第1話:旅の始まり。
狭い王国の中から外に出たことがなかった。
まだ薄暗い林の中を進んで行く。林を出た時、急に辺りがあかるくなった。思わず目を大きく見開いた。見渡す限りの草原。薄暗い山々が連なっている。反対側には果てしない海。一瞬、自分の悩みなど本当にちっぽけなものなんだと痛感させられた。地図を片手に新しい道を歩いて行く。やっと冒険が始まる…。
勢いで旅立ったのはよかったのだが、行く宛が全くなかった。決められたことをしない…やはりとてもいい気持ちだった。五時間ぐらい歩いてやっと、港街につくことができた。その間、モンスターと呼ばれる狂暴な生物達もたくさん現れた。それほど強い物こそ出てこなかったものの、最近の世の中は物騒になってきなと痛感した。これでは一般人は外を出歩くことなんてできないだろう…。
港街は城下町とは違いとても賑やかだった。商人の声が飛び交い、辺り一面は人だらけ。少し息が詰まるもしれない。まだ昼間だったけど、とりあえず宿を取ることにした。
早いうちに宿を取っておかないと、この人の多さならすぐにいっぱいになりそうだった。
宿を探しながらぶらぶらと街を散歩することにした。自分は未成年なのだけど、宿を取るついでに情報収集でもしようと酒場に行くことにした。情報収集と言ってもなんか面白いことでもないかな?、という興味本位なのだが…。そういうのは酒場が一番だと先輩兵士から聞いていた。
カランカラン…
酒場にはまだ昼間だというのにお酒の匂いが漂っていた。それにすごい賑わいようだった。カウンターの一番奥に腰を落とした。すぐに店主が尋ねてきた。
「いらっしゃい、お客さん。何にしましょう?」
流石に昼間からお酒を飲むつもりはなかった。
「アルコールのないのってある?」
「お客さん!うちにゃあ、アルコールなしはミルクしかありませんよ?」
「じゃあそれで」
後ろから冷ややかな視線をむけられているような気がする…
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
…ちびちびと飲み始めた。
「あっ、ちょっと聞きたいことあるんだけど…」
「はい?何でしょう?」
「この辺の宿でどこかいいとこないかな?港街って初めてで…どこになにがあるかさっぱりなんだ。」」」「そうですねぇ…値段の安さならここを出てすぐ右の宿が一番安いと思いますよ。ほかには商店街を抜けてすぐのにある、
大きな雑貨屋の二件隣にも宿がありますよ。値段は少し高めですがとてもいい雰囲気ですよ。この辺りの宿はそれぐらいだと思います。」
にっこり笑って言った。流石に商売なれしてるなぁ、と感心した。
「なるほど…ありがとう、あっ、それと…」
この辺でなにか面白い事はないか?と聞こうとしたのだが、男二人組に遮られた。
「兄ちゃんこの辺は俺らのなわばりなんだ。」
「こんなところでミルクなんてちびちび飲まれちまったらたまらね〜んだけどなぁ」
「お、お客さん!こ、この店でもめ事は…」
黙ってろ!マスター!!。そう怒鳴られてマスターは恐縮してしまっていた。
「ガキはお家でかーちゃんの乳でもしゃぶってりゃあいいんだよ!」
ギャハハハ…
酒場全体に笑い声が響く。どうやら俺はからまれているらしい。
「…昼間ぐらい黙って酒も飲めないのか?」
そう言った俺に腹をたてたのか、男の一人が俺の横の椅子を叩き割った。
「なめてんのかガキが!」
近くの人びとが席を移動して見ている。こういうことは日常茶飯事なのだろう。 やっちまえ!殺せ〜などの罵声が飛び交っている。
「あんまり面倒は起こしたくないんだけど…」
そう言うととうとう怒ったらしい。
「この野郎ぉ!」
大柄の方の男が殴りかかってきた。しかし、男の拳は俺に当たらず、スカッと空振りした。
「あれ?」
不思議そうに首を傾げる男の背後に回り込み、背中に背負っている剣を抜き男の首もとにつきつけた。
「まだやるか?おじさん」
その行動は周りの人々を黙らすのには十分だった。
「どうなんだ?」
「す、すみません!どうかお許しを〜」
拍子抜けだった。さっきまであんなに威張っていたのに今は地べたに頭をつけてペコペコしている。
「いやぁ!お強いですねぇ!お兄さん!。」
まあな…とだけ言って剣を鞘に収め再び席に座った。
「いやぁ!すいません!こいつ本当に調子乗りでして〜」
「もういいからどっかに行けよ…」
「じゃあそうさせていただきます〜」
「あ、ちょっと待て」
そそくさと立ち去って行ったが呼び止めた。
「な、何でしょう?」
「この辺でなんか面白い噂とか知らないか?」
「え?面白い噂ですか?それならいい噂ありますよ〜」
手をスリスリさすりながら、まるで商人のような態度だった。
「ほんとか?」
「ええ!ほんとですとも!お兄さんは冒険者で?」
「…まあそんなとこだ。」
「そうなんですかぁ〜。聞いた話なんですがね、この港から南下して海沿いを真っ直ぐ行ったところになにか古代文字でかかれた大きな石版があるらしいんです。これは私も見に行ったので確かですよ!。意味はさっぱり分からなかったんですけどね。なんでもその石版はどこか森の奥にある遺跡の宝のありかだとか。まあ聞いた話ですけどね。」
「ふ〜ん」
何のあてのない俺には確かに面白そうだ。
「あと…王女の話は知ってます?」
「…いや、知らない。」
そう言うと周りをきょろきょろと見渡し、小声で言った。
「これは裏のルートからの話なんですけどね。滅ぼされた国の話は知ってますか?」
「まあ…聞いたことはある」
滅ぼされた国。
確かアルケディスという国だ。
2年前に魔王軍に滅ぼされたと聞いた。
3年前にこの世界に進出してきた魔王軍は、アルケディス国に城を明け渡せという脅迫をしてきた。
それを拒んだアルケディス国は魔王軍と戦争になった。勇敢に戦ったらしいが、圧倒的な力の前に一国の力ではどうにもならないのは目に見えていた。…皆殺しだったらしい。恐らくは他の国に対する見せしめのつもりなのだろう。その結果、他の国は魔王軍とは中立の立場を維持しようと必死だったらしい。俺の祖国は違うらしいが…。
「なんでもその国の民は全滅したはずなんですが…王女は無事逃げ延びたらしいんですよ!。なんでも魔王軍の奴ら、今になって血まなこになって探してるとか。」
ごそごそとポケットから紙切れを取り出し、そっと俺に見せてきた。
「これが裏のルートの指名手配書です。」
手配書には破格の金額がつけられていた。しかし、顔写真はとても幼い少女だった。
「こんな子供なのか?」
「いえ、確か今は15ぐらいだったと思います。なんでも写真がこの一枚しか残っていなかったとか。だからこそこの額なんだと思いますよ。」
…確かにそれならこの額は納得できる。どう考えてもこの写真は6〜8歳ぐらいだと思う。
「…そうか。ありがとう。これ…少ないけどとっといてくれ。」情報料にと、小銭を渡そうとしたのだが…。
「いえいえ!お金なんて滅相もない!それではこれで失礼します。」
…案外根はいい奴なのかもしれない。などと思っているうちにさっさとどこかに行ってしまった。
「…お客さん、お強いですねぇ。」
「え?…いや、すいません…なんかお騒がせしたみたいで。」
「いえいえ、スッキリしましたよ。あの二人組最近この店に出入りするようになりましてね。問題ばかり起こしていやだったんですよ。これでしばらくはおとなしくなるでしょう。」
店主はにっこりと笑っていた。
「あ、そういえばあいつらが言ってたことって…聞いたことあります?」
「ええ、嘘は言ってないと思いますよ。ただ…王女の話は初めてでしたけどね。」
「ふ〜ん」
宿を取るのを忘れているのを思い出し、ぐっとミルクを飲み干した。
「ありがとう。えと…いくらかな?」
「いえ、今日の分はいらないです。感謝のしるしということで。」
「ほんと?ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ。それではまたのお越しを。」
もう3時前、少し長居し過ぎてしまった。…あいつらのせいだ。少し苛立ちながらも、とりあえず話に聞いた宿屋に行くことにした。
「すいません。今日はもういっぱいなんです。」
「…そうですか。」
まさか両方とも空きがないとは…。今日は野宿かな?と思いながら空いてる宿を探すべく、ふらふらと歩きだした。
この時間帯になるとさらに人混みは増えてくる。とりあえずぐるっと街を一回りしたが、同じ街の中にそう何軒も宿があるわけはなかった。2、3軒あるにはあったのだが、どこもいっぱいだった。今向かっているところでおそらく、最後の一軒だと思う。
大通りを歩いていた時、不思議な人とすれ違った。フードをかぶっていて、こんな季節におかしな人だな、と思いながら眺めていると…目があってしまった。おそらく女性で向こうは軽く会釈しただけだったが、俺はその人の顔を凝視してしまった。会釈されたのに返すのも忘れて。とても澄んだ瞳をしていて、だけど何かつらそうで…とにかく不思議な感じだった。…もう会うこともないだろうけど。
「一部屋だけならちょうど空いてますよ。」
「本当ですか?」
良かった。なんとか寝床を確保できた。部屋の中はとても質素な感じで落ち着いた雰囲気だった。
普段はこんなに歩いて回ることもなかったためか、ものすごく疲れた。晩飯もまだだったけど、ベットに横たわるとあっという間に眠ってしまった。
……助けて。
その声に思わず目を覚ました。辺りを見渡して見ても人は誰もいない。時刻はまだ8時頃。…夢でも見たのか知らないが跳び起きてしまった。周りには本当に誰もいない。いや、いたらびっくりするが…。空耳か?もしくは隣の部屋かも。そう思い、下のカウンターのおばさんに今日この宿に女性が泊まっているかどうか聞いてみた。
「いや〜今日は兵士や戦士ばかりで女の子は泊まってないよ。なんだい!気になる娘でもいるのかい?」
「いや…そういうわけじゃないけど。」
…おかしい。やはり空耳か?
「なんだい?声が聞こえた?夢じゃないのかい?」
…夢にしては変なんだけどな。いろいろ悩んでるとお腹が空いてきた。そういえば昼も食べてない。
「おばさん何か食べ物ある?」
「あら〜、ごめんなさいねぇ。今切らしてるの。今日の客はよく食べる人ばかりでね。」
「そうですか。それじゃあちょっと食べてきます。」
「ごめんねぇ。」
ガタン。
とりあえず屋台か何かでラーメンでも食べようと宿を出た。…あれは何だったのだろうか?熟睡していたはずなのに妙にハッキリと響いた声だった。
「…助けて。」
歩いている途中でもその声は脳裏から離れなかった。
歩きだして、五分。前方に屋台を発見した。ラッキーと思い、その方向に向かったのだけど隣の路地裏から何か物音がした。立ち止まり目を凝らしてみると銀色に光ものが見えた。…おそらく、ナイフ。誰か襲われているのか?そう思い歩み寄ってみた。気づかれないように忍び足で。
「やっと追い詰めたぞ。手間かけさせやがって…」
「ボス、どうします?殺しちまいますか?」
「……バカやろう、殺しちゃあ賞金が十分の一になっちまうだろうが。…生け捕りだ。」
!!?
どうやら奥に人がいるみたいだ。ここからじゃ姿までは見えないが、追い詰められているらしい。
「あ゛、ああ゛!」
「声、でねーだろ。世の中便利な呪文もあるもんだ。」
男の一人がロープを構えた。
「…おい、何してる?」
三人がガバッとこちらに振り向いた。
「なんだてめーは。ケガしたくねぇなら黙って失せな。」
こいつら…見たことある。恐らく、ビンゴブックにのってた。
「…黙って見過ごすほどお人好しじゃないんだけど。」
そう言うと男の一人が飛びかかってきた。…速い。殴りかかってきたが、交わして足払いをかけた。男の一人は派手に転んだ。
「…て、てめぇ!」
「大きな声出すな。」
「す、すいやせん。…つい。」
ボスと呼ばれている男がナイフを持ってこちらに歩み寄ってくる。
「兄ちゃん、悪いがこれ以上邪魔するんなら容赦しないぜ?」
…道端であまり争いたくはないが、仕方ない。こちらも剣を抜き、身構える。
「ちっ、やる気かよ。仕方ない。」
そう言うと目にも止まらぬ速さで切りかかってきた。速すぎて剣で防御するのが精一杯だった。じりじりと後ろに追い詰められていく。すると後ろから男の一人が切りかかってきた。
「くっ!」
どうにか交わしたが次の前方からの攻撃に対応仕切れなかった。ナイフは首筋をかすめた。…危なかった。後1センチズレていたら死んでたかもしれない。しかも今度は俺が袋小路に追い詰められてしまった。
「へへへ…立場逆転だなぁ!おい。」
……流石に逃げきるのは難しいかもしれない。このままだったら…などと考えていると後ろに襲われていた人がいるのに気づいた。チラッと顔を見てみるとそれは少女だった。こうなったら仕方ない。逃げるか…。
「おい…俺が手を上げたら目をつむってくれ。」
男たちには聞こえないように小声で言った。
「…太陽よ。」
目を閉じ左手を自分の額にあてる。
「ん?何て言った?」
男たちの言葉を無視して再び語りだした。
「偉大なる太陽よ…」
左手をスッと上に上げた。
「大いなる光を我が手に…光魔法、閃光!!」
そう言った直後、上に突き上げた手から強烈な閃光を発した。すぐに後ろに振り向き、彼女の手をとった。
「走るぞ!」
そう言うと、コクっとだけ頷いた。
「ちくしょお!やりやがったな!!」
目の見えなくなった男共はがむしゃらに刃物を振り回している。その内、味方に当たりそうで、みてはいられなかった。
男の脇を走って行ったが、ナイフの矛先は偶然にも少女の方に向いていた。
「危ない!」
彼女の手を引き、なんとかかばうことが出来た。
「痛ッ!」
背中の辺りを少し切ったみたいだった。痛みをこらえて、その男を蹴り上げた。
「行くぞ!」
再び走り出した。
「ちくしょお!覚えてやがれぇ!!」
男たちの雄叫びを後に走り続けた。
「ここまできたら大丈夫かな?」
肩で息をしている彼女に話かけたのだが返事がなかった。
「大丈夫か?」
そう聞くとコクンと頷いてニコリと笑った。その顔は心から嬉しそうで、ホッと一安心した。そしてその笑みはまるで…天使が笑ったようで、思わず見とれてしまった。