガーディアンとの距離をとった。
ちらっと腕時計を見る。
アレックスさんが離脱してから20分が経過した。
来るときは3時間近く森をうろついていたが、最短距離で走ったならもう村には着いただろう。……多分。
今のところ順調だ。まともに喰らった攻撃は一撃も無い。
体力もまだ大丈夫だ。やはりストーン・ガーディアンの動きが遅く、攻撃も単調なのが幸いしている。
後はアレックスさんが戻ってくるのを待って、一旦撤退すればとりあえずは大丈夫だろう。
そこまで頭で理解しているが、やられっぱなしが何か嫌なので攻撃も織り交ぜている。
収穫はあった。斬撃はほぼ弾かれてしまうが、刺突ならば浅いが効果はある。
コアの位置が分かればそこに突きを集中して破壊できるかもしれない。
「Aランクとはいっても、時間稼ぎ程度なら何とかなるもんなんだね」
つい気が緩んで独り言が、いけない油断するな私。
そう考えた途端、ストーン・ガーディアンの動きが急に止まる。……何?
小刻みに岩の体を震わせ、紅い眼を更に強く発光させたストーン・ガーディアンの周囲に見慣れない文字のようなものが浮かび上がる。
あれは……術式展開!? まさか魔術を使えるの!?
予想外の行動に私は焦る。しかし私の焦りを嘲笑うように文字列が消え、ストーン・ガーディアンの足元から大量の石が飛び出し、空中に漂う。
来るッ――!!
私が盾を身構えた瞬間、石が矢の如く降り注いだ。
「くっ!!」
盾が相当数の石の矢を防いでくれたが、何発か足に当たった。骨は折れていないようだが、打撲特有の鈍い痛みが走る。
まさか、これを狙って?
ストーン・ガーディアンがこちらに迫る。まずい。この足じゃ距離を保てない!
私はポーチから応急薬を取り出し、素早く患部にかける。少しだけ痛みが和らいだ。
敵の左腕の振り払いを何とか回避したが、続く右腕を回避しきれずに、私は左肩に衝撃を受けて、軽く飛ばされた。
「つうっ!!」
視界が少し回り、私は何とか地面に踏ん張る。
左肩の肩当は今の一撃で何処かへ吹き飛んだ。かすっただけでこの威力。直撃だけは免れたけど、左肩にもズキズキと痛みが走る。
間合いをとろうと、だいぶ痛みの治まった足でバックステップする――
「なっ!?」
ガーディアンがそれを阻止するかのように、同じタイミングで距離を詰め、左腕を振り上げた。
咄嗟に空中で身を捻り、剣の腹で右側面をガード。直後、凄まじい衝撃が私を襲い、天地が2、3度逆転する。
吹き飛ばされてる。
時間にしてみたらほぼ1秒に満たないだろう間に、私は何故か冷静に自分の状況を理解した。
一瞬のような数秒のような時間は背中の衝撃と同時に終わる。
「……っは!!」
内臓まで伝わる衝撃が肺にも達し、呼吸が出来なくなる。
動きたくない、と悲鳴をあげる身体を無理やり動かし、私はぶつかった木に寄りかかるようにして何とか立ち上がった。
少し離れた位置に、左腕を振り上げた体勢のままのストーン・ガーディアンが見える。ここまで吹き飛んだんだ私……。
右腕に多少の痺れはあるけど、痛みはそれほど無い。咄嗟にガードに使った剣も折れてはいなかった。おじさんの店の品だけある。
迷わずにポーチから念のために持ってきた高級回復薬を取り出し、一息に飲む。
さすが高級品。効果は抜群で身体中の痛みがみるみる治まる。
痛みが無くなり、クリアになった頭で私は考えた。
さっきまでと行動のパターンが違う?
魔術を使ったのは予想外だった。
冷静に考えたらストーン・ガーディアンは、現在より遥かに高度な魔術技法を誇っていた古代文明の遺産なのだ。これは気を付けておくべきだったね。
しかし、さらに問題なのは、私の動きを読んだかのように攻撃してきたことだ。
まさか……私の動きを学習している?
私は戦慄した。
もしそうならば、長期戦は圧倒的にこちらが不利だ。
攻撃力、防御力、体力。
3つが劣っているこの状況で魔術という遠距離攻撃手段を加えられた。
更に唯一勝っていた機動力が通じなくなってしまうと、時間稼ぎどころか自分の命を護れるかどうかも怪しい。
「……やっぱりAランクは強いなぁ」
私はさっき呟いた独り言を完全に撤回し、苦笑いする。
ウル村の様子が気になるけど、予想外に危険な状況だ。少し早いけど、これは本当に逃げたほうが良さそう。
そう撤退を考え始めたときに、再びストーン・ガーディアンが術式展開を始めた。私は即座に木の後ろに身を隠し様子を窺う。
だが、術式の文字列が消えても何も起きない。
ストーン・ガーディアンの周囲が何か歪んで見えるだけだ。
……いや、まさかあれって……!
私の予感は的中していたようだ。ストーン・ガーディアンが巨体を揺らし、こちらに向かって走り出す。その速度は今までの比では無い。
「速度上昇!?」
私はすぐに真横に走った。
直後にストーン・ガーディアンの右腕が私が隠れていた木を軽々となぎ倒す。
何とか体勢を整え、ガーディアンに向き直る。
またしても術式展開を始めるガーディアンの姿を捉えたが、止める間も無く術が発動し、足元が激しく揺れて私は再び体勢を崩す。その間にストーン・ガーディアンが迫る。
まずい!
私は剣を地面に刺し、踏ん張る。
揺れが治まり体勢を立て直そうとするが、私の眼には大きく右腕を振りかぶったガーディアンの姿が、何故かゆっくりと映っていた。
これは……私、死んだかも……はは、逃げることもできないや。
何故か親しい人たちの顔が思い浮かぶ。
これが走馬灯ってやつかな……皆、ごめん。
私は 『死』 を覚悟した。
そのとき――――
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
風切り音と同時に、何かが飛んできてガーディアンの眼に刺さる。
ガーディアンは顔を両手で押さえ、刺さった異物を取ろうともがいた。
「きゃっ!?」
呆然とする私の肩を誰かに掴まれ、両足が宙に浮いた。
急に空中に投げ出されたような浮遊感、そしてストーン・ガーディアンとの距離が離れていく。
それが誰かに抱きかかえられて、移動している。と分かるのに少し時間がかかった。
「え……?」
私を抱きかかえる人物の顔を見た私は、目を疑った。何で……何でここに?
「ローレライさん……?」
「おう、嬢ちゃん。はは、今回は相当ヘビィだな?」
そう言って私を抱きかかえた人物……ローレライさんはいつもと同じ笑顔を見せた。




