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<14> 二つに一つの生き物 (前)

 大きな失敗に気付いて、しばらく目を閉じて自省していた。


(……確認ってのはするべきもんだな。思い込みってのは本当に良くない……)


 見たい作品があって郊外の映画館まで足を伸ばしたが、待望していたその作品の公開は明日からだった。普段映画を積極的に見る方ではないからアンテナが低かったのは確かだとはいえ、自分の迂闊さは否めない。


 道の真ん中に突っ立ってもられないので、脇に寄って携帯電話を取り出す。

 時刻は10時46分、さっきの今でしばらくバスも出ないし、このままトンボ返りをすること自体がアホらしい。隣接するショッピングモールで予定通り飯ぐらいは食って帰ろう……とは思うものの時間を潰す必要もある。

 そこら中に掲示された上映中映画のラインナップをざっと眺めては見るが、どうにも興味は惹かれない。どれも平凡な作品ばかりに見えて、ドキュメンタリー映画でも見てた方が有意義そうに思えた。


 本屋で立ち読みでもするか? と行動の候補を考えていたところ、何か周囲に違和感を覚えた。

 誰かに見られているというか、気配を感じるというか。


 ここから見える入口近くでは何人かが歩いていたが、こっちを見ているような様子の人はいない。モールに続く連絡通路にも目を向けたが、似たような様子に見えた。

 被害妄想だろうか。ここ最近の能力訓練で感覚がやられたか、あるいは単純に疲れてるのだろうか……。



「……あの……」


 唐突で小さな声は、後ろから掛けられた。正確には、自分の左斜め後ろから。

 驚きつつおもむろに振り向くと、木を模した薄茶色のベンチに座る一つの影があった。


「……何してるんです、先輩……」

「……え、何でお前が。いつからこんなところに」

「先輩が来る前から居ましたよ……」


 前髪をさっと直しつつあきれたように言いながら、御旗岳中学1年・葉村砂月が立ち上がった。


 演技がかった普段とは違い、今日はまともに喋っている。相方と言っていい津島多々史の姿は見当たらず、いつも持ち歩いている扇子も手元にはない。代わりに小さなペットボトルのお茶が一本、その手に掴まれていた。


「映画ですか」

「映画館で映画を見る以外の用事もないだろう」

「それじゃあ、これから見るんですか?」

「その予定だったんだけどな、あいにく流れた」

「ふーん……」


 情けない失態についてを説明したくはない以上、追及されなかった事は幸いだった。

 それきり葉村も黙ってしまったので、こちらから話を振る。


「津島……多々史は今日はいないのか?」

「……いないよ。別に四六時中一緒にいるわけじゃないし」

「まあそれもそうか。で、お前は何してんだ」

「映画見るつもりだったけど、何ていうか……冷めてしまって」

「俺のせいかね」

「いえ。そうじゃないです。そうじゃないけど……」


 曖昧なままに語尾はしぼんでいく。何か落ち込んでいるのか、どうも今日は張り合いが無い。


「それでどうすんだい、帰るのか」

「バス来ないだろうし、しばらくは暇ですけど……あ、そうだ」

「ん?」

「先輩も暇なら、ちょっと付き合ってもらえませんか?」

「……言うと思ったよ。いやちょっと違うか、こっちから言おうかと思ってたんだ」

「え。そっ、そうですか。それで、その……どうしましょう」

「どっか行きたいんだろ? そこに行こうじゃないか」

「はい。それじゃあ、えー……よろしくお願いします」


 目的地は言わないまま、葉村は控え目に道の端側に寄りつつ、先立って歩き出した。

 気分次第ではこちらから誘おうなどと思わなかっただろう。珍しく一人でいる貴重な様子が見られたことだし、それに葉村については前からひとつ“知りたいこと”があった。

 そして今の状態は多分、そうするのに好都合だろう。


 時おり振り返る葉村の背を見つめながら、少し遅れて後を追った。



- - - - -



「こういう買い物ってのは、帰り際にするのが普通じゃねえかな」

「大量に買うわけじゃないし。半分は冷やかしですよ」


 向かうままについていった先は意外なスポットだった。葉村らしいかと言われるとピンと来ないが、付き合うといった以上は共に回るつもりだが。


「何か食いたいものでもあるのか?」

「いや。そんなに減ってません。でも、こういうとこ見てるの好きなんです」


 フードコートあたりで軽食かと思われるかもしれないが少し違う。あいにく買ってすぐ食べるのには向いていない場所だ。


 ……早い話がここは、食料品のフロアである。 

 自宅近所のスーパーマーケットよりは狭い気もするが、敷地が狭いだけでラインナップはむしろ豊富である。

 特に惣菜――普段の主食とも言える――は種類があり目を引かれるが、遠さから日常的には利用しにくいのが残念ではある。若干、割高でもあることだし。


「気になる? コロッケ、ずっと見てるけど」

「腹はあんまり減ってないけどなあ、そういや最近食ってないかもと思ってな」

「ウチは週一ぐらいで出ますよ。弟の好物なので」

「へえ。お前兄弟とかいたんだ?」

「妹もいるよ。どっちもけっこう年は離れてるけど」


 弁当コーナーにさしかかったあたりで、葉村は外周から内側の並びへと進路を変えた。見上げると、吊り下がった表示板には通路の番号と『菓子』の2文字がある。

 こちらの品揃えも、近隣のスーパーとは大差ない。そもそもこの辺りの大手は同じ系列店ばかりなので仕入れる物も似通っているのだろう。


 波打つように首を動かしながら、葉村は楽しそうに色とりどりのパッケージを目で追っていく。


「探し物か?」

「んー、新商品とか。見るだけですけど。小遣いだって多いわけじゃないし」

「高級なもんでなけりゃ奢ってもいいぞ」

「え、いえ、駄目ですよ。お金は大事に使わないと」


 たしなめるように断りながら、葉村は中腰の態勢から移行してしゃがみ、下の段に目線を近付けた。


 普段は『振りまわす側』であるはずの葉村がこの調子というのも、新鮮というか…こそばゆく思う。

 能力者達は誰も彼も一筋縄ではいかず本性をつかませないが、特にこいつは中身が見えない。自信過剰で演技がかったいつもの立ち振る舞いにせよ、ナチュラルで一般人らしい今の挙動言動にせよ、どちらが本質であるのかは見えてこない。両方がそうなのかもしれないし、どちらも演技でしかないのかもしれない。


「……どうしたんです、じっと見てる。なんか変だったかな」

「……ん、ああ……お前はいつも変だよ」

「そうですか。どうも」

「あいにく褒めてはいねえよ」


 返事はせずゆっくり立ち上がって、また別の通路へと歩き出す。どこを見ても、葉村は楽しそうにしていた。商品を手に取って雑談を交わし、年相応に無邪気に笑って見せた。



 何度かそうやってコーナーを渡り歩いているうちに、時間も大分潰せていた。


「昼近いですね。先輩、何か食べに行きます?」

「朝にけっこう食ったのもあって、あんまり減ってないな。お前は?」

「似たようなものです。あと、小食なんで」


 その辺は見たままと言ってもいい。後ろ姿やシルエットだけなら小学生に見えるくらいの小柄な体格で、顔立ちと振る舞いで補われてやっと中学1年生というところだ。


「んー、そうだなあ……ゲーセンでも行くか」

「いいですね。行きましょっか」

「このところ行ってなかったんでな。メイのやつがそういう騒がしいところが苦手だし。映画館も音量が駄目だって」

「あ、それで今日は一人なんですね」

「そうなるな」

「“黙っていれば”文学少女って感じですもんね、狩野先輩」

「何気に失礼な事を言うな、お前は」


 エスカレーターに先立って乗ると、葉村は隣にぴょいっと並び立った。


「いいですね、なんか」

「何がだ?」

「連れに手間が掛からない、っていうのが」

「あー、普段は弟とか妹の面倒を見てるから、か?」

「まあそれはもちろん。あと父さんや母さんも案外手間なんですよ、みんなして好き勝手に突っ走って行くから……」


 普段のお前もそうじゃないか、という台詞は呑み込んでおいた。


「連れと言えば」

「はい?」

「多々史はそんなに厄介でもないだろう?」


 その一言で、急に葉村の片眉がぴくっと跳ね動いた。

 眉間に露骨にしわを寄せ、その顔はそむけるように手すりの方に向けられる。



「……どこがですか。あんなやつ」



 思いがけず、葉村の感情が露わになるのを初めて見た。

 

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