<16> 舞い上がり擦れ落ちる (前)
「立会人がいないって聞いたから、これで全員がそろってると見て話を始めさせてもらうよ。敬語を使うのはちょっと苦手でね、やりやすいように話すからそのつもりでお願いしたいな。僕はクラスBの6番として超能力者をやってる、河内空佑(かわちくうすけ)という者だ。言うまでもない事だろうけれど御旗岳中学の生徒で、2年A組に所属してる。能力者で言うなら愛中さんや埜滝さんと同じクラスになるね。といっても学校で能力について語り合ったりはしないし、向こうも僕が能力者だとは知らないんじゃないかな。クラスBは訓練も単独で行う事が多いからね。他のBクラス能力者が誰なのか、どれだけいるのかさえも知らない。ここまで一緒にやってきた湯本さんとも、さっきが初対面だったから。そういうわけでせっかくだけど、僕は自分の能力について口頭で教えられることはないんだ。そういうのも多少は心苦しいけどね。イメージや幅を広げるためにも具体性は無い方が良いという話だし、実際もっともだとは思うよ。使う機会があるようなら見せてもいいらしいから、その時に確認してくれるといい。何ともわずらわしい話ではあるが。あれこれ制約こそ多いけど、こうやって訓練を重ねて能力を磨いていくのは楽しいから、あまり気にしない事にしている。さて、今日の訓練は急な事情で内容が決まって無いと聞いたが、何をしてもいいわけでもないだろう。せっかく日程を調整して参加している訓練なんだ、すぐに解散と言うのはこちらとしても勘弁してもらいたいからね。こう見えて多忙なんだ、といっても主に部活が理由なのだけど。先輩方が夏の大会で敗退したから繰りあがってレギュラーになったばかりでね、かといって慢心してもいられない状態だよ。しかしそれを理由に訓練や勉強をおろそかにしようとは思わない。やると決めた事は全力で取り組むつもりだ。その方が楽しいだろうからね。もうすぐ訓練開始時間を迎えるだろうし、以後は指示をくれたらちゃんと従わせてもらうよ。それでは、よろしくお願い出来るかな」
開口一番。
誰にも息を継ぐ暇を与えないせわしなさで、彼はそう言った。
……もっとも半分辺りまで聞いたところで、細かい部分は分からなくなったのだが。
隣のメイも勢いに圧倒されたのか、珍しくぽかんと口を空けて何も言わない。同じクラスBの湯本恭兵も傍で立ったまま困惑しており、ただ遠い目をして彼を見ていた。
(『能力者の番号は変人度合いの順番に振られている』って仮説が真実味を帯びてきたな……)
自宅の縁側は常と変わらぬ塩梅の気候であり、涼しくはあるのだが湿度も高い。加えて今日は、やけに陽射しが強く感じられた。
あるいはそれは、発言に窮しておもむろに空を見上げてしまう今の状態のせいかもしれないが。
「えーと、クースケくん、でいいのかな?」
こういう時にまず切り口を作るのは、人懐っこいメイであるのが常だ。落ち着き払った様子でそう聞くと、河内空佑と名乗った彼は満足そうに深くうなずいた。
「おお、まあ、面食らいましたけどね。その点について確認が取れたのは良かった良かった、別人じゃかないませんからねえ。さっき会った時は一言も喋ってくれませんでしたし……」
少しトゲのある言い方で、湯本がそれとなく事情と経緯に触れた。
「まあ、不足の無い自己紹介で何よりだ。聞いてるかもしれないが、俺は打川慎五、こっちが狩野名依。訓練補助員とでも言えばいいかな、アルバイトの下働きだ」
「…………」
先ほどまでの饒舌はどこへやら、小さく礼をひとつ返しただけで声は発しなかった。
その額には短い前髪が無造作に落ち、黒目がちな二重瞼には溢れる自信が灯っている。体格はやや小柄だが肌は日焼けて浅黒く、言った通りに部活に打ち込む健康的な少年に見えた。
面識は無いはずだがどこかで見たような感じがするのは、それだけ典型的な中学生の在り様だという事だろうか。
しかしながら、見てくれで判断できないのが能力者である。
悪代官と結託した卑屈な商人のような表情を浮かべているそこの湯本にしたって、扱いに繊細さを要する高位能力を持つクラスBの一人である。
「え、何か言いましたかい打川さん」
「気にするな。それよりどうしたもんかな、全くノープランだ。お前の能力は知ってるから、そっちは多少なり考えもあるが……」
「まあ教えられないってのは仕方ないですね。いやはや、自分はそんな制限かかってないんですがねえ」
「……お前が聞き逃したか、口止めしても無駄だと考えたんじゃねえかな」
「ふむ、喋りたがりなのは否定しやせんけどね。喋りついでに情報を漏らしてあげますと、彼……河内君だっけ? どうも“自分と似た系統の能力”だそうですよ。それで今回顔合わせするつもりだったと」
「誰からの情報だ?」
「さすがにそこまでは言いませんが、立会人の方から。ちょいと耳に入れたぐらいの話ですがね」
情報の信憑性は置いといても、わざわざクラスB同士を会わせる理由にはそれで説明がつく。もっともそれならば、なおのこと立会人を用意しておくべきだとも思うが。
「しかし、んー……それだけじゃ何とも出来んな。ここは無難に基礎訓練でもやるか?」
「えー、この暑いのにハードな体力トレーニングとかするの? 体動かすにしても気軽にラジオ体操くらいの方が良くないかなあ」
「リラックスは大事だろうけどな、あまり楽でも訓練になんないだろ」
「ムリして身体壊しちゃったらシンゴの責任だよー?」
メイは一応の正論で食い下がるが、連日の暑さにいい加減バテ気味で動きたくないというのは自分も同じ気持ちではあった。
「ま、籠っててもしょうがないか。散策にでも行こうか」
「どちらへです?」
「…………広いところ」
- - - - -
特別何かを持っていくでもなく、手ぶらで表の坂へ向けて歩き出すことにした。手早く戸締りだけを済ませて、一応の目的地に向けて出発する。
「あれ、二人ともここまで歩いて来たのか?」
「校門の前で待ち合わせの予定だったんで、自分はそこまでは自転車でしたよ。先に河内君が待ってたんで、そっちの事は知りませんけれど」
「…………」
横を歩く河内は目線だけを寄越したが、微笑とも見える無表情があるだけで何も言いはしない。会って早々の大弁舌以降は、一語たりとも言葉を発していなかった。
先ほど話していた最中でも、さほど表情に変化があったわけではなく半ば機械的ではあった。
「その喋りも能力に関係があんの?」
「…………」
「いやー、仮にそうでもなおさら言えないでしょ。無理に聞いちゃいけないよ、キョウくん」
「ごもっともで……しかし能力に合わせた訓練が出来ないってんじゃ、折角の機会も台無しでは?」
「んー……何なんだろーね? 自主性を育めって事?」
その辺りはメイにとっても疑問点ではあるらしいが、それでも“今日二人が訓練を行うこと”に意味が無いとは思えない。
訓練場所の指定こそなかったが、集合場所は自宅と決まっていた。そのうえクラスBの二人だけで、先んじて対面が果たされていたらしい。少し前の事も併せて考えるなら、現在の状況を監視なり盗聴なりされていてもおかしくは無いだろう。
「なあ湯本、もしもの話だが」
「ん、何でしょ」
「仮にだが……能力者とタイマンで戦う事になったらどうする? 立ち回れる自信はあるか?」
「そいつぁ無茶をおっしゃいますね。『コール』がガンガンバキバキドッカーンってな戦闘に向いた一線級の能力に思えますかい」
別に自嘲するでもなく、湯本は肩をすくめつつ冗談めかすように返した。
「まったく思わんが、曲がりなりにもクラスBだろう。用意する時間さえあれば、好きな武器を選んで呼びよせながら戦うとか出来るんじゃないか?」
「まるでRPGですねえ。あいにく剣術は出来ませんし銃火器も扱えませんよ。どっちにせよ用意のしようもない」
「ふむ、そんなもんだろうな。ならばあえて聞いてみるが、お前の能力はどういう点で優れていると思う?」
「そうですねえ。今は未熟ではありますが、幅が広がれば実用性が出てくるってとこですかね。あとは……手品? 宴会芸のネタになるとか?」
「まあそんなとこだな。おおよそ妥当な自己分析だと思うぞ」
生活する上の利便性で言えば、使い道がいろいろと思い浮かぶ『コール』は一線級の能力と言えよう。少なくとも、忘れ物に苦慮する事は無くなるだろうし。
「で、それがどうしたんです」
「能力者の優劣は簡単には決まらない……だというのに、お前らには序列という名目で“番号”が与えられている」
「まあそうですけど、便宜上のものじゃないんですか? 出席番号みたいな……」
「いや、思うに番号ってのはだな、お前たちを競い合わせるための要素の一つなんだろう。競争させることで能力を向上するきっかけにしようとしてるわけだ」
「……なるほど、まー分からなくもないです」
「ほとんどの訓練を二人以上で行うのも、互いに影響を与えるため……もっとも与えてはまずい影響もあるだろうが、その辺は立会人が配慮するんだろう」
「ふんふん、聞くだに御説ごもっともですね」
生返事に聞こえるのは気のせいだろうか。元からこういう態度の奴ではあるが。
「というわけで……まあ何だ。ぜひ競い合い、影響を受け合ってくれ。舞台は用意してやるから」
「あー、それで“ここ”まで歩いてきたんですか」
「前置きは長くなったが、そういうことだ」
地元の人間なら誰もが来た事のあるスポットのひとつ。それがこの御旗(みはた)運動公園である。
山の斜面をごっそり削り取って造られた、この地方においては最大級のスポーツ施設を有する公園だ。どこの学校も夏休みに入ったと言う事もあってか、平日の割には人の姿も多く見かけられる。
「何か得意な競技はあるか、湯本?」
「そう聞かれても思いつきませんがね。人数多くて協力が必要なスポーツは苦手ですが、それ以外ならそこそこは出来ますよ」
「そうかい。……で、河内はどうだ? 部活やってるぐらいだし……というか、何部なんだ?」
「…………」
反応しないかとも思ったが、彼はゆらりと腕を伸ばしてある方向を指差した。
方角だけ見ればサッカーグラウンドに野球場、バスケットのコートに陸上トラック……と絞り込めないほどの競技場が直線状に並んでいるが、指先が示しているのはその手前。それはごく近いスポットだった。
「……テニスコート? ってお前、テニス部なのか?」
「…………」
問いに対してしっかりとうなずいてから、上げた顔でこちらをじっと見てきた。
「……ああ、あー……なるほど、そういえば……。悪いな、悪かった。今の今まで忘れてたよ」
「んん? どしたのシンゴ、どういうこと?」
「あまり関わらなかったから気付かなかった。どうやら面識のあった“後輩”だったみたいだ」
「へえ、ってことはアレですか。御旗中の部活で?」
「そのようだ。……よし、それじゃちょっくら受付でコートを借りてくるか。メイと湯本は管理棟の正面から入って、ラケットとボールを借りてきてくれ。4人分な」
「あいにくラケットと球の良し悪しが分からないんですが、何でもいいんで?」
「ま、軟式用であれば構わないよ。御旗中にはソフトテニス部しかないし、少なくとも俺は硬式は不得手だ」
「うい、大体分かったー。料金は経費で落ちるかな」
「ちゃっかりしてんな……問題があれば俺がたてかえとくから気にすんな、行って来い」
先に歩き出した二人の背中から視線を外すと、少し不思議そうな様子でこちらを見続けていた姿がまだあった。
「今日の訓練はソフトテニスの親善試合だ。それでいいか?」
「……」
どこか得意そうで自信に満ちた、見覚えのある顔で河内は小さくうなずいた。
部活はちょうど一年ぐらい前に引退したから、当時一年生だった彼の事はあまり覚えていなかったが、印象深い瞳と眼差しだけは記憶に映っていたらしい。
「よし、それじゃ先輩としてひとつ指導させてもらうとするか。そうだな、シングルスで5ゲーム、3ゲーム先取で一戦やろうか?」
「…………」
望むところだ、かかって来い。らんらんと輝き出したその目は、ほとばしるがごとく雄弁に語っていた。
「ふ……いい気迫だ、それなら俺も本気を出さないとな。年長者の経験がどれほどのものかを教えてやろう……」
柄にもなく、大人げない熱さを得てしまいそうな夏の陽気が、まっさらな白日から降り注いでいた。