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<17> ターン・フォー・ターン (前)

 出歩いた先が近場だと、仕方のない現象ではある。

 ましてや夏休みの序盤であることも考えると、普段よりはその機会が多くなるのも分かる。



 だが、だがしかし。偶然にしても度を越してないだろうか。



「何か凄いねー、さっきから知り合いにばっかり会うね?」

「いや、にしても多すぎだろう……これで累計20人ぐらいは見たぞ……」


 駅前で高校の友人共、バス乗り場で葉村&津島弟、バス内でご近所さん一家、楽器店前で桜嶋、書店で湊。そのぐらいで腹いっぱいだというのに、改札口付近まで戻った時には中学時分の知り合い達と遭遇してしまい、なんやかんやと茶化された。あと会話こそ交わしてないがつい先ほど遠目に真崎も見た、と言うか目が合った。急なことだったので寿命が縮んだ思いだった。


 現在地は尾岐駅構内待合所の片隅。

 約束の時間まで駅ビルにある店舗でもひやかそうという算段だったが、そんな調子で満足に回れずに早くも疲弊していた。

 

「……まだもう少し時間あるし、本屋とか見てきてもいいぞ? さっき通った時見たそうにしてただろ」

「ううん、いいんだ。約束があるなら守らないとね。それに余裕ないときに回っても面白くないし、シンゴもついて来ないんでしょ?」

「まあなあ。こう見えて人の多いところは苦手なんだ」

「へー、そうなの?」


 正確には“人が多くて狭いところ”が得意じゃないのだが、細かい説明はちょっと難しい。

 どちらか片方ならまったく気にはしないし、死ぬほど嫌ってわけでもない。とはいえ、今は話し疲れもあって少し休みたいという気分だ。


「夢中になって遅れるとかそういうことを懸念してるのなら、時間近くになったら電話かメールしてやるけど」

「いやー、ほんとに没頭しちゃうと何も気付けなくなるし。あとさ、携帯なんだけど……充電忘れてて電池残量がいまいちなんだよね」

「え、本当かよ。すぐ駄目になりそうか?」

「しばらくはもつ、と思いたいけど。……というわけだから、迷子にならないでねシンゴ?」

「いやいやいや、何で俺が言われる方なんだよ」


 言いつつもそれとなく携帯を確認するが、こちらはほぼフル充電状態で問題は無いようだ。ただ正面のガラス窓から入る光が邪魔になって、少しばかり表示が見づらくて傾けた。

 光源につられるように顔を上げて見ると、白灰色に取り囲まれた水色の空が縮こまっていた。


「雲が少し出てるな……明日は降らなきゃいいけど」

「……んー、大丈夫大丈夫。降らないってさ。ほら見て、お天気ニュースでもこの通り」

「そうか……っておい、言ったそばから無駄に携帯を使うな」

「無駄じゃないもん、いいじゃん?」


 携帯電話を隠すようにさっとポケットにしまい込むと、立ちっぱなしだったメイはバッグを空席に置きその隣に座った。

 彼女も自分と同じように空を見上げると、細めた目と連動するように口元に笑みを形作る。



 メイの興味が向く対象は広くて深く、そして遠い。

 本などに没頭せずとも、きっと退屈などしないのだろう。




- - - - -



『ごめん! 迷子になった!』

「え、いや……え? 何言ってんのお前?」


 まさかさっきの今でメイが迷子になったわけではない。彼女はすぐ隣で文庫本を広げて読書にいそしんでいた。

 

 声の主は約束を取りつけていたはずの張本人、愛中久澄江だ。

 時間にはまだ10分ほど早く、着信通知を見た時点では「遅れる」とかそんな旨の報告だと思ったのだが、いきなりこのような突拍子の無さで慌てつつもすらすらと言葉を継いでゆく。


『いや、私はなってないですけどね、一緒に来た転子ちゃんがいつのまにか姿が見えなくて……探しまわってる最中なんです! まさか放送で呼び出してもらうわけにもいかないから、現在しらみつぶしに探してます。見つかったらまた連絡しま……あ! そうそう、改札前にシゲちゃん待たせてるから合流しといてください。では!』


 それきり電話は切れた。すぐさまかけ直してみたが、コール途中で切られる始末であった。


「……まあ一応は分かったが、井房野も携帯が通じないと見ていいのか?」

「ん? イブちゃんがどうしたの?」


 手短に経緯を話すと、メイは何も言わずにささっと電話を操作して耳に当てた。

 こちらが番号を知らないと見て井房野にかけているのだろう、理解が早くて助かる。


「…………。……んー、案の定駄目だね。電源切ってるのかなー」

「それじゃ仕方ないな、指示に従うか。まずは『シゲちゃん』を迎えに行こう」



 

 待合所から改札口まで距離にして100メートルも無いとはいえ、今日は日曜日なので行き交う人の数も相当なものである。

 とりあえずは道の端に寄りつつ、急ごうか急ぐまいか微妙な心境のままゆっくりじわじわと進む。人の熱気がにわかに籠った駅構内の居心地はあまり良くはない。人混みの合間を縫ってまで駆けつける気も無いが、かといって遅れてしまうのも愛中に悪い気はする。


「愛中の他にはどういうメンバーが来るんだっけな、今日って。覚えてるか?」

「まずアイちゃんと、シゲくんでしょ。あとはイブキくんにイブちゃん」

「えーと……あだ名だと一瞬分かんなくなるな……愛中、出戸、猪吹、井房野で総勢四人か」

「うん、そうそうそんな感じ。まずはシゲくんに会わないとだね」

「ところで出戸の下の名前って何だっけな、シゲまでは分かってるんだけど……シゲハル? いや、シゲヒコ? シゲヤス?」

「……滋忠(しげただ)ですよ。どうも、お久しぶりです」

「うわっ! いたのか出戸、というかもう着いたか」


 ちょうど駅の柱と同化しそうなグレーを基調とした色の服をまとっていた男こそが、探していた出戸滋忠である。

 丸坊主と長身だけが目立つその少年は、物言わぬ石のようにのっぺりと表情無く佇んでいた。


「俺もいますよ、シンゴ先輩」

「あん? ああなんだ、猪吹か」

「なんか反応が薄い! もっとこう感動とか無いんですか」

「さんざん訓練で会ってるじゃねえか。……そんなことはどうでもいいから、とにかく場所を移そう」

「え、いいんですか? ここで愛中先輩を待たなくても」

「こんな往来の真っただ中で待てるかよ。また連絡すればいいだろ」

「電話かけなくてもそのうち向こうから掛かってくると思うもんね。あるいは愛中ちゃんを探すのもいいかも」

「あ、それなら“スクエア”に行きます? さっきまでそこに居たんで、おそらく二人ともそこですから」

「それが無難だろうな。じゃあ出発だ、いっそついでに行方不明の井房野を探しに行くか。二次遭難するなよお前ら」

「……頑張ります」


 真面目に返したのは出戸だったが、心配なのはどちらかと言うと猪吹の方であった。




 しばらくの間、能力者二人と訓練の近況などを話しつつ歩く。


 今目指しているのは尾岐駅の北側、屋内連絡通路でつながった先にある大きな集合施設である。

 遠くから見るとかなり目を引く幾何学的な形状をした建造物で、正式には『ToaSTee(トースティ)』という名称を持っている。地元の人間からは“トー”という愛称で知られているが、その音の通り空に向かって伸びる“塔”なのである。


 エレベーターでのみ行ける最上階には展望フロアがあり、近隣一帯が見渡せる。

 地上には11階層のショッピングフロアがあって、ありとあらゆる種類の店舗がぎゅうと詰められている。

 何でも揃う分、どうにも基本的に価格が高めなのが難点だが、子供のころは見て回るだけでも飽きなかったものだ。


 その地上1階、もっとも売場面積の広いフロアを“スクエアコート”と呼び、さらに上層の2階から5階までは“スクエアルート”と称される。この二つを合わせての通称が“スクエア”というわけである。


 なぜスクエアかというと、これに関しては見たほうが早い。


「どうだ、向こう側にいそうか? 愛中と井房野、どっちでも構わんけど見えるかー」

「いやーちょっと無理かなー、ていうか判別できませんよ正直なとこ」

「それもそうだな。まあ適当に頑張れ」


 井房野が消息を絶ったらしいトースティ・スクエアルートの2階、西側の通路から猪吹は向こう三方を見渡している。

 真四角に切り取られた吹き抜けと平行に、4本の通路が同じ長さで伸びている――――それが“スクエア”の名が指す正方形だ。

 明快というかシンプルな構造ではあるが、慣れないうちは案内板を見ないと迷ってしまう。


「探すにしても行き違いが危ぶまれるな。探す組と待機組半々に分けるか、お前らどっちがいい?」

「俺は待機がいいですねー、あまりこっち詳しくないし」

「僕はどちらでもいいです」

「私は、そのー……あのさー……」

「うん? 何だメイ、そこで迷うとは珍しいな。どうかしたのか」

「いやーあのね、携帯……電池切れちゃった。だから待機でいいかな……?」

「だから言っただろうに……。まあそれでいいや、出戸と俺が行ってこよう。何かあったら猪吹に連絡する」

「了解っす、それじゃ待ってますね」

「行きましょうか」


 音も無く先を歩き始めた出戸を追いつつ、全く予定外な目的でのスクエア巡りが始まった。



- - - - -



「出戸、お前はこっちには良く来るのか?」


 並ぶ店をまず一軒ざっと見渡したのちに進行、それから次の店を覗いてまた進む。ボードゲームのコマを進めるように一定距離ずつ移動していくが、そう簡単に見つかるとは思っていない。

 出戸は通路を行き交う人々の方に目をやっているが、もし向こうがこちらを探しているなら分かりやすい目印になるだろう。改めてその上背を見て思いつつも、いまいち地味というか目立ちにくいオーラを持った奴でもある。他の連中と比べて突飛な行動や言動をするわけではないが、むしろそれゆえに彼の事は今一つ掴みかねていた。


「駅前ですか? たまに来る程度です。月に2、3度ぐらい」

「そうか……」

「先輩は?」

「俺は高校に行く時に通るからな……けど買い物で来る事はほとんどないな、値段高いし」

「そうですか」

「ああ……」


 沈黙がやってきた。周りは騒がしいほどに賑やかな往来だが、その静けさはあくまで人の間に訪れる。


「……猪吹とは親しいのか?」

「最近話すようになりました。訓練が始まってから」

「そうか、あいつ部活とかやってないみたいだしな。あまり接点は無いか」

「そうですね」

「あー……出戸も帰宅部か? スポーツやってそうな感じだが」

「文芸部です」


 意外な回答に思わず表情を伺うが、どうやら冗談ではないらしい。


「そうなのか……ちょっと驚きだな。本が好きなのか? それとも書く方か」

「中国史に興味があるのでその手の部活を探したのですが、ありませんでした。それでひとまず、文芸部に」

「…………そうか。まあせっかくだし文芸全般にも手を出してやれ。……しかし中国史ねえ。うちにもその類の本が多かったが、一番有名な三国志関係がほとんど無いんだよな。そういうのでも良ければ貸してやるけど、今度読んでみるか?」

「そうですか」


 聞き流されたかのように思えたが、少しの間の後に出戸が短く続けた。


「いずれ、ぜひお願いします」



- - - - -



 数分後、彼女は発見された。


「あれぇ? どうしたの先輩、こんなところで」

「こっちのセリフだ。愛中が探してたぞ」


 二辺が交差する頂点、スクエア2階の北東にあるスペースにて。

 井房野転子はいつものように気だるく退屈そうな顔で、ベンチにもたれていた。 


「え、トイレ行くからここで待っててー、って言ったんだけどなぁ」

「ちゃんと伝言できてなかったんじゃないか? 何て言ったんだよ」

「南西のとこに行くからぁ、って」

「……真逆じゃねえか」


 言われて井房野はひとつ小首を傾げてから、真後ろに吊り下がったプレートを確認した。

 表記された字は黒々と大きく……『2F スクエア北東コーナー』とある。


「あやー……マズった?」

「マズいにゃマズいが、早いうちに見つかったのは幸いだ。あとは愛中と合流するだけだが……そうだお前、携帯は?」

「あっはっはー、家に忘れてきちゃったんだぁ」

「イヤ笑っていいとこじゃないからなその点? とにかくちゃんと愛中に謝っとけよお前、OK?」

「おうけい。確かに迷惑かけちゃったね、お二人ともごめんねぇ。で、どこに向かえばいいの?」

「まずは西デッキだな、メイと猪吹が待ってるから……ん?」

「んん?」


 中断したこちらを井房野が不思議がったが、そちらには目を向けない。

 そうしたのも訳がある。何だか、背中を“何か”で叩かれたような気がしたのだ。振り返ってみるがそこには誰もおらず、人が通ったような形跡も無い。

 井房野は目の前にいるし、出戸は真横に居るうえさっきから瞬きの他にはぴくりともしていない。

 だとすると。


「お前ら、“何かした”か?」

「え? ……ああ、いや何も? て言うかぁ、無理でしょ私は」

「僕も同じです。接触しない限りは何も起こりません」


 彼らの超能力作用ではないようだが、気のせいとは思えない。そのくらい“覚えのある”感触を得たのだ。


「……まあ気のせいかな、疲れてんのかもな。ちょっとトイレ行ってからすぐ追うから、先に合流しててくれ」

「わかりました」

「はぁい」


 ぴょっこりと跳ねるように立ち上がって歩き出した井房野と、それに続く出戸をそれとなく見送る。

 それからスペースの脇に隠れたトイレにおもむろに近付いてゆく。



 そういう振りをした。


「……で、どこですか? ていうより、誰?」


 首を左右に回しゆっくりと180度ほどを見渡したものの、辺りに人は見当たらない。

 しかし気のせいで無ければ、必ず近くに人はいるはずだ。


 ――――近付く影があった。

 トイレに背を向けるように周囲に気を配っていたが、先ほどまで見ていた“そちら”から影が伸びてきたのだ。方向はどうやら、女子トイレの中から。こういった隠れ方をする女性となると、知り合いには一人しかいないが。


 振り返りながら、予想した人物の名を言い呼びかけてみる。


「……星倉さん、か?」


 身を隠す癖と突拍子の無さ、神出鬼没にして異色の立会人――――


「チガウ、残念。ソレは外レ。当タリでもあるケレド」


 では、なかった。


 そこにいた少女は、絵に描いたように鮮やかな金色のロングヘアーを空調の風に揺らしていた。発色の良すぎる赤のワンピースを着ており、腕組みをしたまま仁王立ちにこちらを見ている。端正な顔だが表情はアシンメトリーにぎゅうっと歪み、笑っているのか怒っているのかさえ分からなかった。

 金髪に加えてくりっとした碧眼で、西洋系の顔立ちなのは分かるのだが、お国が特定できるほどの見分けがつくわけではない。ましてや何者かという問いを他者からされたとて、自分には満足のいく回答は出来ないだろう。

 だから仕方も無く、ただ有り体に思ったままを問うしかなかった。



「………………誰?」


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