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第11話 遭遇

 


 正面からの体当たりを軽く左にステップして回避、すれ違いざまに剣を斬り上げる。


「キイィィィィ!!」


 長い体毛と鮮血が舞い、野良モフが断末魔の叫びをあげ地面に崩れ落ちる。

 光に包まれるそれを視界の隅で確認しながら、予想通りのもう1頭の体当たりを、左手のバックラーでカウンター気味に殴りつける。

 派手に吹き飛び、木に叩きつけられた野良モフに向かって一気に距離を詰め、そのままの勢いで突きを放つ。

 剣が肉を貫く抵抗感、しかしすぐに硬い衝撃が伝わり、剣は止まった。


「ギィイ……」


 串刺しで木にはり付けられた野良モフはピクピクと痙攣していたが、やがて生命活動を停止し、こちらも淡い光に包まれ完全に消滅した。


「ふぅ」


 私は一息つくと、力を込めて木に刺さった剣を引き抜いた。辺りに残るのは野良モフのドロップアイテム 『モフの毛』 だけだ。

 いつも不思議に思うけど、『モンスター』 って何で死んだら消えちゃうんだろ? 

 この世界の生物じゃないから元の世界に送還されている、って説が一般的だけど何か釈然としない。

 元の世界って何処よ? 何で違う世界の生物がこの世界に生息してるの? 倒したモンスターの一部、もしくはレアなアイテムが残るのは何でなの? 野良モフの例だと、死体も血も消えるのに毛は残ってるし。


 疑問は尽きないが、考えても答えは出ないだろうな。

 そう思った私は、まじまじとローレライさんが選んでくれた剣を見る。


 しかし扱いやすいな、この剣。具体的には分からないけど……ローレライさんって結構凄い人なのかも。少なくとも武器チョイスだけは。


 そんな事を考えながら剣を鞘に納める。


 さて、アレックスさんの方はどうなったかな?

 戦闘中に距離が離れたアレックスさんを探していると、少し遠くに姿を見付け、駆け寄った。


「流石ですねレベッカさん。もう2頭片付けたんですか」


 野良モフが消える淡い光の前で剣を鞘に納めながら、アレックスさんが私に笑いかける。手助けは要らなかったようだ。


「いえ、アレックスさんの方こそ凄いです。現役でも十分通用しますよ」


 アレックスさんは 「いやいや」 と苦笑して頭を振る。

 いや、通用すると思う。私とほぼ同時に野良モフ2頭狩り終えてるし。本当に後遺症あるのかなこの人? 現役時代は相当強かったんだろうなぁ。







 調査開始から3日が経過した。


 1日目も2日目もこれといった発見は無く、私はエリーさんの美味しい食事を頂くことができた。……決して故意に調査を長引かせようとは思っていない。本当だ。


 そして今日が3日目。

 出発した私とアレックスさんは、村から歩いて5分ほどのウル村近郊の森の中にいた。


 私たちが2日間調査した例の 『岩の化け物』 をココルが目撃した森だ。

 アレックスさんに訊いたが、森に名前は無いらしい。滅多に村人が立ち入ることも無いんだとか。



「それにしても、今日はやけにモンスターと遭遇しますね」


 アレックスさんがやや難しい顔で森の奥を見る。


「確かに、昨日や一昨日に比べて多いですね」


 私も頷く。これは確かに妙だと思っていた。

 この2日間で私たちが遭遇したモンスターは、野良モフ3頭、森林狼2頭だけだった。


 それなのに今日は、野良モフ8頭、森林狼4頭、バッファモー1頭と激増している。しかもまだ森に入って3時間しか経っていない。


「もしかしたら、『岩の化け物』 の影響かもしれませんね」


「モンスターたちの縄張りを 『岩の化け物』 が荒らしていると?」


「はい、その可能性はあるでしょうね」


 アレックスさんの言葉から自分なりに予想する。

 森の奥で 『岩の化け物』 が森に棲むモンスターの縄張りを荒らし、縄張りを追い出されたモンスターは、森の入り口付近まで逃げて来たんじゃないか?

 それなら普段は森の奥に棲み、滅多に人前に姿を現さないバッファモーと遭遇したのも納得できる。


 バッファモーは、牛のような見た目のDランクモンスターだ。

 臆病だが凶暴という良く分からない性質で、非好戦的なのだが、一度敵と見なしたものには容赦の無い突進攻撃を仕掛けてくる。

 今回はアレックスさんが同行していたので苦戦はしなかったが、独りだったら間違い無く傷を負っていただろう。


 そんなモンスターが逃げ出す相手……やっぱりストーンタートル、もしくはそれ以上の強敵の可能性が高い。気を付けないと。


 そう思った私がグッと拳を握ったとき――


「きゅるるっ」


「…………あ」


「…………」


「…………」


「……あはは、何だかお腹空きましたね。お弁当にしましょうか」


「……はい」


 なんでお腹鳴るかな。しかもアレックスさんにフォローまでされたよ。恥ずかしい。


 私はおそらく真っ赤になっただろう顔をうつむかせて、アレックスさんに付いて行った。




 木々がまだらに生える場所まで歩いた私たちは、そのなかでも最も視界の開けた言わば 『森の広場』 でお弁当を食べることにした。


『広場』 の真ん中でお互いに背中合わせに座る。

 いや、顔を見たくないとかじゃないよ? 背中合わせで恋人的な甘いトークするとかでもないよ? 断じて違うよ? これはお互いの背中を合わせて死角を減らす立派な戦術なんだ。うん。

 そもそも相手は既婚者だからね。そんな浮ついた考えは一切無いです。


 今日のお弁当はサンドイッチだ。挟まれた具材は卵焼き、パリレタス、ベーコンとオーソドックスだが、すごく美味しそうに見える。

 と、いうか美味しいんだろう。何せエリーさんの作った料理だ。


「いただきます」

「いただきま~す」


 早速パクリと食べ始める。




 ……至福だ。


 何でこんなに美味しく作れるんだろう? 以前に私が作った 『特製レベッカサンド』 と見た目はほとんど変わらないんだけどなぁ。


「エリーさんって本当に料理がお上手ですよね。羨ましいです」


 サンドイッチを食べながら、背中越しにアレックスさんに話しかける。


「ええ、本当に。私には勿体ない位に良く出来た妻です」


「お、さり気にのろけてくれますね~。このこの」


 私は肘でアレックスさんの背中を軽く突く。アレックスさんは照れたようにハハハと笑った。やっぱりお似合いの夫婦だと思う。


「――ところで、この前から気になっていたんですが、レベッカさんの剣術は何と言う流派なんですか?」


 照れ隠しだろう、アレックスさんが話題を変える。

 流派……と言われてもなぁ。


「いえ、まあ……我流ですね」


「では戦い方を教えてくれた師もいないんですか?」


「はい」


 背中越しにアレックスさんが急に振り返った雰囲気が伝わる。驚いて私も振り返ると、何故か眼を輝かせたアレックスさんが私を見つめていて一瞬ドキリとした。


「すごい事ですよ! それで、その若さでCランクなんて!」


「そう……なんですか?」


 アレックスさんは珍しく興奮してコクコクと頷いた。どことなくココルに似ている動きに、親子なんだなぁと私は少し可笑しくなる。


「今からでも師を見つけて剣……いや、戦闘の基本を教わればAランクも夢じゃないですよ!」


「……あはは、師匠か~。仲間にBランクの人がいるんですけどね。何も教えてくれないですね。あはは」


 武器屋のおじさんと同じようなことを言われた私は少し戸惑い、自分でも良く分からないことを口走ってしまう。

「ローレライさんは関係無いでしょ」 と心の中で冷静な私がつっ込む。


 だが、私の一言で何故かアレックスさんは納得したという表情になる。


「もしかしてその剣と盾は、その仲間の人が選んでくれたんじゃないですか?」


「ええっ!? なな、何で分かるんですか!?」


 私は心底驚いて、思わず体ごとアレックスさんに向き直る。


「我流の弱点は、短所を補い、長所を活かす 『戦法の認識不足』 です。その点をその剣は見事にカバーしています。

 レベッカさんのスピードを活かすショートソードという選択、大きめの鍔は高速戦で不安定な突きの時の手元をガードし、同じく大きめの柄頭は高速で振られる剣のグリップ力を高める効果が期待できます」


 そこでアレックスさんは一旦言葉を切り、ニッコリと笑顔を見せる。


「ここまで考えてこの剣を選択できる人はそうそう居ません。若さや才能だけでは到達できない熟練の知識、といったところでしょうか」


「た、確かに扱いやすかったです……」


 私は頷く。何故扱いやすいか良く分からなかったけど、そういうことだったんだ……。

 というかアレックスさんも凄いね。本人である私よりも、私の戦闘スタイルの強み弱みを理解してる。


「盾に関しては……まあ勘ですね。今日までのレベッカさんの闘い方を見てて、盾の扱いに慣れていない気がしたんです」


「……それも正解です」


 私は人差し指で頬を掻く。


 確かに、盾は殴るだけにしか使用していない。何か防御って性に合わないんだよね。


「バッシュも立派な盾の使用方のひとつですよ。これからガードを学んでいけば、すぐに扱いに慣れるでしょう」


「う~ん、殴るのが性に合ってる気がしますけどね~……」


 私は苦笑いする。と、アレックスさんは何かに気付いたように 「そうか」 と呟いた。何?何かマズイこと言った?


「その剣の柄頭は、接近戦や乱戦時に殴打に使用する事も出来ると思います。すごいな、そこまで考えてたのか……」


「ぐ、偶然じゃないですかね? 普段は駄目な大人を絵に描いたような人なんですけど……」


 私は即座に否定した。だって本当に普段はダメダメだしね。


 けど最近は、まあ、何か頑張ってる感じがしなくも無いかな。ほんのちょっとね。……ツンデレじゃないよ?


 だが、アレックスさんは興味を持ったようだ。眼がキラキラしてるもん。子供みたいな顔しちゃってるもん。


「レベッカさん、よろしければその人のお名前を……っ!?」


「!?」


 私の背後の茂みがガサガサと音をたて、私とアレックスさんはほぼ同時に剣を取り身構える。


 少しの沈黙、再び茂みが揺れて姿を現したのは……


「何だ、野良モフか……」


 出てきたのは野良モフ3頭だった。勢い良くこちらに向かって跳びはねて来る。


「いや、何か様子が変です。気を付けてください!」


 アレックスさんが注意を促す。私は頷いて迎撃する準備をした。が――


「!?」


「え!?」


 野良モフたちは、私とアレックスさんを完全に素通りして反対側の茂みへと消えていった。


「一体、何が……」


 と私が言いかけたとき、ズシン……という音と同時に地面が軽く振動する。


「まさか……!」


 私は野良モフたちが出てきた茂みを睨む。


 地面の音と振動が徐々に大きくなる。


 全身に緊張が奔る。


 ややあって茂みを踏み潰し現れたのは……ストーンタートルでは無く、今まで見たことの無いまさしく 『岩の化け物』 だった。

 しかし私はその容貌を見て、あるモンスターの名前を連想してしまう。


「こいつは……まさか……いや、こんな森にいる訳が……!」


 アレックスさんが動揺する。

 

 まさか……まさか――――!


 私は震える手を押さえ、指にはめた 『冒険者の指輪』 を 『岩の化け物』 に向けてかざす。


 この指輪を対象モンスターに向けることで、ギルドのアーカイブに記録されたモンスターの情報ならいつでも閲覧できる。ギルド登録を済ませた冒険者に支給される品だ。


 指輪が受信した情報が私の頭の中に文字列として浮かび、最悪の予感が的中していることを知らせる。


 ……予想していなかった訳じゃない。

 でも、こんな森にいるはずが無い、と候補から外していたモンスター。






 岩の守護者ストーン・ガーディアン


 魔生命系

 

 危険度Aランク





 私の頭に浮かんだモンスターの情報。


 間違いない、コイツが…… 『岩の化け物』 の正体だ。



 不味くないかコレ……





 

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