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<06> 台地に眠るサンショウウオ (前)

 朝は挨拶や一杯のコーヒーから始まるのが常だが、その日はまず出席を確認した。


「よーし、お前ら起きてるかー。点呼いくぞー。D-28、青山ー」

「ういース」

「C-19、猪吹」

「へぇーい」

「C-21、井房野」

「…………」

「……おい、いぶさのォー! てんこ! いぶさのてんこ!」

「ふぁー……ふぁい。なんですかぁ打川先輩、てんこてんこと。ギャグですか」


 眠そうな目をこすり、御旗岳中1年の井房野転子(いぶさのてんこ)がともかく返事をした。

 内跳ねの髪は茶色がかっているが、染めてはおらず地毛だという。眠い眠くないは置いといても垂れ気味な二重瞼を重そうに閉じて、他の2人同様に御旗岳中の運動着をまとっている。  

 集まった三人ともが1年生であるが、他にもある似通った事項があり、それゆえに今日まとめて集められた。


「偶然だ。それに自分の名前をギャグとか言うなよ、お前。親御さんに貰った名前だろう」

「音はともかく、もっといい字を当てて欲しかったかなぁ」

「そう贅沢を言うな、何かしら意味があるはずだろう。……ともかく、全員居るな。確認した」

「あれ、メイさんはいないんですか?」


 猪吹がもっともな質問を投げかけて来る。


「家で寝てる。まあ俺一人で十分だ。立会人もいらないって話だしな」

「内容としては、何するんスか? 詳しくは聞いてないんスよね……ただ訓練じゃないとしか」

「ええっとなあ……」


 手にしたおなじみのバインダーに挟まれた用紙を繰り、答えるべき項目を探す。


「『御旗岳台地の地質調査および台地内の能力反応体の確認』……らしいな」

「地質調査ってぇ、先輩は専門知識とか持ってるんですか?」

「地学は嫌いじゃないが、そんな大層なもんは無いな。まあ見て感じたままを書いてこいとよ」

「じゃあ俺たちは別に必要ないんじゃ?」

「お前らがやるのは後者、能力反応体を探す方だな」

「そう言うタイプの超感覚は持ってないっスよ? 本部の探査チームにやらせればいいんじゃないっスか」

「ああ、その通りだ。だから探査は済んでるらしい」


 言いながら地図の書かれたプリントを引き抜き、裏返して3人に見せるように掲げる。


「この×印が反応箇所だ。複数回のサーチを経ており、間違いはないらしい」

「じゃあそこに行って見てくればいいんじゃん、先輩だけでも良くないかなぁ」

「あいにく俺では無理だな、何せ……」


 プリントを水平に表向けて、その用紙ではなく×印の“垂直線上”を指して続けた。


「その反応体ってのは、地下に埋まってるらしいんでな」



- - - - -



 自宅のある御旗岳台地の頂点付近には、広大な草原が広がって見える。

 我が家を含めてわずかに六軒、一区画分の家が端の方に少しだけ建っているだけで、短い草が生えそろったその土地は手つかずである。十分な用地があるなら何か大きな施設を作るなり団地にでもするなり、やりようがあると思うだろうが、そうもいかない事情があった。


「うえー……ひどいぬかるみですねえ」

「梅雨も空けきってはないからな、でも今年はマシな方なんだが。足を取られないようにしろよ」

「こんな状態だから、立会人も来るの遠慮したんじゃないのかなぁ」

「……一応、忙しいとは言っていたがな……」


 遠目には緑一色の草原なのだが、近付いてみるとドロドロの湿原なのである。台地の南側に面する自宅付近は比較的地盤が安定しているのだが、それ以外のほとんどがこの有り様だ。

 三人には家にあった長靴を貸し与えているが、それでも歩き慣れていない彼らの足取りは物理的に重い。


「目印も何も無いのに、その地図だけでわかるんスかね?」

「遠距離からリアルタイムで探査してくれるって話だが……」

「その探査する人が直接来ればいいんじゃ?」

「あいにく住まいが遠くだそうで、簡単には来れないらしい」


 プリントには探査能力者の電話番号が書かれていたが、名前までは記載されていない。


「もう少し歩いたらその人に電話をかけるつもりだ、それまで気張って歩けー」

「……ねぇ先輩、ちょっと聞いていいですかぁ」


 独特の高く気だるい感じの声で、井房野がこめかみに沿えるような仕草で手を挙げた。


「何だ、井房野」

「なんで私ら呼ばれたのかなぁ、って。こういうところじゃわたし、能力使いにくいよ? ただでさえ足場悪いしぃ」

「んー……まあそうだな。何かしら理由はあるだろうとは思うが……」


 井房野に渡した長靴の方に、ちらりと目をやる。

 確かに彼女は能力者の中でもかなり特殊な側面を持つ。


 系統は能力者としては一般的な念動力系なのだが――――力の発生する場が『足の裏』なのである。

 

 場所が限定されているだけなら愛中の『左手』のような例もあるが、足だけというのは知る限り他に居ない。とはいえ距離の狭い愛中と違って、足裏の向いた方向なら割と長くまで効果を伸ばせるらしいが。


「まだですかー、シンゴ先輩」


 わずかに焦れるような猪吹の声に、思考をやめて辺りを見渡す。


「……まあ、そろそろかもな。一旦止まって休め、電話してみよう」


 ポケットから携帯電話を取り出して開き、記された番号を打ち込む。

 呼び出し音が二回、三回、四回に五回……

 七度目辺りでもしや出ないのかと不安になりはじめたが、ちょうど十度目で繋がる反応がした。


『……はい、もしもし』


 少しかすれていて低めだが、女性らしい声がした。


「もしもし、訓練補助の打川と申しますが」 

『ええ、用件は分かってます。これから探査を始めますが、コンパスはお持ちですか』

「……ええ、用意しています」


 左手にはプリントに記載されていた通りの、ごく一般的なコンパスをすでに握っていた。


『では、この電話とコンパスをC-19に渡してください。後はそちらに指示します』

「え、どうしてですか」

『能力者と反応体の相対距離を測るのが最適な手ですから。一般人をサーチするとなれば神経を使うため短時間が限界なのです。そのためその場でもっとも反応の大きい能力者、C-19を指標とします。待ちますので、電話をおかわり頂けますか』

「……わかりました」


 少し離れてしゃがんでいた猪吹を呼び、手早く説明をして携帯とコンパスを渡す。


「はい、替わりました。猪吹です。……はい。はい」


 電話に応じて相槌を打ち、コンパスを見ながら猪吹が歩き出す。

 二十歩程歩いてから、止まるように言われたのか突然ぴたりと動きをやめる。

 その場に足を揃えて何事かを話した後、猪吹は携帯を操作して電話を切ったようだった。


「通話は終わりましたよ、シンゴ先輩。この真下だそうです」


 そう言われて自分を含めた三人が猪吹の元に寄るが、地面表層には特に変哲があるようには見えない。

 コンパスと携帯を受け取りしまい直すと、聞きたかったことを先に井房野が聞いた。


「リンド、この下ってのはいいんだけどさぁ。どんくらい下なの」

「“およそ10メートル弱”って話だったよ」

「そんなに?けっこう深いなぁ……」


 仮に普通に掘り出そうとすると、何日かかるかも分からない。

 ましてや足場も悪く、ちょっと歩くだけでも疲れるような土地である。

 探し物が何なのかは知らないが、掘り起こすのはそう簡単な作業ではあるまい。


「じゃ、こっからも俺の出番って事でいいんですかね?」


 猪吹が顎を引くようにして、にっとこちらに笑いかけた。


「まあ勿論だ、遠慮なくやれ。とはいえ慎重にな」


 こちらの注意を聞き終わる前に、猪吹は汚れるのもお構いなしでべちゃりと両手を地面につく。ぬかるんだ大地は力の伝達をあらわすように、波打つように盛り上がり、円形に波紋を広げた。



 猪吹の両手を中心に、『クレイ』と称されるその力は、始動した。


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