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<19> 風砂人は霞の朝に (前)

「よっしゃあ起きろコラァ! 朝だぞてめえらァ!」


 どばあんと大音声が飛び込んできて、横たえていた体が浮くほどに驚いた。



 まぶたはいまだ重いままで、視覚では声の主を捉えられない。

 が、誰が叫んだのかは少ししてから知覚できた。

 子供のような無遠慮さ、突拍子の無さ、そして高くて無駄に澄んだ声色。


「…………んー……だあれえー……? きりしろさあん……?」


 布団がこすれる音と眠たげな声が離れた場所から聞こえて、メイが起きたらしい様子が聴覚だけでもわかった。

 

「そうだよォ僕だよ、おはよう二人とも。快適なお目ざめで何より、じゃあ10分以内に裏の駐車場に来てくれたまえ。以上」


 早口でそう言ってしまうとそれきり反論の余地もなく、鋭い足音が遠ざかっていった。


「なんつー迷惑な人だ……」


 きんきんと響きの残る頭を片手で押さえつつ、ともかく身を起こして状況を確認する。

 半ば閉じた目で見るに部屋は暗いが、カーテンの隙間から淡く光が漏れている。言った通りの朝ではあるが、どうにも頭に「早」がつきそうだ。


「何時だー……?」

「ごーじー……5分ぐらい? ん、ふぁああ……んじゃ着替えて駐車場いこっか」


 すっくと立ち上がって、メイは私物を置いてある次の間へと入っていった。切り替えの早さは見習いたいが、別に逆らっても良かろうとも思う。何があるかは分からないし良い予感はしないが、あとあと難癖をつけられて減給とかされても困る。第一他人の金で泊まらせてもらっている以上、そこを突かれるとどうしようもない。


 幸いに旅行は3日目、最終日である。ここさえ乗り切れば無事帰宅できるはずだ。

 腹をくくって、せいぜい振り回されるとしようか。



- - - - -



 大集合であった。

 先月末のオリエンテーリング以来の人数が駐車場にいる。ざっと見ても20人、立会人を含めると25前後の頭数である。

 浴衣や寝巻きで降りて来たような訓練生がいない辺り、何かしらの荒事が行われることを感じ取っているようだ。


「どーも、シンゴ先輩。おはようす……」

「よう猪吹、元気そうだな。もっとも他の連中に比べたらだが。そっちは……枚垣か、珍しいな。一緒に来たのか?」

「はい、そうです。猪吹とは同室だったので。親しくなれました」

「訓練生同士とはな。偶然かね」

「ああ、それなんですけど。きのう偶然に気付いたんですけどね、俺たちのいたフロアって訓練生しかいなかったんですよ。別学年同士で割り振られてるとこもあったぐらいです、まさか性別までごちゃまぜではないですが。何にせよ、あらかじめ手を回してたって事でしょうね」

「ああ……なるほどね。叩き起こしても一般人に影響がないようにか。変な所で気を回すもんだな、あの人も」


 当の桐代は他の立会人たちと何事かを話しつつ、愉快そうに大笑していた。

 しばらくしてからまた人数が増えたころに、伸び上がるように人だかりを見渡してから彼は言う。


「ひいふうみいよォ……何人かいないけど、まァ丁度いいかな。それじゃあ始めるぞー、準備は良いな?」

「準備も何も……内容をまっっったく知らされてないんですけれど?」

「ハハハ、剣呑だねえ由梨乃ちゃんは。なに、難しい事はやんないよ。今日やるのは試合だよ。ルールも難しくない」

「試合って、この人数で? 何時間やるつもりなんですか」

「タイマンでやってたら日が暮れるだろうねェ。でも大丈夫、1試合だから。11対11の松杜見カップだ」

「……超能力サッカー?」

「ある意味近いなァ。それも魅力的だけどね。あとは川藤、説明頼んだ」

「ああ、へいへい……ったく……」


 陽々と踊るように下がった桐代に代わって、陰々と出てきた川藤が帳の下りたような渋面を見せた。


「言った通り、11対11……2チームに分かれて戦ってもらう。普段の試合と同じ点としては、背中のシールに触れられたら失格。その場で脱落となる。そうやって個人が負けてもチームは戦いを継続するが、『リーダー』がやられた場合はその時点で決着だ」

「制限時間は? 時間切れとかあんのか?」

「想定は90分だな。休憩は一切挟まない。決着がつかなければ人数の多い方が勝ちだ」

「一試合でそんなに掛かるの? しかもこの駐車場でやったら大混戦になるんじゃ……?」

「あー、場所はここじゃない。向こうの林の中でやる。足場はともかく視界は良くないから、開始時点じゃ相手チームの姿は見えないと思ってくれ。フィールドの全長は2000メートルってとこだな……幅は100メートル程度。ラインは引いていないが、あまり外れるとリーダーに渡したセンサーが鳴るから注意しとけ」

「なるほどー……んじゃ、相手のリーダーを狙えばとにかく勝ちっスか」

「いや、もう一つ勝利条件がある。敵方のスタート地点に刺さっている『フラッグ』を抜けば、それも勝ちになる。……ほれ、あれだ」


 指差した方向に小さな人影があり、赤と青の小さな三角布を頂く二本の旗を抱いていた。

 その旗下で朝靄にきらめくめざましい金髪は、デイジー・ハースヴェルクのそれであった。一斉に注目された彼女は、気恥ずかしいのか顔を背けて身を小さくすくめる。そういう仕草は子供らしいといえばそうだが、ややわざとらしくも思えた。


「さて、ここからが今回の鍵になる。この旗……というか、この林にはある細工をしてある。基本的にここでは、お前たちは“一人では能力が使えない”状態になってるんだ。ただし例外として、フラッグかリーダーから30メートル以内であれば普段通りに力が行使できる……」

「つまり、単独行動は原則として禁止ってことですか」

「その通りだな、頑張って協力することだ。オフェンスとディフェンスの配分や能力を考えつつ戦い抜くことだ」

「へえい。ときに、リーダーはどうやって決めるんですかい」

「ああ、もう決めてある」


 クラスBあたりが主導でやるんだろうか、それとも桐代VS真崎みたいな犬猿の対決になるのか……。何となしにそんなことを部外者面で考えてみたが、どうも視線がこちらに突き刺さっているような気がしてならなかった。

 ――――いや、間違いなく熱烈なものを感じる。どうにも残念なことに、カヤの外ではいられないらしい。


「赤い旗は……狩野チーム。とすれば当然青い旗の方は――――打川のチームになるな」




- - - - -



 審判たる立会人に先導されて、朝もやの中をイレブンが進む。

 旗を右手で無造作に持っているのは、常に変わらぬ仏頂面の真崎である。しばらく歩いてから立ち止まり、周囲を確認したのちに彼は土の露わな地面へと旗を突き刺した。


「十分程すれば、お前の付けたリストウォッチが音を鳴らす。それが開始の合図だ」

「この時間表示が残りタイムですか。ここの矢印は……」

「敵のフラッグが存在する方角。その横の数字は半径30メートル圏内にいる能力者の数」


 矢印が指す方向は、地理を鑑みるにおそらく真北の方角だろう。

 数字はデジタル表示で“10”と示されており、旗の周りで好き勝手に騒いでいる訓練生の頭数と一致する。


「説明は以上だ。試合中でも質問には応じる」


 言った直後に、真崎は忽然と姿を消した。



「さて……この面子、か……」

「おや、何やら不満そうですねえ」

「なんでもありってんなら、お前は便利だろうけどな。前も話した気はするが、試合向きじゃないだろう」


 すぐ近くで話を受けた湯本恭兵は席次8番、上から数えた方が早いクラスBの能力者だ。

 しかしながら得意分野は悪く言えば泥棒、よく言えば手品といったものである。


「フラッグとかゼッケンとかリストウォッチとか、重要な品を引っ張ってくるのは禁止だとお達しがございましたからね。どうにもこうにも」

「『コール』は見えてるものも呼べないんだよな。乱戦でも不利か……」

「するってえと防御に回るべきですか」

「向こうに河内がいるみたいだからなあ……どうすっかね」


 あらためて、集まったメンバーを見渡す。

 まずは話した通り、クラスBの湯本恭兵がいる。他にも参崎龍、馳由梨乃、愛中久澄江に井房野転子と、試合経験の多いクラスCのメンバーが揃っていた。加えて葉村砂月と桜嶋唯音。葉村は能力・体力に癖が無いから役に立つし、桜嶋の伝達能力は集団行動では欠かせないものだ。

 出戸滋忠はまだ未知数なところがあるが、そこに期待もできる。美濃川玲葉は能力はともかく、空気の読めるムードメーカーではある。唯一人のクラスDである枚垣行太もいるが、かなり集中を要する能力ゆえに活躍は厳しそうだ。


「ふんふん、こうして見ればそう分は悪くないかもな」

「そうですよ、気楽に行きましょうや気楽に――――」


「……甘いっ!! 甘すぎますよ先輩方ッ!!」


 和みかけたこちらを揺さぶるように突然叫んだのはC-16、愛中久澄江だった。


「ど、どうしたんだ愛中。随分な気合いだが」

「だから、見通しが甘いって話ですよ。少なくとも向こうに猪吹君と鑑君がいるんですから、そうそう楽には勝てませんよ。その二人を突破できないと勝てない以上、対策を練っておかないと。土に捕まったり檻に閉じ込められたりしたら、もうほとんどアウトですもん」

「そうだがなあ……まあほら、参崎が『グレート』で当たっていけば一応能力を封じ込めておけるから。そうやって一人ずつ……」

「ダメですよ、多分それじゃ。知ってるでしょう、柳果ちゃんの能力」

「あ……埜滝か。さっきは確認しなかったが、向こうに居るってのか」

「そうです。効かない例外もあるみたいですけど、真っ向から『ハーツ』に当たれば逆に能力は封じられちゃうはずです」


 100%使えなくなるわけではないが、扱いに繊細を要する高次能力者ほど彼女の影響を受けやすくなる。D-25・埜滝柳果の『ハーツ』とはそういう特殊なスキルだ。別に能力者でなくともイラッと来るので、なおさら参崎は分が悪い。


「となると埜滝対策、か……しかし誰ならあれをスルー出来るってんだ」

「最適なのは親友の香利ちゃんですけれど、向こうに居ますからね。……あー、枚垣君ならあるいは気にしないかも。けど問題はその辺よりも、参崎君がまともに使えない事ですよ」

「おい、愛中ぁ! 黙って聞いてりゃ、随分言うじゃねえか。なめやがって、オレの能力がそうそう潰されてたまるかよ」


 木の幹にもたれつつ一応話を聞いていたらしい参崎が、怒声とともにこちらへと詰め寄る。


「全否定するわけじゃないけど、柳果ちゃん相手じゃ火と水でしょ」

「残念だが愛中の言う通りだ、参崎。もちろん能力としては強力だし貴重だからな、前衛を務めてもらう事になるだろう。期待してるつもりだが、いけるか」

「……チッ。ああ、上等だよ。全員ぶっ潰してやる」


 適当にフォローとして褒め言葉も混ぜてみたが、まんざらでもなく怒りも治まったらしい。気は短いが、扱いやすいのは美徳とも言えるかもしれない。


「愛中は旗の防御……バックメンバーだな、そっちの指揮を取ってくれるか。連絡係に桜嶋も残していくから、指示があればそちら経由で頼む」

「……そうですね。奇襲があると厄介ですし、戦力が必要ですからね」


 ついてきたがるかとも思ったが、素直に応じた。もっともそれは、消極的な理由ではなさそうだ。

 

「攻めより守り、守りよりカウンターで行きましょう。油断したところで逆転の一発を狙ってやりたいですねっ!」

「……まあ、期待しとくか。ところで」

「? 何ですか」

「どうしてまた、そんなにやる気なんだ」

「あれ、気付かなかったんですか? だってほら、今日は……」



- - - - -



 そう愛中に言われるまで、すっかり忘れていた。


「『試験』と『評定』か……そういえば月末に付けるんだったな」


 能力者の力を立会人一同が細かく判定し、区域内の能力者内における階級と番号を付ける――――

 簡単に言ってしまうと、それが『評定』である。


 初回で決められた番号や階級が変わることは無い。しかしあくまでそれは見かけ上の話であり、能力者達は成長もすれば衰退もする。放っておけば、能力が自然消滅することもあるらしい。そのため、内部的な能力状態は定期的にチェックされている。

 もし力が衰退し下げ止まらないようなら、現在の訓練を見直すことになるという。

 訓練生たちにとっての『評定』とは、基本的にこちらを指している。


 そしてその評定結果に大きく関わるのが、月末に行われる『試験』というわけである。


「忘れたる程なれば、其は関わらざる故か」

「直接は聞いてないし、俺の一存で評価を付けたりもしない。データや訓練結果を取って送るだけだ」


 聞いてきた葉村に、正直に返答する。彼女は周囲を気にかけつつも優雅な身振りで歩いているが、上下が学校のジャージなのでどうにも格好は付かない。


「言っちゃなんですが、力の衰えなんてもんは感じませんねえ。しばらくは安泰でしょう」

「怠けた馬鹿ならともかく、オレの『グレート』も万事問題はねえな」

「お前らはそんな感じだな……訓練も数こなしてるし、使い慣れてる」


 フロントメンバーとして選出した湯本と参崎が好き勝手に見解を述べるが、おおよそ言う通りでスランプとは無縁そうだ。総じて能力者はマイペースな奴ばかりで、精神面の不調で力が衰えるような事はまずない。

 試合はすでに始まっているが、気負うこともなくみな落ち着いていた。勉強合宿での疲れなど存在しないかのように元気な様子で、このイベントを楽しんでいるようだ。


「なあ先輩よ、もっとガンガン進めないのかよ? ちんたらしてっと先を越されるぜ」

「一応そうされないように、正面からまっすぐ進んでるんだが」

「それを読まれて迂回されてやしねえか、ってことだよ」

「どうだかな……もう少し進行して見ないことにはわからん、が……」

「あれか」

「ああ、あれがな……」


 後ろに目を向ける。

 選出したフロントメンバー、つまり旗を狙いに行く役は5人。湯本恭兵、参崎龍、葉村砂月の3人が自分の周囲にいて、残り2人は後ろを歩いている。

 ……いや。正確に言うなら、歩いているのは荷を担ぐ出戸滋忠、彼ひとりだけだ。


 その背中で二度寝を決め込んでいる井房野転子は、地に足を付けてはいないのだから。


「……いい加減起きろよー、井房野」

「ん~……もうちょっとしたらねぇ……。……んあ、あ……ん? ここぉ……どこ?」


 夢か現かといった様子で、しかし気持ちよさげに彼女がもごもごと喋る。


「まったく酷いもんだな……そもそも良く集合場所まで来れたもんだ」

「みのねーがぁ……ひっぱったってきてくれたぁ……」

「何で呂律が回ってないんだ、酔っ払いかお前は」

「んあ~のんでないよぅ、みせーねんはのめないしぃ。きのうたべすぎてねむかったからぁ」


 言ったきり首がごろんと横向けられ、彼女はまた惰眠に誘われていった。


「ふうむ、これじゃどうにもなりませんねえ。出戸君もこの状態では実質3人でしょうし」

「手間を掛けさせやがって……イラつくな、ったく」

「ま、そう怒るな。心を広く持て、参崎」


 “お前は特にな”という付け足しの文句は呑み込んでおいたが、しかしままならないのも確かだ。

 

「……よし。こうなったら一度足を止めよう。この状態で相手方に遭遇しても不利だ」

「あんだよ、それで起きるのを待つってのかよ」

「ああ、ただしそれは“用事”を済ませるまで――少しの間だけだ。……出戸、ひとつ頼みたい」

「はい。何ですか」


 特に背に負った「荷物」を重そうにするわけでもなく、すいっとその長身を振り向ける。

 日中ほど暑くないとはいえ汗一つかいておらず、顔にはまっしろな表情が張り付いていた。


「お願いしたいのは“偵察”だ。……敵がいなければそれでよし、いたら警戒する。害はなく利のある事で、気を付ければ危険もない」

「わかりました。行きます」

「よし、じゃあ距離と時間を教え……ああ、背中のはその辺にうっちゃっとけよ」

「はい。……そうですね」


 出戸は少しだけ考えるようにしてから、手近な木の幹にそっと井房野をもたれさせた。

 いっそ手荒に起こしてしまってもいいのではと考えたが、やはり万全の状態で目が覚めるのを待つのが無難だろう。能力は精神に影響されるものだし、また精神は肉体と関わり合う。

 手短に仔細を出戸に伝えると、ひとつ頷いてからすぐに出発し、姿を消した。消え入るような存在感の薄さは、他意は無いが偵察にはぴったりのはずだ。

 

「それで、オレらは待機ってわけかよ。暇なもんだな」

「なら準備運動でもしてろ。急に動いて身体がつっても知らんぞ」

「ハ、そんなのは普段動かねえ奴の理屈だろ? そこの先輩なんか、特にそうじゃねえのか?」

「あっはっは、それもそうですねえ。どうにもこの頃の陽気は億劫で、なまり気味ではありますねえ」


 微笑を浮かべて、湯本はそう返した。

 血の気の多い参崎とは性質も逆で、ぶつからないとはいえ仲が良いわけでもない。余裕ある態度とクラスBという階級は、参崎のカンに障るところがあるように見えた。

 こちらに言われたままに、身体の曲げ伸ばしを始める湯本。そちらから顔を背け、林の奥を見すえる参崎。

 その気質や性質等を思いつつ二人を交互に見ていると、


「(……先輩。ちょっといいですか)」

「ん? ああ……葉村か。お前もしばらく待機な」


 少しばかり声をひそめて、後ろにいた葉村はこちらに話しかけてきた。他に聞かれたくないのかも、と思い他の二人から何歩か距離を取る。様子はどうも大人しく、この間二人でモールを回った時に似ていた。


「何か用か? ……偵察に行きたかったとか?」

「いえ、まさか。たぶん向いてないです、性格的に」

「そうかもな、適性は分からんがそんな気はする。で、何だ?」

「何ってわけでもないですけど……前衛でよかったんでしょうか、私」

「おや、そんな事を言うとはな。自信が無いか?」

「なくもないですけど。私がどうとかより、もっと適任がいるんじゃないかって思って」

「ほう? そう思うか。……だとしても、戦力は分散させないとな。こちらがうまく進んでも本陣を突かれたら負けだ」

「そうですね、それはよく分かってます」


 2チームを攻防に割りふっての“旗取り”は、実は初めてというわけではない。訓練の中で経験のある者も多く、近距離向けの能力者以外も活躍できることから参加者も広く選びやすい。

 風を起こす葉村の『ブロウ』は牽制に便利で、戦略の一端を担う重要な能力といえる。


「こんな規模でやるのは初めてだからな。普段なら敵陣への到達が早いから攻めっ気を出しても良いが、今回は慎重に行こうと思う」

「んー……そうですか。その、ユリノ先輩なんかは強い能力ですよね? それも分散のために?」

「まあそれもあるが、あいつはな……運動が駄目なんだよ。センスが悪いわけじゃないが、体力がな……」

「あー、そうだったんですか……言われてみれば、走ったりしてるの見ないですね」

「だからひとつ所に据えておいた方がいいだろうと思ってな」

「なるほど、腑に落ちました。ありがとうございます」


 しきりにうなずいてから、葉村はこちらを見てやわらかく笑った。彼女は演技は得意であるはずだが、それは純粋な笑顔に見えたし、魅力的に思えた。女性と明確に分かってから、いろいろと違った見え方がして……むずがゆさに似た、どうにも複雑な感覚がする。


 しばらく言う事もなく、突っ立ったまま黙っていると。

 葉村がふと、口を開いた。


「……そうだ、出戸くんが偵察に行きましたけど。あと何分ぐらいで戻ってくるんですか」

「ああ、えっと……そうだな、このタイマーで言うと……」



 そうやって腕に巻いたウォッチのデジタル表示を見た――――その時。


 現れていたその“異常”のために、時間表示は目に入らなかった。

 上部のタイマーではなく、下部の矢印でもなく……その横。

 そこに現れる数字は、この近辺30メートルの能力者の数という話だが、


「なっ!? 『8』……!?」


 今ここにいる能力者は4人、出戸を入れても前衛は5人。

 それではこの数には明らかに足りない。とすれば、つまり――――


「(葉村、気をつけろ! 敵がいるぞ……すぐ近くに!)」


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