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<10> 力の外覚、人の記憶 (後)

 6年ぶりの再会、ということになるだろうか。

 小学4年生になる頃に彼女が転校して以来だから、たぶんそれで合ってるはずだ。

 あの“山頂”で隣家に住んでいた彼女は、昔は髪を伸ばしていたし、もちろんもっと背も低かったのですぐには気付けなかった。


 近所付き合いで自然と親しくなった頃、彼女は俺の事を『兄ちゃん』と呼び始めた。

 ただし二人で遊んでいる時だけそう呼び、学校では普通に“シンゴ”と呼んでいた。

 同い年なのに? と考えるかもしれないが、はたから見ると確かに兄と妹という感じだったらしい。早いうちに背が伸びた自分は年上に見られやすかったので、その呼び方が外見的にはぴったりだったそうだ。こちらとしても悪い気はしなかったから特に気にせず、彼女の事も妹のように可愛がって面倒を見ていた。


 彼女を『ヤヤ』と呼ぶのは、そう呼ぶよう本人から3年生の時だかに言われたからである。“トオル”という男っぽい名前が少し気恥ずかしいと、ある日こっそりと教えられた。


 しばらくして彼女は、親の仕事の都合で転勤した。

 連絡先も知らず、ずっと忘れていた。空き家となった隣の家を見るたびに多少なりは思い出したものの、その前後に色々あったため、“いなくなった人”の事を極力考えないようにしていた。



 その彼女が偶然にも同じ学校に入学し、いま目の前に居た。


「……兄ちゃんはよせ」

「ふふっ」


 小さな会話だけでも、あの頃の記憶と感覚がよみがえってくるようだった。

 むずがゆいような愛おしいような、久しい二人分の空気がある。


「いや、しかし驚いたな。今どこに住んでるんだ?」

「柏森町。実家はそっちだから、戻ってきたの」

「けっこう離れてるな。となると弘瀬町より先だろ」

「あっちは高校が近くにないから、駅前にあるここが一番通いやすかったの。シン……打川くんも、近くには行かなかったんだ」

「残念ながら、陽ノ嶋に行けるほど頭が良くなくてな」


 そのくらい近況を交換したあたりで、周りの3人もこちらの会話に気付いたようだった。先に口を挟んできたのは水戸川、それから草壁が続いた。


「おお? 顔つき合わせて何やってんだよお、打川」

「もしかして、知り合い?」

「小学校が同じだったんだ。……同級生、だな」

「へえ。御旗中には居なかったと思うけど……?」

「うん、途中で転校しちゃったから……」


 草壁の質問に、俺とヤヤが交互に答える。 

 ……っと、今更ヤヤという昔のあだ名を使うのもどうかとは思うが。


「へー、奇遇なこともあるもんだねー」


 新見がにやにやしながら喋る。

 さっきの様子からして、こいつは事前に関係を知っていたのだろう。視線を向けると、悪戯を成功させた子供みたいに、にたっと歯を見せて笑った。


「んで、お前らって仲良かったんかあ?」

「家が近かったから、まあわりと……親同士の付き合いもあったからな」

「へーえ? な、打川って昔はどういう奴だった?」


 からかいたがっているのが良く分かる口調で、水戸川がヤヤに聞く。


「えっと、そうだね……今もだけど、背が高くて……かなり目立つ感じだった」

「えー? 今の打川は大人しいよねえ。じゃあ割と生意気な子だったんだ?」

「ううん、昔も静かな感じだったよ。怒ったりもしないし、大人びてた」

「そこは中学の時と変わらないね」

「……まー、いいじゃねえか別に……。八坂谷、昔の話はほどほどにしとけよ」


 あまりほじくり返されても楽しくはない、というか面映ゆい。


「でも……ええと、いい思い出だったよ?面倒見てもらってたし、遊んでくれたし、楽しかった」

「そりゃガキの時分の話だからな。今はまた別だ」

「ううん。同じだよ。打川くんは変わってない、ずっと優しいままだったもの」


 あの頃にも時折そうしたように、俺の癖を真似るように見つめ返しながら答えた。


「(なんかノロケ聞いてるみたい)」

「(くそっ、くたばれ打川。いい御身分だぜまったく)」

「(ふふ。邪魔しちゃ悪いし、そっと帰ろうか?)」


「聞こえてんぞお前ら。……もう話はいいだろ、勉強させろ。そして勉強しろ」


 それでひとまず話を打ち切り、しばしの間は学習時間とすることができた…が、飽きたころに皆して何度も話を聞き出そうとするので対応に苦慮した。ヤヤも口数は減らして、たまに相槌を打つぐらいに留めていた。

 まあ騒がしくはあったが、不明点のある問題を教え合ったり出来たので、想定以上にはテスト対策もはかどった。



- - - - -



「じゃあねー、お先ー」 


 新見が部室に寄ると言って、先に帰った草壁と水戸川から少し遅れてその場を去った。


 気がつけば17時台の電車時間を逃してしまい、駅に急ぐ必要もなくなった。

 メイには“夕食は有り物かコンビニで済ませとけ”という旨のメールを送っておいたが、さて自分はどうしようか。

 駅で食ってくにしても次の電車までの時間が今一つ調整しにくい。


「あの、打川くん」

「ん? 帰らないのか、『ヤヤ』。……っと、ついそっちで呼んじまうな」

「いいよ、大丈夫。親しい人はみんなそう呼んでるの」

「トオルっては呼ばれないか」

「色々ややこしいから、あんまりね」


 教科書をしまって立ち上がる。帰るべく歩き出すと、隣にヤヤが並んだ。


「……大きくなったな」

「ふふ、何それ。打川くんだってそうじゃないの」

「小学校が終わった辺りから伸びなくなった。もう頭打ちだよ」

「でも打川くんち、皆大きい人だったじゃない。まだ伸びる余地が残ってるかもよ」

「どうだかなあ」


 確かに遺伝なのか、打川家の男系の血筋はそろって背が高い。

 自分は170cmギリギリくらいだが、父は180cm以上は背丈があり、祖父に至っては200cm近くの高さを誇る偉丈夫だった。


「今もあそこに住んでるの?」

「ああ。不便っちゃ不便だが、もう慣れた。高3になったら車かバイクは欲しいけどな」

「……いま、お父さんは?」

「国内には居ないらしい。生活金は寄越すし電話も一応通じるが、長々と国際電話をする気はねえから近況は知らん」

「じゃあ、お母さんだけ?」

「母さんは離婚して出て行ったよ。数年に一度ぐらいは来るけど。あと聞かれる前に言っておくと、じいさんとばあさんも、もう居ない」

「……一人なんだ。……さみしくないの?」


 ……どう言ったものか。

 幸か不幸か一人ではなく、寂しいとも思っていない。


「気にすんな。お前から見て俺は変わってないんだろ? なら多分、俺は寂しさのあまり屈折してひねくれたりもしてないんだろう。そもそも偏屈なのは元からだしな」

「……ふふっ。他人事みたいなのね」

「そうだな。最近はいろんな変な奴と関わってるから、自分のことまでは手が回んねえんだ」


 まったくこのところ、変な奴との遭遇頻度が高くて呆れるくらいだ。

 昇降口の手前まで来て、良く考えたら電車も彼女と同じ方面だと気付き、それをそのまま口にした。


「ああ。電車時間、同じなのか」

「今から駅に向かうと、きっとそうだね。……私はチアキちゃんに少し話があるから、部室に寄ってみるよ」

「同じ部だったのか?」

「うん、書道部なんだ。それじゃあ、ここで」

「ああそうか。またな、『ヤヤ』」

「ばいばい、またね。『シン兄ちゃん』」

「それはやめろっての」


 あはっ、と屈託なく笑って、彼女は文化部棟へ繋がる廊下を駆けていった。

 薄いオレンジに夕染まる床が影に撫でられ、かつこつと高音を返しては消え入った。


 

「……元気なもんだ。まあ何よりだな」

「そうだね」


 ひとりごちたつもりが返事がやってきて、驚いてそちらを見る。


「ああ、ごめんね。いや、さっきから居たんだけどね」

「草壁か……あー驚いた。水戸川は?」

「先に帰ったよ。牛丼屋に寄ってくって」

「そうかよ」


 外履き代わりにしてるテニスシューズをゲタ箱から取り出し、つっかけるように履いて外へと出た。


「茶化すつもりはないけど、けっこうな昔馴染みのようだね」

「御旗岳の“山頂”で隣の家に住んでたからな。嫌でもなじむさ」

「ああ、七込だね。彼女の家も物好きな親御さんだったのかな?」

「……え、草壁、あの区域に来たことがあるのか?」


 自分の住む区域は住所上“七込(ななごめ)”という字(あざ)を持つが、だいぶ前の市町村合併の際に省略された経緯があり、ほぼ上の世代しか知らない。

 老人ならともかく、草壁がその地名を口にした事は意外だった。


「うん。サイクリングも長くやってる趣味の一つだからね。かなり前だけど地図を見ながらあの近辺も回ったし、すごく印象に残ってた。何よりほら、景色が良かったから」

「そうか……」

「もしかしたら、昔の君たちともニアミスしてたかもね。そう考えると面白いな」

「ま、だとしてもすぐ忘れるんじゃないか」

「分からないよ。たった一度の出会いでも、縁には違いないのだから。人の事は忘れない方がいい」

「『縁』か……抽象的なことを言うな」

「打川には多分、人より多くの縁が集まってると思う。人徳とはまた別にね。何だか、そういう見えない力が有るように思えるよ」


 見えない力、と言われて超能力が思い浮かぶが、ああ見えてアレは漠然とした力ではない。能力者はそれぞれ、自分に合った具体的な力を発現させている。言いかえれば、個性の体現とでも言えるものだ。

 自分に適正が無かった理由は、その個性の欠如ゆえと今なお考えている。


「君は稀有な人間だよ。自覚してないだけでね」

「俺には何もねえよ」

「彼女が君に惹かれて君を覚え続けていたのも、きっと他ならない君だから、だと思うよ。自信を持ちなよ」

「……お前に言われてもな」


 大人しいが個性の塊のような草壁にとっては、自信の持てる部分は多々あるのだろうけれど。

 抗弁もそこそこに、しかし引き離すように早足で前を歩いた。




 仮に自分に“そういう”力があったとしても、集まってきた他人からまっすぐ影響を受けたりするわけでもない。ただただ偏屈さに輪をかけるばかりで、あふれ出る才能を受け流しつつ眺めるだけだ。



 見上げれば立ち並ぶ街灯のうち、ひとつだけが際立ってまぶしく輝いていた。

 羨むべき、誰かの力のように。




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   <10> 力の外覚、人の記憶 /了


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