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<02> 密室バラバラ時間 (後)

 芸術。

 と言われてもあいにく秋には遠い梅雨時で、何が“せっかく”なのかは不明だ。


「……分かりやすくとは言いませんが、具体的に何をするんですか」

「科目は音楽と美術。ヤスか津島を呼んで、どっちか片方にしたかったけどね」


 回るようにステップを踏みながら、全く勝手に話は続く。


「僕はちなみに音楽の方が好きだな。ということで唯音ちゃんの方に付こう」

「ん、え?」


 唐突に名前を呼ばれて、桜嶋はびくっと身体を揺らした。


「自然と打川は美術担当になるね。枚垣の旦那とよろしくやってくれ」

「桐代さん」

「何だい、打川」

「あいにく、さっぱりです」

「道具は廊下に置いてあるから、それ使って。ああ、唯音ちゃんはこっち」


 会話にならない言葉をばらまきながら、桐代は飛び跳ねるように扉に向かう。ともかく廊下に出てみるかと後に続き、呼ばれた桜嶋も次いでおずおずと後ろにつく。枚垣は依然として直立していた。


(あれか?)


 廊下の奥を見る。行き止まりの小さな窓に観葉植物があり、その陰にダンボール箱がひとつ隠れていた。

 そのうちに二人は隣の部屋に入ったらしく、振り向いて見れば姿が無かった。

 箱を両手で持つ。内容物がごろごろと転がるのか重心が安定しないが、持つことに支障が出る重さではない。


 部屋に戻ると、じろりと枚垣の目だけがこちらを向いたが、相変わらずの姿勢を維持していた。指示を出そうにも、ともかく行うべきことを理解しなくてはなるまい。

 箱の封を一身に担っていた、一筋のガムテープをびりりと剥がす。

 

 中に入っていたのは、円柱、四角柱、それに三角錘・四角錘、もう一つは球。

 それぞれ1つで計5つの立体が転がっていた。


 ……ああっと、いけない。桐代の気性がうつったか、ごく適当な説明で終わるところだった。ともかく1つずつ掴み取って、テーブルの上に並べていく。サイズはどれも片手から少しはみ出す程度だ。


 まず円柱は薄いビニール袋に包まれた灰色のもので、持ち上げた際に表面がへこんだほどに柔らかかった。

 角柱は真っ白。円柱よりは形状がしっかりしているが、そう硬くはない。


「粘土ですね」


 その場から動かず、枚垣が不意につぶやいた。なるほど灰色の円柱は油粘土、角柱は紙粘土といわれればそうである。

 応ずるように彼を手招き、残る物品に関しても共に吟味を続けていく。


「この三角錘は茶色で……木製だな。何の木かは分からんが」

「杉です」

「お、詳しいもんだな」

「祖父が林業をしてて、見る機会が多かったので」

「へえ。こっちの四角錘は金属だな。合金かはともかく、銅製のようだ」


 ピラミッド状のそれは片手では持ちにくいため、両手で傾けるように引き上げてからゴトリと置いた。

 最後に残った球は、どうも見る分には鉄球だろう。一度持ってみて確かめた後、転がり出さないように段ボールの隅に寄せておいた。


「それは?」


 鉄球の事かと思ったが、彼は箱の中央あたりを指差してそう言っている。よく見れば、段ボール箱の底の色が違う。つるつるした材質のそれは引き抜くことが出来て、光の下に晒すと明るい青の一色が目に入った。


「ああ、粘土板か……まあ粘土があるなら必要、か……?」


 小学生時分に見慣れた、ゴム地の下敷きマットをテーブルに置いた。右下にマジックで乱雑に塗られた跡があり、頭の部分は「2ねん きり」とまでは読み取れた。やっぱり私物か。


「これで全部か。しかし何だってんだか一体」

「桐代さんは芸術と言ってましたが。それから、美術だとも」

「頃合いの形状だし、積み木でもしろってことかね。もっとも“木”は一つっきりだが」

「それを美術とは呼ばないでしょう」


 四角四面な返事ではあるが、まあ言うことはもっともだ。


「……はあ、桐代さんが投げ出したことだし、後は自由時間でいいかもなあ。粘土でもいじるかい」

「では、こちらを自由に使ってもいいのでしょうか」

「ああ、許可するよ」


 あとは任せる、とばかりに身を引いて、パイプ椅子に腰を下ろした。


 油粘土のビニールを半分ほどずらして、枚垣は剥き身のそれをじっと眺めている。ためつすがめつを繰り返したのち、やがてビニールを掛け直して箱へと戻した。

この年で粘土遊びというのがやはり気恥ずかしいのか、あるいは手が汚れるからだろうか。

 そういえば、と思い当たり一つ聞いてみる。


「枚垣、何年生なんだ?」

「一年です」


 これには驚いたが、たしかに体格と威容の割には、口をついて出る高音は声変わり前らしくもある。

 枚垣は気にする風もなく、今度は紙粘土も箱の中に戻した。それから粘土板を自分の正面に引き寄せ、その中央に銅のピラミッドを置く。


「部活には入ったのか?」

「所属していません。やりたい部活動がありませんでした」

「そうか。ほかに趣味とかは?」

「……陶芸と、彫刻を少々」

「そりゃ何と言うか、渋いな……」


 お見合いの席にも似た会話ながら、美術方面に多少なり造詣があるのは分かった。それで桐代が粘土と積み木を与えたというのなら、やや冗談が過ぎるとも思う。

 枚垣は手元の立体を脇に寄せて、今度は三角錘を大きな手に乗せた。少しだけそれを見つめてから、また箱の中へと戻す。


「御旗岳に美術部はないもんな。そもそも文化部が少ないのか」

「美術の授業はもちろんありますが。絵画が苦手なので一概に好きとは言えないです」


 鉄球を両手でつかみ上げて、手を添えたままマットに下ろす。芸術家というよりは、砲丸投げの選手と言われた方が納得する組み合わせに思えた。


「そういえば、桜嶋とは面識はないのか? 学校でも含めて。あ、そもそも学年が違うのかね」

「多分」

「曖昧だな」

「人の名前や顔を覚えるのが苦手なんです」


 言われて、そういえば名乗ってない事に気がつき、手早く自己紹介をした。「はい」とだけ答えて、またそれきり静かにテーブルに向かっている。


「しかし、粘土か。せめてヘラがあれば手も汚れないだろうに、桐代さんも気が利かないな」

「そうでしょうか」


 立ち上がって、もう一度箱の中身を確認しておこうかと思い、歩み寄る。中を見ると、壁面に寄せるように粘土二種と三角型の木材が並べられていた。

 それ以外は粘土板の上にある。

 小さな一口サイズの銅製四角錘、それと同素材の台形型の立体。

 あとは伏せたお椀にも似た鉄の半球が二つあるだけだった。


「……ん?」


 増えている。

 質量こそ増えてないが、二つの立体が四部分に変化していた。

 ピラミッドが高さ5cm分ほどを切り分けられ、鉄球は真っ二つに両断されている。


「あれ、初めからパーツ分けされてたのか?」

「いえ」


 わずかに枚垣を見上げて問うと、彼は簡潔に答えを継ぐ。


「切りました」

「……どうやって」


 今度は答えずに、彼は頭の無いピラミッドを引き寄せ――ゆっくりと手を近付けた。

 何も変化は見えなかったが、そののちに彼が指先で壁面を押すように触れる。ギキキキッと金属が擦れる音とともに、台形がマットと平行に分断され、大小二つに分かたれた。


「こういう能力です」

「……物体の切断、か?」

「通号は『モデライズ』。クラスはD、席次は26番目です」

「Dだって?」


 御旗岳中学の能力者は最低でもクラスEであり、そのEにしても今のところ席次31番の――津島多々史、ただ1人だけだ。

 つまり枚垣は下から数えた方が早いレベルの能力ということらしい。


「範囲が狭いとか、切れないものが多いとかが理由か」

「有効域は現状でおよそ5メートル。切断不可能だった物質は無いです。生き物は切れませんが」

「……相当強力じゃないか。なんでまたクラスDなんだ」

「集中しないと使えないからでしょう」


 そうは言うが、会話しながら彼は鉄球を切り刻んでいく。二つが四つ、四つが八つ、八つが十と六つに。手は立体に触れてはおらず、ただ近くにかざしているだけだった。


「言う端からスパスパ切れてるじゃないか」

「今日は調子がいいので。不調の時は紙一枚さえ切れません」


 話を続けながら、彼は機械的に金属を細断してゆく。


「木と粘土は、試し切りしないのか?」

「金属はあまり切ったことがないので、そちらを優先しているだけです」

「しかし、君にはぴったりの能力だな。彫刻には便利だろう」

「そういう使い方はしません。それは苦心して名作を作り上げた芸術家に失礼です。ズルです」

「与えられたものを使うのは自然じゃないのか。振るうべきノミが能力に変わっただけだろう」

「望んで得た能力ですが、作品を成すために得たわけではないので」


 語るほどに、枚垣の実直な人柄がにじみ出るように思えた。わりと他人は疑ってかかる性分の自分だが、彼の事は嫌いになれそうもない。

 微塵と切り裂かれた銅の一片をつまみ上げて、彼はすがめるようにじっと観察をしていた。



- - - - -


 ちょうど4時半に、桐代がひょっこり入口に現れた。


「打川ー、交代だー。桜嶋を見てやってくれ」

「ああはい、分かりました」


 枚垣の評価シートを書き終えたレポートを手にしたまま、ドアの前で桐代とすれ違いに部屋を出る。


「美術の方はどうだった?」

「芸術とか美術というよりかは、工作ないし技術の時間でしたね」


 枚垣は何の像を削り出すでもなく、ただ切り心地を確かめるように時間を過ごしていた。芸術性のある作業ではなかったが、当人が満足ならそれで良かろう。

 

 隣の部屋の前に立ち、一応ノックをする。返事は無かったが、ゆっくりとドアを引き開ける。

 ……今まさにドアを開いたのに、なぜかもう1枚、造りの違うドアがあった。不可解ながらそれを押し開けて中へ入ると、中で桜嶋がちょこんと椅子に腰かけていた。


「どうもー」

「おう」


 二枚のドアを順繰りに閉めて、その部屋を見渡す。小さな教室のような感じで、教卓の前に机と椅子が三列で四ライン、計十二セットが並んでいる。ただどうも違和感というか気になるところが他にあるのだが、何なのか分からずにいると、


「ここ、防音室なんですよ。以前はカラオケ教室として使われてたそうです」


 桜嶋が明快な解答を述べた。


「ああそれでか」


 どうにも“聞こえ”が変だったのか。床にもタイルシートが敷き詰められており、音楽室のような造りを思わせる。


「さて、こっちは『音楽』と聞いたが……」

「うーん……桐代さんはそう言ってましたけど、私は音楽はそこまで得意じゃないです。歌も下手だし、楽器もできません」

「音楽に関する能力、ってわけではないのか」

「そうですね、えーと、実演してみます」


 そう言うと彼女は立ち上がり、ゆっくりと息を吸った。

 そして、名乗った。


「私の名前は、桜嶋唯音です」


 それを聞くのは確か三度目だ。多少変わった名前ではあるが、洒落てるとは思う。


「私の名前は、桜嶋唯音です」


 もう一度。そう何度も言わなくとも分かる、ちゃんと覚えた。


「私の名前は、桜嶋唯音です」


 お笑い業界ではネタを繰り返す事をテンドンと呼ぶらしいが、全く同じ言葉を繰り返された場合はなんと呼べばいいのだろうか。何か気のきいた突っ込みを入れようかと考える前に、あることに気付いた。彼女の唇が、さっきから一切動いていない。


「……腹話術?」

「違いますよお!」 


 その返答は普通に発声されたが、


「こう言う能力ですって、えい」

『<<<私の名前は、桜島唯音です>>>』

「!」


 その六度目の名乗りが今度は左の耳元で聞こえて、反射的に身を反らせる。


「へへ、びっくりしましたか。こういうのもできますよ」

「「わわたたししののななままええはは、、ささくくららじじままいいおおんんでですす」」


 両側から一音分だけずれて、上ずったように輪唱が行われた。今度は身じろぐほど驚きはしなかったが、不協和ゆえかあまり気分は良くないサウンド効果だ。


「オッケー、だいたい分かった。通号は?」

「『リフレイン』……そのままですよね。クラスはC-20です」

「声のリピート再生、ってところか」

「声に限らず、聞いた音なら何でもできますよ」


 パチンと彼女が指を鳴らすと、あちこちから何十回も同じ破擦音がパチパチと乱れ鳴った。


「どこでも再生可能なのか。レコーダーみたいだな」

「けど最近聞いた音じゃないと、記憶が薄れるから再生できないです。だいたい一分以内かな」

「短いテープだな、そりゃ」

「音質は高いですよ。ていうか無損失です」

「そうかい。それなら大したスペックだ」


 誇る彼女を褒めると、全く年相応のあどけなさで微笑みを返してくれた。



 歌が下手とは自称していたが、彼女は歌うのも聴くのも大好きらしい。

 クラシックや演歌、往年の名曲・歌謡曲、アニメソング、もちろん最近の流行曲に至るまで。話を振ってやると嬉々としてそれぞれの好みを語り出した。


「もちろんけっこう選り好みはしますけど、ジャンルとしての好き嫌いはないんでどんどん聴いてるんです」

「感心な事だけど、それだと色々聴こうにも出費がかさむんじゃないか?」

「うう……そうなんですよねー。お小遣いはすぐなくなっちゃうんで、友達とCDを貸し借りして補ってますけどね」

「となると、買うのは一番気になってる曲ってことか」

「そうなりますね。あ、最近だと特に良かったのがインディーズのバンドで……」


 という調子で湯水のように曲の話題が湧き、午後5時を迎えて訓練が終了になるまで、ずっとくっちゃべっていた。ほとんど訓練はしていないのだが、まあ今日の所は評価もオマケしといてやろうか。ただ聞いてるだけでも、案外話は楽しかったことだし。



- - - - -



「どうだった?」

「何がですか。話題は絞ってくださいよ」


 エレベーターが狭いという理由で、中学生組とは6階のホールで別れた。先に二人が乗っていったエレベーターが戻るのを待っていると、壁にもたれている桐代が話しかけてきた。


「何だよォ、わかるだろ。枚垣と桜嶋の事さ。面白いと思うか?」

「それはまあ。つまらないような能力者は、そもそもあなた方に選ばれてないんじゃないですかね」

「ハハッ、違いねえな」


 身を丸めるような独特の動きとともに、桐代は楽しそうに笑った。エレベーターが戻ってきたので、共に乗り込んでから話を再開する。


「気になったんですが、能力の傾向に育ちや趣味も影響するんですかね」

「んん? どうだろうなあ」

「二人とも趣味嗜好に関わるものが、能力と類似している節があったので」

「因果関係はなくはないが、ちょっと本質とは違うな。僕が思うに、もっと重要な要素がある」

「何でしょうか」

「“性格”や“考え方”だ。人は性格に合わない趣味を選ばない。短気者が釣りを嗜まないようにね」

「なるほど……。となると桐代さんの能力ってのも相当いい加減なんでしょうね」

「よほどバイト代を削られたいようだな、打川ァー」


 一階に到着すると、桐代はロビーを通り過ぎる際に受付に手を挙げて挨拶をした。何も言わずに受付の女性は会釈を返す。


「ふん、お前が能力者になってたら、よほど無味乾燥な能力になってたろうよ。じゃあなァ」


 捨て台詞のように、嫌味は嫌味で返された。桐代はパーカーの余った袖をぷらぷらと振りながら、駅とは逆の方向に消えていった。


「無味乾燥、ね……。乾燥……乾く……干物を作る能力とかかな。生活に役立つんなら、まあ歓迎したいな」


 雨は小降りに変わっていて、もう傘をさすほどでも無かった。

 停滞するじめっとした空気にわずかに顔をしかめ、確かに乾燥能力が欲しいものだと思いながら帰路についた。



- - - - -


    <02> 密室バラバラ時間 /了


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