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<08> 同行ヒトリ (後)

「ひとめぼれ……?」


 精神的に金縛られた心地のままに、オウム返しに聞いた。


「君はこんなところにひとりなんだね」


 こちらの疑問には構わず、彼女は淀みなく声を走らせる。


「そっちこそ。この暗いのに、女性の一人歩きは危ないだろう」

「あたしは一人じゃないから大丈夫なの」

「俺を数に入れているのか、それは」

「あたしがそうであるように君もそう望むのなら構わないよ」


 頭に入って来にくい言い回しが、よりいっそうの混乱を招いてくれる。


「それでどうしたいんだ、ええと……君は」

「尾岐女子高等学校二年D組二十九番星倉然菓(ほしくらぜんか)」

「……ああ、名前……。星倉先輩、でいいんですか?」

「あたしに気を使わなくていいし『先輩』も敬語も要らないかな」

「じゃあ星倉さん。何度も聞くけど、何がしたいんだ」

「それならまずは君の口から君の名前が聞きたいな」

「……打川慎五。尾岐山高校の一年」

「聞かせてくれてありがとう」

「それ以上は教えたくない。そっちの目的が分からないからな」

「私にとってそれは残念だけど妥当な考えだね」

「俺はとにかく家に帰りたいんだ。星倉さんも帰ってくれないかな」

「もう少し君から話を聞いたらね」

「言った通り、これ以上は何も知られたくないんだが……」

「君の個人情報とかじゃなくて君の考えが聞きたいの」

「……それを答えたら帰ってくれると約束するかい」

「あたしとあたしの大事な人に誓って約束するよ」


 そう言うからには、ともかく答えて帰ってもらおうと思い、ひとつ肯いた。

 手を向けて、聞きたい考えとやらを話すよう促してやる。


 彼女もまた肯くように首を傾けてから、こちらを見上げて言った。


「君の夢が聞きたい」


「……夢? 将来の希望ってことか?」

「具体的である必要はないし子供の頃のものでもいいから聞かせて」

「……うーん……」


 そう聞かれても、明確なものはない。

 例えば職業にしても強い希望はないから、職につけるなら何でもいいと思っている。

 自分に適性があるような事柄も分からない。得意な教科も種目も無い。

 欠点を作らないようには生きてきたが、考えてみればさほど良いところもない。

 子供の頃からそうだったから、幼少時の夢なんてのも思い浮かばない。


「無い、っていうのは駄目か」

「本当に何も無いかな」

「……んー……。あ、実現不可能なのでもいいか?」

「君がそれを望むなら構わないよ」


 それなら昔思ったのは一つあるが……まったく不可能にも程がある夢だと思う。


「不老不死になりたかった」


 我ながらどうしようもない願いだが、死にたくないのはだれしも同じだとは思う。

 そう考えると、普遍的な夢とも言えるんじゃないだろうか。 


「それはいつ思った夢なのかな」

「小学校の……高学年ぐらいの時だったか。じいさんとばあさんが前後して亡くなってな、いろいろ考えた時期に」

「今も君はそれを考えてるの」

「むなしい事を長々と考える気は無いし、実際今言われるまで忘れてたよ」

「仮にそれが叶う可能性があるなら目指してみようと思うかな」

「ははっ、出来る範囲でならな。……もういいかい」

「教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 それで帰るかと思ったが、まだ立ち去る様子はない。

 こちらが何か言おうとする前に、彼女が口を開いた。


「あたしも夢を叶えたいと思っていたんだ」

「へえ。どんな」

「今いる所から逃れようと思っていたの」

「わりと後ろ向きだな」

「それであたしはそのための手段を持つ人たちと偶然知り合ったのだけど」

「ほう?」

「あまりにその人たちが面白いからやめちゃった」

「ふむ、良く分からんが、ならいいんじゃないか。今度は前向きだ」

「君はどう思うかな」

「?」

「大きな夢とそれを成す力を得たら他の事を捨てて逃げ出せるかな」

「そう言われても……持ってないから分からないな」

「君だってつい最近手に入れたじゃない」


 …………。

 変な奴だとは思ったが……こいつも、超能力開発の関係者なのだろうか。


「……俺に力なんてもんは無いよ」

「それを与えられる人たちとは繋がっているでしょう」

「資質が無いと言われた」

「力は一つじゃないの」

「それは知ってるが……。なあ、そろそろ君の正体を明かしてくれるか」

「少し前まで関係者でしかなかったけれど今は立会人」

「……本当か。同じような立場かと思ってた。じゃあ上司にあたるのか」

「君はあたしに対して上下なんて気にしないでいいの」

「……まあ、そう言うなら。ともかく怪しいもんじゃないのは分かった、今日はこれで失礼していいかな」

「待って」


 一歩だけ踏み出した俺に、彼女も一歩だけ近づいた。


「君にもう一つだけ聞きたいことがあるの」

「それで今日のとこは、最後にしてくれるかい」

「建前上はこっちが本題だから自然と最後になるね」

「じゃあ、どうぞ」


「君の欲しいものが聞きたい」

「……さっきの話と似通ってないかな、それは」

「もっと具体的ですぐ手に入って高価すぎないものでお願いしたいかな」

「何だそりゃ、プレゼントでもくれるのか」

「当たらずとも遠くもないと言っておくね」

「んー……」


 一瞬昨日の『本』とやら……メイが探していた物品の事がよぎったが、それ自体に詳しくない。

 自分が欲しいものというと……うーん……ああ。あれかな。


「……ヘッドフォンが欲しい。こないだ壊れちまってわりと不便してたんだ。安物でも構わないけど、欲しいデザインが売り切れでさ」

「わかったよ」

「……つっても、くれるわけじゃないんだろう。何だろな、抽選とか?」

「君はもうすぐそれを叶え得る機会を持つ」

「ふーん……具体的にはいつごろになるかは分かるかい」

「あさって」


 彼女は迷いなく言い切った。


「っていうと日曜か……まあ楽しみに待ってようかね」

「そうするといい」


 言うべきことが終わったのか、彼女はやっと背を向けた。


「じゃあまあ、何だ。気をつけて帰ってくれ」

「君が気にしなくともあたしは大丈夫だから」


 とっ、とっ、と例の独特の音を立てて彼女は坂を下り始めた。


「そうだ」


 こちらも帰ろうかと身体を前方にひねる途中で、彼女が振り向かずに言う。


「あたしがはじめに君に言った一目惚れというのは冗談だったよ」


 まったく補足事項のように淡々とそれだけ述べて、星倉然菓は坂の下の闇へと消えていった。



- - - - -



 家に着くと、玄関口にメイが居た。

 壁にもたれるようにして立っていた彼女は、ぐらりと頭を傾けてこちらを見た。


「おかえりー。遅かったね」

「おう、ただいま。変な奴に絡まれてな。……しかし玄関で何してんだ、出迎えか?」

「まあ出迎えだよー、晩ごはんのだけどね」


 買い物を詰めたエコバッグを指差して、苦笑するようにメイが言った。


「手間かかるようなのは作れねえぞ」

「その割には結構買い込んでない? 珍しいねえ」

「まあヤケ買いみたいなもんだな……」

「ふーん、まあいいや。ところでさあ」

「何だ」

「こういうのが来てたんだけど」


 台所に連れ立って向かう途中、電話の脇に置いてあったプリントをメイが取ってこちらに寄こした。


「授業参観の案内でも来てたか」

「おー、面白そうだね。んじゃあ私は保護者として、おめかしして行けばいいかなあ」

「その状況で俺はどんな顔して授業に臨めばいいんだ……で、何だって、ええと……」


 まあ大体予想していた通り、訓練関係の資料だったのだが。

 どうもいつもより情報量が多い感じがする。


「授業参観も面白そうだけど、私はやっぱり体動かしたいかなあ。ね、その方が面白そうだと思わない?」


 訓練の実施日は次の日曜日、6月30日。

 場所は自宅裏、御旗岳裏手の坂。

 訓練参加者は――――



「……クラスC以下の能力者、『可能な限り全員』……?」



 なにやら厄介で不穏な一文が、紙面上に飄然と躍って見えた。




- - - - -


    <08> 同行ヒトリ /了


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