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<02> 密室バラバラ時間 (前)

 月曜の憂いを総身に受けるように、窓はしっとりと降られじっとりと湿っていた。


 褐色にぐずついた校庭を眺めているうちに終了のチャイムが鳴り、六時限目の授業もつつがなく完了。少しして連絡事項のないホームルームがはねて、あとは三々五々に下校もしくは部活へ向かう。


 この日も早く下校しなくてはならなかったが、あいにく今週は掃除当番が割り当たっていた。場所は確か音楽室だが、時間が押しているので今日は遠慮したい。


「なあ、新見(にいみ)」


 手近な同班の女子に声をかけると、彼女は振り返りながら机に寄りかかった。


「ん、何?」

「掃除当番なんだけどさ、今日は用事があって急がなくちゃなんねえんだ。そういうわけで何とか頼む」

「ふうん。いいけど、何の用?」


 理由は言うまでもなくアルバイトなのだが、まさかそれで承諾はするまい。

 おさまりのいい適当な嘘を用意していなかったことを、内心わずかに悔やんだ。


「……まあ、そっちで考えといてくれ。お前が考え得る一番都合のいい感じの理由を頼む」

「えー、勝手だなあ」


 非難めいた文句とは裏腹に、口元は笑っていた。新見は普段から騒がしくもノリの良い気性なので、こういう形で水を向けてやる分には機嫌を損ねにくい。


「悪いね、んじゃ」

「はいはい。腹痛にでもしといてあげる」 


 早足で教室を出て、ごったがえす階段から昇降口へ下る。時おりすれ違うクラスメイトに生返事の挨拶を何度かしたのち、傘を開いて駅の方向に歩き出した。

 この春から通っている尾岐山(おきやま)高校の特徴といえば、“尾岐市街の中心である尾岐駅に近い”ことくらいしか挙がらない。あとは運動部が割と強く、サッカー・硬式テニス・水泳あたりについては強豪であるらしいが、自分には関係が薄い。

 自宅のある御旗岳地区とは2駅分離れており、通学には30分ほどかかる。着替える暇もないので、今日の指定場所には学生服のまま向かうことにした。今回については、メイは留守番だ。理由としては一人で手が足りるらしい事と、指定場所が尾岐駅周辺という事の二つだ。

 確かに自分にとっては都合がいいが、中学生たちは電車時間を融通しなくてはなるまい。

 さてその分の交通費は出るのだろうかと、他人事ながらささやかな懸念を抱いて歩いていると、駅は目と鼻の先であった。


(どのあたりだっけなあ……)


 ポケットから紙を取り出し、片手で振るように広げる。

 地図に付いた印、目標地点の上に“オキ駅前クレインビル”と手書きがしてあるのだが、いまいち大雑把な地図で分かりにくい。迷っては仕方ないので、立ち並ぶビルの看板をひとつひとつ確認しながら探していく。

 目的のベージュ色のビルを見つけた時にまず思ったのは、何てまぎらわしい所だという感想だった。両隣のビルと、背丈も作りも色も全く同じなのである。三兄弟でもあるまいに仲良く建ち並ぶビルに呆れてから、ともかく敷地内の軒下に入り、傘を畳んだ。

 


 携帯電話の背窓を見ると、時刻は午後3時47分。

 間に合ったし、余裕もある。


 自動ドアが開きビルの中へ進むと、一階のその空間は小さなロビーになっていた。

 奥には受付があり、若いロングヘアの女性が座っている。

 こちらに粛々とお辞儀をしてから、いらっしゃいませ、と雨に似合いの細々とした声を掛けられた。


「どうも、お疲れ様です。えーと、6階に用事があるんですが」

「かしこまりました。恐れ入りますが、どなた様からのご紹介でしょうか」

「え」


 これに対する正答は“誰”だろうか。話こそ川藤から承ったが、現地での立会担当が誰かまでは聞いていなかった。わずかに答えあぐねたものの、ともかく立会人の名前を出せば取り次いでもらえるだろうと思い、


「……真崎さん、です」 そう答えた。

「…………」


 確認するように、受付の女性が手元に目を落とし、それからまた細く答えた。


「……はい。承っております、どうぞ」



- - - - -



 エレベーターに案内され、乗り込んでお目当ての数字をプッシュしてから、ふうと小さく息をついた。あまり広さのない箱が上昇していく。途中で止まることもなく6階に着き、扉がゆっくり開いた。

 正面のごく狭いホールを道なりに曲がると、左右にドアが向かい合った二室が見える。


「どっちかは……ああ。見ての通りか」


 左の部屋には何も情報がないが、右の部屋の脇には壁にコピー用紙が貼り付けられていた。雑に二か所ほどをセロテープで止めてあるそれには、マジックで大きく「桐代」と書かれている。

 ともかく、ノックを2回。


「どうぞォー!」


 聞こえた尻上がり調子の声に応じて、ノブを回して押し入った。

 室内は簡素なもので、あるものといえば移動式のホワイトボードと、腰ほどの高さの木板テーブルが4つ。それが長方形に並んでいるものの、パイプ椅子は隅に重ねて立てかけられていた。


「なんだァ、二番乗りは打川か」


 奥側のテーブル上に足を伸ばして座っていたのは、立会人の桐代(きりしろ)だった。

 あいにく、下の名前は存じない。やたらと丈の長い灰色のパーカーに七分丈のジーンズを履いている、小柄な男性である。色白で綺麗な肌と整った顔立ちをしていて、遠目には女性と見間違うほどだが、中身はまた別の話であった。


「ええ、どうも。中学生連中は遅れるのも仕方ないでしょう」

「そうかな? あいつら今日は3時で上がりだよ、さっさと駅に向かえばヨユーだろー」

「初耳です。知りませんよそんなこと」

「ハハッ、言って無かったっけ?」


 万事この調子で、とにかく一言でいうなら“いいかげんな人物”であった。しかしながら仕事自体はできる人らしく、訓練の立案は殆どがこの人の手によるものであるらしい。


「評価用紙をいただけますか。現地で貰うよう言われてたんですが」

「あー忘れてきた」

「さいですか。予想通りで残念です。前回のコピーで代用して、後で本物を貰うことにしますね」

「ほう、そりゃ気が利くなあ」

「出来ることなら利かせたくないんですけどね……」


 パイプ椅子を一つ手にとって広げ、桐代のはす向かいに腰を下ろす。


「何でまた今回は、室内でやるんですか」

「この雨に外でやりたいと?」

「まさか。でも、ここではやれることに限度があるでしょう? 津島みたいな能力ならともかく……」

「津島や湊(みなと)なんかも呼ぶつもりだったんだけど。都合で無理だってさ」

「じゃあ誰が来るんですか。透視能力者とか、あるいは幻覚系?」

「僕が言わなくともそのうち来るだろー。せいぜい楽しみに待て」


 桐代は尻を軸にして器用に一回転してから、テーブルの脇に着地した。

 


 言われた通り静かに待っていたところ、数分もせず小さくノックの音があった。

 桐代は奇妙な創作タップダンスを踊るのに夢中だったので、無視してこちらで答える。


「どうぞー」

「あ、失礼します……」


 見覚えの無い女の子だった。

 こちらと桐代を交互に見るようにしたあと、ドアを押さえたまま首をちょこんと傾げた。


「……ん? 本当にここなんでしょうか」

「……まあ多分ね。変なのが踊ってるけど気にしないで。いちおう間違いだとまずいから聞くけど、ご用件は?」

「あのう、ええと……訓練、です」

「良かった。俺は訓練の補助をさせてもらってる、打川慎五です」

「そですか、はい」


 ちょっと緊張したような様子で、しかしドアから手を離して彼女は応じた。


「桜嶋唯音です。さくらじま、いおん。唯一の音って書いて、唯音」


 まるで自らに言い聞かせるように、丁寧に彼女は名乗りを終えた。


「どうも。あっちでイカレてるのが立会人の桐代さん。会ったことは無かった?」

「はい……いつもは星倉さんか淡路さんなので……初めて見ました」


 立会人の名前なのだろうけれど、どちらも聞いたことの無い名前だった。


「素行には問題があるけど、仕事は結果的にこなせるから安心してくれていいよ。素行には問題があるけど」

「おーいーなんで二回言ったよ打川ァ! 黙って聞いてれば好き勝手だなあ。減給するぞー」

「じゃあ本部から査定官を呼んだらどうですか? それで最終的に減給になるのは誰でしょうかねえ」


 やりとりに苦笑する桜嶋に椅子を勧めて、もう一人来るらしい能力者を待つことにした。



 ……4時ぴったりに彼は来た。

 ノックという前ぶれを経ずにバタンとドアを開け、その男の目が迷いなく桐代を見据えた。


「枚垣行太(まいがきこうた)です。訓練に来ました」


 ぴしゃりと言ってドアを閉め、そのまま無表情に直立していた。中学生にしてはかなり長身で、175、いや180cmはあるだろうか。

 伸び過ぎの前髪は雨に濡れたのか、水が滴っていた。


「ああそう。じゃあ揃ったし始めるか」


 事もなげに桐代が流して、ぴょいと机に飛び乗る。

 交互に足を振りながら、彼は毎回恒例のとてもわかりにくい話を始めた。


「今日はせっかくなので、芸術の日にしたいと思うんだ」




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