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<03> 花魂風月 (後)

 足を止めて電灯を逸らし、じっと目を凝らす。

 気が利かないように見えてその実、青山は間の悪い冗談を言うような奴ではない。あるいは見間違いだとしても、彼は能力者としてそこに『火の玉』を感じ取った。


「(スイッチを切れ)」


 メイに聞こえる程度の小声でささやくと、返事の代わりに彼女はパチンと懐中電灯を消した。同じようにこちらもひとつ操作をすると、一転と辺りに闇が広がる。

 その場から動かず、息もひそめて暗闇の先に目を慣らしているうちに――――

 “それ”は確かに出現した。


 火の玉というからには、自然と赤色を想像していたがそうではなかった。

 ハンドボール大に集まって上下に揺れるその球は、薄い緑色をたたえて発光し、浮かんでいた。

 突然現れたそれは数秒にも満たないうちに、また突然に、ふっと消えた。


 残像だけを網膜に残して、再び空間は暗黒を取り戻した。


「(……確かに、確認した)」

「(……し、して、如何にせん)」

「(そりゃあお前、本懐を果たすしかあるまい。……そうだな、青山はここで待機だ、様子を見つつ何かあったら来い。葉村は俺と共に先遣隊。メイは……青山についてろ)」

「(うっス、わかりました)」

「(……う、ぐ……承知した)」

「(気をつけてねー)」


 笑顔でひらひらと手を振るメイが、暗がりの中にかすかに見えた。



 板敷きを踏む泥棒のような足取りで、ライトを斜め下に向けて進行する。

 葉村はこちらに寄り添うようにして、おっかなびっくりといった様子でついてくる。怖いだろうとは思うが、仮に火の玉がこちらに迫ってきた場合を考えると『風』は最適の能力だろう。

 もっともあの緑玉が、一般的な物理法則に依存しない可能性も否定できないのだが。


 ヘアピンカーブをぐるりと回り、先ほど見下ろしていた道の直線上まで来る。

 さきに見たポイントまでは、距離にしてあと15メートルほどだ。


「(ライトを消した方がいいと思うか?)」

「(つ、点けたままにしてよ)」

「(まあそうか、点いてるときにも見えたわけだしな)」


 じりじりとおおよその距離を詰めていく。あと10メートル、9、8、7、6…


「(! ……出たっ)」


 5メートル目前まで来て、再び火が揺れるように輪郭を現した。しかし予想された位置よりも倍は遠く、さらには逃げるようにスウーッと道の先へ尾を引いてゆく。


「(移動してるのか!? よし行くぞっ、追いついてやる)」

「(行くの!? あっ、当たったら、どうすればいいんだようっ……)」

「(患部を水で冷やせ!)」


 わりあい興奮気味に返して、おびえがちな葉村の手を取りつつ坂を急いで下りる。

 掴んだ手は小さかった。不安を紛らわそうとしてか、ぎゅっと強く握り返してくる。

 勢いを抑えながら次のカーブを曲がった時、それまでには無かった変化に気がついた。


「(……音? これは、足音か?)」

「(え、ええ? あ、ほんとだ……)」


 進むにつれて、コツコツとアスファルトを叩く音が聞こえ出したのだ。

 その間隔もだんだん短くしかし遠くなっていく。それが人の足音だとすれば――――


「(先輩っ! あいつ、こっちから逃げてる……!)」


 音の主の動く様が、光の輪の中に僅かながら捉えられる。

 それは幽霊などではなく、細く照り返る足。すなわち人の姿であった。


「止まれ、おい!」


 つとめて大声になり過ぎぬよう短く叫ぶが、目標の動きは止まらない。


「くそっ。 葉村、アレをやれ!」

「な、何を……!?」

「風を起こせ、とにかく足を止めろ!」

「―――くっ、ええいっ!」


 一瞬の逡巡ののち、葉村は懐に入れていた扇子をピストルのように引き抜き、間髪を入れず目標に向けた。

 繊細な狙いはつけられぬままに、力が放たれる。

 木々をざんざと揺らして、辺りを乱れ打つように風が舞った。


 風に身をすくめたか、足音が不意に止まった。

 追いつく好機とは見えるが、無差別に吹く風に阻まれてこちらも動けずにいた。


「落ち着け葉村、集中しろ!」

「してるよ、でも、駄目だ……! 操り切れない」

「ええい、なんとかしろ! 早くしないと逃げられる、3つ数えるうちに抑えろ! さぁーん、にーい……」

「待ってったら! 無理だよまだ!」

「いーち!」

「無理だっていってんじゃんかあー!」


 ゼロカウントを宣言する前に風はいっそう強まり、あたりにぐっと圧力がかかる。そして間をおかず、空気がばあんと四方八方に発散された。


 たまらず尻餅をつくが、葉村はその場に留まっていた。そこが台風の目となっていたためか、肩を上下させてはいるものの中腰を維持して立っていた。


「あー、もー、変にプレッシャーかけないでくれる!?」

「ああ……ごめん、悪かった。なんか興奮してて……」


 半ば切れたように凄む葉村にまず謝り、それからすぐさま目を戻す。


「見ろ、ともかく止まったぞ」


 風の緩急を受けて転んだのか、今まで逃げていた謎の影はその場に倒れていた。


「だ、大丈夫だったのかな……」

「……確認しよう」


 葉村は疲れからかその場にへたり込んだため、単身で歩みを進める。

 横向くように伏したままで、動く気配は無い。そろそろと近寄り、懐中電灯を傾けてその影を照らす。


 眠るような横顔は、年若い少女のそれだった。

 さらりとした長い黒髪、伏せた瞼にゆるく反る睫毛に、薄い唇。

 重ねた薄地のシャツの上から明色のショールを羽織っており、その端は右手にかたく掴まれていた。

 裾がめくれた黒のスカートから肌がちらりとのぞき、何とはなしに気恥ずかしさを覚える。


「……おい、生きてるか?」

「……ん……んん……」


 閉じた目をまばゆそうに更にきつくつむり、それからゆっくりと彼女は身を起こした。


「……あら……ええと。どなた様でしょうか……」


 焦点を結びきれてないぼんやりとした目で、その少女はこちらを見る。


「……この近くに住んでいる者ですが」


 あやうくも言葉を選びつつ、ともかくそう答える。


「あ、そうでしたか……あ」


 不意に少女の体が揺らぎ、くらりと傾く背中をあわてて手で支える。ショールの素材ゆえか、手の平にざらついた感触がした。


「ん……どうもすみません。先ほど転んだせいか、くらんでしまって」

「はあ。まあ、お気になさらず」

「いま立ちますね……よ、と……」


 どことなく表情や所作に艶があり、その頬は上気したように薄い紅色に染まっている。気だるそうな細い声も相まって、婉曲に言えば女性らしく、有り体に言えば色っぽく思えた。


「こちらで何をされてたんですか?」

「ええ……気分が晴れないもので、散歩を」

「この夜に、こんな寂しいところでですか。危ないと思いますが」

「人より夜目が利きますもので……」

「せめて街灯のある道を歩いた方がいいかと」

「そうですねえ……でも、ほら。こちらでしか見れないものもあります。丁度、あのように」


 言いながら手を向けた先を見るものの、あいにくの暗闇に包まれている。


「……何ですかね。見えません」

「あら、そうですか? では……」


 少女は口を一旦つぐみ、肩口にかかるショールを整えるようにつまんだ。それから胸の前方に右手を掲げ、五本指を流れるような所作で折り曲げる。


 ……天を指してちょこんと頭を出す親指から、小さく光が放たれた。それは円を描くように軌跡を描き、やがて二次元が厚みを持つかのように――――緑色の球体がつくり出された。

 広げ直した手の上に『火の玉』が据わり、わずかに上下に揺れて安定していた。 


 脇に咲いていた藍色のアジサイが、緑光を帯びてシャンデリアのように輝いた。


「……通号は?」


 何気なく能力を見せたことに呆れてしまい、浮かんだままに直球の質問を投げた。


「あら? 立会人の方でしたか。それとも……訓練をなさっている方で?」

「いや、どちらも違います。アルバイトとして訓練を手伝っている、打川慎五という者です」


 そう言うと彼女も、しずしずと礼をして名乗りを返した。


「そうでしたか。わたくしは上幌坂篠(かみほろざかしの)と申します。通号は

『トゥインクル』、席の方はDの29番を頂きました。どうぞ、お見知りおきを」



- - - - -



「そういうわけで、正解は能力者でした」


 ほどなく合流した3人にまとめて説明をして、それからそれぞれが自己紹介を交わした。


「じゃあ、シノちゃんは散歩してただけだったの?」

「そうらしいな。今度からは控えてくれるか、能力を使える機会は用意するからさ」

「ええ、ご迷惑をおかけしました。夜遊びは慎みますわ」


 傾ぐように微笑む彼女を見て、中学生組も言葉が返しにくいようだった。


「まあ幽霊じゃなかったってのは、良かったかもしんないし、残念でもあるッスね」

「あら……ご期待に添えず申し訳ありません」

「そういや、何年生なの? ていうか大人っぽいねー」

「3年のE組に所属しております。時期も近付きましたし、そろそろ受験の支度も始めませんとね」

「挙止閑雅なれど天衣無縫、しかして茫洋たる御人よの」

「あら、お上手ですわ」


 浮世離れした会話にだんだん混乱し始めたので、ともかく解散を言い渡すことにした。


「まあ、特に今回の件でペナルティも無いだろう。人目についたわけでもないしな。ともかくみんなお疲れ、早めに帰るといい」


 それぞれ返事をして帰り始めたのを見てから、上幌坂はすすすとこちらに寄ってきた。


「とりなしていただき、有難うございます」

「大目には見たが、今回だけだよ。気を付けて帰るといい」

「はい。ではごきげんよう、打川様。お借りしたこちらの電灯は、いずれお返しに参ります」


 胸を押さえるように手を当てて、お辞儀をする。コツコツと革靴を鳴らして彼女は歩み去って行った。


「しかしまあ、まったくいかにも能力者って感じだな。常識を外れ気味とでもいうか……」

「なんか、妙に丁寧に応対してたね? シンゴ」

「そうか? ……まあ、向こうがそうだったからじゃないか」

「んー……」


 メイは何か言いたげにライトを8の字に振りながら、来た道を登り出した。

 足取りにはいつもの元気は無いようにも見えたが、歩調はあくまで早いため置いてかれそうになる。



 晩の空をふと見上げると、上弦を過ぎた程の月が幽玄と映えていた。

 それは目に焼きついた緑火の残像にも似ていたが、やがて歩くうちにその色彩も忘れてしまった。

 ただ、なんだか――――揺れるように危うい印象だけが残った。

 月のみならず、今夜見たものすべてに。

 

 もやがかった感傷をごまかすように足早に坂を踏み、ただ今は家を目指すことに専念した。



- - - - -


    <03> 花魂風月 /了


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