<12> 白昼の監獄通信 (後)
「尋問、ね……」
そうまで俺から聞き出したい事とは何だろうか。
ともかくされるにしても、法律に触れない範囲の方法にしてほしいものだが。
「答えないと言ったらどうする?」
『どうもこうも、お前がそこから出られなくなるだけだ』
「うーん……」
訓練生に口外して困るような情報などないが、この牢屋からはさっさと出たい。
しかしどうも一方的に隠れられたままというのもシャクだ。
……ひとつ策を思いついたので、相手を引き出しにかかってみよう。
「お前、“俺の能力”は知らないんだな?」
『……能力など無い、と言ったのはそっちだろう? 何が言いたい?』
「“使える能力”は持ってない。そうは言ったが……まさか完全な無能だとでも思ったかい?」
『な……!?』
あからさまに動揺した声が聞こえた。
「このような通信を介して相手の力を操る能力……いわゆる<テレストール>という類の力をご存知かな」
『!? ま、まさかお前……』
「つまらない結果になる前に、できれば対面した上で話をしたいんだがな?」
『……くっ……少し待っていろよ』
言うまでもなくそんな能力は持っていない。今なんとなく考えた。
ものの見事に引っ掛かったようで、慌しく電話は切られてしまった。
少し待ってろ……ということはすぐ来れる場所にいるのだろうか。疑問を吟味する間もなく、後ろの家の方からドタバタと階段を下りるような音がした。
なるほど、近くで監視していたという事か。
「くそ、来てやったぞ」
路地の奥から、二人の能力者が早足で現れた。
その片方は、共犯者である津島香利。
となるともうひとりの男が、先ほどまでの電話の主であり実行犯なのだろう。
背丈は自分と同じくらいで中肉中背といった感じだが、顔の彫りが深く目つきが鋭い。
「ああ、やっぱり津島もグルか」
「うん! そうだよー」
「香利ッ! お前は喋るんじゃない」
この二人はどういう関係だろう、例によって幼馴染とかだろうか。
あるいは能力者は変人同士で惹かれあうものがあるのかもしれない。
「そういやお前ら、今日学校は?」
「明日テストだからー、午後から授業なしだってさー! あーっはっは、ぜんぜん勉強してないやー。どーしよーねえもー?」
「今その話はどうでもいいっ!」
「いやいや! どうでもよくないってー。ケイゴこそ帰って勉強したらー?」
「いいから、後にしろ!」
ケイゴと呼ばれた少年は、津島から離れるように檻のあるこちら側に近付いてきた。
「尋問するんじゃなかったのか」
「今から始めるんだっ! ……そうだな、まずは名前を聞かせろ」
「津島に聞いたらどうだ、というか知らなかったのか」
「……うるせえ……!」
怒りにまかせるように、彼が右手で壁を殴る。
すると、頭上に違和感が生じた。見上げると、横に渡されていた棒が一本無くなっている。
消えたその鉄棒は、目の前をかすめるようにして右の壁から現れ、左の壁に繋がった。
余りに一瞬のことであり、認識できたのは数秒してからの事だ。ただ、目の前が暗くなったようにしか感じなかった。触れ合うほどの近距離に出現したので思わずのけぞり気味に身を引くと、フッと鉄棒は消滅した。
「無駄な口を利くな……! 質問に答えろ」
「……ああ、了解……名前だったか? 打川慎五だ」
「職業は?」
「しがない高校1年生だな。あとは超能力訓練補助のアルバイトも含まれるか」
「年齢は?」
「15だ。……なあ、多分そんな事が聞きたいわけじゃないだろ? 早いところ本題に入ってくれ」
「ふん……協力的じゃないか。いいだろう」
そりゃまあ、さっさと出たいからな。
「まず聞きたいのは……お前の能力だ。<テレストール>以外に扱える能力は?」
「ああ、テレ何とかは嘘だよ。ハッタリだ」
「何……おい、どういうことだ」
「見せられるような素晴らしい力は持っていないよ。基本的にただの一般人だって」
「……くそ、舐めた真似を……」
また鉄棒を出してくるかとも思ったが、会話を一度やめて、彼はばっと振り返った。
津島の方を見ようと思っての動きだろうが、いつの間にか彼女は真横に来ており、身じろぎ驚いていた。
なんというかこう、空回りというか……決めたいのだろうけどしまらない奴、という印象がこの少年に対して出来上がりつつある。
「おい香利、どういうことだ。こいつは相当な能力の使い手だという話だったはずだ」
「ええ~。今のところ謎だから凄い能力持ってるかもー! って噂話をしただけじゃん? まーた早とちりだったの?」
「ちっ、違う! 推測した範囲の受け答えにすぎない!」
「大体さー、あったとしても軽々しく教えるわけにはいかないんじゃないのー」
「ああ、それもそうだな。意外と賢いなあ、津島」
「わーい、先輩に褒められたー!」
「だからお前らは黙ってろ!」
一度自らを落ち着かせるように、ゴホンと咳払いをしてから彼は質問タイムを再開した。
「もうお前については聞かん、次の質問に移る! ……今度は、立会人とその組織について、だ」
「ほう、何だろうな。どうぞ」
「立会人の上には誰がいる? 政府か、あるいは研究機関か……正直に話せ」
「うーん……正確なところは分からんが、資金は金持ちの好事家が出してるって説があるな」
「ふむ……」
黒表紙の手帳をサッと取り出して、万年筆らしいゴツいペンでさらさらと何事かを書き記す。
「公的な機関は関わってないはずだ。その辺は立会人も認めていた。まあ扱うモノがモノだし、勝手にやってるような研究なんだろうな。お前らも了承はしてるだろうけど、口外すんなよ」
「む……無論だ。誰がそんな事するか」
「真面目だねーケイゴは。私はポロっと言っちゃいそうになるもん、あっはははは!」
「お前は、まったく……! ……それで、立会人についてだが。連中はどういった能力を持っているんだ」
「えー……面と向かってこういう能力だ、って言われた事はないな。光を発生させるとか、テレポートもしくはステルス……見たのはそのくらいだ。謎が多いな」
「……立会人はどのくらいの規模なんだ?」
「俺が知ってるのは4、5人だが、もっと居てもおかしくはないな」
「……そうか……」
少年はメモを取ったのち、考え込むように口元に手を当てる。黙っていればなかなか格好もつくようだ。
「まだ質問はあるのか?」
「……ひとまず、次で最後だ」
「おお、それは助かる。じゃあ、早いとこ頼む」
「…………」
「? ……どうした?」
「俺の能力について、どう思う?」
「……これか?」
こんこんと檻を叩いて確認すると、返事の代わりにひとつ肯いた。
「個性が出ててなかなか面白いと思うが……通号は?」
「『フレーム』。“ワク”だ。鉄の枠を操る能力……」
「『ケイジ』とか『ジェイル』、あるいは鉄系統で『アイアン』とかだと思ったがな。そういうものか」
「……何で、こんな能力なのだと思う?」
「さあねえ……自分の心象に左右されるらしいが。そのへんに心当たりは?」
「無くはない。たぶん……親父が警察官……刑事だからだ」
「へえ、なるほどね」
「だとしても、手錠とか拳銃とか……そういう能力になってもおかしくはないだろ」
「まあな。でもお前の中では、“それ”が一番印象が強いんだろうな。ピストルを撃つより犯人を確保するより、捕まって牢屋に送られる犯人に意識が向いてるってことだ」
「……たまに思うんだ。俺も『捕まりたがってる』から、こういう能力なんじゃないかって」
「何か、今までに犯罪を?」
「してはいないけど……犯罪者にも事情があってそうするんだろうと思うと……自分がやってもおかしくないかも、って……」
「……考え過ぎだな。たぶんお前は、頭も気も良く回るんだよ。だから余計なことまで考えてしまう」
「そうかな……」
「そうだ。まあ、何かやらかしそうになったら自分を閉じ込めたらどうだ? 案外そのためのブレーキになる能力なのかもな」
「……そっか……そうかも……」
考え込む彼の横で、やれやれといった表情で津島が苦く笑っていた。こういう彼の暴走気味な気性に付き合うのも、二度三度ではないのかもしれない。持ちつ持たれつといった付き合いなのだろう。
「まあ、ゆっくり考えるといい。周りの人間とも相談してな。……で、そろそろ解いてくれるか、これ」
「あ……うん」
気付いたように『檻』に触れると、頭上と目の前に並んでいた鉄棒はすっと消え去った。
「どーも。……そういえば、名前は?」
「あっ、そうだった……俺は鑑計伍(かがみけいご)。席次はCの18番、2年生……」
「そうか。悩みがあれば電話なり何なりしてこい、遠慮はするなよ」
「あ、はあ。どうも……」
殊勝な様子で、鑑が小さく頭を下げた。
「じゃあ帰るぞ、また訓練でな」
「はーい! ばいばーい先輩まったねー!」
鑑はまだ何か考えているような様子だったので、元気に応えた津島に任せてその場を去る。
路地から出ると、途端に焼けつくような空気と直射日光が展開される。長時間暗がりにいたせいか、目が痛むような感覚があり開けていられない。
放置していた自転車は無事だったので、胸をなでおろしつつゆっくりとペダルをこぎ始める。
彼のように、能力を得ることで出てくる問題や悩みもあるのだろう。
それが能力者の意識の深奥に関わるものであれば、尚更のことだ。
良い面、良い性格、良い感情ばかりが力に転化するとは限らない。
……鬱屈した意思で力をふるえば、どうなってしまうのだろうか。
そういう人間に、能力のリミッターが果たして作用するのか。
それはおそらく、当人にとっての破滅であろう。
そうならないためにも、力のない自分でも少しばかりできる事がある。
……彼らの良き先輩でいてやる、そのくらいのことならば。
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<12> 白昼の監獄通信 /了
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