<21> 心無き力の在処
予想に違わず、電車は空いていた。
御旗五堂駅から上り便に乗り、尾岐市内とは逆へ向かう。見飽きた田園風景を望みながら、二両編成の鈍行列車が走ってゆく。次の電車でも間に合うのだが、一応引率を任されている以上は余裕を持っておきたい。
そういう意味では、まず手のかかる“こいつ”と合流できたことは幸運なのかもしれない。
「……せんぱぁい」
「なんだ」
「着くまで寝てていい?」
「ダメだ。起こしても起きないだろう、お前」
「がんばる。がんばって起きる。めっちゃしゃっきり一瞬で起きるしぃ」
「信用に足る実績がねえよ。着いてからなら存分に寝ていいから、あと二十分耐えろ」
「うへぇ……」
三駅先が目的地なのだが、たぶんこいつは二駅目の前ぐらいで寝る。
そう予測しているそばから、向かいに座る井房野転子のまぶたは閉じられようとしていた。
他に乗客はいない。隣の車両には何人かいるようだが、乗り込む際に井房野以外の知り合いは見かけなかった。
「あー眠いよぉ、もう。早起きするんじゃなかった」
「普通は良い事なんだがな。何時間寝てんだよ普段」
「四時間……んーいや、五時間ぐらいかなあ……」
「なるほど、ならちょっと足りない程度――」
「それが長い時でぇ、普段は二時間ぐらいかな?」
「――ちゃんと寝ろ。そしてちゃんと起きろ。あ、そういや、こないだの夜はしっかりしてたじゃないか。普段からそうしてろよ」
「あの時は夜だったしぃ、超昼寝した後だったから」
「徹底して夜型ってことかよ。ライフスタイルに口を出す気はないが、周りに迷惑はかけるなよ」
「……はぁい」
膝上に置いたバッグを抱きこむように傾いて、井房野は頭を垂れた。それは反省しているようにも見えたが、スムーズに寝入るための予備動作にも見えた。
「次の電車に乗れば良かっただろうに」
「ギリギリになるじゃん。わたしだって遅刻はしたくないよぉ」
他の四人はそちらの電車に乗ってくるはずだ。携帯番号とアドレスは教えてあるから、何かあっても連絡は来るだろう。愛中・猪吹・鑑・葉村……まあおよそ常識的な思考は持っているメンバーだ。そういう基準で第一陣が選出されたのかもしれない。
『影響物処理』。字面はどこか不穏当だが、集合して回収して解散してそれで終わりだ。立会人こそいないが、手慣れた能力者が五人も揃うならば不安も薄い。むしろ普段の訓練補助より楽に思える。
「そういやー、今日は狩野先輩いないの?」
「午後から他の訓練だってよ。今は家にいるだろうな……あー、二度寝してるかも」
「えーずるいー、じゃあ私も寝ていいよねぇ」
「何が“じゃあ”なんだよ……」
くだらない事を話しているうちに電車が速度を落として止まり、『薄俵駅』(すすきだわらえき)の表示板が目に入った。
「……人いないねー」
「こっち方面には誰も用事がないんだろ。通勤なら一つ前の電車だろうし」
振り返ってホームを見れば、人影は一つさえない。建て直しのあった御旗五堂と違い、駅舎と構内のところどころに年代を感じ取れる。だが朝の陽射しの中にあると、時を経て寂れた光景のすべては、美しくさえ思えた。人気も音も無い静けさの中で、発車を待つこの乗機だけが低く唸っている。
……そうしてずっと眺めていたかったぐらいだが、浸る間もなく電車は再びレールを噛み始めた。ゆっくりと去っていく見慣れぬ駅に別れを告げるように、自分はまた正面に向き直る。
――――そうして目を戻すと、井房野が横たわり眠りこけていた。
ああ……結局、こうなるのか。
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遠染(とおぞめ)の駅に井房野をかついで降り立ち、しばらく起こすのに時間をかけた後でやっと改札を出た。
なんとか待合室まで歩かせた後は「ここならいいか」と思って眠らせたが、目が冴えたと言ってすぐに起きた。
それから数十分ほどだらだらと話に付き合い、疲れ始めた頃に電車がやって来て、やっと無事に全員集合が出来た。
「……というわけで、なんかもう俺が疲れたのでさっくり終わらせて帰って寝たい。むろん職務は全力をもって果たすが、その点には留意しておいてくれ。目標の回収が終わった時点で現地解散だ。OK?」
「はあ……分かりました。苦労でしたね」
「全くだよ、鑑。次の機会があれば、こいつの面倒はお前に見てもらうかな」
「え……いえ、自分の事で手いっぱいですから。遠慮します」
「じゃあ、やっぱり腐れ縁の猪吹にでも……」
「俺も嫌ですよー、というかいっそ置いてけばいいんじゃ? うん、そっちを推奨しますよ」
「あんだとー、隣人ぉ。あんたよりは役に立つっての」
「はいはい、後でやれ。出発するぞ」
奥の方で話を聞いていた葉村と愛中の間を抜け、二人を伴いつつ駅舎から外へ抜ける。駅前はわずかに傾斜した広場兼駐車場で、脇の方に野菜直売のテントを出してる老人の他に気配はない。
遠染は尾岐市の南側に隣接する小さな町である。あるのは保養地と、それと谷合いに隠れた田畑ぐらいのものだが、県央唯一の空港が存在するために知名度は高い場所だ。
「ここから遠いんですか、目的地」
「徒歩で二十分程度らしい。バス使うなら最寄りのバス停から五分ぐらいか」
「じゃあ、待ちますか?」
愛中はスポーツキャップのつばを上げて目を細め、駅の端にあるバス停に近付く。あらかじめバス時刻は調べてあるが、確認のためにも自分も歩み寄る。
「やっぱりな。この線はしばらく来ないぞ。一時間以上待つことになるな」
「んじゃ歩きですか……山の中とかじゃないですよね」
「そう願いたいもんだ。じゃ、さっそく行くか」
駅の敷地を抜けて左手に曲がり、公道に出る。公道とは言っても、歩道の区切りがない狭めの田舎道である。道の左手にみっしりと木々が茂り、斜面に立っているためか上部の枝葉は道にせり出している。木陰がそうして先に続いているのはありがたいが、大きめのトラックなどはおそらく通れまい。わずかに涼みつつ右手を見れば、はるか向こうの山裾まで田園と水路。挟まれるように川と橋、あとはちらほら民家と小屋が見える程度だ。
「ローカルだねぇ」
「お前にしては配慮した言い方だな。とはいえ、御旗もたいして変わりないだろ」
「うちらんとこはもっと施設とかあるし……ここはなんか、文明が感じられないっていうかぁ」
「でもシンゴ先輩の家周りもこんなもんですよね」
「おいケンカ売ってるのか猪吹。否定はできないが」
「いや先輩の家もいいとこありますって、ほら……えーと……高い所に建ってるとか、見晴らしが良いとか」
「同じじゃねえか。まあ実際長所なんてそんなもんだ。あとは静かだってことぐらいか」
そうこう話すうちに、道に落ちる影が先で途絶えているのに気付いた。大きな民家の石塀の前で、じりじりと太陽がアスファルトを焼いて待っている。そこを抜ければ次の影がまた続いているようだが、のんびり歩くのは自殺行為だ。
猪吹と井房野は我先にと走り出して、並んで日ざかりの道に突っ込んでいった。
「元気ですねー、二人とも」
「お前も同学年だろうに、シャキッとしろ葉村。こんなもんまで被っといて」
「あー……やめて下さいよう、もー」
深くかぶった麦わら帽をくいっと引っ張ってやると、彼女は頭を抱えて弱く抵抗した。
「ほら、急がなくていいから進め。疲れたら構わず休め、乾いたら水を飲め」
「はあ……そうしますね」
言いながら彼女も、ふらりと一歩ずつ踏み出していった。
あとの二人、愛中と鑑は少し遅れてからそれぞれ自分の横に並び立った。
「どうしたんです先輩、早く行きましょうよ? あ、待ってくれてたの?」
「前の元気な奴は放っておいていいが、後ろの遅い奴は急かさないといかんからな」
「そんなに急いでも帰りでバテちゃいますよ。ちゃんと付いていきますからお気遣いなく」
「ああ、お前は別にいいんだが……」
左に立つ彼女から目を逸らし、右に立つ彼に水を向ける。
山か空か、遠い彼方を見る目で、鑑計伍は銅像のように佇んでいた。ことさら歩みが遅いというわけでもないが、普段の毅然とした感じがなく表情もずっと硬い。
「どうした、鑑。暑くて疲れたか」
「いえ……別に」
「そうか、ならいいがな。……俺は少し疲れたな。愛中、一年どもを適当に遅らせといてくれ。こっちは後からゆっくり行くからよ」
「えー? わかりましたけど、追いつかないと……回復したらすぐ来てくださいねー」
たいした抗弁もなく、愛中は軽快な足取りでどんどん距離を離していった。
「で、何か気になったことでもあるのか」
「……言わなくちゃいけませんか」
「差し支え無ければ。何か思い悩んでるように見えたが、違うか?」
「それは……まあ……そうだけれど」
上向けていた首を下げて、鑑がうつむく。そのままゆっくりと歩き出したので、こちらも歩を合わせ、共に夏空の下へと入り込んだ。カッと照りつける日差しも、鑑は目を少し細めただけで意に介してはいないようだ。だがその意識は蔭り、渦巻いているのだろう。
やがて意を決すでもなく、ぽつりとこぼすように鑑が言葉を発する。
「今後の作業は――――危険だと思う」
「それは『影響物処理』のことか」
「うん……いや、はい。そうは思いませんか、打川先輩は」
「今回に限れば大丈夫だ……とは聞いている。ほぼ人に影響を与えない物体らしい」
「それはそう聞きましたし構わないですよ。問題はそれ以外……それ“以上”との接触の場合……」
「まあ……そうだよな」
『影響物』が無差別に超能力と同じような現象を起こすとすれば、当然今までとは話が変わってくる。
当たり前だが、物体は能力を制御できない……すなわちリミッターは掛からない。今までのような対人訓練とは違い、当然ケガをする可能性が出てくる。
さらには間接的影響への抑止力だった存在――立会人が、『実習』の間は不在だという。彼らは並はずれた超能力でもって不測の事態が起こらないように監視する、そのための存在だったはずだ。
「いずれ強力な影響物に当たればタダじゃ済まないかもな」
「上は何を考えてるんでしょうか」
「わかりかねるな。研究の一環なのだろうが、他に思惑はありそうだ。少なくとも危険物を取り除きたいとか、そういう善意なんかじゃないだろう」
「今後、これが悪行に変化していくなら……僕は止めるつもりです。少なくとも、重い犯罪行為に繋がれば」
「その心がけは立派だが、お前一人で止まるもんでもないだろう」
「う……。それは……ええと、仲間を募るとか、警察に通報するとか、で……」
具体的なことを考えていなかったのか、顔を背けながら語尾をすぼめていく。
「と、ともかく、しばらくは見極めに徹するつもりです。……だから、先輩は実習の前に安全性を確認してくれませんか。立会人にその点を確認しておけば万一の被害も防げるし、責任を問うこともできるから」
「まあ、それはそうだ。俺も不慮の事故はごめんだしな」
「はい、お願いします」
「悩み事はそれで終わりか?」
「まあ、ひとまずは……いろいろと疑問とか気になることはありますが……自分で考えたいから」
「そうか、ならいい。無理はするなよ」
「はい。ありがとうございます」
話を終えて前を向くと、4人が影の中で足を止めて待っていた。
見たところ明るく元気なのはいいが、こいつらも少しは緊張感と言うか警戒心を持って欲しいものではある。
思い出したように汗がにじんできたので、大股で先の暗がりへと急いだ。
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「地図の場所はここだ。小屋はあるが、基本的には空き地と見ていいか……」
「ここですね。うん、わかります」
「何か分かるのか、葉村」
「ええ、なんとなく……他の能力者でも接触すれば分かるでしょうけど、肌に触れる空気から読み取れるんです。この空間には、自分を除いて反応が五つあります。つまり余分な一つが目的のものでしょう」
「方向は?」
「あっち……地表近くですねえ……斜め下? あ、それじゃないですか」
「これは、花……だよな? これ一本か、地面に埋まってたりは?」
「そうみたいです。先端ほど力が強いですが……能力者と比べたらよわよわしい感じですね」
真っ白で、花びらの密集した小さな花。
これがお探しの『影響物』らしい。
……あっという間に見つかって、みなが全く拍子抜けという感じの表情だった。
「これを持って帰れば終わりかー……こんなに人数必要だったの?」
「まあ初回だからな……流れを確認する必要はあったんだろう。回収が終わるまでは気を抜くなよ、どんな『影響』が出るのか分からんぞ」
「お言葉ですけど、この分じゃたぶん何も……」
そう葉村が反論しようとした、その時。対象の『影響物』にある変化が起こった。
側面についていた花びらがひとつ、はらりと落ちた。
もちろんそれだけなら偶然で終わるが、地に落ちるのみだったその一枚の花弁は……
真っ黒に変色して。
ちぎれるように分かたれ。
粉々になり。
……ついには、あとかたもなく消失したのだ。
それは引力によって地に落ちるよりも早い、まったく一瞬の出来事だった。
しばらく目の前で起こった現象に何も言えずにいたが……愛中がまず口を開いた。
「え、あれ、能力!? 一体、どういう……」
「わからないが……猪吹。ともかく変な影響が出る前に回収だ。“土”であれを包んでしまえ」
「え、ああはい。了解です」
言われて彼は、しゃがみこんで手近な地表の様子を調べ始めた。草の多いところだが、土はその合間から見えている。
しばらく探るように土を撫でた後、両手をぴたりと大地につける。
そして、力が放たれ、操られる。そこらの草を持ち上げながら、盛り上がるように土は進み……ついには目標の花の真下を持ち上げた。
「傷は付けないように閉じ込めます。それでいいですか」
「ああ、気をつけてやれ」
許可を出すとすぐ、盛り上がった土が二手に分かれ、真上に塊となって持ち上がる。
その塊は細まりながら伸びてきれいな半球形を作り、合わさって、花を茎や葉ごと閉じ込めた。
「このまま持って帰るつもりですか」
「いや、これに入れる」
言いながら、俺は立会人から預かっていた四角い箱を取りだした。取っ手の付いた、鈍い銀色に光るそれを開くと、内部は空洞になっていた。高さも幅も奥行きも30センチほどで、“花”を土ごと収めるには問題ないはずだ。
「金庫?」
「そう見えるが、見かけよりずいぶん軽いんだ。どうも変わった素材のようだが、まあそれはいい。ここに近付けられるか」
「ええ、問題ないです」
影響物を内包した土の玉がゆっくりと動き出して、そのまま“金庫”へとひとまずは収まった。
「中まで入れるとなると、能力も切るしかないんですが……花がどうなるか分かりませんよ」
「ま、そこまでは知らんからな。やっちまえ」
「はい」
線を描いて繋がっていた土は“金庫”の前で分断されて、たちまち重力にしたがい落ちていく。
それを確認して、俺はすぐさま蓋を閉め鍵を掛けた。
「いいんですか、これで」
「いいと思いたい。……一応、能力を弱める作用があるとか聞いたが怪しいもんだな。ま、ともかく、これで完了だ。お疲れさん」
「大した労力じゃないですけどね……何だったんだろう、この花の能力」
首をかしげる猪吹だったが、見当はつかない。回収が終わって緊張が解けたのか、皆してあれこれと能力について推測し始めた。
「んー、『飛んでるものを燃やす能力』とかぁ?」
「でも火が出た様子は無かっただろ。『植物を枯れさせる能力』じゃないか?」
「それならまず、周りの草とか、花自体を枯らすのではないだろうか」
「『変色能力』じゃないし、『炭化能力』かな……でもそれなら後に何か残るはずだしねえ……」
出てくる意見のどれも微妙に違う気はするが、かといってしっくりくる答えもない。相手は植物であり、意識の無い自然なのだから当事者に聞きようもない。
そのまま考えつつ帰途に就いたが、これといった回答は浮かばなかった。
次第に話題も移り変わって雑談となり、御旗五堂の駅で解散する頃には疑問自体もすっかり忘れ去っていた。
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「――――というわけだったんですが、結局あれはどういう能力だったんですかね」
また後日に立会人にでも相談しようと思っていたところ、同日の夕方ころに川藤がやってきた。『影響物』の引き渡しはそのうちに行うつもりだったが、初めての事だからかすぐに回収してしまうようだ。
川藤は報告したことに驚く様子もなく、小さくうなずき腕を組む。ソファに深く腰掛けた彼の表情はどことなく明るく、上機嫌に見えた。
「花びらが黒くなって消えた、か。なるほどな」
「勝手に納得されても。それとも、教えられないことですか」
「いや、そうじゃないが……。お前はともかく、能力者の誰もが分からないとはな」
「と言うと、一般人には分からないものですかね」
「そうでもないさ。考えが回るかは別の話だ」
「では、答えを」
一度口を閉じて、思わせぶりに歪めてから、彼は言った。
「それはな、厳密に言うと能力じゃねえ」
「……え。自然の作用だというんですか」
「ああ、黒くなって消えたのは自然なことだ。その時点でそこから能力が消失したからな。実際に超能力が発動していたのは、残った花の方。つまり、おそらく――」
一呼吸だけ置いて、続ける。
「――『偽の花びらを作る能力』なんだよ。付いていた花びらのいくつかは偽物。枯れかかった花をギリギリでつなぎとめている、死んだはずの部分だ。その死んだ花びらを本体が繋ぎとめて、見かけだけを繕って構成し直した、ということだ。あるいは微弱な幻覚で本来の白色や形状を見せていたのかもな。その辺は後で調べれば分かるか」
「はあ……ううん、なるほど……? で、それがなんで能力者の方が分かりやすいんですか?」
「感覚を研ぎ澄まして見れば、花びらの枚数が違って見えるはずだからな。感覚能力が高いのは葉村だが、そういやあいつは視覚にはあまり頼らないか。気付けそうなのは湊ぐらいかね」
「…………」
おおよそ理解はできたが、聞く分には単純な能力とは考えにくい。
「感じ取れる力は弱かった、と葉村は言ってましたが、わりと高等な能力に思えますよ」
「いや、そんなことはないさ。要は生命維持の延長だからな。人間の再生能力というか、アンチエイジングとか化粧みたいなもんだ」
「今回はつまり、植物が寿命を延ばしただけ、って事ですか」
「こういう影響物は多いんだよ、小さいものだとほとんどがそうだ。欠けた茶碗が直ってたり、シャツのシミが消えてたり。“元の状態に戻る”というのは基本的すぎて能力に数えられないそうだ……ああ、話し過ぎたな、こんな時間か」
時計を見上げた川藤につられると、丁度午後六時だった。数時間前に外出したメイも、そろそろ訓練から帰ってくるころだろう。
「じゃ、こいつは預かっていくよ。あんがい植物の『影響物』ってのは貴重でな、いい収穫だった。じゃ、なんだまあ、お疲れさん」
「ああ、どうも。お疲れ様でした」
挨拶もいい加減に、川藤は入ってきた縁側から足早に出ていった。
……終わって真相を聞いて見れば、危険性は全くない作業だったようだ。立会人としても、訓練生を傷つけるような可能性がないよう、きちんと配慮はしてくれるのだろう。鑑のしていた心配は杞憂に終わったようで、段階が進んだとは言っても平和なことには変わりがない。遠出するのは疲れるものの、負担自体はむしろ減っている気もする。
超常的な力に巻き込まれつつも、平和な日々はまだまだ継続する。
年下の能力者たちを見守りながら、振れ幅の無い生活が続いていく。
しかし、何だろう……慣れてきたからか、退屈だとさえ思えてしまう。
自分は見守るだけで、主体じゃないからだろうか。
せめてあの花ぐらいの小さな力でも。
自分は、本当は力が欲しいのかもしれない。
主役になりたいのかもしれない。
あんな植物には力が芽生えて、何故自分は超能力を得られなかったのだろう。そんな風に立会人に問い質したい気持ちもあるが、そうしたら自分がより否定されるような気もして怖かった。
夏空に蒸し暑く夕陽が落ちている。
不安な色の空が、まぼろしのように揺らめいて見える。
けれど考えるまでもなく平穏で、そして考えてみれば退屈な夏だった。
少なくとも、たぶん、この頃までは。
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<21> 心無き力の在処 /了
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